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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
番外編

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坂巻楓のブレイクタイム

 坂巻楓は召喚術師である。巨大な鳥と多種多様な火器を召喚できる。鳥にはウィッチビジョンと名付けた。楓の相棒で、背に乗って飛ぶこともできる。

 夜が明けてくると楓の仕事は終わる。

 明るいと空を飛んでいるところを目視される恐れがあるためだ。

 一般人に召喚獣は目視できない。しかし、その背に乗っている楓はどうしても見えてしまう。

 破壊の女王、市の門番、様々な異名のある楓だが、夜の番人と呼ばれているのはそれが所以だ。


 マンションに帰って、タイムカードを押す。

 勤務が長くなっても短くなっても月給は変わらない。それでもスタッフの管理のためにこういうことをさせるのが詠月のマメなところだ。楓に言わせれば面倒臭いところとも言える。


「さて、朝だし寝るか」


「発言が駄目人間だね、楓」


 双子の弟の葵がやや呆れたようにツッコミを入れる。


「しょーがないじゃない夜勤なんだから。老人ホームに入れるだけの貯金を得るまでは私はニートにならないわよ」


「結婚は視野に入れてないので?」


「相手がいれば考える。葵は相手がいるんだからもっと真剣になんな」


「はい」


 それを言われると弱いようで、葵は項垂れた。


「いい御身分ね、夜の番人さん」


 突如背後から声をかけられて、楓は戸惑った。


「一晩中町を監視するってストレスのかかる仕事やって帰ってきたんだけど?」


「けど、貴女の武器は銃じゃない」


 そう言ったのは、同じマンションに住む女性だ。

 取り巻き二人を連れて、皮肉っぽく楓を見ている。


(えーっと、誰だっけ、この人……)


 名前と顔が頭の中で一致しない。


「ごめん、誰?」


 楓は正直に訊ねた。


「柊聖! 貴女と同い年よ!」


「あー、そうだっけ。悪い悪い。寝不足で物覚えが悪いのよ」


「貴女は卑怯だわ、坂巻楓!」


「卑怯とな」


 予想外のことを言われて楓は戸惑う。


「武器は遠距離攻撃、さらには空を飛ぶウィッチビジョン。皆命を賭して戦ってるのに貴女だけ安全地帯にいる。第二形態の恐怖なんて貴女は知ったこともないんでしょうね」


「いやー、あるわよー。葵なんて第二形態にボコられて死にかけたんだしね」


「け、けど貴女は無事だったんじゃない!」


「第三形態に斬られて死んだ時もある」


「生きてるじゃない!」


「まあそうなんだけどね。敵も重要ポジションだから狙ってくる。そう安穏とした立場じゃないわよ」


 楓は毅然とした態度で言い返した。

 聖はしばらく苛立たしげに楓を睨んでいたが、そのうち踵を返して去って行った。


「なにあれ」


 煙草をポケットから取り出して咥えると、呆れたように楓は言う。


「楓はモテるからね。嫉妬してるのさ」


 ライターをポケットから取り出す。


「煙草は部屋で吸いなね?」


「あい」


「これ言ったの五度目ぐらいだよ」


「眠たいとうっかり忘れるんだ。悪いね」


「まったく僕がついていないと楓はどうなるのやら……なんでこんな不精に育ったかなあ。子供の頃は生真面目だっただろ?」


「色々崩れるのが大人になるってことさ。それに、私がモテるって言うならあんたがそう口喧しく言うからじゃないかね。行動が正されて幻滅される機会が減ってるんだ」


「ああ言えばこう言う……」


 葵は呆れたように溜息を吐いた。

 まあ、憎むも呆れるも好きにすれば良いさと楓は思う。自分は傭兵だ。金を稼いで消えるだけだ。



+++



 夕方頃、煙草に火をつけてコーヒーを用意するとパソコンを起動する。ネットでFPSゲームをするのだ。

 これが中々勉強になる。潜む場所も学べるし死ぬ時はどうしようもなく死ぬのだと学ばせてくれる。

 ノックの音が響いた。


「開いてるよー」


 葵がドーナッツ屋の箱を持って部屋に入って来た。


「うわあ……」


 葵の第一声がそれだった。


「なんだよ、鬱陶しいな」


「地べたにデスクトップパソコン置いてあぐらで煙草吸いながらFPS? 皆の憧れが音を立てて崩れるよ」


「いいじゃん。人の趣味なんだし」


「しかも下着。僕じゃなかったらどうする気だったんだよ。そのまま出たのか? そのまま」


「寝起きのシャワー浴びてねーんだよ。着替えかさむだろ」


「寝間着のままでいればいいじゃないか!」


「最近暑いしなあ……寝てるうちに脱いじゃってる」


「はあー……シャワーよりゲーム優先なんて廃人だよ楓」


 葵は深々と溜息を吐いた。


「いや。上級者はペットボトルで用を足す」


「なにを目指してるのかな? 楓」


「いや、私はそういう人を下に見てるけどね」


 コーヒーに口をつける。

 コーヒーはいい。

 意識が活性化されるのがわかる。


「楓が煙草吸うとは思わなかったな。今なら零さんと話合うんじゃない?」


「喫煙仲間がいたらここまで肩身狭くはなかったろうなあ。正直昔は見下してたけど今ならあの人と仲良くなれそうな気がする」


「楓の気が強いところは変わってないね」


「図太くなったのさ」


 画面が真っ赤になった。銃撃されたのだ。


「珍しく負けてるね」


 葵がドーナッツ屋の箱を開けて中身を食べ始めた。


「チート使いだ。ちぇっ、つまんないな」


「嫌味言われたの、案外効いてる?」


「効いてないわよ」


「楓昔からグループ作るのとか苦手だったもんね。正直浮いてるよ」


「勇者パーティーから追放されてから活躍してざまぁするために今はヘイトを溜めてるんだよ」


「……それはなんのネタなの?」


「知らない」


 葵は無言で、ドーナッツをもう一口食べた。



+++



 人間関係。

 人間として生を受けた以上、その煩わしいものが一生ついて回る。

 楓は人間関係を作るのが不得手だった。

 それは、今の社会では生き辛い個性だった。

 一度は一般の社会に出た楓がこの仕事に戻ってきたのはそういった理由が遠因になっている。


 マンションの屋上で沈む夕焼けを見ながら煙草を吸う。


「こほんこほん」


 屋上の入り口からわざとらしい咳声が聞こえた。

 わざわざついてきたのだろうか。


(まったく、世の中は生き辛い……)


 一人で生きられたらどれだけ楽だろうと思う。

 けど、社会はそういう風には出来上がっていない。

 輪に入れない人間は目につく。

 そして、出る杭よろしく叩かれる。


 思えば、煙草を吸い始めたのも一般の仕事で孤立してからだった。

 まったくままならない。世界はままならない。この世界はつまらない。

 この世はクソゲーだ。

 これは転生を望む人間の多さも頷けるというものだ。


 楓は、ショットガンを召喚すると、天に向けて撃った。


「今日は出てこいよ……動く的」


 そう呟いて、楓は唇の片端を持ち上げた。



+++



 そして、結局楓は暇つぶしに道路標識などを撃っている。

 真ん中は目立つので狙わない。端っこだけを順番に撃ち落としている。


「暇ー」


 コンビを組んでいる葵にトランシーバーで声をかける。


「そうだね、暇だね」


「なんか話しなさいよ、葵」


「たまには桜の荘の皆で集まりたいね」


「そうね。思えば、あの時代が一番楽しかったかもしれないわね」


 桜の荘。楓がかつて住んでいたアパート。今はもうない場所。

 管理人がお茶会を定期的に開いて、楓のように輪に入るのが苦手な人間も受け入れてくれた。


「けど、連絡取れない人多いわよね。皆案外薄情よねえ」


「楓が連絡取る努力をしてないんだろ。昔からプライド高いんだから」


「だって。私は一人でも大丈夫な人間なんだもん」


「そんなんだから孤立するんだって」


 トランシーバーが雑音を鳴らした。


「全員に連絡する。蓮美町六丁目に第二形態による強盗事件が発生。各員直ちに急行せよ」


「だってさ、楓。僕の巌鉄は鈍足だ。先に行っててくれよ」


「わかったわ。のんびり来なさい、葵」


 そう言って、ウィッチビジョンを飛行させる。

 社会から弾かれて生きている楓が、生き甲斐を感じられる瞬間。それが、召喚術犯罪と向き合う時だ。

 第二形態。召喚獣と一体化して爆発的な力を得た圧倒的な破壊の権化。

 捕捉は難しい。けど、やってみせる。


 そして、楓の強化された視覚があるものを捉えた。

 それは、膝をついて崩れ落ちた味方と、襲いかかっている敵らしき人影。


(なんか見覚えがある顔だなあ……)


 味方が、顎を蹴られて後方に吹っ飛んだ。

 あれは長くはもたないだろう。今の一撃で脳震盪を起こしてるのは確実だ。

 敵に狙いを定めて考え込む。

 直線状に動いているから撃つのは簡単だろう。


(あー。私に嫌味言ったやつだ)


 社会はままならない。

 嫌いな奴でも救わなければならないことはある。

 嫌いな奴でも手を組まねばならないことがある。

 それが煩わしいから楓は一人がいいのに、一人では生きていけない。

 まったく、本当にままならない。


 楓は引き金を二度引いた。

 鮮血が夜の闇に咲いた。



+++



「いやあ、凄いよ聖さん」


「第二形態を退けるとはなあ……大金星だ」


 マンションの入り口は聖を褒める人でごった返していた。

 その横を通り過ぎ、タイムカードを押すと自室へと向かう。

 まったく、今日もままならない一日だった。


「なんで手柄譲っちゃったの? 人間関係作るチャンスだよ?」


 後をついてきた葵が不思議そうに訊く。


「いいのさ。私は裏方で」


「けど、わかってくれる人はわかってくれるみたいだよ。ほら」


 そう言って、葵が指差したのは、楓の部屋だ。


「私の部屋じゃない」


「ほら、下」


 言われて、目線を下げる。

 そこには、紙と、コーヒーの缶があった。

 紙を拾い上げる。


「礼は言わない。冷たいコーヒーがあまってたからあげる、か。ふむ……」


「友達になれるんじゃないかなあと僕は思うけどね」


「嫉妬で勝手に突っかかってくる馬鹿なんてこっちからお断りだわ。面倒臭い」


「……だから楓は輪に入れないんだと思うよ」


 呆れたように言うと、葵は去って行った。


「怪しい缶だなー。まあ、もらっとくか」


 一人呟き、思わず微笑んで、楓は缶に手を伸ばす。

 世界はままならない。人間関係に摩擦は避けられない。ハリネズミのジレンマは消えない。

 けど、わかってくれる人も中にはいる。

 それが、楓の救いとなる。


 缶に触れる瞬間、思わず楓は手を引っ込めた。


「あっつ……」


 この真夏にホットのコーヒー。これは嫌がらせではないだろうか。

 まったく、不器用な人間というのは世の中に何人もいるらしい。

 今度は缶をしっかりと掴み、プルタブを開けた。

 軽く口をつける。


「仕事疲れに丁度いいかもね」


 そう呟くと、楓は部屋の中に入って扉を閉めた。

 朝日が昇る。今日も坂巻楓の一日は終わる。

次回は番外編の続きか第四章『先守明日香の暴走』編になります。

構成が整うまで週一更新は途絶えるかもしれませんがエタる気はないです。

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