哲三の憂鬱2
「では最近家で起こったことを聞こうか」
哲三はオフィスの椅子に深く身を落としながら言う。
その前に、なにが楽しいのか笑いを堪えている秋奈が立つ。
「まず、冬音が妊娠しました」
「妊娠?」
哲三は、体を起こして眉間にしわを寄せる。
「相手は誰だ」
「優助」
虚を突かれたような表情になり、哲三は座り、目を指でマッサージすると深々と溜息を吐いた。
「いつからアレはそういう関係なんだ」
つい、声を荒げてしまう。
「つい最近らしいですよ。性交も一回しかしていないようです」
「一回で子供ができたか……」
「百発百中。恐ろしいものですね」
「姪に追い越された気分はどうかな、秋奈」
「恐ろしいものです」
秋奈は楽しんでいる。哲三を嬲って楽しんでいる。
「それで春香が脳みそお花畑になっちゃいまして、娘には必ずウェディングドレスを着せるのだと息巻いています。お父様にも出席してほしいようですが」
哲三は頭痛がしてくるのを感じた。
「醜聞だ。マスコミに嗅ぎつけられたらどうなるか」
「内密に行うだけの冷静さはあるようですよ。親族だけでひっそりと行おうと」
「……そうか」
優助と冬音がまだ幼い子供だった頃のことを思い出す。二人共、お祖父ちゃんお祖父ちゃんと懐いてきたものだった。
それが、人の親となるという。
早すぎる、という思いもあるし、相手が相手だ。哲三の憂鬱は晴れない。
「お前達は家でなにを見ていたのかな」
「またまた。滅多に家に帰る暇もくれないのはお父様じゃないですか」
それを言われると、哲三は弱い。
秋奈の唇の両端が、上を向いた。
「優助は優助で、自分は土方をして冬音はパート、そんな生活も良いかもしれないとこぼしていたようです」
「……若さとは恐ろしい」
「勢いで物事を決めますからね。ネームレスに狙われている自覚があるかは怪しいところです」
「秋奈。この際だ、お前も結婚しろ」
「お父様が前の相手で納得してくれていたら私にも今頃年頃の子供がいたでしょうね」
秋奈は、笑っている。
こうなって一番面白がっているのは彼女かもしれない。
彼女は突きつけたいのだ。哲三の過ちを。
「召喚術師の家系から相手を見繕う。まあお前はとうが立っているが貰い手はあるだろう」
「おやおや、これはこれは……」
秋奈は、喉を鳴らして笑った。
「思わぬ飛び火だな」
「笑い事ではない」
哲三は苦い顔になる。
「しかし、今回のことでつくづく自分は人の上に立つ器ではないと思わされた。秋奈。臨時の当主になる気はないか」
「お父様。私は物事をなあなあで済ませる嫌いがあります。そこをお父様は冷徹に処理する。私こそ器ではありません」
冷徹、という部分が嫌味に聞こえたのは気のせいか。
「ともかく、跡継ぎの子供です。丁重に扱うべきでは?」
「……冬音は出産が終えるまでスキルユーザー対策室から外す」
「まだ早いのでは?」
「万が一、ということがある。それに、腹が膨らんだ状態を他人に見せると説明が難しくなるだろう」
「なるほど。お得意の隠蔽ですか」
「ああ。それに結婚式だったな……」
哲三は手を前後に動かし思考を張り巡らせる。
「前にアレが移動した時はネームレスに襲撃されたのだったな」
「ええ。ネームレスの狙いは優助だと見るべきでしょうね」
「なら、追加の護衛としてお前が送り迎えしてやれ。お前がいれば不覚は取らんだろう」
「おや、お父様は随分私を評価してくださっているようだ」
「まともにやればお前は負けんよ。まともにやればな。刀剣姫」
哲三は椅子に深々と体重を預けて溜息を吐いた。
「しかし、冬音と、優助か……真実を明かすのが早ければ、また変わったのだろうか」
「タイミングによりますね」
「タイミング。まあそうじゃな」
「ちなみに五年前にファーストキスは済ませていたそうです」
「……なかったんじゃないか? タイミング」
「まあ、有り体に言えばそうですね」
秋奈は面白がっている。
哲三は、憂鬱になった。
娘には恨まれ、孫はインセスト・タブーを犯す。
自分の晩年は一体なんなんだろうという気分になる。
それでも、自分は先守最強の戦士である。
休むことは、許されない。
「……引退したいよ、秋奈」
「自分で決めたしきたりです。後代に伝えるのはお父様の仕事だと思いますが?」
「……」
反論できずに苦い顔で黙り込んだ哲三だった。
「もういい、行け」
秋奈は頷き、思い出したように言葉を続けた。
「そういえばもう一つ」
「ん? なんだ?」
「優助達が暮らしている市で、召喚術による犯罪が起きました」
「ほう……」
「ネームレス関連ではないかと私は思っているのですが」
「それは経験則か? 直感か?」
「……まあ、直感ですね。ネームレスがあの土地に移住したのは確実なようですし」
「ふむ」
哲三は、腕を組んで、真っ直ぐに秋奈を見た。
「話してみろ」
+++
人とは変わるものだ。優助を見ていて、呆れるように明日香は思う。
土方をして妻子を食わせるのも悪くない。そんな言葉、スキルと武で多くの人を助けたいと願っていた頃の優助ならばけして口にしない言葉だ。
優助にとって、守るものは既に妻子に変わってしまっているのだろう。
「男だったら秋悟、女だったら秋音にしようと思うんだ」
「名前?」
「そう」
「気の早いお父さんだねー。もう名前決めてるんだ」
からかうように月夜が会話に入ってくる。
「と言っても重要なことですよ。名前は大事です」
「まあ、そだけどね」
月夜は苦笑する。
「結婚式するんだってね。いつ頃?」
明日香は、興味本位で聞いてみた。その場合は、自分も出席しなければならないだろう。
「冬音のお腹が大きくなり始める前だな。俺と冬音はいいと言うんだが、母さんが式はするべきだと主張しているらしい」
「いよいよ両親公認か」
明日香はつい揶揄するように言う。
「あら、式は大事だわ。友人達にも祝ってもらって。私も祝儀は出すわよ」
「ありがとうございます」
優助は頭を下げる。
「けど、友人は呼べないんだよね。優助」
「うーん、まあ、そうさな」
優助は苦い顔になる。
地元では、優助と冬音の本来の間柄は知れ渡っている。素直に祝福してくれる人間が何人いるか。
「あら。親戚だけで内々に?」
「親戚も呼べるか、どうか……」
優助は歯切れが悪い口調になる。
「けど、月夜さんと真昼さんは大歓迎ですよ」
「ありがたいわね」
月夜は苦笑する。
「おい」
真昼が階段を降りてきた。
「また犠牲者だ」
その一言で、場の空気が凍った。
明日香は焦った。
「真昼、優助の前でその話は駄目だって」
「なに? 優助起きてるのかよ」
「生憎ながら起きてますね」
優助が、やや皮肉っぽく言う。
「なんか内緒ごとですか?」
明日香は頭を抱えた。
真昼と月夜はアイコンタクトを交わす。
そのうち、真昼が諦めたとばかりに語り始めた。
「先日、市内で遺体が発見された。銃によって撃たれた痕跡があるが、明らかに常人の仕業ではない」
「と言うと?」
優助が、話の続きを促す。その表情には感情が浮かんでいないように見えた。
「傷が大きすぎる。そんな大口径の銃、常人が使えるわけがない。ちょっとしたロボットアニメのバルカンだぜ。だから、遺体は食い破られたかのようにも見える。よって、本件はこう名付けられた。マンイーター事件とな」
「マンイーター事件……」
「本当に試作ロボットが銃撃してたりしてね」
月夜がからかうように言う。
「馬鹿言えよ」
「あんたら男の子って好きでしょ、そういうの」
「卒業したよ」
そう言って、真昼は肩を竦める。
優助は、考え込んでいる。
嫌な予感がした明日香だった。
+++
授業が終わった。
皆、仮眠に入る。
寝息の中で物音がして、明日香は体を起こした。
案の定、優助が外出の準備をしている。
「寝ない気?」
明日香は、冷たい視線を優助に向ける。
優助はバツが悪そうな顔になった。
「いや、そういう気はないんだが……主退治なら、月夜さん達だけで事足りる」
明日香は溜息を吐くと、優助の胸ぐらを掴んだ。
「マンイーター事件を追うつもりかい? たった一人で? こっちには五万人のフォロワーもいないんだぜ?」
優助は俯いて黙り込む。
「俺は……犠牲者がこれ以上出てほしくないと思っているだけだ」
「あんたの悪い癖だよ、それは。とても、とても悪い癖だ」
優助は黙り込む。
「あんたになんかあったら、冬音はどうなる? お腹の中の子供はどうなる? 考えなしか? 無責任か?」
「お前は、ついてきてくれるだろう」
「タイムアップだよ、優助」
明日香は、淡々と告げていた。
「夢見る時間は終わった。これから私達は、現実を生きていかなきゃいけない。安全圏にいていいじゃないか。それが普通ってことだ」
「これが普通、か……?」
そう言って、優助は手に光を灯す。
「非日常の中でも日常を見出していかなければならない。なんで自分達がここに配備されたのか考えなよ!」
明日香の怒鳴り声で、月夜も真昼も目を覚ましたようだった。
「どうしたの? 一体」
「ただでさえ少ない睡眠時間だぜ。眠らせてくれよ」
「……優助が、マンイーター事件を追おうとしています」
明日香は、淡々と言った。
「ふむ」
月夜は、体を起こしてまぶたを擦る。
「なら、ちょっと事件現場に行くか」
「月夜さん?」
明日香は戸惑った。思いもしない方向に話が転がろうとしている。
「私達は現状、この市でなにが起こっているか知らない。知っておくのは、きっと悪いことではない」
「……明日学校で寝ようっと」
そう言って、真昼は大きな欠伸をした。
今週の投稿予定
・マンイーター事件
・結婚式
・急襲
・召喚術師も優しい夢を見る
番外編 坂巻楓のブレイクタイム




