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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
先守冬音の涙編

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結婚式1

 母から結婚式の準備をしようと言われた時は性急だなと思ったものだった。

 しかし、母に言わせれば冬音の腹部はそう時間がかからぬうちに大きくなり始める。早ければ早い方が良いという話らしい。

 結婚指輪のカタログ。式の衣装のカタログ。様々な資料が届き、それを眺めて冬音と電話をして決めていく。


「これ、俺達の貯金じゃ賄えないな」


「そこはお母さんが出してくれるらしいよ。私はもっと質素でもいいんだけどね……」


 冬音は、少し葛藤の交じる口調でそう言った。


「十一ページの左上から三番目の品、良いんじゃないか?」


「あ、私もそれが良いと思ってた」


「じゃあ指輪はこれで決定。ドレスは買うか? 借りるか?」


「買っていいって」


「そんじゃ気合を入れて決めなきゃな」


「色々良いデザインがあって目移りするねー……」


「熱いわね」


 背後から声をかけられて、優助は振り向く。

 人がいる気配はしていたので、驚きはしなかった。


「なんですか、月夜さん。こっちは結構忙しいんですけど」


「様子を見に来ただけよ。屋上に出たかったのもある」


「つっても寒いですけどね。今冬ですし」


 事実、屋上には冬の制服をも貫通するような寒風が吹いている。手は赤くなっていた。


「まあ、楽しみなさい。日常はかけがえのないものよ」


 そう言って、手を振ると、月夜は去って行った。


(なんだったんだろう……)


 優助は戸惑うしかない。


「誰?」


「月夜さん」


 冬音の問いに答える。


「月夜さんの顔をイメージしながらドレス決めたら殴るわよ」


「しないしない。冬音の写真があるから大丈夫。けど、全身図がないな。お前カップいくつだっけ」


「デリカシーのない男は嫌われるよ優助」


「いいじゃん。教えろよ」


 からかい混じりに言う。


「セクハラだあ……自分の手で確認したでしょ?」


「まあ、それもそうか」


 そんなこんなで、短い時間を見つけては式の準備をした。

 呼ぶのも家の人と少数の知人だけ。だから、教会で小さな式を上げることになった。


「キリスト教じゃないけど教会で式挙げて良いのかな?」


 冬音が不思議そうに言う。


「キリスト教じゃないけどクリスマスは祝うだろう」


「それもそうか。そうだねえ」


 冬音は楽しげに言う。

 それが、優助の心の慰めになった。

 マンイーター事件は解決していない。犯人は未だに町に潜んでいる。何処に行ったかもしれない。この町で犯行を繰り返すかもしれない。

 銃による不意打ちは熟練の召喚術師とて対応が難しいだろう。

 先の事件は、相手による宣戦布告といったところか。


 優助は、その事件に関わりたいと、今も思っていた。

 子供のことを考えると関わらないのが一番だ。

 気がつくと、しがらみができている。


 子供を持つと、勇敢も無謀に書き換えられる。

 今の自分にできることは、冬音と子供を幸せにすること。わかっているつもりだった。けれども、事件の話を聞いて、悪い癖が出た。

 悪い癖は、押し込まなくてはいけない。


 仮眠の時間になった。冬音と短いメールのやり取りをして、待受け画面を眺める。布団の中を、薄っすらとした光が照らしていた。

 その時、ベッドが新たな重みに歪んで、優助は戸惑った。

 布団の中に、誰かが入ってきた。


 月夜だ。


「……俺、もう寝ますよ」


「うん、知ってる」


 月夜は、微笑む。


「結婚前で妻子持ちです」


「うん、知ってる」


「同衾されると困るんですが」


「邪念がないから大丈夫」


 そう言って、月夜は笑う。

 敵わないな、と思う。


「君の、多くのものを守りたいと思う気持ちは立派だ。見習いたい」


 思いもしない言葉に、優助は戸惑った。


「けど、本当に取りこぼしたくないものを掌の中央に置いておくんだ。人間が守れるものは、意外と少ない」


「……やけに実感が篭った言葉のように思います」


「私達は喪っているからね。母を」


 そう言って、月夜は優助の胸板に額をくっつけた。

 操作しないままに一定時間が経ったせいで、スマートフォンの明かりが消える。

 暗闇の中、二人は密着していた。


「お母さん、ですか」


「そう。私達を守って、亡くなった」


「いい人だったんだろうと思います。月夜さんと真昼さんは二人共明るいから」


「いい人だったよー。いつも私達を包んでくれた。けど、その大事な人を私達は守れなかったんだ」


 優助は、返事ができない。

 ただ、額から伝わる月夜の温もりを感じていた。


「今、貴方が大事にするべきは、冬音ちゃんと子供との三人の生活でしょう? それを、掌の中央に置きなさい」


「……わかりました」


 これが大人になるってことなのだな、と優助は思う。

 強くならなければ、責任は負えない。

 妻子持ちになることで、優助は揺るがなくならなければならない。


「そろそろ布団から出てってくれるとありがたいんですけど」


「ありがたい話をしてあげたのに、そっけないなー。浮気の一つや二つ男の甲斐性よ」


「けど月夜さん、自分の彼氏が浮気したら怒りますよね?」


「うん、ブチギレる。刃傷沙汰になるかも」


「冬音は刃物よりヤバイスキル持ってるんで勘弁してください」


「仕方ないなあ。今日は引いてあげよう」


 どこまでが本気かは分からないが、月夜はベッドから出ていった。

 残り香に惑わされないように、優助はもう一度待受けの冬音の写真を見て眠りに落ちていった。



+++



「今年も終わるねえ」


 月夜が、しみじみとした口調で言う。

 学校はもう冬休みに入った。

 体育館が使い放題だと真昼は喜んでいる。


「来年の抱負はありますか?」


 優助は訊ねる。


「来年は卒業だからねー、私達。別の部署でも頑張りましょうってとこかな」


「ああ、そうなんですか」


「その代わり新入りの子が入ってくると思う。存分に鍛えてあげて」


 そう、月夜は妖しく微笑んだ。


「どうなんでしょうね。守られる身の上ですゆえ」


「後輩にはどーんと強気にでないと舐められるぞう」


「そうですねえ……」


 地下室に沈黙が漂った。


「残念かい?」


「残念ですね」


「おや、正直だ」


 月夜は愉快げな表情になる。


「せっかく仲良くなったのに、とは思います」


「そっかそっかー。後輩が残念がってくれるなら私も先輩冥利に尽きるってもんだよ」


「惑わされるな、優助」


 汗をかいた真昼が、階段を降りてきた。


「俺達は多分寮の管理人としてこの地に残る。第三形態は中々代えが効かんからな」


「その割には身近に第三形態の術者が多いんですが」


「それはお前が先守の人間だからだ。普通の召喚術師の大半は一生のうちに第三形態と仕事で組むのは一度や二度だな」


「レアケースの密集地帯というわけですか」


「そうなる。お前は十分強い。相対的に見るとそうでもないんだが、一般人としては飛び抜けている」


「なんでバラしちゃうかなー。しんみりした空気を楽しもうとしていたのに」


「惑わそうとしていたんだろ」


 真昼はからかうように言う。

 月夜は苦笑した。


「ちぇっ」


「優助ー、移動の準備はできたー?」


 明日香が階段を降りてくる。


「ああ、準備も覚悟もできた。後は秋奈叔母さんが来るのを待つだけだな」


「着替えって何処でするのかなあ。ヘアメイクもどこかで頼まないと」


 月夜が興味深げに訊く。


「着替えてそのまま行けば良いんじゃないか。それにしても礼服を買う良い機会だった」


 そう言って、真昼はシャワー室に入る。


「飛行機に振り袖で行ったら目立つこと半端ないじゃない」


 月夜は不服げに言う。


「わざわざ遠出してもらって心苦しいばかりです」


「どうせ成人式でも着るしね。ねえ、着付けできる人いるかしら?」


「直前でとんでもないことを訊きますね。確認してみます……」


「優助の式が急すぎるんでしょ?」


「引き伸ばしたらお腹大っきくなるから仕方ないじゃないですか!」


「智子のお母さんが着付けできるよ」


 明日香が楽しげに言う。


「私も振り袖買ったから聞いてみたんだ」


「はー。あれだな。馬子にも衣装」


「見て後悔すんなよな。私を選べば良かったって」


「冗談は程々にしておけ明日香」


 明日香は、真顔で黙り込んだ。

 沈黙が部屋に漂う。


「なんだよ、なんか言えよ」


 優助は、悪いことでも言ってしまっただろうかと萎縮してしまった。

 明日香は、突如笑い始めた。


「くっくっく、悪いこと言ったかと思ってビビってやんの。」


「お前なあ……」


「さて、順番にシャワー浴びたら行きましょうか。朝一の飛行機の時間が近づいてるわ」


「はーい」


 月夜の言葉に、二人は異口同音に答えた。

 今日、自分は夫になる。不思議な気分だった。

 一人だったものが二人になり、子供ができることによって三人になる。

 けど、朝からやけに晴れやかな気分だった。

 今日は一生で一番良い日になりそうな気がする。そんな予感がした。


 秋奈と合流し、飛行機に乗る。優助は、ダウンしていた。


「どうしたの? 優助……」


「気圧の変化についていけないのか頭痛が酷い……駄目だ、俺、今日死ぬんだ」


「式の前に新郎が死ぬとか縁起でもない」


「たったの一時間よ、我慢なさい」


 秋奈が口を挟む。


「乗り物酔いの薬ならあるからあげようか?」


 月夜が訊いてくる。


「お願いします……利くか怪しいけど」


「席変わってあげるよ。窓の外見れたほうが良いでしょ」


 そう言って、明日香が立ち上がる。

 二人は座席を交換した。

 そして、乗り物酔いの薬が明日香経由で回ってくる。

 それを、優助は祈るような思いで飲んだ。


「高い……」


 優助は、窓の外を眺めて言う。


「こんな場所で襲われたらどうなるんだろうな……」


 頭痛に苦しみながら、呻くように言う。


「予知能力者によればこのフライトにおけるトラブルは一切ないとのことよ」


 秋奈が新聞を開いて、淡々とした口調で言う。


「そんな便利な能力者、いるんだ……」


「凄く気まぐれな能力だから、普段はあてにはならないんだけれどね」


「そうですね。俺のこの頭痛ってトラブルも見落としているんだもの」


 そう言って、優助は椅子に深々と体重を預けた。

 頭痛は収まらない。

 地獄のようなフライト時間が過ぎた。

 飛行機は、無事着陸した。


 よろけながら、タラップを降りる。

 そして、タクシーに乗って家路についた。

 懐かしい景色が視界に広がる。


 そうだ。ここは自分の生まれ育った地。自分のホーム。


「都会だねえ」


 月夜が、感心したように言う。


「全体的にはそうでもないんですよ。うちの辺りは稲穂が揺れてるような田舎だ」


「ふうん」


 優助は、頭痛から少しずつ立ち直りつつあった。


「両手に華だね」


 月夜が、呟くように言う。

 左隣には月夜、右隣には明日香が座っている。


「冬音が誤解しなければいいけど」


 明日香が、からかうように言う。


「勘弁してくれよ……頭痛の次は喧嘩とか俺嫌だぞ。晴れの舞台だぞ」


 けど、薄々感じていたのだ。

 今日の自分は、運が悪いと。


「冬音ちゃんって嫉妬深いの?」


 月夜が興味深げに言う。


「うーん、優助がにぶちん過ぎて苛々させてしまう感じ?」


「そっかあ。じゃあ今の状況にも苛々だ」


「どうでしょう。今は貫禄ついてたりして。子供持つと変わるって言いますしね」


「そっかあ、面白くないなあ」


「他人の窮地で面白がらないでくださいね?」


「他人ってなんだよー、水臭い。私と君の仲じゃないか」


「含みをもたせた言い方はやめてください!」


「考えすぎだよ考え過ぎ。ねー明日香ちゃん」


「そうですね。優助は意識しすぎなんですよ。ねー、月夜さん」


「ねー」


「俺を苛める時だけ意気投合しやがって……」


「女二人に男一人なんてこんなもんだよねー」


「優助って子供いるのに童貞臭さが抜けないのはなんででしょうね」


「二人共いい加減怒るよ」


「はい」


 沈黙が漂った。

 なにか喋らなければ。そんな焦りが、優助を苛む。

 優助は、結局うなだれた。


「わかりました。好きに盛り上がってください」


「いえーい」


「やっほー」


 そう言って、月夜と明日香はハイタッチした。

 散々言葉で嬲られて、教会に到着した。


 教会の前で、彼女は立っていた。

 頬と鼻の頭が赤く染まり、吐息は白い。

 冬音だ。

 月夜がタクシーの料金を払うと、明日香を押して、優助は車の外に飛び出した。

 そして、冬音の傍に駆け寄る。


「どうした。こんな寒空の下で。鼻の頭が赤くなってるぞ」


「優助と一刻も早く会いたくて……」


「妊婦が体を冷やしちゃ駄目だ。教会の中に入ろう」


「うん」


 冬音は微笑んで、教会の中へと入っていった。

 身内だけの小さな式だと聞いていたが、思ったより人がいた。

 というか、親族と智子親子と燕の他に、見知らぬ人が多数いた。

 訊くと、冬音が同僚達を呼び、その同僚が更に知り合いを呼び、その知り合いが更に知り合いを呼び、といった感じで増えたらしい。

 曲者揃いといった印象だった。


「人の少ない式よりは楽しいよ。ちょっと恥ずかしいけれどね」


 そう言って、冬音ははにかむように微笑んだ。


「優助のところは、同僚の二人さんだけ?」


「うん」


「何でも屋はやってないんだ」


「忙しくてな。忙しくなくても、卒業しなければならないんだろう」


「そうだね。今日から、私だけを見て」


 そう言って、冬音は幸せそうに微笑んだ。

 運が悪いなんてとんでもない。

 人生最高の日だ。



+++



 結婚式の会場で、スキルユーザー対策室職員の遠夜は違和感を覚えていた。

 風を操って確認すると、扉の向こうに気配がある。まるで、聞き耳を立てているかのような。


「なあ、式に呼んだ面子は全員いるのか?」


 同僚の君枝に訊ねる。


「えーっと、どうなんだろうね。私が知らない人も結構いるからなあ……」


「じゃあ、俺達の知り合いは全員いるかチェックしてくれ」


「ん? わかった」


 遠夜は、優助や親族らしき人々と談笑している冬音の傍に行く。


「冬音。この部屋に呼んだ人は全員いるな?」


「遠夜さん。えーっと、帳簿と照らし合わせてみるね」


 冬音は燕に質問しつつ、帳簿のチェックを終えた。


「うん、全員いる」


 これは、危ないかもしれない。そう思った。

 先守は詠月と敵対する組織にとっては目の上のたんこぶ、六家の一角だ。

 それを狙う人間は少なくない。

 遠夜は気配のする扉の前に立つと、風の力を掌に溜めた。

 そして、衝撃波として扉の向こうに放った。

 扉を開ける。

 そこには、太った神父が倒れていた。

 遠夜は真っ青になった。

 音も立てずに扉を閉める。

 神父の頬を張る。


「おい、起きろ!」


 声を殺し、言う。

 再び、神父の頬を張る。


「あんたがいないと困るんだよ、起きろ!」


 しばし、遠夜は待った。しかし、神父は目覚めなかった。

 またしばし、考え込む。

 背後の扉に、気配がした。

 遠夜は慌てて、掃除用具のロッカーに神父をねじ込んで扉を閉めた。


「遠夜君。皆準備するから君もおいで」


 君枝だった。


「ああ、わかった。そうだな、良い式になるといいな」


「うん? 直前まで愚痴愚痴文句言ってなかったっけ」


「いや。今日は良い結婚日和だ。新郎と新婦が幸せになるといいな」


「そうだね。たまには素直になる遠夜君のそういうとこ、好きだよ」


 君枝はそう言って、悪戯っぽく笑うと、扉を閉めた。


(……どうしよう)


 遠夜は、掃除用具のロッカーを眺めて考え込む。


(知らなかったことにしておこう)


 そう思い、元居た部屋に戻った。

次回『結婚式2』

結婚式は2で終わりです。

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