真・桜華斬対死属一刀
日常が戻ってきた。夜は主を退治し、早朝に少し仮眠を取り、昼は寮の仕事をし、夕方にまた仮眠を取る。
詠月の一員としての仕事と寮の助手の両立をこなす毎日だ。
そんなある日、明日香がおずおずと月夜に申し出た。
「未来ちゃんが勉強を教えてほしいって言ってて……」
各々、自分のベッドに腰掛けている。
「明日香って成績良かったっけ」
明日香は項垂れる。
「中学校の勉強ぐらいは教えられます」
「っそ」
月夜は、しばし考え込んだ。
「いいんじゃない、行っても。実の妹なんでしょう?」
そう言って、月夜はどこか子供っぽく微笑んだ。
「家族は大事にするべきだ」
「ありがとうございます。その間、優助の護衛の代わりをお願いします」
そう言って、明日香は深々と頭を下げた。
良い方向に向かっているじゃないか、と優助は頬を緩める。
「ただし、条件があるわ」
月夜の言葉に、明日香は戸惑うように頭を上げる。
「なんでしょう?」
「行きも帰りも護衛を付けてもらって。今、県下は混乱の中にあるからね」
「わかりました」
明日香は頷く。
「混乱の中、とは?」
優助は、思わず訊ねていた。また、マンイーター事件のようなことが起こっているのだろうか。
「夜に教えます」
月夜は飄々と言って、ベッドに寝転がった。
「今は仮眠を取りましょう。シャワーも浴びて良い心地だわ」
そうやって、穏やかな時間は過ぎていった。
+++
「英語は簡単よ。例文を日本語に翻訳してもう一度英語に翻訳する。それを繰り返すの」
「面倒臭いなー」
「早道があったら私が使ってるわ」
微笑んでいる明日香は、未来の肩を抱きたいような気持ちでいる。しかし、それはこらえる。あくまでも今の自分は、"本家の明日香さん"なのだ。未来の姉ではない。
「けれども、早いものね。ここの分家にも歳の近い子がいるって知っていた。けれども、もう中学生になるんだものね」
「早く大人になりたいよ。それで、先守家とは違う道を行くんだ」
「未来さんは一般人になりたいの?」
「しがらみが多すぎる。本家の盾にはなりたくない」
「本家の、盾?」
「お母さんの好きだった人は、本家の当主を守って死んだわ。私は、そうはなりたくない」
明日香は、思わず押し黙った。
未来が、我に返ったような表情になる。
「ごめんね、本家の明日香さんにこんな話して。けど私、本家は苦手だったけど、明日香さんと遊んで印象変わったな」
「共に歩めれば、と思うわ……けど、そっか。時子さんにそんな過去があったんだ」
時子が禁忌を破って自分を作った理由。その原因を知ったような気分だった。
「未来さんには護衛はついてるの?」
「未来、でいいよ」
「じゃあ、未来。護衛はついてる?」
「ついてるよー。邪魔っけだけどそれも仕方ないよね。六家の人間なんだから」
「そう。なら一安心ね」
「明日香さんは護衛なんだっけ」
「そうね。本職は、そうよ」
「やめたくならない?」
「護衛対象が憎めない奴だからね。楽しいよ」
「あの男の人だね。好きなんだ?」
未来が悪戯っぽく微笑んで言う。
「彼氏にするには文句ないけど、旦那にしたくないわね。それに、あれで子持ちだから」
「既婚者かー。なんだか世界って遠いなあ」
あんまり聞かない表現に、明日香は戸惑う。
「遠い?」
「大人の世界が遠い。大学に行くのもまだまだ先の話に思えるし、結婚して子供を生むなんて遠い未来の話に思える」
「そっか。すぐに身近になるわよ」
「そう?」
「そうよ。私がそうだった。優助の護衛を勤めて六年。あっという間の時間だった」
「私はやっぱり本家が苦手だな」
未来は、不満げに言う。
「子供だった明日香さんに護衛を任せるなんて、無茶苦茶よ」
「お祖父ちゃんは優助と冬音は高校を卒業するまで召喚術に関わらせない気だったわ」
「その依怙贔屓が気に入らないの」
「困ったわね。そうと言われたら、返す言葉がないわ」
明日香は、苦笑するしかない。
これは本格的に本家は嫌われていると思うしかない。
「明日香さん、一緒に一般人にならない?」
「一緒に?」
「護衛なんて長くするもんじゃないよ。それで一生を終えるなんて、私なら嫌だ」
「そうね、普通はそうかもしれない……」
明日香は、躊躇いがちに言葉を探す。
「けど、私が護衛している対象は、本当にいい奴なのよ。それを守ることに、躊躇いはない。例え私は選ばれなくても、私はその人の傍にいることを選ぶんだと思うんだ」
「……やっぱり、好きなの?」
「そんな話をしている時期はとおに過ぎ去ったわ。さ、無駄話はこれぐらいにして、勉強の続き」
明日香は、気分を切り替えるように両手を叩く。
「はーい」
未来は不承不承といった感じで机に向き直った。
「それにしても、本家が嫌いなのになんで私に家庭教師を?」
「さっきも言ったけど、一緒に遊んでて印象が変わったのと、護衛って立ち位置と、後は……お母さんが、頼ってみなさいって言ったから」
「時子さんが?」
「そう。けど、間違った選択じゃなかったと思ってるわ。なにかと頼りにするからね、明日香さん!」
そう言って、未来は勢い良くシャープペンシルを走らせ始めた。
物覚えが良く、勉強さえしていれば好成績は維持できそうな子だ。
暇になった明日香はふと気になって、優助に電話をした。
コール音が虚しく鳴り続ける。
結局、留守番電話サービスに切り替えられた。
明日香は戸惑い、もう一度電話をかける。しかし、やはり留守番電話サービスに切り替えられた。
(……取り込み中?)
主の相手は中々に一苦労だ。
それに手間取っているのだろうと明日香は結論づけた。
しかし、不安は消えなかった。
+++
優助は夜の町を歩いていた。
「出ますかね」
「出ないと困るのよ」
月夜が低い声で言う。
「主退治を放置しているって知れたらどうなるんですか?」
純粋な疑問を訊ねる。
「放置してないわよ。真昼を置いてきたんだもの」
月夜は唇を尖らせる。
「それに、後輩に当たる子を修行という名目で実戦デビューさせたわ。実質二人。優助君達が来る前と人数は一緒よ」
「それ、言い訳って言うんじゃ……」
月夜が足を止めたので、優助もつられて足を止める。
月夜が優助の胸ぐらを掴んだ。
「なに? 不満? 先守の何でも屋さんはこういった事件に介入するのが常じゃなかったの?」
「まあ、自分の役割に不満はないですが」
(他人が暴走してると自分が冷静になるものなんだなあ……)
優助は、思わず心の中で呟いた。
月夜はしばらく剣呑な目つきで優助を睨んでいたが、そのうち視線をそらして、手を離した。
そして、再び歩き始める。
優助も、その後を追った。
「編隊組んで戦うような相手に二人きりで挑む。正気じゃないぜ」
ガーディアンがぼやくように言う。
「俺のスキルは召喚術およびスキルの無効化だ。無効化が通用すれば戦闘を有利に運べる」
「無効化は使う気はないわ」
月夜が蓮っ葉に言う。
「あいつは、私の剣でたたっ斬る。その為に、今まで修練の時間を重ねてきたのだから」
月夜の決意は堅い。というか、どこか投げやりになっているようにも見える。
今後のコンビネーションに不安を抱いた優助だった。
始まりは、数時間前に遡る。
「行くわよ」
隠し部屋にやって来てそう告げられるなり、優助は外に連れ出された。
「どこへ行くんですか?」
「聞きたい? 聞きたい?」
月夜が、子供のように優助の前に回って上目遣いに聞いてくる。
「はあ、是非聞きたいですが……」
「死神退治」
その一言に、優助は戸惑った。
「その、死神って実在するんですか? 主やスキルユーザーみたいに」
「ああ、言い方が悪かったね。死神と呼ばれる召喚術師が最近界隈に出没している。奴らは召喚術師を無差別に殺害する。第一形態の被害者が数人出ていることから、第三形態の私が自己判断で出張ってきたわけ」
「それは……解決すべき問題ですね」
「でしょう? なによりもね」
月夜は、前を向いて歩き始めた。その表情は見えない。
「死神は、母の仇なのよ」
凍えるような冷たい声だった。
優助は、むせ返るような殺意に気がつく。
それは、月夜から放たれているものだ。
「会えば必ず決戦になる。治癒は頼むわよ、スキルユーザー」
そう言って、殺気を放ちながら、月夜は振り返って微笑んだ。
そして、時刻は今に至る。
無駄なことをしている、と優助は思う。
冬音の時は、舞台が市だった。しかも、田舎だ。人のいそうな場所はある程度絞り込めた。
しかし、今回は範囲が県だ。その中でたまたま犯人と遭遇する確率はどれだけ低いだろう。
いや、市でも十分に確率は低いのだが。
それでも、月夜は動いた。
動かなればならないという意志に突き動かされて。
その気持ちは、優助には痛いほどわかった。
だから、優助は月夜に従っている。
「……出ないわね」
月夜が呟く。
「私自身もわかってる。馬鹿なことしてるって」
月夜はそう言って、手に大剣を召喚した。それを、杖のようにつく。
周囲は人気のない畑だ。広い畑の中央に、線を引いたように道路が走っている。
「花びらよ舞い散れ……!」
「月夜さん?」
優助は戸惑う。その詠唱は、聞いたことがある。
月夜が大剣を振りかぶった。色とりどりの光が剣に吸収されていく。
「桜花!」
月夜が大剣を振り下ろした。
「斬!」
空に向かって光が飛んでいく。それは色とりどりの花びらとなって大爆発を起こした。
「なにやってんですか、月夜さん?」
優助は慌てて訊ねる。
「私から奴への挑戦状。来るならば斬る。来なければ斬る」
そう言って、月夜は大剣を杖のようについた。
すぐに、月夜のスマートフォンが鳴った。月夜はそれをスカートのポケットから取り出すと、通話ボタンを押す。
「夜中になにほっつき歩いてんの、あんた」
楓の声だった。
「流石はウィッチビジョン。確認しましたか」
「たまたま見てる方向が良かっただけだ。いいか、今県下はピリピリしてんだ。あんたのフォローまではできないよ」
「第三形態の術師です。なにが不足で?」
「あんたは八神の秘蔵っ子だろうが! 死んだらどれだけの計画が狂うと思う?」
「私は八神本家の関係者である前に、八神週子の義理の娘です。母の仇は、私が取ります」
そう言って、月夜はスマートフォンをしまおうとした。そして、思い出したように口元に持っていく。
「告げ口したら一生恨みますからね」
「月夜!」
楓の声が響き渡る。月夜はスマートフォンの通話モードを切り、ポケットにしまった。
そして、杖のようについている大剣の柄に空いた手を添える。
「来い、死神……!」
月夜は真っ直ぐに前を向いている。まるで、狂人のように目を見開いて。
しばらく、そのまま待った。
そのうち、ウィッチビジョンに乗った楓が飛んで来た。
「良かった。無事みたいね」
楓が言い、巨大な鳥がゆっくりと降下する。
その背から降りて、楓が月夜の頬を無言で殴った。
「組織に所属しているならば、子供みたいに駄々をこねずに任務に従いなさい! 私みたいな傭兵と貴女の立場は違うのよ!」
「なら、楓さんは親の仇を前にしても仏のようであれと言うのですか!」
「自ら危険を引き寄せるな! 生きたいのに生きられない奴もいるんだぞ!」
「楓さんこそこんな場所まで来て、任務放棄ではないのですか!」
「そうね!」
そう呟いた楓の手には、銃があった。楓は手を上げて、照準を合わせると、撃った。
その銃弾は、月夜ではなく、月夜の背後へ向かって撃たれた。
月夜も大剣を構えて背後を見る。
優助も、つられて背後を見た。
それは、浮かんでいた。髑髏の面を被って、死神の鎌を持ち、宙を浮いて移動していた。
楓がウィッチビジョンの上に乗って空へと飛びだつ。
そして、鎌と大剣がぶつかりあった。
「嬉しいわ。挑戦状を受け取ってくれて……!」
月夜が死神の腹を蹴るのと、死神が月夜の腹を蹴るのは同時だった。
二人は吹き飛ばされ、激しく地面に叩きつけられる。
優助は駆け寄って、月夜を治癒の光で包んだ。
その間、楓のスナイパーライフルが死神を狙撃する。
死神は再び月夜に向かって跳躍することで、それを避けた。
大剣と鎌が再度ぶつかり合う。
その時、優助はスマートフォンがバイブを鳴らすのを感じていた。
しかし、悠長に電話に出ている場合ではない。
優助は考える。無効化の光を使うか。その場合、月夜と楓も戦力外になる。敵も逃げに徹するだろう。
ならば、このまま戦闘は任せて自分は回復役に徹した方が捕縛率は高くなるのではないかと優助は判断した。
「俺を使え、優助!」
ガーディアンに言われ、優助は我に返った。
そうだ、その手があった。
ガーディアンを召喚する。彼は、手に持った槍を投じた。
死神は片手で投擲された槍を掴むと、月夜に向かって突き刺そうとした。
しかし、両手で均衡が取れていた状態で、片手を離したらどうなるかは自明の理。
死神はバランスを崩して後方へと蹌踉めいた。
月夜は死神を押し飛ばし、大剣を振りかざす。
「舞い散れ、花びらよ! その光を持って不浄なる者を浄化せよ! そう、裁くのは我! 我こそが光の主である!」
月夜が大剣を振り下ろした。
「真・桜華斬!」
花びらのような形の眩い光が放たれた。
家数軒を巻き込むような大爆発が起こった。
月夜は膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。今の一撃に、大量の力を持って行かれたのだろう。
優助は、光を放ち、月夜の回復を手伝った。
その時のことだった。
爆炎の中から、月夜に向かって手が伸びた。
それを、月夜は大剣で払いのける。
「無傷ですって……?」
月夜は唖然とした表情で、目の前に浮いている物体を眺めていた。
再び、大剣と鎌が激しくぶつかりあう。
しかし、月夜が押されている。体力の回復が間に合っていないのだ。
優助は、月夜の回復に専念した。
その時、死神は鎌を大きく引いた。
嫌な予感がした。
時間が止まったような不思議な感覚を味わう中で、優助は確かにその詠唱を聞いた。
「漆黒より我はいでし者、漆黒から漆黒へと這いよる者。漆黒へと引きずり込む者……」
女の声だ。
鎌が青い輝きを放つ。
(アレはヤバイ。触れてはいけないものだ)
優助は光を放ち、月夜の第三形態の力を解除させて、腕力で伏せさせた。
「死属一刀」
死神が禍々しい叫び声を上げ、鎌を横薙ぎに振るう。
青い光が放たれて、背後の畑とアスファルトにクレーターを作った。
「上等!」
月夜に弾き飛ばされて、光を解除する。
月夜は再び大剣を構える。
叫んだのは、楓だった。
楓の銃弾が、髑髏の面を撃った。
面がひび割れていく。
死神は吸い込まれるように、闇の中にできた穴の中へと消えていった。
月夜は大剣を構えたまま、しばらく茫然としていた。
「凌いだ……?」
楓が注意深く周囲を確認しながら、呟く。
大きな音がした。
月夜が大剣を地面に叩きつけ、その剣は闇の中へと吸い込まれるように消滅していった。
「逃した! 逃した! 何年も待ったのに! 私は、逃した!」
そう言ってしゃがむと、無闇矢鱈に地面を殴りつける。
優助は、後ろから月夜を羽交い締めにして無理やり立ち上がらせた。
そして、すりむけて血だらけになった手を癒やす。
「命があっただけ儲けもんだろ。化け物だぜ、あれ」
ガーディアンが呟く。
「確かに、強化版の桜華斬を受けて傷一つないというのは異常ね」
楓が降りてくる。
「殺してやる……殺してやる……!」
月夜は、興奮覚めやらぬ様子で叫ぶ。
楓は、その顔を殴りつけた。
「感情をむき出しにした人間から死んでいくのよ。生き残りたければクレバーになりなさい。私がいなかったら、優助君がいなかったら、貴女はどうなっていたと思う? 貴女だけが犠牲になるのは勝手よ。優助君はどうなったと思う?」
月夜は、荒い呼吸を繰り返し、膝をつく。
「くそう……くそう……」
そう言って、月夜は泣き始めた。
スマートフォンの着信履歴を見る。明日香からの着信だ。
電話をして、安心させてやることにした。
「優助、無事?」
異変を察知していたのだろう。明日香の声は不安げだった。
「まったく」
優助は、呟いた。
「ヘビーな一日だ」
「重いの?」
明日香の間の抜けた言葉に、優助は脱力する。
「お前、今英語の勉強してる?」
「うん」
「そっか、頑張れよ」
「うん」
そう言うと、優助は電話を切った。
「月夜さん……」
「……桜華斬を強化する」
「今でさえ体力の大半を持っていかれているのに。無謀だ」
「それでも、私はやるわ。奴に一撃を喰らわせてやらなければ、気が済まない」
決意の篭った瞳で、月夜はそう宣言した。
「じゃあ、開発するまでは学校に篭っててね」
楓が、不安げに言う。
月夜は、返事をしなかった。
お盆休みのテンションで珍しい月曜更新となりました。
今週の更新予定(完成分)
暗躍する者-nameless-
桜祭り
決戦、再び。対死属一刀
月夜の子供帰り
里帰りの要請




