召喚術師トーナメント
白いパッケージのDVDとゲーム機とテレビが人数分届いたのはそれから数日後のことだった。
真昼がLAN回線がどうのこうのと言いながら全て設置してくれた。
「楽しみだね、冬音と久々に会えるかもしれないよ」
「そうだな」
「浮かれてるの隠しちゃって」
「そうだな」
「……もしかして、緊張してる?」
明日香が、伺うように言う。
「そうだな」
「駄目だこりゃ」
そう言って、明日香はベッドに座った。
召喚術師トーナメント。
昔は一つのマンションだけでやっていたらしいが、スタッフの増加により最近は遠隔地の人間も参加できるようになっている。
ゲームの世界に意識を送り込み、その世界で思う存分実戦を楽しむ。
ゲーム内でいくら怪我を負おうと、現実の肉体に影響はない。
絶好の修行の機会と言うわけだ。
冬音から、メールが来た。
会ったら、抱きしめて。という内容のメールだった。
もちろんだ。と返す。
「おー、開始前からいちゃついてら」
明日香が揶揄する。
「久々に会う恋人だ。それは楽しみだろうな」
真昼も便乗する。
「良かったね、優助君」
月夜は微笑んでいるが、その本心は知れない。
「さあ、開始時刻まで一分を切ったぞ。全員、ゲームステーションの前で待機だ」
真昼の声に従い、各々自分の愛機の前に座る。
そして、テレビ画面から白い光が放たれ、世界を包んでいった。
気がつくと、優助は闘技場のど真ん中に立っていた。
向かいに立っているのは、月夜だ。暗鬱な表情から、そうとわかる。
「月夜さん。お手柔らかにお願いしますよ」
そう、微笑みかけた。
とたんに、月夜の顔が憎悪に染まった。
周囲に、霧が漂い始める。
(このスキル……!)
「ふゆ」
言い切ることは出来なかった。
その時には、優助は氷の槍に喉を貫かれていたからだ。
そのまま、意識を取り戻すと、現実世界だった。
喉を確認すると、傷一つない。
慌てて、冬音に電話をしようとする。
しかし、無駄だと既に悟った。
自分の周囲のメンバーが、意識を失っているのが見えたからだ。
ベッドに座り込んで、溜息を吐く。
「やらかした……」
久々の再会でこの失態。どう挽回すればいいのだろう。
優助は、泣きたいような気分になった。
+++
巨大な火球を回避して、ウィッチビジョンは空を飛ぶ。
楓は相手の攻撃の規模の大きさに戸惑っているようだ。
別の闘技場では氷の盾が銃弾を防いでいた。
そのまま、氷の槍が相手の体を串刺しにする。
別の闘技場では、大規模な竜巻が観客席に迫らんとしていた。
「これがスキルユーザー……」
鳥居翔子は、感嘆の声を上げていた。
今までの戦闘の常識を覆す力だ。
「そうよ」
突然背後から声がして、翔子は心音が跳ね上がるのを感じた。
「彼らは霊脈に近かったり家系に恵まれたりしている分別種だけど。スキルユーザーの中でも上位種と言えるでしょうね」
「燕さん、背後から急に声かけるのやめてもらえますか」
桜井燕は、薄っすらと皮肉っぽく微笑んだ。
「翔子、貴女の桜舞で対応できるかしら?」
「うーん、あの範囲攻撃には手を焼くでしょうね……まあ、実際に退けた経験もあるから負け確とは思いませんが」
「そう言えばそうだったわね。炎には高速移動で、風には演舞で対応できそうね」
「当たりたくないですけどね、正直」
「そうも言ってられなくなるわよ。スキルユーザーは確実にこれからの敵として台頭してくる」
「どれだけ犠牲が出るか……」
「最適化される、という見方もあるけどね」
「けれども、それは冷たい物の見方です」
「そう思ってなきゃやってられないのよ。あるいは木崎零。彼のような召喚術師が何人もいれば大規模殲滅型スキルユーザーにも対応できるのだけど」
「それは贅沢ってものです。零さん、燕さんより強いじゃないですか」
燕は表情を崩さない。
「はっきり言うわね。嫌いではないわよ、貴女のそういう子供っぽいところ」
「ごめんなさい」
今のは完全な嫌味だなあと翔子は思う。
「誰が勝ち上がると思う?」
「スリーピー・ホロウ辺りじゃないでしょうか。天敵の澪さんも零さんも引退しましたし、反射能力者への対策もできているでしょうし」
「じゃあ私は先守明日香に賭ける」
「ずるい、後出しで賭けなんて言うなんて。私、深く考えずに決めちゃいましたよ」
「貴女は選択肢を与えると悩む傾向にあるからね。すぱっと決めさせたのよ」
「ずるいなあ……」
翔子は、観客席に座った。
随分と、周囲の観客も減ってきている。戦闘に負けて、現実世界に戻ったのだろう。
以前のトーナメントでは、そういうことはなかった。戦闘に負けても、観客席で観戦できた。
遠距離のメンバーも参加させてる分、負荷が大きくなっていると見るべきなのかもしれない。
「で、燕さんの贔屓はどの子ですか?」
「闘技場Bで戦ってるわよ。見に行きましょう」
頷いて、翔子は闘技場Bの観客席に移動するように念じる。
すると、一瞬で視界が変わった。
燕は隣りにいる。
二人して、席に座る。
闘技場では、少女と青年が戦闘を行っていた。
+++
先守明日香は戦闘の真っ只中にあった。
相手は真昼。
「つくづく因縁だなあ」
真昼はそう言って肩を竦め、次の瞬間には剣を投じてくる。
それを、明日香は爪で弾いた。
第三形態同士の戦い。
超常の速度で動き回る相手との戦いは、明日香と言えど慣れてはいない。
聴覚を最大限まで研ぎ澄ませる。
頭部に違和感を覚えて触ってみると、犬の耳が生えていた。
「こりゃいいや」
明日香は、苦笑混じりに言う。
「露骨な萌え路線はどうかと思うぜ」
再び、剣が投じられる。
それを、明日香は爪で弾く。
互いに、相手の出方を見ている。
激しい戦闘が目の前に迫っているという予感がある。
「ま、俺はコスプレみたいで燃えるけどね」
「変態! スケベ! えっち!」
明日香は思わず吠える。
その瞬間、真昼は動いていた。
突進からの肘打ち。
それを受けて後方に少し吹っ飛んだ明日香への剣の追撃。
しかし、明日香には相手の行動が全て読めていた。
筋肉の動き。関節の動き。それらを、強化された聴覚が捉えてくれる。
相手の肩を掴んで、その後方へと跳躍する。
前に出ていた真昼は、剣を繰り出しながら振り返った。
その腹部に、明日香の爪が突き刺さった。
真昼の口から、血が溢れ出る。
「あ、大丈夫?」
我ながら間が抜けた質問だな、と明日香は思う。
「だいっじょうぶなわけねえだろ!」
怒鳴って、真昼は剣を振るった。
そして、膝をつく。
その腹部からは、この瞬間にも血が溢れ出ている。
明日香は、勝利を確信した。
しかし、真昼の目は死んではいなかった。
「しゃーない。これはしゃーない。奥の手だ」
真昼は掴んだ剣を消すと、手を掲げる。
「降り注げ、天剣……」
呟くように言う。
危機を察知して、明日香は、炎のスキルに切り替えた。
真昼が、薄く笑った。
「目覚めろ、千鳥!」
聴覚が風を切る音を察知する。
明日香は第三形態に切り替えて、前方へと飛んだ。
後方の床に大量の刀剣が突き刺さった。
そのまま、刀剣の雨は追い続けてくる。
真昼が、震えながら立ち上がった。
その手には、再び剣が掴まれている。
そして、真昼は前方へと飛んだ。
「足を止めた瞬間終わりだぜ、明日香ぁ!」
「やってくれる!」
明日香は真昼を躱し、思わず微笑んでいた。
優助と組手をしていた時のような、適度なスリルがそこにはあった。
明日香は闘技場の中を蛇行しながら走っていく。
そして、真昼に向かって跳躍しようとした。
その瞬間、前方に剣が降り注いで足を止める。
いけない、と思った時には遅かった。
剣の山を突き破って、真昼の握る剣が突き出されていた。
その腕を掴んで、投げる。
空から降ってくる剣に突き刺されて、真昼の姿は消えた。
「勝者、明日香!」
アナウンスが響き渡り、歓声が上がる。
明日香は微笑んで手を上げて、それに答えた。
+++
「くーやーしーいー」
真昼がベッドの上で転がる。
「明日香にまーけーたー」
「顔見知りに負けたならまだいいじゃない」
月夜が呆れたように言う。
「しかも自滅だーったー」
「愚かね」
月夜は苦笑混じりに言う。
「そういう月夜も負けたんじゃんかよ」
「本調子じゃなくてね」
淡々と月夜は言う。
これは不機嫌な時の月夜だ。そう思い、真昼は口を噤む。
その時、明日香が目を開いた。
「負けたぁ」
「相手は誰だ?」
真昼が食いつくように訊ねる。
「ウィッチビジョン……」
「それは仕方がない」
真昼は納得したように言うと、両手を合わせた。
「ご愁傷様でした」
「うっわ、ムカつく」
「こっちはお前に負けてムカついてるんじゃー!」
「負けは負けでしょー」
枕の投げ合いが始まる。
そのうち一投が、月夜の顔に当たった。
空気が凍った。
「ごめん、月夜さん。はしゃぎすぎた」
真昼は正座になって、謝罪の意を表明する。
「……優助は?」
明日香が、戸惑うように言う。
「電話よ」
淡々とそう言って月夜は枕を投げ返すと、その場を去っていった。
+++
「月夜さんって、誰?」
長い沈黙の後、冬音が発したのは、その言葉だった。
「こっちの知り合いでだな、冬音と凄く似ててだな」
「いくら似てるからって、恋人と見間違う?」
「それを言われたらぐうの音も出ないが、お前の緊張した表情と月夜さんの憂鬱そうな表情を勘違いしてだな」
また、沈黙。
こんな調子だ。
せっかく会えたというのに、結果は台無しになった。
だから、二人は会話に困っている。
「こっちでね、新しい護衛ができたの」
「聞いたよ」
冬音が話してくれて、優助は安堵する。
「男の子なの」
「そうなのか」
「いつも一緒で、友達からは恋人だって思われてるの」
冬音の声が、震え始めた。
「優助はどう思うの?」
頭が真っ白になった。護衛が男になったならそれはそれで仕方がない話ではないか。
けど、そういう話ではないのだと直感的に気がついた。
冬音が今求めている言葉はなにか。それを、真剣に探した。
すると、答えはあっけなく見つかった。
「会いたいのか?」
一拍、間が空いた。
「会いたいに決まってるじゃない!」
悲鳴のような絶叫だった。
辛い思いをさせたと思う。
遠距離で、顔も見れず、ついには声すら聞けなくなった。
そんな彼女に、なにをしてやれろだろう。
答えは、一つしかなかった。
「なら、会おう」
「……え?」
「お互いに一日休みを取って、会おう」
冬音は、戸惑うように口籠る。
「本当に……?」
目の前の幸せを疑うように、冬音は言う。
「ちょっと早いクリスマスデートだ。初任給でお前にプレゼントも買っておく」
「優助に会えるの?」
冬音の声が、明るくなっていく。
「ああ、会えるとも」
「それじゃあ、職場の人と交渉する」
「ああ。俺も、そうする。都合の良い日を合わせよう」
冬音と、会う。
会えば、遠距離恋愛の停滞感もなくなるだろう。
そう、優助は信じた。




