新しい日常
自室で勉強をしていた冬音はメールの着信音に胸踊らせた。
スマートフォンを操作して調べると、やはり優助からのメールだ。
こちらにも慣れてきたよ。昼夜逆転で若干厳しい。朝の庭の静けさが懐かしい。じゃあ、また週末電話しよう。
メールの内容は要約すればそんな文章だ。
冬音は上機嫌で翌日の朝を迎えた。
智子に、優助からメールがきたことを伝える。
「へええ、返事は送ったの?」
「週末電話しようで終わってるから返信し辛いのよね。どうしたものかしら」
「かまわないわよお。送っちゃえー、送っちゃえー」
「……それもそうね」
返信を考える。
昼夜逆転は大変ですね。規則正しい生活が一番なんだけど。週末、楽しみにしてます。
そう書いて、送信する。
「こんな感じかしら……変なことは書いてないわよね」
「見ようか?」
「いい」
冬音は苦い顔になる。メールの内容まで教える義理はないと思うのだ。
そして、私服のまま朝の街へ出た。
「なんていうか、愛を感じる」
冬音は、そう言って胸を張る。
「ふうん。離れていても感じる愛か」
「うん。きっと、優助もメールを書いている時そう感じてくれていると思う」
「そうだね。きっと、そうだ」
冬音と智子は、二人して微笑んだ。
+++
冬音にメールを送って、優助は走り出す。
深夜の校舎だ。敷地内の外灯と月明かりだけが周囲を照らしている。
その中に、黒い人影が幾重にも浮かび塞がった。
腕に光を灯し、それを盾状に展開させて強引に突破する。
そして、そのまま駆けた。
メールどころではないのだ。冬音の相手をしている暇も本来はないのだ。
優助は一杯一杯で、愛しさどころではない。
愛なんてくそ食らえ。今は生き残るのが第一だ。
そのまま、人影を引き連れて、校舎内を駆けた。
リノリウムの廊下にけたたましい足音が反響する。
「月夜さーん! 月夜さーん!」
トランシーバーに向かって必死に叫ぶ。
「何匹?」
月夜は淡々と返す。
「三匹」
「なら焦ることもないわね」
「焦るよ! 捕まったら死ぬんだから!」
「スリリングで楽しいレースじゃない」
飄々と言ってのける。
まったく、他人事と思って。
優助はそのうち、教室塔を抜けて、渡り廊下へと移動した。
そこでは、大剣を杖のように地面について、気だるげにしている女性がいた。
長い黒髪、白い肌、整った目鼻立ち、かぐや姫の生まれ変わりだと言われれば信じてしまいそうなその外見。
その瞳が、細められた。
月夜だ。
「伏せて!」
月夜の指示に従い、優助はしゃがみこんだ。
その上を、人の身の丈はありそうな大剣が通過していく。
黒い人影は、一刀両断にされて一気に消滅した。
優助は、恐る恐る体を起こす。
「じゃあ、また校舎の反対側で待機して、だーっと連れてきて」
月夜は微笑んで、なんでもないかのように言う。
「命がけのマラソンするより、二人で巡回したほうが早いんじゃないですかね」
そのほうが、安全性も増すはずだ。
「えー、だるいー」
あんまりな返事に、優助は黙り込む。
「それに、君の相棒が力の制御が不得手だからこういう手段をとっている。本来なら四人別々に敵を倒したほうが効率は良いんだ」
それを言われると優助は反論できない。
「というわけで、頑張ってね」
月夜は微笑むと、用意していた学校の椅子に座り込んだ。
(呑気なもんだ)
優助は呆れてしまう、
その時、月夜の手にした大剣が片手で振るわれた。
新たに発生した人影が、一刀両断されて消滅していった。
ここは学校にして、霊脈の噴出口である聖地。
霊脈の噴出口には、主と呼ばれる黒い人影が現れる。
彼らは召喚術の才能がある人間や、召喚の媒介となる"キー"をも食べてしまう。
彼らを夜のうちに狩りきることが、今の優助の仕事だった。
「あいつら余力があるうちは際限なく沸くからねー。余力なくしとこうね」
こんな態度でも歴戦の勇士なのだろう。優助は感心して、来た道を戻り始めた。
八神月夜は大剣の召喚術師だ。
その大剣は伸縮自在で自由に姿を変える。
学校が傷つかないのも、ひとえに彼女が大剣の形を制御しているからに他ならない。
気になることもあった。
それは、仕事上はどうでも良いことではあるのだが。
結局、駆け回ってその日の作業は終了した。
朝の日差しに包まれた校舎を、四人で歩く。
体育館倉庫に行くと、月夜はマットをどかして、そこから出てきた小さな扉のロックを解除する。
そして、扉を開くと、梯子で中へ入り始めた。
他の三人も、それに続く。
地下にあったのは、居住空間だ。ベッドが四つ並び、シャワー室に洗濯機に乾燥機まである。
「俺シャワー一番ー」
月夜の相棒の真昼が呑気な口調で言う。
「私よ」
月夜は譲らない
そのまま、言い争いが始まった。
優助は明日香と苦笑して、顔を見合わせる。
実家では、智子が風呂を一番に用意してくれた。しかし、この地ではそれがない。他所の家に来たのだなという実感が切なさとなって優助の胸にこみ上げてくる。
結局じゃんけんで順番を決めることになったようで、月夜が一番にシャワー室に入った。
シャワー室から顔を覗かせて、月夜が言う。
「覗いちゃ駄目よ?」
優助は、心音が高鳴るのを感じた。
否応なく思い出されるのは、冬音とのこと。
「覗かねーよ、馬鹿」
真昼が投げやりに言う。
楽しげに笑って、月夜はシャワー室の中に入っていった。
「やっぱり気になる? 優助としては」
明日香が耳打ちしてくる。
「意識しまいとしてるんだがなあ。性格は全然違うし」
優助は淡々と答える。感情を隠して答える。
優助は自分のベッドに寝転がると、スマートフォンを起動した。そこには、冬音の写真が記録されている。それを開いて、ぼんやりと意識が落ちていくのを感じる。
「なんだよ、噂の恋人の写真でも見てるのか?」
真昼が、興味深げに聞いてくる。
「まあ、そんなとこです」
優助は、苦笑交じりに答える。
「俺にも見せろよ」
「嫌です」
即答する。
「なんだよ、俺が横恋慕でもすると思ってるのか?」
「ちょっと、理由があって、見せたくないというか。まあ色々ややこしいんですよ」
「ふうん。家の反対にあって、それが原因で家を追い出されて、それでも好きな相手か。感服しちゃうね」
優助は、冷たい目で明日香を見る。
「お前、どこまで喋った」
真昼は、事情を知りすぎているように思う。
「世間話には丁度いいんだ、優助の恋愛話。盛り上がるしね」
「相棒がいのない奴……」
朦朧とする意識の中で、スマートフォンの電源を落とす。
画面が消える直前、画面に写った冬音の横顔は、月夜によく似ていた。
まるで、生き写しのように。
+++
「げ、先守の虎」
「おう、拳児じゃん」
昼のアーケードで、夏樹は拳児と遭遇した。
昔は二人で市の二大巨頭だなんて言われたものだ。
「落ちぶれたなあ、拳児。今じゃヤクザなんだって?」
「お前こそ、大学にも行かずに遊んでいると聞くが」
「働いてるよ」
夏樹は憮然とした表情で訂正する。
「まさか、詠月関連……?」
拳児の言葉に、夏樹は無言で返す。
「まあ二人共、まともな道を歩けなかったのはわかりきっていたことよな」
そう言って、拳児は苦い顔で視線をそむけた。
「で、何処へ行くんじゃ?」
「秘密だよ、秘密。私に勝てたら教えてやる」
「どんな勝負でも勝ち筋はある。けど、お前に勝てたことはなかったな」
「大人になったじゃないか」
「無駄な労力を使う暇はないということよ。じゃあの」
「ああ、じゃあ」
そう言って、二人は別れた。何十回と喧嘩した仲だが、淡白なものだった。
その後、夏樹は林檎を買って、スキルユーザー対策室に向かった。
訪れると、そこには珍しい面子が勢揃いしていた。
「姉さん」
夏樹は、失敗したな、と思う。
秋奈と春香が来ている。林檎の数が足りていない。
「娘の成長を確かめに来ようと思ってね」
春香が苦笑交じりに言う。
「お嬢さんのスキル制御は、比較的安定しています」
対策室の代表者、暁君枝が言う。
「お嬢さんはやめてと言ったわ。君枝」
冬音は、面白くないとばかりに言う。
「立場が上の人の前なんだよ。事情を察して」
君枝は苦笑交じりに言う。そして、真顔になった。
「小豆や友美と違い、部屋などの閉鎖された空間でも活用できるでしょうね、このスキルは」
「なんか言われてるよ小豆」
「友美さんの話ですね。私は火球放ったりできますから」
「また、氷を盾にする能力。これも応用性が高くて、小豆や友美より戦闘時の安定度が高いと思われます」
「なんか言われてますね、友美さん」
「小豆の話でしょ。私なら風で敵の攻撃を跳ね除けられる」
君枝は、苦笑顔になった。
「友美ちゃん、小豆ちゃん、一々僻むのはやめてくれないかな」
「はいよ」
「はーい」
「話題にも上がらない俺はどうなってるわけだ?」
「狭い環境でも戦えるエコなスキルユーザーだと思われてるんでしょう」
友美のからかいに遠夜は苦い顔になる。
「まあ、順調ですよ。ただ、力を伸ばして欲しいという上の要望を実現するには、存分に暴れられる場所が必要となる」
「なるほど、一理あるわね」
秋奈が、頷く。
春香が、冬音の肩を抱いた。
「貴女も先守の子ね。存分に強くなって、できるならば長生きしなさい」
冬音は拗ねたように目をそらした。
「私から優助を奪ったお母さんは嫌い」
春香の心に矢が射られた瞬間を夏樹は見た気がした。
「あれはお父様の方針で……」
「嫌い」
沈黙が場に漂った。
「けど、私強くなるよ。優助と会うまでに、もっと強くなる」
その時、部屋の扉が開いた。
「ジュース買ってきましたよ」
感情を隠したようにそう言うのは、長身の青年だった。
「ありがとうね、弓君」
そう言って、皆、青年の持っているスーパーの袋に向かっていく。
「あれが、冬音の追加の護衛?」
夏樹は、春香に耳打ちする。
「美形を選んで水鏡家から借りた」
春香が死んだ魚のような目をして言った。
優助と冬音も前途多難だなあと、夏樹はしみじみと思った。
+++
夕方、月夜の運転で買い物に出る。
今日は米にジュースの大きなペットボトルまで買ったから大荷物だ。
「まさか学校で生活することになるとはなあ」
優助はレジの待ち時間の最中に呟く。その手には食材が一杯入ったカゴが持たれている。
「優助君さ」
「なんです?」
「仕事中にスマホいじってるでしょ」
「まさか」
図星だった。
「この学校には監視カメラがあってね?」
「降参です」
そう言って、優助は片手を上げた。
「あはは、監視カメラは嘘だよ。単純だなああんたは」
なにが楽しいのか、月夜は優助の背を叩く。
「けど、この地は京都に次ぐ霊脈が活発な地」
月夜は、悪戯っぽく微笑んで優助のおでこを弾いた。
「だから、気を抜いてたら落としちゃうわよ。い・の・ち」
「肝に銘じておきます」
主程度ならなんとかなるという実感があるだけに、月夜の脅しはさほど恐怖は呼ばなかった。
それでも、不意打ちを受けたらどうなるかという不安はある。
「それにしても、私、荷物持つわよ。第三形態の私の方が腕力あるんだし」
「女の子に荷物は持たせられません。男の俺の出番ですよ。これでも、鍛えてますから」
「女の子、かぁ……」
月夜は何故か驚いたような表情になって、照れくさげに俯いた。
そして、優助の背を叩いた。
「それじゃあバシバシ荷持ちさせちゃうからね!」
「ご愛用ください」
そう言って、優助は少しだけ苦笑した。
次回『明日香と月夜』




