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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
先守優助編

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36/99

哲三対ミスト

 腕時計の針を見ると、七時を過ぎていた。

 優助はゲームセンターの椅子に座り、無言でスマートフォンを操作する。

 冬音が行方不明だという情報をツイッターで拡散しようとして、彼女の写真一枚持っていないことに気づく。

 頭を、テーブルに打ち付けた。低い音が、ゲームの賑やかな音声にかき消される。

 なにをやっていたのだろう。

 冬音だってショックを受けているのはわかりきっていたことなのに。

 また、自分はなにも救えなかった。


「凄い音」


 明日香が椅子を傾けて座りながら、飄々とした口調で言う。


「そうだな……」


 優助は頭を上げる。

 相棒が隣りにいる。無様な姿は見せられない。


「お前が冬音の写真を持ってるわけないよな」


「ないよ」


「智子にメールで訊くか」


「それが一番だね」


 智子は今も市内を駆けずり回っている。

 行方不明の冬音を探して。

 彼女達は親友だ。二人にしかわからない場所というのもあるのかもしれない。

 メールを送ると、数分で写真が添付されたメールが返信されてきた。

 その写真を添えて、ツイッターに投稿する。


 妹が行方不明です。心当たりのある方は情報をください。


 そして、スマートフォンを両手で握って、祈った。


「なんでだ……ほんのちょっと前だった。ここで、皆で遊んだのも。どうしていつも俺は後手に回る」


 柔らかい温もりが体を包んだ。

 優助は目を開いた。

 明日香が、優助を抱きしめていた。

 彼女は、子供をあやすように優助の背中を叩く。


「優助、自分を責めるのはやめな。あんたはいい加減、自分を苛める習慣をやめるべきなんだ」


「現状、そんなことを言えるかよ」


「そうだねえ……けど、あんただって切羽詰ってた。それは事実だ。自分が一杯一杯なのに他人を救えるはずなんかないさ」


 優助は黙り込む。

 そして、席を立った。

 明日香の手を振りほどいて、歩き始める。


「まだ、探す?」


「財布も鞄も道に落ちてた。多分まだ県内にいる。探せるはずだ」


「そろそろ外も暗い。ミストの活動時間だ」


「智子は危ないな。合流して家まで護衛しよう」


「自分は?」


「ミストごときにかまっていられるか」


「これだ」


 明日香は、面白がるように言う。


「まあ、優助らしくなってきたかな」


「なんだよ、それ」


 わかっているようなことを言われて優助は面白くない。


「エゴにも見える自己犠牲。それが優助の本質であり、力の源さ」


 そう呟きながら、明日香はさっさと前を歩いて行った。

 そして、立ち止まって振り返る。


「行かないの? 私は思い出の場所なんて心当たりないんだけど」


「行くさ。まずは智子と合流だ」


 そう言って、優助も歩き出した。


(冬音、今、どこにいる……)


 きっと、心細い思いをしているのだろう。

 きっと、苦しんでいるのだろう。

 言葉を送れるのなら、一言でも送りたい。

 願いは、叶わない。



+++



 先守哲三は先守の家長である。この地域の旧家の中でも発言力を持つ家の当主だ。

 それでも前線に出ることが多いのは、その実力を認められているからだ。

 古い家になればなるほど、後世に力を残す方法に長ける。

 桜井もその代表格の一つだ。

 もっとも、今、桜井の当主は力の制御に戸惑っているようではあるが。


 そして、哲三には自信がある。

 敵が現れれば、自らの拳で瞬く間に捻じ伏せてみせるという自信が。

 その自信は、敵を前にしても揺るぐことはない。


 今も、そうだった。

 ミストが、哲三の前に降り立った。

 夜の町で、両者は対峙していた。


「他のメンバーには退避してもらった。その霧の力、第一形態には危険すぎる」


 哲三は淡々と言う。

 霧が爆発的に膨れ上がった。その一粒一粒が、鋭利な氷の刃なのだ。

 哲三は、憎悪の感情を察知した。


(恨みか……? 昔倒した相手の同胞だろうか)


 哲三の所属している組織、詠月と敵対した組織は数知れず。

 しかし、最近は桜井燕が暗躍して大体の事件を解決してきたから、先守に敵意を向けられることは少なかった。


 戸惑いながらも、哲三は地面を蹴る。そして、車のような速度で霧の中に飛び込んだ。

 冷たい氷の感触が肌にぶつかる。しかし、傷つけられることはない。

 膝蹴りを放つ。ミストは吹き飛んで、コンクリート塀に叩きつけられた。


「第二形態以降の召喚術師は召喚獣との一体化により爆発的な身体能力を得る。肌は硬くなり、攻撃防御共に能力が向上する」


 ミストが再び霧を纏って飛びかかってくる。

 常人を越えた身体能力だ。

 しかし軽々とその頭を掴んで、哲三は地面に叩きつけた。


「ワシはその中でも召喚術の力と身体能力を両立した第三形態だ。軽く、百の兵に匹敵するだろうの」


 ミストの頭を、地面に押し付ける。


「ここまでだな、ミスト」


 霧が爆発的に広がった。

 痛みを感じて、哲三は腕を引いた。

 手が凍っている。

 指が砕けて、落ちた。

 自由になったミストは、後方に飛んだ。


「ほう、ほう……範囲攻撃のスキルユーザーと言うだけのことはある」


 哲三は、手を掲げた。


「ならば、接近せずに終わらせよう」


 その瞬間、強い重力が発生したかのようにミストが膝をついた。

 霧も、地面に落ちていく。

 哲三の能力は、磁力。任意のものに磁力を与えることで自由に操ることができる。

 今、ミストと地面の間には磁力が発生して、引き寄せあっている。


 巨大な氷の槍が地面から何本も生えて、哲三を襲った。

 しかし、その穂先は哲三の皮膚を破ることはない。


「どれ、顔を見てやろう。何処の者かも知れるかもしれん」


 霧が落ちていく。地面へと落ちていく。

 そして現れたミストの顔を見て、哲三は硬直した。

 頭が真っ白になり、磁力の結界が一瞬解かれる。

 戦闘を行っている最中に我を忘れる。それは、禁忌だった。熟練の戦士である哲三だからこそそれを良く知っていた。けれども、頭が真っ白になってしまった。目の前の現実に対処できなかった。


 その一瞬を、ミストは見逃さなかった。

 ミストは直進した。スキルで強化された身体能力で、前へ出た。


 哲三の召喚術の"キー"は、婚約指輪。

 チェーンで首にぶら下げていたそれが、ミストの霧で切れた。


「ぐぬ……!」


 哲三は、落下していく婚約指輪を慌てて手ですくう。

 その時、幾百の矢が一斉に放たれた。

 ミストは、霧を盾に変化させてその全てを防ぐと、夜の町の中に消えて行った。


「大丈夫ですか、哲三さん!」


「花蓮か……」


 哲三は溜息を吐いて座り込む。


「助かった。礼を言う」


「いえ。邪魔をしてしまったのではないかと」


 哲三はトランシーバーを持って、通話をオンにする。


「皆に告げる。ミストは、殺すな」


 花蓮が怪訝そうな表情になる。


「あれは……」


 その先を、哲三は言い淀んだ。



+++



 優助は、火急の用だと言うことで家に呼び出された。

 その後、呼び出した当人である哲三が家に帰って来たのは十時過ぎだった。

 激戦を物語る姿だった。

 服は破れ、上半身は殆どが露わになり、右手の指はいくつも欠損している。


「治癒を、頼む」


 哲三はそう言って、優助に千切れた指を手渡した。

 優助は頷くと、指を傷口にくっつけて、白い光を放ち始めた。


「治癒の光。お前らしい、優しい能力だ」


 哲三は、ふと優しげな表情になりそう呟く。


「ミストとやりあってきたのか?」


「掴むのは自殺行為じゃな。あっという間に凍らされた。物凄いスキルユーザーだ。その力を、正しいことに使えばどれだけの貢献ができたか……」


 哲三の言葉は、最後の辺りは嘆きの響きが混じっていた。


「いや、力となるはずだったのじゃ」


 そう言って、哲三は深々と溜息を吐いた。

 智子の母が着替えを持ってくる。

 それに、哲三は袖を通した。


「どういうことだよ」


「ミストの、正体を見た」


 優助は、息を飲んだ。


「ミストの正体は……」


 哲三は、躊躇うように視線を逸した。


「先守、冬音」


「そんな馬鹿な話があるかよ!」


 優助は、咄嗟に怒鳴っていた。頭の中は真っ白だ。

 くっつきかけていた指が何本か地面に落ちる。

 優助は慌ててそれを拾い、再び傷口にくっつけた。


「事実は、事実じゃ。受け入れねばならん」


「けど……そんなわけあるかよ。冬音は、人を殺すような奴じゃない」


「ワシも、そう思っておった。けど、現実は違った」


 沈黙が部屋に漂う


「あるいは、操られておるか……」


「そうだよ、操られているに決まってる。あいつが、そんなことできるわけがない」


「ならば、優助。わかるな?」


 哲三が念を押すように顔を近づけてくる。


「軽挙妄動は控えろ。次はお前が第二のミストになるかもしれん。お前なら理解できると思って話した。放置しておけばまたうろうろするだろうからの」


 優助は黙り込む。


「お前の才は確かなものだ。敵に渡れば脅威となる。だからこそ、今は軽挙妄動を慎め」


 冬音が、遠くに行ってしまう。

 あの時のように、遠くに行ってしまう。

 前回と違うのは、今回は二度と戻らないだろうということだ。


「優助……?」


 明日香が、怯えるように呟いた。

 優助の目からは、涙が流れていた。


 その後、優助と明日香は優助の部屋でベッドに二人並んで座った。


「……ミストが冬音だって。もう、戻って来ないかもしれないって」


「うん」


 明日香は頷く。ただ、優助の話を聞く。


「やっと戻ってきたっていうのに、なんで……」


「うん……」


 明日香も、返事の言葉が思いつかないのだろう。ただ、相槌を打つ。

 明日香は、優助の頭を抱きかかえた。小さな胸の柔らかい感触が後頭部に広がる。


「泣いていいよ、優助……」


「嫌だ」


 優助は、断言した。


「まだ取り返すチャンスがあるのに、放置しておくなんて、俺は嫌だ」


「祖父ちゃんの指見た? ああなるかもよ?」


「俺は治癒と無効化の光がある」


「腕だけしか守れないじゃないか」


「その前に疑問がある。操られていると祖父ちゃんは言った。なら、なんで祖父ちゃんは操られていない?」


「召喚術師は元々操られにくいんだよ。抵抗があるんだ」


「なら、俺も召喚術師になれば洗脳への抵抗ができる」


「……そうだね、理屈上はそうだ」


 優助は、体を起こした。


「電話する」


「誰に?」


「師匠なら、なにか力になってくれるはずだ」


「そう来たか」


 明日香は、納得したように頷いた。


「甘えさせてあげようと思ったのに、可愛くない奴」


「俺が頑固なのはお前も知っているだろう」


「そうさね。関わった私の負けだ」


 そう言って、明日香は眩しいものを見るかのように苦笑した。

 優助は、前を見ている。けして見失うまいとするかのように。


(冬音。必ず助ける……)


 そう、優助は決意していた。



+++



 解放戦線の一団は戸惑っていた。

 味方になったと思ったミストが闇夜の中に消えて行った。そして、帰って来ない。

 洗脳の失敗ではないかと危惧する声も出たが、セレナは動じない。


「洗脳は成功だよ。完全に心の隙を突いた。彼女の心は私が掌握している」


 しかし、仲間の動揺は拭えぬようだ。


「どの道、電池切れになって眠るか、こちらの第三形態の術者が来るまで捕縛は無理だ。あれは暴れ馬みたいなもんだよ。放置して消耗させておくに限る」


「それも尤もなように聞こえるがな」


「戻ってくる保証はあるのか?」


「保証するよ」


 そう言って、セレナは肩を竦めた。そして、歩きだす。


「どうした? セレナ」


「ちょっと野暮用」


 そう言って、セレナはその場を抜け出した。

 先守の娘は手中に入った。けれども、彼女ではいけないのだ。彼女では、セレナの望みを叶えられない。

 先守の跡継ぎは、他にいるのだから。


 セレナは高校に辿り着いた。

 窓を割って、中に入る。

 そして、投書箱の前に立つと、紙にペンを走らせて、あることを書くと折りたたんで中に入れた。


 セレナは、少し表情を和らげる。

 デートの予約をした時も、同じ手段を使った。

 あれは楽しい時間だった。百年以上ぶりに愉快な時間だった。

 あれだけ心地良い心を持った人間とは、しばらく出会ったことがない。


「間に合えよ、優助」


 誰の味方をしているのだろう。そう戸惑いながら、セレナはその場を後にした。


次回『時代』

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