「久しぶり」
「久しぶり」
日曜日の朝、校舎の屋上の壁に背を預けて、優助は電話をしていた。
「久しぶり」
少し緊張が滲む冬音の声が耳をくすぐる。
優助は思わず目を細める。
「この一週間どうだった?」
「スキルユーザー対策室が二交代制勤務になりました」
「そっか。それじゃあ夜勤とかもあるんだ」
「そうだね。お互いに合う時間、ズレちゃうかもね。優助は、学校行ってるんだっけ」
「成績は落ちたけどな。大学には入れてくれるんだと思うし、勉強はしてるよ」
「そっか。大学に行けたら、本州に戻れるね」
「……まあ、そうとは限らないんだけどな」
「そうなの?」
「ああ。祖父ちゃんにまだ話を聞いてない。あの人も、ギリギリになってから話す人だけど」
「そっかあ……」
優助は座り込む。
一週間の緊張が溶けていくかのようだった。
「しっかりしてるな、冬音は」
「優助が考えなし過ぎるんだよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
冬音が小さく笑う。
それだけで、優助は幸せだった。
「親も反対して、家も反対して、こんなの通常の恋じゃない。それでも僕らは交際を始めた。その最後に待つのはきっと、ハッピーエンドじゃない。互いに薄々そう感じているけれど、積み重ねを崩すことに未練があってそれを切り出せずにいる」
脳裏をよぎる、自分の声。
優助は、苦い顔になる。
雰囲気の変化を敏感に察しとったのか、冬音は慌てたように言葉を続けた。
「追加で入った護衛が嫌な奴でさー。昨日、少し痛い目に合わせてやった」
「怖いな、冬音は」
「右手血塗れだったよ。私はお腹殴られたけどね」
「冬音にしては派手なことしてるな」
優助は驚いた。我慢して抱えるのが冬音の性格だと思っていたからだ。
「鬱憤、溜まってるんだ。お祖父ちゃんも、お母さんも、勝手よ。勝手に護衛増やして。勝手に優助を遠くにやって」
「仕方のないことだ。道理に外れたことをしているのは俺達なんだから」
「……優助は、そう思うの?」
冬音の声が、不安に揺れたので、優助は慌てて言葉を続ける。
「それも含めて抱える覚悟はある」
「そう」
冬音は、安堵したように返事した。
「それで、優助は昨日なにしてたの?」
優助は、心に棘が刺さるのを感じた。
月夜に、一歩近づいた。その事実を、ありのまま話せるほど、優助は強くない。
「ああ、職場の人との付き合い。断りきれなくてな。ごめんな」
「ううん、いいよ。職場の人に誘われたら仕方ないよね」
(なにをやっているんだろうな、俺は……)
「冬音を抱きしめたいよ」
「急に、なに?」
冬音が、照れくさげな口調になる。
「もっとキスしたいし」
冬音は黙り込む。
「休日は冬音とベッドで寝転がってたい」
「勉強があるよ」
「そうだなあ……ままならんよな」
「きっと、いつかそんな日がくるよ。私は、そう信じてる」
「そうだな。俺も、信じてるよ」
優助は、優しくそう言った。けれども、内心では信じてなんていない。
最初は、大きな夢を抱えていた。しかしそれは、繰り返される日常の中で摩耗していった。今では、一週間に二度だけ聞ける冬音の声だけが縋れるものだ。
こんな遠くに飛ばされて、この先なにを信じればいいのだろう。
そんな思いが、ある。
+++
「子供のスキルユーザー候補が増えているらしい」
真昼の言葉に、月夜は戸惑った。
「子供?」
「そう。三歳から十五歳の子供が黒い影を見たという報告が次々に上がっている」
「ふうん。興味深いデータじゃない」
「そのうち俺達の相手はスキルユーザーになるのかもしれんな。主達が怒らなければいいが」
「暗い未来を想像してたって仕方ないぜー真昼ちゃんよー」
「まあそうだけどな。俺は軽いように見えて現実主義者なんでな」
「っそ。つまんない」
月夜の言葉に、真昼は口を噤んだ。
そして、窓から見える運動部の活動をしばらく無言で眺めた。
「つまんない、つまんない、つまんない」
月夜は連呼する。
真昼はげんなりとした。
「かと言って俺がどっかに誘ってもつまんないって言うだろ、お前」
「なんで真昼とデートしなきゃいけないんだよ、泣かすぞ」
「荒れてる?」
「荒れてなんかないわよ……」
「そういやあ今頃か。先守の坊っちゃんが愛しい愛しい恋人に電話しているのは」
月夜は口を噤む。
「図星か」
「まあね」
「素直じゃないか」
「素直な日もあるわよ」
そう言って、月夜も窓の外の光景に視線を向けた。
日曜日のこの時間を月夜は好いていた。
鳴り響く吹奏楽部の演奏。外からは運動部の声。なにもすることがない余裕の中で、その音の中に身を沈める。
そうすると、自分の守っているものを愛おしいと思うのだ。
優助に、そんな話をしてみたかった。
同じ気持ちを、共有してほしかった。
「……けど、眼の前にいるのは真昼なのよねえ。やれやれ」
「なにがやれやれだよ。会話が飛んだぞ」
「真昼もちょっとは鍛えればー?」
「俺はジャニーズ系を目指しているんでな」
「よく自分でそういうこと言えるわね。感心するわ」
「鍛えているって言えば、先守の坊っちゃんだな。最近お前はそればっかだな」
「あー。確かにねえ」
沈黙が再び漂う。居心地の悪い沈黙ではない。互いのことを理解している上での沈黙だとわかっている。
「恋しちゃってんのかなあ」
月夜の呟きに、真昼が呆れたような表情になる。
「今更?」
「私らしくないと思う」
「まあな。恋はのめり込むもんじゃないぜ」
「そうなんだけどねー。なんか、ハマっちゃったのよね」
「月夜がそういうタイプだとは思わなかった」
「私も思わなかったわよう」
その時、教室の入り口で物音がした。
月夜も、真昼も、振り向く。
見ると、静香がそこにいた。
「どうしたー、静香」
「先輩とちょっとお喋りしたくて」
そう言って、静香は微笑む。相変わらず小さくてマスコットのような少女だ。
「いいわよ、おいでおいで」
「静香ちゃん今日なんか違う? 可愛いよ」
「口説かない」
そう言って、真昼の頭をはたく。
静香はくすぐったげに笑って、月夜の傍に座った。
(今も、電話してるのかな……)
月夜は、優助に思いを馳せる。
(まあ、してるんだろうな)
諦めに近い思いで、月夜はそう思った。
+++
この市には召喚術犯罪者の脱出を防ぐ門番がいる。
そうと囁かれて何年が経つだろうか。
当の本人である坂巻楓は、今日もウィッチビジョンという巨大な鳥型の召喚獣に乗り、空を飛ぶ。
その時、楓の視界がある人物を捉えた。
あの顔には、見覚えがある。
日本では珍しい金色の髪に真っ白な肌。
(そうだ。先守のあの子達の事件の……)
彼女、ネームレスは、重そうな荷物を背負って夜の車道を歩いていた。
先守明日香の報告にはこうある。
ネームレスには、人を操るような力がある。優助を操ろうとしたこともある。冬音を実際に操った。彼女は優助を狙っている。
しかし、疑問が浮かび上がる。
何故、彼女は先守優助の居場所を特定できたのか。特定材料は内密に処理されているはずだ。
だが、考えても仕方がないことだ。
彼女が実際に追ってきた。その事実に、対処しなくてはならない。
楓は、無言でロングライフルの銃身を呼び出し、手に握った。
そして、スコープの角度を合わせ、照準も合わせる。
引き金を引き、発射。
大爆発が起こり、件のネームレスは木っ端微塵に吹っ飛んだ。
楓が破壊の女王と呼ばれる所以である。
(心配事は一つ減ったか……)
心の中で一つ呟くと、楓は月夜に電話をかけた。
淡々と報告し、淡々と通話を切る。
そして、トランシーバーに向かって呟いた。
「葵が帰って来ないと暇だなあ」
「代役の俺に言うのはあてつけですか?」
信じられない、とばかりに相手は言う。
「いやさ、あんたなんか話題ない?」
「楓さんって長女でしょ」
「うん」
「横暴なところがうちの姉貴に似ています」
「これでも人見知りなんだけどなあ」
楓はとぼけた口調で言って、また地面に視線を向けた。
違和感があった。
本来なら、ネームレスの荷物が地面に散乱しているはずだ。
しかし、その荷物が消え去っている。
全てが焼け焦げたわけではなかったのに、焼け残りが全て消えている。
「……早まったかな」
楓は頭を乱暴にかくと、呟いて、訂正の電話をかけることにした。
次回→来週更新予定




