優助
あらためてミストと対峙して、優助は足場の悪さに愕然とする。
階段は踏める位置が限られていて、バランス感覚が問われた。
(いや、俺には治癒の光がある。大丈夫だ。覚悟を決めろ)
今まで、何度も守れなかった。
そんな優助が、祈る。
今度こそ、守りたいと。
ミストは一歩を踏み、二歩を踏む。
彼女が歩くたびに、氷の粒が踏まれて、冬の音色がした。
「冬音。俺だ」
ミストが、足を止める。
「迎えに来た。一緒に帰ろう」
ミストは戸惑うように動きを止めている。
「お前の帰る場所は、こんな所じゃない」
優助は、ミストに手を差し出す。
霧と、手が、触れた。
咄嗟に、優助は光を腕に浮かべて霧を無効化する。
その瞬間、霧が爆発的に膨れ上がった。
優助は後方に駆けて、それを避ける。
(どう対処する……?)
説得で解決したい。そんな思いがあった。
「お前も混乱していると思う。俺も、混乱していた。突然のことだった。当たり前だ」
優助の言葉に、霧が再び動きを止める。
「けど、俺はお前と帰ると決めた。だから、譲らない」
氷の槍が、地面から生えてきて優助を襲った。
辛うじて直撃は避けたが、腹部を抉られて優助は痛みに顔を歪める。
「冬音!」
霧が上下左右から優助に襲い掛かってくる。
(逃げ道は前か後ろ。前は詰む。後ろ!)
優助は、更に後ろへと駆けた。
そこに、氷の槍が現れて足を貫く。
(治癒……!)
腕の光を足につけて回復を試みる。
全快まで三十秒といったところ。
霧は徐々に近づいてくる。
それが、優助の足に触れた。
(ずっと、こんな氷の刃の中にいたのかもしれないな、お前は……)
優助は、一人入院していた冬音を思う。
一人きりの、冬音を思う。
きっと、泣いた夜も何度もあっただろう。
それでも彼女は勉強をして、高校生として社会復帰した。
優助と同じ高校に入って、後をついてきた。
なんて愛しいのだろう。
優助は、前に手を伸ばした。
光を浮かべず、手を霧に差し出す。
冷たさと痛みに、優助は顔を歪めた。
しかし、構わず、前へと差し出す。
「俺は逃げないぞ、冬音……! お前を、必ず連れ戻す!」
「ゆう……すけ?」
ミストが、いや、冬音が、掠れる声で言った。
+++
まずは門番の二人の頭部を爪で刺した。
そして、スマートフォンを使っている三人の喉を掻っ切った。
かくして、辺りは一面の闇に包まれた。
明日香の召喚獣は犬。
犬は夜行性の生き物。夜目が効く。
こうなれば明日香の独壇場だ。
混乱して逃げまとう敵を一人、一人処理していく。
(しかし、ミストの相手は無理だわよ。優助)
そう、明日香は心の中で呟く。
触れれば凍りつき、砕けてしまうほどの温度の支配者。
それに、肉弾戦闘メインの明日香がいかに健闘できようか。
いや、方法はある。
炎の檻で囲むことだ。
しかし、それは冬音の身を危険に晒すことと同義だ。
(やはり、援軍が来るまで待つのが上策)
明日香はあらかた敵を片付けると、スマートフォンの操作を始めた。
そして、現在位置を伝えようとする。
その時、風を切る音がして、明日香はその場から退いた。
スマートフォンが、剣に貫かれていた。
剣は、幻だったかのように消える。
「ミストの回収に来たはずが、仲間が皆殺しにされてやがる。これだから詠月を相手取るのは手間だ」
ぼやき声が、神社の屋根の上から聞こえてくる。
剣を担いだ男が、月を背に立っていた。
剣が投擲される。それを、明日香は爪で弾く。
(この身体能力……)
「第三形態、だな」
自らが使役する召喚獣の呟きで、明日香の懸念は確信へと変わる。
「ダンスをするには相手が不足していたの。貴方は相手をしてくれるのかしら」
明日香は、からかうように言う。
「度胸は十分。しかし、場数はどうかな」
そう言って、相手は屋根を蹴ると、一瞬で明日香に接近した。
闇の中で、剣と爪が幾重にもぶつかり合う。
男の足が、明日香の腹部を捉えようとした。
それを、明日香は躱して、伸ばされた足を掴む。
そして、爪を相手の頭部に突き立てようとした。
その瞬間、明日香は悪寒を覚えた。
それは、師との戦闘を経て明日香が身につけた戦闘における勘。
明日香は、後方へと飛んだ。
それを掠めて、敵の二本目の剣が明日香に突きつけられていた。
「二刀流……!」
「勘のいいお嬢ちゃんだ。これは、多少は楽しめるかな」
二刀を構えて、相手は腰を落とす。
「刀剣。オーソドックスな武器だ。しかし、それ故に基本がものを言う。剣道三倍段を君は知っているかな」
「リーチの長い武器を使ったほうが実力は三倍段が上って話でしょう」
「そうだ。つまり、君の貧弱な爪は俺には届かない。残念ながらね」
「舐めてもらっちゃ困るわ。これでも私は、先守の護衛。エリートよ」
「ほう、護衛か……」
爪と剣が、闇の中で火花を散らした。
「ならば、大将格が遊びに来ていると見て良いのかな。そう、例えば……先守の何でも屋」
明日香は、この男は放置しておいたら危険だと再実感した。
後方に跳躍し、地面を蹴って再び突進する。
相手の防ぐ腕もそのままに、押し切る。
そして、喉に噛み付こうとした。
その次の瞬間、衝撃が明日香を襲った。
剣が、地面ごと自分を貫いている。
そうか。突進を見越して予め空中に剣を作り出しておいたのか。
優助を守ろうとする焦り。それが、明日香の敗因だった。
剣が抜かれ、明日香は地面に膝をつく。
血が溢れていく。命が、体から抜け落ちていく。
「単純な手だが案外引っかかるんだよ、詠月の人はね。意外と、実戦経験が少ない手合が多いらしい」
そう言って、男は剣を振りかぶった。
(まだだ……!)
優助の顔を思い浮かべる。こんなところで死んではいられない。
例え優助が自分を見てくれないとしても、自分は優助の顔を悲しみに染めてはならない。
その強い決意が、明日香の重たくなった体を突き動かした。
牙を、相手の喉に向かって前進させる。
最悪の場合、相打ちでもいい。
この脅威さえ取り除ければ。
しかし、相手は後方へ跳躍して、明日香はそのまま地面に倒れ伏した。
そのまま、意識が遠くなる。体が重く、気分がいい。これが、死ぬということか。
(まだ……まだだ!)
明日香は体を起こす。
傷口を火で焼いて止血し、炎の嵐で周囲を包み始める。
その瞬間、爪が消えた。
スキルと召喚術の併用は無理ということか。
投擲された剣が、明日香の胸を貫いた。
明日香は、意識が遠くなっていくのを感じた。
しかし、踏みとどまる。
自分が死んだら、優助が悲しむ。それは、駄目だ。
彼の古傷を、二度と開いてはいけないのだ。
「なんだ……? お前……」
相手は、戸惑うように言う。
その時、明日香の全身から、白い光が放たれ始めた。
明日香は、実感していた。
(これは、世界を書き換える力……)
+++
「冬音、俺だ。優助だ」
優助は、必死に呼びかける。
「ゆう……すけ……」
冬音は、無感情に呟く。
そして、少し考えた後、憎悪を篭めてその名前を発した。
「優助……!」
霧が周囲に立ち込め始めた。
それは、次の瞬間にも優助に襲いかかるだろう。
(こんなんじゃ、駄目だ。こんな結末じゃ、駄目だ)
自分は変えられるはずだ。
力を得たはずだ。
(変える……! 運命を……!)
腕に光を浮かべる。
霧が、光に触れて消えていく。
腕を伸ばす。
(いや……そんな大層な御託じゃなくていい)
腕が、冬音の頬に触れた。
(大事な人を笑顔にできる力さえあればいい!)
優助は、霧に傷つけられるのも構わずに、顔を突き出し冬音の唇を奪っていた。
「愛してる、冬音」
愛しさと、光が、弾けた。
それに包まれて、霧が消えて行く。
そして、冬音の顔が、はっきりと見えた。
二人は、光の中にいた。
神社中を囲むような光の中に。
これが、母が言っていた自分の本来の力。その莫大さに、優助は唖然とする。
「優助……」
冬音が、泣きながら抱きついてきた。
「そうか。光の効果で洗脳も解けたか」
その頭を、撫でる。慈しみを篭めて。
「私、酷いことを沢山した。人を……殺した」
「これから、お前が償っていくんだ。俺は、一緒にそれを抱えるよ」
「許されていいのかしら、こんなこと」
「許されなくても構わない」
冬音は、戸惑うように優助を見た。
優助は、それをしっかりと見つめた。
「俺は、どんなお前だろうと、支えると決めている。愛してんだ」
冬音が、泣き始めた。
その背を、優助は黙って擦っていた。
その時、優助は違和感を覚えた。意識が、かすみ始めたのだ。
莫大な力の放射。それに、優助の体がまだついてこれていない。
「はははははは、ははははははは」
高笑いが響き渡った。
「まさかミストだけでなく、先守の跡継ぎもこの場に介しているとはな! よくぞやった!」
見知らぬ男が、神社の鳥居の下で高笑いをしていた。
「この能力を無効化する光。それが消えたなら、俺はお前を捕えるだろう! 俺とお前の、根比べだ!」
冬音が、優助を押して、庇うように前に立った。
「させない……」
「氷と炎が、貴方を阻むわ」
明日香が、男の背後に立っていた。少し、ふらついている。服には傷があり血で濡れた跡があった。
「止められんよ! たとえ巨大な炎だろうと、たとえ凍えるような吹雪だろうと、俺は止められん! お前らみたいなひよっこにはな! はははは、はーっはっはっはっはっは」
男の高笑いが響き渡る。優助は、いけないと思いながらも、意識が遠ざかるのを感じていた。
その時だった。
突如、男の頭部から血が吹き出した。
「な……に……?」
この、全ての能力を無効化する光の結界の中で、その光剣は輝いていた。
男の頭部に突き刺さって、治癒の効果をも拒む致命的な傷を与えていた。
「そうか、この地には……無念……」
そう言って、男は倒れて、階段を転げ落ちた。
優助はそれを見て、安堵して、意識を失った。
+++
「方向良し、角度良し、命中」
燕が、皮肉っぽく笑って言う。
「腕は鈍ってないじゃないの」
燕は、空を飛ぶ白翼の背に乗って神社を眺めている。その隣に立っている男がいた。
木崎零。
世界そのものを斬り裂く力を持つ、表向きには存在しないとされている第四形態の召喚術師。
光剣の使い手。
「……貸しは返しましたよ、燕さん。俺は医者に戻らせてもらう」
「ええ。先守に貸しも作れたし、今回はこれで良しとしてあげましょう」
「今回は?」
「いつまで経っても、貴方は私の駒よ。それを忘れてはいけないわ。私に助けられた命なんだからね」
「……こいつはひでえ。俺にはとんだ化け物が取り憑いてやがるらしい」
「戦力が必要なのよ」
燕は、淡々と言った。
「命の危機に瀕しないと、第三形態になれなくなった私では、心許ない……」
「それだけの敵が出てきてるんですか? その、解放戦線とかいう奴で?」
「解放戦線だけなら私達でも十分対処できる。問題は……この世界の、システム」
「世界の、システム?」
零は、怪訝そうな表情になった。
零は不安を覚えて、真新しい煙草の箱の封を切って、一本を取り出すと、火をつけた。
「禁煙してたんだけどなあ……」
「無駄に足掻くな。今日は今日の風が吹く」
「燕さんみたいな策士には似合いませんよ、それ」
「そう?」
「ええ」
そう言って、零は煙を吐いた。
久々の煙草は、頭に染み透るように美味かった。
+++
意識が蘇った時、優助は後頭部に柔らかい感触を覚えていた。
目を覚ますと、明日香の顔がそこにあった。膝枕をしてくれているらしい。
冬音は智子と春香に抱きしめられている。三人共、声を殺して泣いていた。
哲三と夏樹が、苦い顔で優助を見つめている。
秋奈は、スマートフォンを使って何処かに通話していた。
「解決したな、相棒」
そう言って、明日香が拳を突き出す。
「そうだな、相棒」
優助は苦笑して、明日香の拳に拳をぶつける。
ミスト事件は解決した。
各々の心に、少なからず衝撃を与えながら。
「レスは……?」
「気がつくといなくなってた」
明日香はそう言って肩を竦める。
「多分、敵の一味だったんだわ」
「本当にそうかな」
「お人好しねえ。それ以外になにがあるっていうの」
「そうかなあ……」
目眩を覚えながら、優助は立ち上がる。
そして、再び光を放とうとした。
腕に光が灯っただけだった。
「うーん。あの時みたいに巨大な光にならないな……?」
「火事場の馬鹿力だったんでしょう。いつか、コントロールできるようになるわ」
いつでも使えるようにならなければいけない、と優助は思う。
世の中には、敵が潜んでいる。
まだまだ、優助の戦いは続くのだと思うから。
次回『延長戦』
事後処理といちゃいちゃ回の予定です。




