急襲
「そろそろ走って」
トランシーバーからの月夜の指示に従い、優助は走った。
黒い人影が幾重にも折り重なって後をついてくる。
そして、進行方向にいる月夜とすれ違った。
月夜は大剣を杖のようについている。
それを引いて、薙いだ。
人影は真っ二つになって消滅していく。
「今日も平和ねえ」
「そうですねえ」
「慣れてきた頃にケアレスミスは起こるわ。油断しないようにね」
「そういえば月夜さん。つかぬ質問なんですけど、良いですか?」
「なあに?」
月夜は楽しげに聞き返す。
「智子がその剣を持った時……あれは、コピーかな。固有技付きの物質系召喚術って言ってたけど、固有技ってなんですか?」
「ここでは見せられないわね。建物を破壊してしまうわ」
「そんなに強い技ですか」
「真昼にも技があるわよ」
「うーん、やっぱり召喚術を覚えたいなあ」
優助には、攻撃手段が圧倒的に不足している。
「うーん」
唸って、月夜は大剣を杖のようにつく。
「教えても安全だって思えるような態度を君が取っていたら検討しよう。まあ、それも哲三氏の許可を得ないと無理なんだけどね」
「祖父ちゃんの許可かぁ……」
哲三は、高校を卒業すれば教えると言っていた。あの頑固な老人がその考えを覆す気はあるのだろうか。
その時、月夜のスマートフォンが着信音を鳴らし始めた。
月夜はその画面を見て、目を丸くして、通話ボタンを押すと耳に当てた。
「もしもし、異常ですか? はい……はい。わかりました」
そう言って、月夜は通話を終えると、ポケットにスマートフォンをしまってトランシーバーのボタンを押した。
「一階教室棟に侵入者。先に、優助君と共に向かう」
「了解。即座に追う」
真昼の返事がする。
そして、月夜はトランシーバーから手を放した。紐で首にかけられたそれは、小さく揺れた。
「というわけよ、優助君。一階、行くわよ」
「了解」
優助は一気に怖くなった。
今は冬音がいる。子供がいる。死ぬわけにはいかない。
それが、無謀だった優助に恐怖を思い出させた。
月夜を先頭にして、一階に降りる。
月明かりが、廊下を照らしていた。
廊下の中央程の位置の窓ガラスが割られている。
人影は、見えない。
「……悪戯かしら? 窓だけ割って逃げた?」
月夜は呟きながら、慎重に前進する。
「先輩」
声が、廊下に響き渡った。
聞き覚えのある声だ。
「静香……?」
月夜が、戸惑うように言う。
教室から、静香が現れた。
さざなみのように静かな表情をしていた。
「なにしてるんですか、先輩。こんな夜中に。男の子と二人きりで」
「あんたこそなにしてんのよ、静香。もう深夜よ。学校の窓ガラスなんて割って」
「私のことはいいんですよ……質問に答えるのは先輩だけでいい」
そう言って、静香は手を挙げる。その手に、大口径の銃が現れた。
月夜が呆気に取られたのが背中越しにもわかった。
それほど、その瞬間の月夜は無防備だった。
「先輩はなにをしてるんです? こんな夜中に、学校で暴れて……先輩は何者なんです?」
「静香、貴女……」
「惜しいなあ。先輩を私のものにできなかった。それだけは惜しいなあ」
静香は、笑っている。普段のように、笑っている。けれども、異常なこの状況では、その笑みは狂気が混じったもののようにしか見えなかった。
「けど、私が先輩を殺したら先輩は私を好きなままで亡くなってくれますよね。それはちょっと嬉しいな」
「戯言はやめてちょうだい!」
月夜が叫ぶ。
「なら、早く殺さないと」
銃の照準が合わせられる。
瞬時に、月夜は大剣を手に作り出していた。
それを、盾のように大きくする。
銃声が鳴った。
そして、決定的な破壊音がした。
大剣が折れていた。
あの、頼もしい大剣が。優助を守り続けてくれていた大剣が。中央から真っ二つになっていた。
月夜は脇腹を抑えてしゃがみ込む。
「月夜さん!」
優助は、慌てて月夜を抱え、右手を掲げて光の盾を展開する。
銃声が幾重にも折り重なる。
しかし、銃弾は優助の光の前に、次々に消えて行く。
「あれ、おかしいな。当たってるはずなのに。おかしいな。これじゃあ、先輩を殺してあげられない……」
静香は次々に銃を発射する。
優助は、余裕のある左腕で月夜の傷を治癒し始めた。
月夜は疎ましげに腹から剣の破片を抜き出している。
「勝てる? 優助君」
月夜の目が、優助を見ていた。
「月夜さんは、俺が守ります」
優助は、そう断言していた。
治癒はあらかた済んだ。光の盾を掲げて、前方へと進む。
銃は次々に発射される。しかし、その全てが優助の光の前に消えていく。
「おかしいな。おかしいな。おかしいな」
あと数歩。
そう思った時、赤い光が優助を襲った。
室外からの炎。
そう思った時には、遅かった。
目を瞑る。
しかし、優助は燃えていなかった。死んでもいなかった。
明日香が優助の隣に立ち、手を掲げて炎の障壁を窓の外に展開していた。それが、優助を守ったらしい。
「遅れた、優助!」
「助かった、明日香!」
「外の敵は私に任せて。優助はその子の洗脳を解いてあげて」
「わかった」
明日香は窓を割って、グラウンドに向かって走っていく。
優助はただ前を見た。
「洗脳されているんだな。不憫に……今、助けてやるからな」
「嫌だ。私は先輩と同じになったんだ。元の普通の子供になんて、戻りたくない」
優助は、右手で静香の頭を、左手で彼女の銃を持つ手を掴んだ。
洗脳と願望が強く結びついている。これは、解除に時間がかかりそうだった。
+++
炎と炎が幾重にもぶつかりあって弾けた。
明日香は移動する。避けても学校が被弾しないような位置取りへ。
そして、両者は向かい合った。
赤毛の女と明日香。
共に、炎のスキルユーザーだ。
「小手先の技で遊ぶのもつまらないわねえ……」
赤毛の女は気だるげに言う。
そう言いながらも、この瞬間にも赤毛の女の炎の矢は明日香を狙っていた。
それを、明日香は無言で撃ち落とす。
「全力の戦いと行こうじゃないの!」
そう猛々しく叫んで、赤毛の女は手を掲げた。
学校をも丸ごと飲み込むような巨大な火球が大空に浮かび上がる。
背後のグラウンドに十分スペースはある。あれが落ちてきても、周辺に被害はない。
明日香は微笑んで、手を掲げた。
明日香の頭上にも同じような大きさの巨大な火球が生まれる。
「ははっ、面白いじゃない。どちらが上か、白黒つけましょう。先守の護衛さん!」
「貴女、名前は?」
「……スカーレット。けど、何故?」
「今から死ぬなら墓石に書く名前が必要でしょう?」
「ははっ」
スカーレットは、愉快げに笑った。
スカーレットの火球が動いた。ゆっくりと明日香の火球に向かって接近している。
明日香の火球も前進する。
そして、二つの火球はぶつかりあい、混ざり合い、闇夜を昼間のような明るさに変えた。
二つの火球は、そのまま動きを止めた。
二人の表情に浮かんだのは、困惑だった。
「嘘……私の火球を防ぐ? 焔クラスの術者とでも言うの?」
「ありえない……私と同等のスキルユーザーですって?」
「その力」
「その能力」
「どんな因果によって得た?」
「どうやって手に入れた?」
お互いに問いかける。しかし答えはない。
それはそうだ。自分の強さの秘訣はトップシークレット。
しかし、霊脈の落とし子たる明日香と同等の実力を得るなんて、現実的にはあり得ない話だ。
「問いかけるだけ無駄ね」
明日香は、溜息を吐いた。
そしてその瞬間、火球を消した。
第三形態に切り替えたのだ。
明日香は圧倒的な速度で前進する。犬耳が風を切り、尻尾が大きく尖る。
そして、呆気に取られたスカーレットの頭部を爪で貫いた。
しかし、スカーレットは笑っていた。
「炎が、消えない?」
明日香は戸惑いながらも後退し、使う能力を炎に切り替える。
そして、スカーレットは、遮るもののなくなった炎を校舎に向かって放った。
「しまった!」
明日香は叫ぶ。あの方向には寮もある。被害者が出ることは避けられない。
「優助、任せた!」
明日香は叫ぶ。
そして、スカーレットの脳をもう一度破壊した。
+++
優助達は外に出ていた。
赤い炎が徐々に接近してくる。気温が上がり、汗が体から吹き出す。
「月夜さん、真昼さん、手は?」
月夜が、杖のようについている大剣を地面から引き抜いた。
「やるだけ、やってみる」
月夜は、大剣を掲げた。色とりどりの光が大剣に吸収されていく。
「花びらよ舞い散れ! 桜華……!」
そして、月夜は大剣を振るった。
「斬!」
大剣から光が放たれた。
それは炎にぶつかって、色とりどりの花びらとなって爆発した。
炎が真っ二つに割れる。
「くっ」
月夜は歯噛みすると、炎に背を向けた。
「ここにいたら熱で焦げる。撤退するわよ」
「いえ。もう一つ手段がある。試させてください」
優助は、何故か自分が落ち着いているのを感じた。
今ならばできる気がする。あの時の力を使いこなせる気がする。
何故なら、優助には、守るものができたから。
「正気か?」
「いいじゃない」
そう言って、月夜はその場に座り込んだ。
「信じるわ」
真昼は躊躇っていたが、そのうち諦めたように握っている剣を地面に突き刺した。
「勝手にしろ」
優助は光の盾を作り上げる。そして思い返す。
「吹奏楽部の合奏。運動部の掛け声。皆私達が守っているものだ」
そう。ここは守らなければならない場所。平穏の象徴。
そして、冬音と子供に思いを馳せる。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
自分が幸せにしたい人々から、夫を、父を、奪わせるわけにはいかない。
「冬音! 秋悟! 力を貸してくれ!」
優助は目を瞑って、祈った。
瞼ですら防ぎきれない光が、ほとばしった。
+++
明日香は唖然としてその光に見とれていた。
炎が消えていく。破壊と文明の象徴が消えていく。
優助の放つ、巨大な光に包まれて消えていく。
それは、癒やしの光。疲労も傷も完全に溶かして消してしまう癒しの光。
その中で、明日香はただ立ち尽くしていた。
優助は、微笑んでいる。
「それでこそ私の相棒だ!」
そう言って、明日香は微笑んだ。
優助の表情に疲労が滲み始めた。優助は、膝をつく。
「そこまでのようね!」
そう叫んだのは、ネームレスだった。
ネームレスは、光の中に入り、憂鬱気な表情で前を見ている。
その背後には、十数人の人がいた。
性別、年齢、いずれもバラバラだ。
光の中に入らぬように、境界線の外にいる。
「先守優助は疲労によって倒れる。後は、私の手駒が貴方達を屠るわ」
「全員、スキルユーザーか召喚術師……?」
明日香は、身構える。
月夜と真昼が、明日香の傍に来ていた。
「明日香ちゃんが繋いで、優助君が防いだ。守りきってみせる」
「俺の千鳥を思う存分使う機会だ。お前ら、五体満足じゃ帰れないぜ」
仲間がいる。それだけで、明日香の心は弾んだ。
その時のことだった。
空中から飛来した槍や剣や矢が、次々にネームレスの手駒を貫いていった。
そして、ネームレスの胸に向かっていた斧は、光にかき消された。
「なに……?」
ネームレスは戸惑うように振り返る。
「我ら、先守分家!」
そう、猛々しく女性が叫ぶ。
「本家の同胞を守りに参った!」
スカーレットが、ネームレスの手を引いて駆け始める。
後は、先守分家の人間達が、彼女達を追いかけて行った。
「お母……さん」
明日香は呟き、真昼と月夜が戸惑うような表情になる。
先守分家部隊を指揮していたのは、紛れもなく、明日香の母、時子だった。
光が消える。闇が世界を包む。
そして、母の顔も見えなくなった。
次回『召喚術師も優しい夢を見る』




