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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
先守冬音の涙編

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デートと護衛

 その日も冬音はスキルユーザー対策室につめに行っていた。

 中に入ると、全員揃っているようだった。


「スキルユーザー対策室が、二交代制勤務が可能になりました!」


 君枝が行って、紐を引く。天井に設置されたくす玉が割れて、中から紙吹雪が舞い散った。


「いやあ辛い毎日だった。人材がいないというのは苦しいものだった。それも今日までです。スキルユーザー対策室は二交代制勤務を実地します!」


 拍手が巻き起こる。


「はあ……」


 冬音としては実感がわかない。スキルユーザー対策室なんてものは雑なもので、誰かが起きていれば良いだろうの一言の下に運営されている。

 だから、冬音は学校に通っていた頃と同じペースで勝手に通っていたが、そのシステムが変わるということか。


「これからはきちんと勤務表作るよー。ペアでの活躍だからね」


「幸いスキルユーザーは女の子ばっかり。襲われる心配はないわね」


「友美。てめぇ俺になんの恨みがありやがる」


 遠夜が臨戦態勢に移る。


「あら、貴方男だったの。やだわー混ざり込んで」


「てっめぇ……」


 室内に風が吹き始めた。

 二人の間に炎の壁が浮かび上がる。


「そこまで、喧嘩は禁止。じゃあ満遍なくペアトリオになるように私が勤務表作るからね。これからは熟睡できるよ」


 そう言って、君枝は炎を消すと、上機嫌にパソコンにデータを入力し始めた。

 智子が無言で掃除機をかけ始める。くす玉のゴミを皆放置したままだったのだ。呑気なものだと思う。


 今日は、本来は、優助と電話する日だった。

 けど、優助は用事があると言って断った。

 こんなことで疑っていたらキリがないだろう。

 けれども、嫌な予感を拭えずにいる冬音だった。


「誰か、気分転換に手合わせしませんか?」


 冬音の提案に、皆が目を丸くする。


「無理だよー」


 断言したのは君枝だ。


「皆、町を破壊しかねないスキルユーザーだからね。破壊の痕跡は大きく残る。治癒の能力者もいないし、怪我をしてもコトだ」


「しかし、私の能力を強化するというのもここに預けられた主旨だったはずです」


「それもそうなんだけどねえ……燕さんに志染さん貸してもらえるかなあ」


「俺が相手になろう」


 淡々とした口調でそういったのは、水鏡弓だ。


「大丈夫なの? 貴方の能力は知らないけど、大規模殲滅型スキルユーザーと戦って無傷で終わるとは思えないんだけど」


「大丈夫だ。お嬢さんのスキルは把握している。多分、八割から九割の確率で勝てる」


「ふうん」


 冬音は、面白くなかった。

 無言で後をついてくるこの男が面白くなかった。

 今まで優助がいた席をあてがわれたこの男の存在が面白くなかった。

 だから、多少手酷い目に合わせてやるかと思った。


(護衛なんかいらない。優助への想いだけで十分……)


「負けたらあんた、護衛辞めなさいよ」


 冬音の言葉に、弓は僅かに目を丸くした。

 感情はあったのか、と冬音は意地悪く感心する。


「その時は上にかけあおう。だが、俺以上の適任などいないとすぐに気がつくだろう」


「じゃあ、山の上にある原っぱかコーポスミレでやってねー。くれぐれも人目につかないように」


「はい」


 君枝の言葉に短く答えて、一人の護衛対象と二人の護衛は歩き始めた。


「正直、何処へ行くにも三人で邪魔っけでしょうがない」


 冬音は苛立ちを篭めて言う。


(優助と電話できないことへの八つ当たりだなあ……)


 自分の性格が自分で少し嫌になる。


「それは酷いよお、冬音ちゃん」


 智子が憮然とした表情で言う。


「邪魔っけなものは邪魔っけなんだから仕方がないじゃない。よく知りもしない奴と常時一緒。息が詰まるわ」


「まあ、そう言われたらそうなんだけどお……」


 やはりそうだ。普段は本音を隠しているが、智子だって、突然の弓の参加に戸惑っているのだ。

 そのまま、沈黙を背負って三人は山の原っぱにやってきた。


「いくわよ……!」


 周囲に霧が立ち込め始める。それが、冬音を包んだ。

 その一粒一粒が凶悪な氷の刃なのだ。

 冬音のスキル、氷帝は、氷を自由自在に創造することを可能とする。


 弓は、徒手空拳のまま立ち尽くしている。

 動きがない。

 冬音は、氷の槍を作り出して相手に伸ばした。


 その次の瞬間、弓の顔が目の前にあった。


「なっ」


 腹部を殴られて、冬音は膝をつく。

 その時には、少し離れた位置で、弓が自身の血だらけの右手を眺めて立っていた。

 殴った時に刃で傷ついたのだろう。


「これは噂より凶悪だな」


 淡々と弓は言う。

 腹部を押さえて、冬音はそれを唖然として眺めていた。

 相手の動きが予測できない。

 戦闘経験の少ない冬音には、その対処法が思いつかない。


「わかっただろう。俺は役に立つと」


 冬音は渋々ながら霧を消した。

 そして、無言でその場を後にする。

 智子と弓がついてきた。


「あんた、治療受けなさいよ?」


「ああ。心得ている」


 淡々と言う弓が、少し頼りがいのある男のように見えてきた冬音だった。



+++



 月夜とのデートへ行く際に、自分の銀行口座を確認すると、見覚えのない金が振り込まれていた。

 それも、尋常な額ではない。ゲーミングパソコンを買えるぐらいの額だ。

 戸惑いながら一万円だけ下ろして戻ると、車の運転席の窓から月夜が顔を覗かせていた。


「詠月は報酬いいだろう」


「ああ、あれ詠月の報酬ですか。納得」


 口座番号も知らせていないのに律儀なものである。


「毎月あれだけ振り込まれるよ」


「それは心強いなあ」


「けど肩書きが上がらないと一生昇給しないからね」


「それは……」


 四十代になっても今の収入というのはどうかと思うのだ。


「けど、ボーナスはあるから一般人並の生活は送れるよ」


「多少不安ですね」


「優助君には先守本社での肩書もつくと思うから、そっちからの収入もあるんじゃないかな」


「あ、確かに」


 哲三ならば雇ってくれるだろう。なにせ、優助は先守の跡継ぎなのだから。


「まあ、初任給だ。考えて使いなさい」


「……考えておきます」


 車の助手席に乗る。すると、すぐに外の景色が流れていった。

 そして、二人は目的地にたどり着いた。

 車を降りて、その建物の中に入る。


「やっぱり文化を嗜むという意味では映画がベストチョイスだと思うんだよね」


「月夜さん、仕事の話は?」


「親睦を深めてからでもいいでしょう」


 優助と月夜の二人は映画館に来ていたのだった。


「女子校生の頼みよ。少しは楽しげにしなさいよ」


 月夜はそう言って、自分の肘で優助の肘を突く。


「いや、楽しいんですけどね。ポップコーン買います?」


「でかいサイズ頼んで二人で食おうや」


 月夜がそう言って、二人は売店の列に並ぶ。


「通い慣れてますね」


「母親がねー、映画好きな人だったんだ。よく真昼と三人で通ったよ」


「母親、ですか」


「偉い人だったよ。詠月に勤めて子供二人も育てて。私は母さんみたいな母親になると決めているんだ」


 眩しいな、と優助は思う。

 優助や冬音の家族への感情は、ある意味ですれている。それを思えば、この人の真っ直ぐさが眩しく思える。


「うちの母親はあまり家にいない人だったなあ」


「先守って言ったらこっちでも有名だからね。親族は忙しくなるだろうね」


「そうなんですよね。けど、こっちの世界の話はあまり聞かされてなかったから。正直、放置されたと思っていたこともありました」


「それは仕方がないよ。仕方ない」


 二人はレジの前に辿り着いた。


「ダイエットコーラのLサイズ二つとポップコーン一番でかいの一つ」


「一番でかいの食べ切れますかね」


「残ったら真昼が喜んで食うよ」


「あの人凄い細身だけどジャンクフード好きなんですか?」


「大好きだねー。あいつのためにポテトチップスいつも買ってるんだよ」


「よく太らないなあ」


「召喚術の使用にカロリーが消費されるという俗説があってだね」


「へえ」


「だから召喚術師はデブらないの。消耗の激しい高位になればなるほどね」


「本当ですか?」


「私が考えた」


 そう言って、月夜が悪戯っぽく笑うので、優助はからかわれたような気分になった。


「だって、あいつ本当に太らないからさ」


「体質とかもありますよ。俺は太りやすい体質だから間食はあまりしません」


「その分、筋肉がつきやすい」


「まあそうですけどね」


「よく食べることだよ。なにが最後の食事になるかわからないのが私達の家業さね」


 さらりとシリアスなことを言われて、優助は戸惑った。

 母親に向ける純粋な憧れ。仕事環境に対する冷たい割り切り。

 八神月夜という人間は、複雑な形で完成されている。

 それに、興味を惹かれる優助がいた。


 映画鑑賞は、問題なく終わった。帰りに、二人でカフェに入る。

 席に座って各々注文した飲み物に口をつける。


「あのシーン面白かったねえ」


「ああ、あのシーンでしょう?」


「猫が落下したとこ」


 二人の声がハモる。

 一体感を感じて、優助も、月夜も、つい笑ってしまった。


「いやあ、もっと早く優助君と遊びに来るべきだった。やっぱり、持つものは気が合う友人だね」


「……友人は同性で作った方がいいと思いますよ。それこそ、明日香とか」


「異性間の友情は信じないタチ?」


「そういうわけでもないんですけどね。まあ、映画は楽しかったです」


「恋人を裏切ってるみたいで後ろめたいか」


 優助は反論の言葉を失う。


「写真、見せてよ」


「嫌ですよ」


「なんで嫌がるかなあ」


「見世物じゃないんですよ」


「まあそうだけどね。私の方が勝ってるのか負けてるのか気になる」


 完璧にイーブンなんだよな、とは言えない。


「勝ち負けじゃないですよ」


「ふうん……」


 沈黙が漂う。意地を張ったことで空気が悪くなってしまった。

 冬音と離れ離れになってから感じていた弱音が、ぽろりと口からこぼれ出た。


「別れるために付き合っているような気もするんです」


「ふむ?」


 月夜は、興味深そうな表情になる。


「親も反対して、家も反対して、こんなの通常の恋じゃない。それでも僕らは交際を始めた。その最後に待つのはきっと、ハッピーエンドじゃない。互いに薄々そう感じているけれど、積み重ねを崩すことに未練があってそれを切り出せずにいる」


 実際、物理的に優助は冬音と距離を置かされた。強大な家という壁が、二人の前には立ち塞がっている。


「彼女はそこまで深く考えていないと思うよ」


 月夜は、淡々とした口調で言う。


「腹をくくった女は強いんだ。家がなんだ、親がなんだ。きっと相手はそう思っている」


「そうかな……あいつは、全部覆せると信じているのかな」


「覆せなくても足掻いてやる、とは思っているだろうね」


 月夜はコップの中身を一口飲んで、悪戯っぽく微笑んで言う。


「なんか、冬音本人に言われているみたいです」


「冬音ちゃんって言うのか。随分ドラマティックよね。家に反対される事情ってなんだったのかしら?」


「それはー……」


 優助は言い淀む。


「それも言えない、か」


 月夜は苦笑した。


「ミステリアスな男でいたいんだ」


 月夜が普段のからかい調子に戻った。

 それで、随分と気を使わせていたのだとわかった。


「そんなんじゃないですよ」


「私は好きだけどな。ミステリアスな男」


「からかわないでくださいよ。この年頃の男は単純だから、簡単に勘違いしますよ」


「私は勘違いしてもかまわないけどな」


 沈黙が漂った。

 月夜は余裕が漂う表情で、優助は探るような表情で、互いに見つめ合う。


「君には影があるけれど、月の出る夜に影は付き物ってね」


「俺は月夜さんの付属品ですか」


 苦笑交じりに言う。


「嫌?」


「嫌ですよ。俺は他人に依存するほど弱くはないつもりです」


「……立派だと思うよー。優助君のそういう背負い込むところ。けど、今日は弱いところも見せてくれたね」


 月夜は悪戯っぽく微笑む。

 優助は、照れくさいような気分になる。


「一歩、君に近づいた。今日はそれで満足しよう。また来ようね」


 月夜に一歩近づいた。その分、冬音から一歩遠ざかってしまったような気がした。

 かと言って、職場の人との付き合いを疎かにできるわけもない。


「そうですね。息抜きは必要です」


 そう言って、優助は頷いた。


「ラブホ行く?」


「行きません!」


(刺激が強すぎるなー……)


 優助は困っていた。

 ベッドも四人分並んで。

 優助には、性欲を発散させる機会がここしばらくの間皆無と言えた。


(だからって、裏切るわけにはいかないしな)


 ポケットの中のスマートフォンを握りしめる。

 そこに残った冬音の写真が、優助の心の拠り所だった。



+++



「なんか楽しそうに話してるなー」


「そうだねー」


 カフェの店内を眺めて、車内で真昼と明日香は喋っていた。

 運転席には真昼。助手席に明日香だ。


「まあ月夜の息抜きになってるならありがたい話だ」


「私としては生きた心地がしないんだけどね」


「優助食われちゃわないかなってか?」


「そんなんじゃあないけどね」


「そうかなー」


「優助には恋人がいるんだよ?」


「けどさ、わかってるんだろ? 月夜がいれば護衛なんて必要ないってさ」


「それとこれとは話が別だよ」


「正直に分析して、肉弾戦闘じゃお前に分がある。けど召喚術戦じゃこちらに分がある。重点を置くべきは召喚術戦だ」


「スキル戦になればまたわかんないよ?」


「強がりだな」


 真昼は斬って捨てた。


(なんだろう、この男は)


 そう、明日香は思う。

 ずかずかと、人の心に入り込んでくる。

 苦手なタイプの男だった。


「ともかく、私は優助の護衛だ。護衛の仕事をしただけ。手伝ってくれてありがとう」


 感情を篭めずに淡々と言う。


「いやいや、車を出すぐらい軽いもんさ。明日香みたいな可愛い子のお願いなら尚更ね」


「……ナンパなら外してるなあ」


「そうだな。今の口説き文句は古かった」


「あんたの遊び相手の一人になるのはまっぴらごめんだ」


「遊んでるように見えるか?」


「なんかチャラい」


「ぐさっとくるな」


 そう言って、真昼は愉快げに笑った。

 明るい彼の存在に、戸惑っている明日香がいた。

 こんなに軽い男、今まで身の傍にいなかった。


次回『「久しぶり」』

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