時代
師にスマートフォンで電話をかけると、数コールで出た。
「優助。災難だったね」
情報は筒抜けらしい。燕はいつになく神妙な口調でそう言った。
「師匠。精神操作への耐性をつけたい。俺も、召喚術師になれないだろうか」
「くくっ」
燕は、喉を鳴らして笑った。
「そんなことか。大丈夫だよ。スキルユーザーとして覚醒した時点で耐性はある程度ついている」
「そうなんですか? なら、冬音は何故?」
「心が安定していない時に隙を突かれた形だろうね。元々、彼女には不安定な面があったんじゃないかい?」
否定できない優助がいた。
沈黙を肯定と受け取ったらしい。師は、言葉を続けた。
「それより、知っているか優助」
「なんですか?」
「お前の通っている高校に侵入者が出た」
「侵入者……?」
「なにか、気になるとは思わないか」
「気になりますね。行ってみます」
どうせあてがないのだ。今は、一歩でも多く歩きたい。
窓から外に出る。
明日香と合流して、家の敷地外に出ようとする。
その時、門が開いた。
泣きそうな顔の母が玄関へと駆けて行く。
胸に棘が刺さるような痛みを感じながら、それを見送って優助達は夜の町へと出た。
「必ず、連れ戻す」
「そうありたいね」
「ミストとは何度も会っている。冬音は、俺を狙っていたのかもしれない。十分に会える可能性はある」
「そうだね」
明日香の返事は淡々としている。
優助だってわかっている。優助の言っていることは、返事に困る願望だ。
優助達は自転車をこいで、学校へと向かった。
何人もとすれ違う。
そのうちどれだけが詠月の構成員なのだろう。
背筋を冷たい手で触れられたような気分になる。
「優助!」
夏樹が、道を塞いで立っていた。
前方に光の盾を形作り、強行突破する。
後方から、竜に乗った夏樹が追いついてきた。
「家にいろ、優助!」
「諦めろって言うのか!」
夏樹は、黙り込む。
「冬音がこんなことになって、家に一人篭って、諦めろって言うのか!」
「私達も全力で捜査している。冬音は戻ってくる」
「俺が助ける。今度こそ、助けてみせる」
そう言って、優助は足に篭める力を増した。
もう、優助に迷いはない。
自転車が勢い良く下り坂を下っていく。
コンビニがあり、人通りが多い地点だ。あまりに目立つので、夏樹はついてこれない。
小さな舌打ちが、後方でした。
気にせず、優助はただ前へと進む。
そのうち、高校にたどり着いた。
パトカーが何台か停まっていて、調査の最中のようだった。
知り合いの刑事のコネを駆使して、校舎の中に入らせてもらう。
そして、投書箱の前に立った。
「明日香。お前は冬音の教室を見てきてくれ」
「それなら、あんたが調べたほうが確実さね」
「……それもそうだな」
緊張しつつ、投書箱を振る。
なにかが擦れる音がした。
紙が、中に入っている。
慌てて、投書箱の鍵を開けて中身を取り出した。
「妹の居場所が知りたければここへ来い、か……」
ウィンドと訓練をした神社の傍だ。
「あからさまな罠だあね」
「いや、これはレスの……占い師の筆跡だ」
「ますます罠だ」
明日香は、呆れたように言う。
優助は、戸惑うしかない。
「なんでそう言い切れる?」
「怪しいじゃないか。住所不定職業不定。優助の話では学校も行ってなかったんだろう? それが占い師として、私達の前に立った」
確かに、怪しい。
しかし、優助に迷いはない。
「けど、今は彼女の他に頼れる人はいない。俺は、行ってみようと思う」
明日香はしばらく黙って優助を見ていたが、そのうち溜息を吐いた。
「冬音の教室も一応見て行こう」
「ああ」
冬音の教室を見たが、違和感は一つもなかった。
ただ、ここで彼女が毎日授業を受けているのだと思うと、とても愛しい思いになった。
+++
セレナは、待っていた。
優助の到着を待って、座り込んでいた。
口ずさむのは、中島みゆきの時代という曲。
運の要素もある。しかし、先守の何でも屋にならば、学校に不法侵入者が入ったという情報はすぐに入るだろう。
ならば、後は時間の問題だと思うのだ。
彼らは一つでも情報が欲しいはずだ。例え、虎口に入ることになろうとも。
だから、セレナは待ち続ける。
優助には、ネームレスと名乗った。
本当の名前を、セレナは明かさない。過去を、思い出したくないからだ。
そのうち、彼らはやって来た。
「待ってたよ、優助」
軽い調子で、セレナは声をかける。
「ヨブ記は知っているかな。人は神を試してはならない。けれども神は人を試す。残酷で胸糞が悪い話だ」
「レス。妹は何処だ」
優助は、真っ直ぐにセレナを見つける。
その心に、淀みはない。
居心地が良いその心を、いつまでも読んでいたかった。
しかし、そういうわけにもいかない。
「この先の神社に、解放戦線って奴らが潜んでいる。彼らは妹さん……ミストの、行動をある程度操作できる」
「それを、何故貴女が知れるの?」
言ったのは、明日香だ。
「占いさ。私は中立だよ」
嘘だった。
しかし、明日香は追求の材料を持たない。そのまま黙った。
「大勢で行けば奴らは逃げる。少人数で挑むことだ。そうさね、二人か、一人がいい」
「優助一人で大勢の召喚術師を相手にしろと?」
明日香は憤慨したように言う。
「馬鹿らしい。優助、こんなのは罠だよ。行くことはない」
「母さんが、言ってた。俺の力なら、もっと大きなことができるって」
「優助……?」
優助の心に、迷いは感じ取れない。
「なにもできない俺はいなくなった。今は、力がある。人を助けるだけの力が。それを駆使するのが、俺の生き方だ」
優助は、自転車を置いて歩き始める。
「俺は、行く。付き合う気がないなら、ここで降りろ」
「馬鹿だよ……あんた、馬鹿だ」
明日香は、掠れた声で言っていた。
優助はそれを受け止め、歩き続ける。
明日香は、ついて来なかった。
代わりに、セレナが彼の後をついていく。
それは、世界を変える力。
優助の持つ才能は、世界を歪めるという時点に留まらない。世界を書き換える地点にいずれ至るだろう。
セレナが待望したもの。喉から手が出るほど欲しかったもの。
それが今、目の前にある。
二人は、神社の境内の階段を歩き始める。
黒い巨大な獣が、その前に座った。
犬に似ている。ただし、サイズは人間より遥かに大きい。
「引き返すことだ、先守の少年。ここから先は死地。お主が立ち入るにはまだ早い」
低い声が、獣の喉から吐き出される。
しかし、この心には触れた覚えがあった。
優助は、立ち止まった。
「明日香だろう?」
なんでもないことのように、優助は言った。
犬は、戸惑うように小さく震える。
「変だと思っていた。護衛の気配なんて感じたことがなかったからな」
優助は、淡々と持論を述べる。犬は、緊張した様子でそれを見守っていた。
「けど、いつも一緒にいたお前なら話は別だ。智子は冬音の護衛。お前は俺の護衛と考えれば辻褄が合う。レスとのデートも、考えてみれば知ってるのはお前だけだったしな」
しばしの沈黙が漂った。
犬の中から、明日香が姿を現した。
「お見通し、か」
苦笑顔だった。
「ああ、ついて来てくれると思っていた」
優助も、苦笑する。
穏やかな時間が流れた。
そのうち、優助が真顔になった。
「力を貸してくれ、明日香」
優助は、手を差し伸べる。
「俺には、力が足りない。多対一では、正直厳しいと思う。けど、破壊の力を持つお前と組めば、何かが変わる気がする」
「確かに、私のスキルは強大だ。殲滅向けだろうね。けど、優助、わかってる? 前回のミストとの衝突時、私は力を加減していたんだよ?」
優助は戸惑うような表情になる。
「無理して動かれて傷つけたくなかった。だから炎の力を弱めた。私の炎の檻は、本来はあの程度では消滅しない」
「大丈夫だ」
優助は、淡々とした口調で言う。
「ミストには……冬音には、俺が当たる」
「半人前の癖に、威勢だけは一人前だ」
明日香が、肩を竦める。
優助は、切なげな表情になる。その表情に負けたように、明日香は優助の手を取った。
「行こうか、相棒」
「ああ。俺はお前が守る。お前は俺が守る。二人なら、できないことなんてないさ」
「そうありたいものだと思う」
二人は、階段の先を見つめた。
その時、周囲の気温が少し下がった。
足音が響いている。
それは、下から徐々に近づいてきている。
ミストだ。
「優助、ミストは任せた」
そう言って、明日香はミストに背を向ける。
「上の有象無象は私が不意打ちして潰しておく。そしたら、合流だ」
「できるのか?」
黒い犬が、一瞬で布のようになって明日香に巻き付く。
「こう見えて、第三形態でね。詠月の県本部じゃ指折りの戦闘力に数えられる」
「敵に第三形態がいないとは限らないんじゃ?」
「……だから、私は止めたのさ。行くね」
そう言って微笑むと、明日香は跳躍して階段を飛び越えた。
そして、優助はミストと対峙した。
セレナは物陰に隠れて、成り行きを見守っている。




