一週間の休暇
「今回も頭痛が酷かったなあ……」
優助はよろけながらも飛行機から出る。その横に明日香が付き添い、前を秋奈が行く。
「多少は慣れておきなさいよ。当主になる身なんだから」
「当主になると飛行機に乗る回数増えるの?」
「前回の高校襲撃事件の援護、分家に礼を言いに行ったのは貴方のお祖父ちゃんよ」
「世話かけてるなあ……」
「そう思うなら早々に分家に挨拶に行くのね。挨拶も済んでないって知って、私は吃驚したわ」
「ごめんなさい、私が躊躇ってて……」
明日香が優助のフォローに入る。
「感傷なんて捨ててしまいなさい」
秋奈は、淡々と言う。
「戦士に一番不要なものだわ」
「けど、俺達は戦士である前に人だ」
優助は、真剣な表情で秋奈を見る。
秋奈は振り返らなかったが、不意に微笑んだのが見えるようだった。
「そうね。私も人のことを言えた義理ではないものね」
そう言って、秋奈は笑った。
わけがわからず、優助と明日香は顔を見合わせた。
秋奈の車に乗って、懐かしい道が見えてくる。
稲穂の群れ。何度も通った通学路。
「ここに住んでいたんだな……」
優助は、実感の篭った声で言う。
「そうだよ。ここで何でも屋をしてた」
「遠い昔のことみたいだ。昔の俺は、ちょっと馬鹿だったみたいだな」
「今だって馬鹿のままさ。困った人がいれば飛んでいく。この前だって文化祭の看板作り手伝ってたじゃないか」
「相変わらずみたいね」
運転席の秋奈が呆れたように言う。
「寝不足でドジ踏んで死んだら七代先ぐらいまでは笑いものよ」
「気をつけます」
優助は、小さくなるしかない。
そのうち、見慣れた住宅街が見えてきた。
そうだ。もうすぐだ。
住宅街の中にある一際大きな家。
先守本家。
門の前では、冬音と智子と護衛らしき男が立っていた。
車が停まると、ドアを開けて、荷物も放置して冬音に駆け寄る。そして、思い切り抱きしめた。
「ひゃあっ」
突然抱き上げられて、冬音が突拍子もない声を上げる。
「会いたかった……」
冬音の匂いを嗅ぐ。懐かしい匂いがした。
「私も会いたかったよ、優助」
冬音は微笑んで、優助を抱きしめ返す。
「おかえり、優助、明日香」
「おまけで挨拶しなくてもいいよ」
明日香は二人分の荷物を取り出しながら、ぼやくように言う。
「本音よ。優助を守ってくれて、いつもありがとう」
明日香が目を丸くする。
「……貫禄、ついたね」
「そうかな? 自覚はないんだけれど」
「中に入ろう。外は凍える」
護衛らしき男が言う。
「そうね、弓。付き合わせて悪かったわ」
門をくぐる。冬音が、振り向いた。
「お帰りなさい、優助」
そう言って微笑んだ冬音は、写真に撮って後世に残したいと思うほど可愛かった。
早速秋悟との初対面となった。
赤子用のベッドで寝息を立てている。
「もう寝返りもできるんだよ」
冬音が誇らしげに言う。
「ただ、中々寝付いてくれない時があって、睡眠不足気味かなあ……」
「お前が面倒見てるのか?」
「ほとんどは、お母さんと智子のお母さん。私は、起きはするんだけど仕事があるだろうって追い出されてる」
「なるほどな。けど、十分だよ」
優助は、冬音の肩を抱いた。
「俺達の子供を産んでくれた。それだけで嬉しいよ」
「うん、私も幸せなんだ。いつか、家族三人で暮らせる日がくるといいね」
「そうだな……」
その為には、ネームレスをどうにかしなくてはならない。
彼女は今も、暗躍しているのだろうか。
「どうしたの? 優助」
冬音が不安そうな声になる。
「怖い顔してる」
「いや。敵をどう対処すれば帰れるかなって考えてた。俺は狙われている身だからな」
「どうして優助を狙うんだろうね……」
「わからない。話した感じ、悪い奴ではなかった。だから、なおさら戸惑う」
「私もね、操られた身としては変な感想だけど、純粋な人だって感じたんだよ。悪い人には、思えなかった」
「けど、奴はその力を駆使して俺達に様々な手段で挑んできた……」
「そうだね」
雰囲気の変化を敏感に察しとったのか、秋悟が泣き始めた。
とたんに、部屋に大音量の声が響き渡る。
「どうしたんだろう。おむつかなー、ご飯かなー」
そう言って、冬音は秋悟の服を脱がせていく。
その時、部屋の扉が音を立てて開いた。
春香と、智子の母である里美が血走った目でそこには立っていた。
「冬音、貴方は優助と部屋に行きなさい。秋悟は私達が見るから」
「休日ぐらい、私に……」
「貴方達は会える機会が稀だわ。慣れている人間に任せておきなさい」
そう言って、春香は二人を部屋から追い出してしまった。
「ね、この調子なの」
そう言って、冬音は苦笑する。
「私、母親の資格あるのかなあ……」
「子供が生まれても、仕事のために専門家に預ける人はいるよ」
「私もまだ子供なんだなあって、最近思うよ。親に守られていなかったら、出産なんか考えられなかった」
「俺は土方仕事でも良かったんだけどな」
「ネームレスから守ってもらえなくなるじゃない?」
「うーん、反論の言葉が思いつかないのが悔しい」
結局、まだまだ優助達は子供だということなのだろう。
夜、二人は冬音の部屋で寝た。
部屋中に冬音の匂いが漂っている。それが懐かしい。
シングルベッドに、二人で寝転がる。
冬音が顔を覗き込んできたので、その額にキスをした。
その時、秋悟の泣き声が聞こえてきた。
冬音が、一瞬強張った表情になる。そして、優助を抱きしめた。
冬音の気持ちが、言葉を介さずとも伝わった気がした。
冬音の手を取り、歩きだす。
「どうしたの、優助?」
「自然な形に戻すんだ」
春香と里美と鉢合わせした。
「どうしたの、優助、冬音。二人は時間に限りがあるんだから、積もる話もあるでしょう」
「母さん。秋悟の世話、俺達に任せてくれるかな」
「あのね、育児って大変なのよ」
「けど、秋悟は俺達の子だ」
春香が、口を噤む。
「フォローしてくれるとありがたい。メインは、俺達がやる」
「……貴方達が思ってるより、大変よ?」
春香は、念を押すように言う。
「覚悟はできてる」
「そっか。じゃあ、はい」
そう言って、春香は手に持っている荷物の一つを優助に手渡した。
振ると音がなるおもちゃだ。
そして、四人は秋悟の寝ている部屋に入っていった。
「トイレかなー、お腹すいたかなー」
冬音はそう言いながら、秋悟の服を脱がせていく。そして、おしめを開いた。
むせ返るような匂いが溢れかえった。
「子供なのに、凄い……」
優助は、思わず呟く。
「ほら、お尻拭いて、変えのおむつ用意して。テキパキテキパキ」
おっとりとした春香がいつになく生き生きと指揮をする。
優助は秋悟を濡れティッシュで拭き、冬音が変えのおむつに履き替えさせる。そして、服を戻した。
それでも、秋悟はまだ泣き止まなかった。
「こいつは大物になるぞー……」
優助は思わず呆れまじりの口調でそう言う。
冬音が秋悟を抱いて、歌い始めた。
透き通るような声が、周囲に響き渡る。
テンポに合わせて、秋悟は左右に振られる。
そのうち、秋悟が泣き止み始めた。
「人恋しかったのかな」
「そうかもしれないね」
「女の人に抱かれると泣き止むことが多いんだよ」
春香が、平然とした口調でそう言う。
「将来有望だこと……」
苦笑混じりに、優助は秋悟の手を握る。すると、僅かにだが、握り返す感触があった。
なんて愛おしいんだろう。
その日は、何度も秋悟に叩き起こされた。
一緒にアニメを見たり、冬音が本を朗読したり、ミルクを飲ませたり、色々と世話をした。
苦労を苦労と思わなかった。
三人一緒にいられるということが、幸せだった。
「知育玩具とか買っても良いんじゃないかな?」
「ちょっと早くない?」
「早いなんてことあるもんか」
「すっかり父親だね」
不意に、二人以外の声がして、優助達は振り返った。眠たげな表情をした明日香がいた。
「すまんな、起こしたか」
「寝入ろうとする頃に泣くんだ、その子」
「明日香も抱くか? 可愛いぞ」
優助がそう言うと、冬音が明日香に秋悟を向ける。
「……優助がそう言うなら」
冬音から細かい指導を受けて、明日香は秋悟を抱いた。
明日香は左右に秋悟を振る。
秋悟は指を咥えながら、されるがままになっていた。
「こいつはモテモテだ。将来は女たらしになるぞー。明日香小母さんが保証してあげよう」
「変な保証をするな」
優助が、明日香の頭を叩く。
なにがおかしいのか、秋悟は笑った。
「貴方達の漫才って赤ちゃんにも効くのね」
ほとほと呆れた、とばかりに冬音が言う。
「そっか。一人が二人になって、家族になって、三人になって四人になって……人間って、凄いなあ」
明日香は、感心したとばかりに言う。
「私も思う。人間って凄いんだなって」
冬音は、貫禄漂う微笑みを顔に浮かべていた。
「これが、血の繋がり……」
そう言って、明日香は呟く。
そして、眩しいものでも見るかのように秋悟を見ると、無言で冬音に押し返した。
「私は寝るよ。今度は王子様を泣かさないでよね」
「善処する」
しかし、そう言った途端に秋悟がぐずり始めた。
優助も、冬音も、焦った様子で秋悟に声をかける。
「どうした、秋悟。お腹すいたか?」
「おしめはさっき変えたから違うよねえ」
泣き声がどんどん大きくなっていく。
「もしかして……」
そう言って、春香は秋悟を抱き上げて、明日香に抱かせた。
とたんに、秋悟は泣き止んだ。
「明日香ちゃんに懐いてるみたいね」
「……そういう女の子に愛想振りまくところ、父親似ね」
冬音が苦笑顔で言ったので、優助は小さくなるしかない。
「優助、貴方はそろそろ寝なさい」
春香が言う。
「俺はまだ起きていられるよ」
「明日はお祖父様が選別の儀式をされるわ」
「選別の儀式……?」
春香は、少し物憂げな表情で、優助を見た。
「貴方も、召喚術師になる日が来たのよ」
優助は呆気に取られた。
しかし、次の瞬間に沸いてきたのは、圧倒的な多幸感だった。
次回『選別の儀式』




