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混戦

 数日ぶりに君枝は自室に帰ってきた。

 気分的には、数ヶ月開けたような気分だった。

 部屋は扉の鍵をしめておらず、本棚が倒れ、割れたガラスが散乱していた。

 通帳と判子と財布だけを取り出して、部屋の鍵をしめて、君枝はその場を後にした。


 学校に行く。休学届を出しに行くのだ。こんな状況では学校など行っていられたものではない。

 同期生の間では浮くかもしれないが、それもやむないことだ。

 キャンパスで、友美と鉢合わせした。


「君ちゃん。ここしばらく見ないね。風邪?」


 友美の笑顔を、君枝は眩しいと思った。

 平和な世界にいる者の笑顔。今の君枝にはけしてできない笑顔。

 少し前まで当たり前にあったものが、今は遠い。


「ちょっと体調を崩してね。休学しようと思うんだ」


「そうなの? そんなに悪いの?」


「うん、ちょっと……」


 友美は君枝の右手を取ろうとする。

 それを、君枝は避けた。

 平和な中にいる友美が、妬ましかった。


「なんでもないんだ。なんてことはない」


「そう……?」


「うん、またね」


 君枝は休学届の書類を出して、学校を後にした。

 やって来たのは、駐車場で止まっている情報屋の車だ。

 車の扉をノックすると、ドアが開かれた。


「休学届は出したのか?」


「私のキャリアはこれで台無しだわ」


「人生一度や二度の挫折はあるってな」


「私を売った奴に言われたくはないわね……」


 君枝はいっそ、情報屋の首根っこを掴んで引きずり回したいような衝動に襲われた。


「遠夜君はいいの? 休学届とか」


「そもそも、学校に行ってない。影が見えると騒いでから俺は変人扱いだからな」


「そう」


 昔の自分を思い出して、君枝は胸に茨が刺さったような気持ちになった。

 触り心地が良さそうな遠夜の髪に触れる。それを、振り払われた。


「俺は可愛がられるのが嫌いだ」


 なんだか野良猫みたいな子だなと思う。警戒心が高い。

 外見だけ見ればか弱そうな女の子だというのに。


「ハンバーガーでも食べて気分を変えようか」


「今の時間帯だと朝マックだな」


「通常メニューの方が好みだなあ」


 車が動き出す。

 それは無謀な旅の始まりなのか、安寧への旅の始まりなのか、今の君枝にはまだわからなかった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「上はまだ召喚術師とスキルユーザーの分類に拘ってるんですか?」


 高い声の女性が苛立たしげにスマートフォンに話しかける。


「召喚術師にあまりに高い権限を与えるわけにはいかない。尤もな話よ」


 何処か皮肉っぽい返事が届く。


「実際に事件は起きてるんです。もっと臨機応変に動けるようにしてもらわないと困ります」


「だから、今回の事務所襲撃事件は我々詠月に一任された」


 女性は黙り込む。身に湧き上がるジレンマに蓋をするかのように。


「本当はもっと早急にスキルユーザーの確保に動くべきだと思います。そうしないと」


「そうね、そうしないと私達の目的は達成できない」


 女性は、再び黙り込む。

 自分が言いたいことなど、相手は百も承知だろう。


「幹部を集めて上に意見書を送るわ。それで今日のところは辛抱して」


「紙切れですか。お役所仕事って嫌いです」


「貴女もお役所の歯車の一つなのよ」


 女性は、再度黙り込む。

 やはりこの相手は苦手だ。こちらの感情論を防ぐ術を熟知している。


「焦ってるわね」


 面白がるように、相手は言った。


「焦りもします」


 女性は、憤慨したように言う。


「今日のところはこんな感じかしら。また意見があったら聞くわ。貴女は私達のエースなのだから」


 通話が途絶えた。女性はしばらくスマートフォンを眺めていたが、そのうち石を勢い良く蹴った。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「さて、作戦の再確認だ」


 情報屋が地図を広げる。手製らしい。そういう面にも才があるようだ。

 書かれているのは公園となった古城跡地。周囲を堀に囲まれ、外縁部に木々が生い茂る箇所があり、中心部に原っぱがある。


「ここで俺達は木を一本切り倒す。スキルを使って、唐突にだ。まだ桜は残っているから観光客はいる。目撃者が警察に電話する。そして、その騒ぎを聞きつけて俺達を狙っている奴も現れるという寸法だ」


「そう上手く行くかしら?」


「俺も色々な手段を使って情報を拡散する。保証してもいい。奴らはかならず来る」


 情報屋がそこまで言うなら、そうなるのだろう。


「問題は、詠月とヤクザだ」


「よづき?」


 君枝は、聞き慣れない言葉に戸惑う。


「ガイアエネルギーは物へ宿るのが通常だったと言っただろう。付喪神という奴だ。それを駆使して戦う連中が古来からいる」


「彼らはスキルユーザーを見つけたらどうするの?」


「わからん。殺されるかもしれんし兵隊にされるかもしれん。捕まったスキルユーザーの話を聞かんでな」


「詠月……か」


 得体の知れない組織だ。


「ヤクザはどうとでもなる。警察が集まっている場所に銃を持ってうろつく奴はいまい。ただ、紛らわしいのは確かだな」


「そうね……」


 君枝は、覚悟を決めた。


「今日は、私達の運命を決める日になる。いいね、遠夜君」


「敵が来たら片っ端から斬ればいいんだろう。手っ取り早い話だ」


「それじゃあキリがない。捕まえて、黒幕を吐かせるんだよ」


「捕縛向けのスキルではないんだけどな」


 君枝は、遠夜の手を取った。


「まだ心が成熟していない君が、人を殺しちゃいけない。二度と」


 遠夜は、長い睫毛を伏せた。


「……わかった」


 そして、三人は駐車場に停めた車から出た。

 しばし歩く。人は結構歩いている。

 それを見て、遠夜は手に影の剣を作り出した。

 いよいよか、と君枝は思う。


 遠夜は、木の太い幹に剣を振るった。

 木は真っ二つになり、葉の擦れ合う大きな音を立てて地面に倒れ落ちた。

 その断面は、まるで元からその形であったかのように綺麗だ。

 騒然として、人が集まってきた。

 情報屋がスマートフォンを取りだして、写真を撮る。


「作戦開始だ」


 楽しむように、彼は言った。

 君枝は、心音が高鳴っていくのを感じた。今日こそ、この逃亡生活に決着をつける。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 拳児はスキルユーザーではない。しかし、スキルユーザーに恨みがある。だから、色々な手を使って事務所を襲撃した犯人を探していた。

 その網に、一つの情報が引っかかった。

 公園の太い木が、突如倒れたというのだ。しかも、その断面は刃物で切断したように綺麗らしい。

 引っかかるものがあった。


 そして、拳児は手下を動員して古城跡地にいる。

 どこから連絡が来てもすぐに移動できるように、その中央の原っぱを歩いている時のことだった。


 女性がいる。二十代半ばぐらいの、童顔の女性だ。

 彼女は、何かを探すように周囲を彷徨いている。

 観光客の動きではない。

 なんとなく気になって、石を投げた。

 すると、石は彼女に触れることもなく何かに弾かれたように地面に落ちた。

 拳児はサイレンサー付きの銃を取り出し、構える。

 流石に女性も気付いたようだ。しかし、取り乱す様子はない。


「会えて嬉しいぜ、スキルユーザー! 聞くぜ! お前は、事務所襲撃事件の犯人か?」


 女性は、しばし考え込むような素振りを見せた。


「貴方は、ヤクザかな?」


「察しろ」


「そう。身内でも殺されたの?」


「弟分が何人も死んだ。俺は運良く外出していたので助かったがな」


「そう……」


「大人しく投降するのが上策と思うがのう。悪くはしねえさ」


「ヤクザに悪くしないと言われて信じる人が一体どれだけいるだろうね」


 女性は呆れたように言う。

 しかし、すぐに微笑んだ。


「撃つぞ」


「提案があるんだけど、いいかな?」


「なんだ?」


「私はスキルを使わない。貴方は拳銃を使わない。平和的に……」


 女性の目に、鋭い光が宿った。拳児は肩を強張らせる。弱者の目ではない。何人もを屠ってきた戦士の目だ。


「殴り合いで解決しません? ちょっとはすっきりするかもしれませんよ」


 拳児は背中に汗が流れているのを感じた。しかし、それを振り払うように、目を見開いて笑った。


「面白えじゃねえか。この鉄血の拳児様にステゴロを挑もうたぁ、楽しませてくれる!」


「じゃあ、恨みっこなしということで。先に立てなくなった方が負けってことで」


 女性は微笑んで、淡々とルールを決めていく。


「いいぜ、いいぜ、面白え」


 そう言って、拳児は左の掌に、右の拳をぶつける。

 そして、女性に殴りかかった。

 避けられた。

 そうと思った時には、女性は拳児の下に潜り込んでいた。

 視界が目まぐるしく代わる。

 背中に衝撃が走って、投げられたのだと理解した。


 その、あまりにも綺麗な身のこなしに、拳児は唖然とした。

 女性は拳児の右袖を握っている。頭を打たないように配慮された。そうと知り、拳児の頭は真っ白になった。

 立ち上がって、拳を振り回して荒れ狂う。

 狂犬。いつしか拳児はそう呼ばれていた。界隈に敵はなく、畏怖の目で見られてきた。

 しかし、この女はなんだ。

 拳児の攻撃を、尽くいなしていく。受けるのではなく、いなすのだ。拳児の力の向きを少しだけ変えるだけで、彼女は被弾を防いでいる。


「強いですね。私が反撃に移れないのは師匠と上司に続き三人目です」


「ふざけやがってええ!」


 蹴りを放つ。威力が高すぎると思って遠慮していた技だ。

 しかし、次の瞬間、脚は地面についていた。

 拳児の爪先を踏んで、女性は微笑んで立っていた。


「しかし、粗い」


 女性の拳が、拳児の顎に叩きつけられた。視界が揺れ、拳児は思わず尻もちをつく。


「脳震盪が起こるように殴りました。勝利条件は満たしたと思いますが?」


 拳児はふらつきながらも立ち上がる。


「冗談言うない。まだやれる!」


「困りましたね……わかりませんか? 私が、いつでも貴方を殺せることに」


 拳児は寒気を感じた。


(ブラフじゃねえ……こいつ、人を殺した経験がある)


「やっぱお前が犯人かよ……ボスは強いほうがゲームも燃えらあな」


 拳児はよろけて、女性にもたれかかった。

 そして、懐から銃を取り出して引き金を引いた。


「ゼロ距離射撃! いかにお前がスキルユーザーとてこれは防げんじゃろう!」


 女性は、冷めた目で拳児を見ている。

 その服に血痕はなく、その体にダメージの痕は見当たらなかった。


「先にルールを破ったのは、そちらです」


 見えない何かに腹部を突かれて、拳児は吹き飛んだ。

 口から血が溢れ出す。


(くそっ、俺にもスキルがあれば……スキルユーザーならば……)


 拳児は震える手でサイレンサー付きの銃を構え、連射する。

 しかし、いずれも当たらない。

 まるで、見えない何かに弾かれているかのようだ。


「見えますか、この銃弾が」


 そう言って、女性は地面に落ちた銃弾を拾い上げる。

 中央で、真っ二つに斬られていた。


「これ以上抵抗すれば、こうなるのは貴方ですよ」


 バラバラになって殺されていた弟分達。真っ二つにされた銃弾。二つの情報が、拳児の中で一致する。

 憎悪の炎が拳児の中で燃え上がった。


「お前は……必ず、殺す」


「楽しい時間でした。また会いましょう」


 そう言って、女性は去ろうとした。


「拳児さん!」


 叫び声がする。聞き覚えがある。この前戦ったスキルユーザーだ。

 名前は確か、君枝と言ったか。


「君枝、あいつが事務所襲撃事件の犯人じゃ! 全ての黒幕じゃぞ!」


 女性が、君枝に視線を向けて立ち止まる。


「俺では、届かん。けど、スキルユーザーのお嬢ちゃんなら、届くはずじゃ!」


「やれやれ、悪役は好みじゃないんだけど……スキルユーザーを見つけられたなら、そう悪くはないかもしれないね」


 そう言って、女性は穏やかに微笑んだ。

次回『闇の胎動』

本日中に投稿予定です。

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