マンイーター事件
優助達は月夜の車に乗って、町の中央の駅にやってきていた。
月夜が車を停めて、一同は外に出る。
そして、月夜の先導に従って歩き始める。
「資料は貰ってきたのよね」
そう語る月夜の手にはクリップで留められた紙束がある。
そうして彼女は周囲を眺めていると、一点に視線を止めた。
「ここだわ」
そう語る彼女の視線の先には、おびただしい血痕があった。
「ここで被害者は撃たれた。角度から見てやや左前方からね。そのまま銃弾は被害者の腹部を食い破り、駅に傷をつけた」
「傷跡はありませんが?」
優助は不思議な思いで問う。
「そこは、詠月の隠蔽工作よ。遺体の状況や周囲の損害の写真があるけど、見る? 見て気分の良いものじゃないけどね」
「……見ます」
月夜は二枚の写真を優助に手渡した。
優助の顔から表情が消える。その心に、強い決意が生まれようとした。被害者の腹部には大きな穴が空いていたのだ。
「召喚術師の仕業ですね」
「一時は、珍しい狙撃型召喚術師ということで坂巻楓さんが疑われた。けど、その時間帯の彼女のアリバイは完璧だった」
「謎は謎のまま、と言うわけですか」
「そうなるわね」
「駄目だよ、優助」
明日香が、怯えるように言う。
「俺のスキルは召喚術も無効化する。きっと銃弾だって……」
「不意を突かれたらそれで終わりでしょう? 子供を残して死ぬ気?」
子供のことを言われたら、弱い。しかし、犠牲者を放置しておけないと思う優助もいるのだった。
「けど、俺のスキルは今回の事件の役に立つ。上にそうかけあってもらえないだろうか、月夜さん」
「有り体に言えば……」
月夜は、妖しく微笑んだ。
「無理ね」
「月夜さん!」
「貴方達は要塞で護衛されている要人なのよ。その辺りを弁えて行動するのねー」
「けど、俺の力は役に立つ」
「優助、いい加減に……」
明日香が、会話に割って入ってくる。
「そんな台詞、私に勝ってから言いなさいな」
月夜が、からかうように言った。
優助は光を腕に灯した。
覚悟を示したつもりだった。
月夜にも、それは伝わったようだった。
「ここは狭いわね。山の公園に行きましょう」
そう言って、月夜は車に乗る。
全員が乗るのを待って、車は発進した。
そして、山の公園で停車する。
第三形態との戦闘経験は一度ある。
圧倒的な破壊の力だった。
しかし、優助は凌いだ。
だから、今回もなんとかなるのではないのかという目算がある。
いや、なんとかしなくてはならないのだ。
車から降りて、公園の中央で優助は月夜と向き合った。
「ルールは、なんでもありで。武器の使用もなんでも可とする」
「わかりました」
「刃は落としてあげるわ。じゃあ、スタート」
そう言った瞬間、月夜が大剣を出現させて、構えながら突進してきた。
優助は手に光を灯す。それを盾状に展開して相手に向けた。
盾に触れる瞬間、月夜の体が上空へと飛んだ。
大剣が降ってくる。
それを、優助は手で払った。
刀身が消える。しかし、中央部分が消えただけで、その先端と持ち手は変わらず優助に向かって突進してきていた。
痛みが優助の腹部に走る。
「まだまだ!」
背後から掌底を叩き込まれる。優助は吹っ飛んで、転がった。電流が走ったような激痛が背中からしていた。
相手の動きについていけていない。
光を体に纏わせて、怪我の処置をする。
完全回復まで一分。骨も折れているだろう。
母が、どれだけ手加減をしてくれていたかを実感する。
「で、諦めは、ついた?」
月夜が、楽しげに聞いてくる。
優助は、ゆっくりと立ち上がった。
「生憎ながら、まだ」
「そう」
月夜は風となって駆けた。
その膝が優助に突き出される。
優助はそれを躱し、月夜を背負い投げた。
動きに対応でき始めている。
そして、優助は光の盾を月夜に押し付けた。
月夜の腕が、光の盾を突き破る。そして、その手に巨大な剣が召喚された。
その先端に額を突かれて、優助は後方へと倒れた。
「貴方のスキルは確かに有用かもしれない。けれども、盾状にしても前方にしか対処できないし、通常の物体を防ぐことはできない。付け入る隙は多い」
優助は、また立ち上がる。
「……見上げた根性ね。けど、貴方はまだ未熟だわ」
「やっと動きに慣れてきたところです。次は対処できる」
「そう」
月夜が大剣を振るう。それを、優助は間一髪で回避した。
大地に当たった大剣が土を吹き飛ばして周囲に散らせる。
その時、優助は前進して大剣に抱きついていた。
大剣が消える。月夜の表情が変わる。
彼女はもう片方の手に大剣を浮かべた。
その時、優助の拳が月夜の顎を打っていた。
脳震盪が起こったのだろう。月夜はしゃがみ込む。
硬化した第三形態の肌。優助の光は、その硬化をも無効にする。
大剣を奪い取ると、優助は彼女に突きつけた。
「これで、俺の一勝です」
「甘い!」
月夜が一瞬の動作で動き出す。
その肘が、優助の腹部を打った。
体に走る鈍痛。優助は血反吐を吐く。
そのまま、後方へと吹き飛んだ。
「第三形態は全身が凶器よ。武器を奪ったからと言って油断しないことね」
「今のは、俺が剣を振り下ろしてたら勝ってた」
優助は、痛みを治癒しながら言い返す。
「負け惜しみね」
優助は、ゆっくりと立ち上がった。
「認めなさい。貴方自身の能力は後方支援向きだと」
「認めない。俺には力がある。人を守る力がある。それがありながら死に行く人を見過ごすのは、怠惰だ」
「……しつこいわね」
月夜が大剣を杖のようについて、呆れたように言う。
「今だけで骨折、内臓破裂、色々と痛い思いを経験したと思うのだけれど。貴方を突き動かすのはなに?」
「なにも守れなかった。けど、守る力を得た。だから、俺は戦う。けして退かない!」
「……長生きできないわよ」
月夜は、ほとほと呆れたとばかりに言った。
「優助、矛盾してるよ!」
明日香が、叫ぶ。
「それは、冬音を守りたくて得た力なんでしょう? 冬音を守りなさいよ!」
優助は、頭が真っ白になった。
いつからか歪んでいた自分の内面が露わになる。
「終わりね」
いつの間にか、月夜が傍に来ていた。
大剣が振るわれる。
優助の意識は、闇の中に落ちた。
+++
「いててて……」
意識が覚めると、後頭部に痛みを感じた。
揺れている感覚がある。なにかの乗り物の中のようだ。車だ。
「一応、後頭部の治療はしておいてね。内出血してたとかだと怖いからね」
運転席の月夜に促されるままに、優助は治療を開始する。痛みが、徐々に引いていく。
「第三形態の動きにあこまで対応できる一般人はそうはいないわ。明日香も、真昼を破った。よほど、良い師がいたのね」
「ええ、まあ……」
負けか、と優助は窓の外に視線をやる。
「今度、俺にも召喚術を教えて下さいよ。前提条件が不利すぎる」
「いいわよ、と言いたいところだけどどうでしょうね……貴方は、力を持つと暴走する気がする」
「力は、あって損はないものです。この力がもっと前からあれば、入院する冬音を助けることだってできた」
「身内を助けようとしているうちはいいわ。貴方は赤の他人をも救おうとする」
月夜は、疲れの滲む口調で言う。
「なんでかしらね」
優助は、返事の言葉を失う。
「力を得るということは、葛藤を背負うということだわ。貴方は妻子のことだけを考えていればいい」
「守られる鳥籠の中の鳥でいろと?」
「まあ、有り体に言えばそうね」
月夜は、肩を竦めて悪びれずに言う。
「私だって、世界中の人を守れるならそうする。けど、守ろうとしても掌からこぼれ落ちるものはある。規模が大きければ大きいほどそうだわ。だから、本当に大事なものだけを掌の中央に置いておくの。けしてこぼれ落ちぬように」
「……月夜さんの守りたいものってなんですか?」
「自分と真昼の命」
月夜は淡々と、言い聞かせるように言う。
「今は、優助君と明日香ちゃんの命もそうね」
優助は黙り込む。そうと言われてしまえば、迂闊なことはできない。「
「たまには守られる側になりなさい、優助君」
一瞬、冬音の顔が脳裏に蘇る。
「……はい」
優助は、頷いた。
その時のことだった。
外を眺めていて、優助は思わぬものを見た。
「ちょっと、車停めて下さい!」
「ん?」
月夜は、言われるがままに車を停止させる。
優助は、車から飛び出した。
駆ける。駆ける。その背中を求めて。
そして、掴んだ。
彼女は、振り向く。茶髪になってカラーコンタクトも入れているようだが、間違いようがない。その彫りの深い顔立ちと、雪のように白い肌。
ネームレスだ。
「なにしてんだよ、レス……」
ネームレスは駆け出す。優助は、その後を追った。
人混みの中を駆けて行く。そのうち、路地裏に誘い込まれた。
そうして、人の視線がなくなると、彼女は自ら優助に抱きついてきた。
柔らかい温もりに、優助は戸惑う。
「会いたかったわ、優助」
「何故お前がここにいる? お前が冬音を操っていたと言うのは本当なのか?」
「貴方は卵。生まれ出ようと母に抱かれている。その嘴は、卵の殻を砕きつつある」
「レス、問いに答えてくれ。お前は、本当に敵なのか?」
「予言するわ、優助。貴方は、強い。誰よりも強くなる。だから……私は最強の貴方に傅くために、今は敵となる」
「レス?」
「じゃあね」
そう言うと、レスは再び駆けて行った。
細い道だ。優助が進むには少し狭い。
そうして躊躇っているうちに、レスは消えてしまった。
「優助! いきなり視界から消えないで」
明日香の恨みがましげな声が背後からしていた。
「レスがいた……自分は、俺の敵なのだと」
「ネームレスが?」
遅れて追いついてきた月夜が、怪訝そうな表情になる。
「包囲網を敷くわ。貴方の生活を脅かす天敵よ。必ず捕らえてもらう」
そう言って、月夜が電話をかけ始める。
優助は、自分の手を眺めていた。
「予言するわ、優助。貴方は、強い。誰よりも強くなる」
ネームレスの言葉が、脳裏に響いていた。
(本当か? レス)
手を、中空に伸ばして握りしめる。
(掴みこぼしがないほどに、強くなれるのか?)
自身の中にも、返事の言葉はなかった。
ただ、それほど強くなれるというならば望むところだった。
次回『結婚式1』




