黒幕達の会話
小さなホテルにセレナは到着した。
通称ネームレス。詠月から危険人物として扱われている人物だ。
破れたリュックに包んできた荷物を地面にばら撒くと、早速電話をした。
数コールで相手は出た。
「ついたわよ。早速詠月らしき相手に狙撃されたけど」
「狙撃か。多分ウィッチビジョンだな。君、町に入る方角は決めておけと忠告してなかったっけか」
事実なのでぐうの音も出ない。
なので、ただ感情をぶちまけることにした。
「散々よ。肉体はバラバラになるし年代物の酒はパァになるし。着替えだって焦げてるわ。お金もない」
「資金なら融通しよう。それぐらいは可能ではある。スカーレットとは合流したか」
セレナは目を細めた。
「相変わらずいけ好かないやつよ。ボロボロの私を見て笑いやがった。ねえ」
「なんだ?」
「あの時、優助の光を突き破って飛んで来た光剣。あれの使い手には紹介してもらえないのかしら」
「我々六家にも管轄というものがある。木崎零も彼の扱う"キー"も僕の管轄外だ。"キー"のない木崎零を仲間にしても意味は無いだろう?」
「けれども、あれは、世界の深部までを書き換える力だった。上書きと言ったほうが適切かもしれない」
セレナは、食い下がる。
「優助にもいずれ、そのレベルの力が備わると僕は信じているよ」
「余裕ね」
「君のように生き急いではいない」
「死は安楽よ。命が永遠に続くとしたらそれは拷問だわ」
「その拷問の中に君はいると」
セレナは、黙り込む。
「色々聞きたい話はあるんだがね。第二次大戦中の話だとか。僕にとってはおとぎ話だ」
「あんまり愉快な話はないわよ。それに、貴方と雑談する気はないわ」
「いいさ。ビジネスパートナーであればいい。で、今回の生贄は決まっているのかい?」
「これから探すわ」
憂鬱な気分になる。自分のために、人を蹴落とす。
(まさに魔女の所業ね)
自虐的に心の中で呟く。
「"キー"はスカーレットが所持している。上手く使うといい」
「わかったわ。じゃあね、ユダ」
「ああ。また」
電話は切れた。
セレナは、ひとまず睡眠を取ることにする。
目立つこの金の髪は染めなければならないかもしれない、と思う。
世界はそれを許してくれるだろうか。
それぐらいならば、許してくれる気もした。
「魔女、か……」
セレナは呟く。
暗澹とした気持ちが心を満たしていった。
+++
「昼の勤務になっちゃった」
申し訳なさそうに冬音が言ったのは、学校の昼休みの時間だった。
優助は屋上に出て、憂鬱な気持ちでその言葉を聞いていた。
「そうか。何時から何時だ?」
「朝の六時から夕方の十八時」
「時間帯が噛み合わなくなるな」
「そうだね。それに、土日の勤務も入っているし。電話は、ちょっと難しいと思う」
冬音の声は、後になるにつれてか細くなっていった。
「大丈夫だ。メールがあるから、連絡はできる」
励ますように、優助は言う。
「そうだけどね。声、たまには聞きたいな」
「昼休みならかけてきてもいいぜ。そっちにも、昼休憩ぐらいあるだろ?」
「うん、まあ、そうなんだけど……」
冬音は躊躇いがちに、次の言葉を紡ぎ出した。
「どんどん、遠くに行っちゃうね」
その一言は、優助の胸に銛のように突き刺さった。
「遠恋だから仕方ない。今は、耐えよう」
「うん……それじゃあ、またね」
「ああ、また」
いつもなら、何時間でも粘る冬音があっさりと電話を切った。その事実も、優助にはショックだった。
冬音が、どんどん遠ざかっていく。
それに対して、優助はなにもできない。
叫び出したいような気分になる。
いつも自分の後を追いかけていた冬音。それに気がついて、手を差し伸べたのが少し前のこと。
二人の精神的な手は、今も繋げているのだろうか。
甚だ不安だった。
「どうしたの、優助」
月夜の声が、背後からした。
振り返ると、菓子パンの袋と紙パックのジュースを片手に歩いてきている。
「憂鬱そうな表情だよー」
「いえ、遠恋って難しいなって」
「今更なんだい」
月夜は滑稽そうに言う。
「時間帯も、すれ違うようになっちゃって」
「連絡も取りづらくなるってか」
「そういうことです」
月夜は、優助の隣りに座った。
そして、優助にも座るように促す。
「言ってたね。未練があって全てを崩せないと」
「ええ、そうですね。未練は沢山あります」
「なら、焦る必要はないさ。未練がなくなった時に考えればいい。それまでは私が遊びに付き合うよ」
「同性の友達誘ったほうがいいですよ」
「明日香ちゃんは私を苦手がってるみたいだし、日常で身近にいるのは君だ」
「真昼さんは?」
「なんで私が弟と遊ばなきゃいけないんだよ泣かすぞ」
「ははっ」
大胆な物言いに、優助は思わず笑った。
冬音の一件で積もった暗鬱な気持ちが、少し溶けていく気がした。
「頼ってもいいんですかね」
「頼っていいよー。私は、お姉さんだからね」
そう言って、月夜は微笑んだ。
それが、冬音の微笑みと被って見えて、優助は少しだけ涙腺が緩んだ。
+++
スキルホルダー対策室の机の上で、冬音は頬杖をついていた。スマートフォンをポケットから取り出して眺める。
優助からのメールがある。それに、短く返信する。
お互いの日常のことも語り尽くした。
共通の話題の少なさが、メールの文字数にそのまま反映される。
このまま自分達は自然消滅してしまうのではないか。
そんな思いが、ある。
「休憩時間中はずっとスマートフォンを気にしているな」
声をかけられて、冬音は振り向く。
弓だった。
「あんたには関係ないわよ」
苦い顔で返事をする。
「そんなに気にするなら電話をすればいい」
「相手は学生よ。学校内の付き合いがあるわ」
「なるほどね。お嬢さんは案外気が利くタイプらしい」
「どう思ってたのか気になるところね」
空気が冷たくなる。今にも凍りついてしまいそうになるほどに。
「電話をしたら迷惑がる相手なのか?」
「私は、自分の贖罪のためにこの仕事についている」
冬音は、自分に言い聞かせるように言う。
「だから、仕事中は極力他のことに気を取られない」
「つっても休憩時間だぜ」
冬音は口を噤む。
口を開けば、感情をそのまま吐き出して垂れ流しにしてしまいそうだった。
だから、今はそれを耐える。
「……まあ、俺には関係のない話か」
「そうよ。貴方には関係のない話だわ。身の程を知りなさい」
「水鏡と先守は同列だ。上下をつけられるのは愉快ではないな」
「私と話してても面白くないのがわかったでしょ。話しかけないで」
弓はそっぽを向いて、気まずげに口を開く。
「これでも護衛だ。護衛対象との関係は円滑にしておきたい」
冬音は呆気に取られた。
「仲良くしたいってわけ?」
「そのつもりだが」
「人の腹を殴っておいてよく言う」
「人の右手をズタズタにしておいてその言い分はないんじゃないか」
冬音はしばし、相手の言葉を吟味した。
私怨を仕事に持ち込んでいる感は否めなかった。
「検討しておくわ。今は、放置しておいて」
「わかった」
そう言われると、弓は自分の席に戻った。
何故、優助のいるべき場所に弓がいるのだろう。
その思いは、今も拭えない。
けれども、彼とやっていかなければならないのだろう。
そんな思いを、冬音は抱いた。
今週の投稿予定
遠距離恋愛
再会の予感
召喚術師トーナメント
涙
家族会議(仮)
寝て起きたら投稿開始すると思います。




