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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
先守優助編

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明日香2

「冬音ちゃーん、部屋を開けてー」


 智子が、冬音の部屋の前で粘っている。

 冬音にとっては世界が引っくり返ったような一夜だっただろう。だから、明日香にはなにもできない。

 優助が、リュックを背負って私服で靴を履いていた。


「ん、学校、行かないの?」


「ああ。今日は、行かないんだ」


 そう言うと、優助は歩き始めた。玄関の戸を開け、外に出ていく。

 鞄を放り出すと、制服姿のままで明日香は後をついていく。


「付き合うよ。こんな時こその相棒だ」


「……まあいいけどな」


 優助は、無言で自転車にまたがった。明日香も、それに習う。二人で自転車を漕ぎ始める。


「何処へ向かうのー?」


「山だ」


 淡々と、優助は言った。


「熊、出るよ」


 明日香はやや不安な思いを込めて言う。


「今なら力がある。怖くはない」


 優助は、譲らない。


(ああ、こりゃ駄目だ)


 こういう時の優助は、けして譲らないのだ。

 そのうち、山の麓に辿り着いた。

 山と言ってもさほど高い山ではない。二時間もすれば登りきれるだろう小さな山だ。


「行くぞ」


 そう言って、優助は山を昇り始めた。

 明日香もその後に続く。


「ねえ、優助」


「ん?」


「戸惑ってるの? いや、戸惑ってるよね」


「ああ。青天の霹靂再びって感じだ。兄妹じゃないって言われて、けどやっぱり兄妹だって言われて、どうしたもんかと感情の対処に困っている」


 それはそうだろうな、と思う。

 十七の子供が抱えるには重すぎる問題だ。

 優助と冬音はこの後どうなるのだろう。明日香は見守ることしかできない。励ますことしかできない。


「全部、幻だったみたいだ……案外人生なんてそんなもんなのかもな。最近はなんでもかんでも引っくり返りやがる」


 優助は、ぼやくように言った。

 無言で、歩き続ける。昨日の夜に雨が降って、土は少しぬかるんでいた。

 そのうち、舗装された道を越えて、獣道へと辿り着く。

 そのまま、歩き続けた。


 一時間程歩いた。

 傾斜の緩やかな場所で、優助がリュックから出したシートを敷き、休憩する。

 優助は無言で明日香に茶の入ったペットボトルを手渡すと、自身も茶を飲み始めた。


 ペットボトルを傾けて、優助は茶を嚥下していく。喉が規則良く動いた。

 そして、ある程度飲み終えると、彼は深々と溜息を吐いた。


「……なにも守れない。冬音に、なにをしてやればいい」


 優助の口から、初めて具体的な疑問が出た。


「傍にいてあげればいいんじゃない?」


 明日香は、淡々と言う。


「けど、あいつは妹だ。いつか俺の下から巣立つんだ」


「まあ、ねえ……実妹はハードル高いわね」


 なにをやっているのだろうな、と明日香は思う。

 ライバルに塩を送ろうとしている。


「けど、傍にいてあげなよ。それだけで、救われるかもしれない」


「傷つけあってしまう気がする。俺の存在は冬音を傷つけている」


「……その考えはなかったな」


「あんまり人の心は単純じゃないんだ。俺を見ていると、その時間分冬音は自分を傷つけてしまう気がするんだ」


 ペットボトルの中身を飲み干して、優助はリュックにしまった。

 明日香も、飲みかけのペットボトルを優助のリュックに入れる。

 そして、二人は準備を整えて、再び歩き始めた。


「昔、二人で山を登った」


「……そういえば、そんなこともあったような」


「お前が木から落っこちて大怪我して、最後まで登れなかった」


「ああ、あの時か」


 明日香は苦笑する。


「俺はなにも変わっていない。なにも守れない。なにも器用にできない」


「そうかな」


「そうだよ」


(そう、自分を責めないでよ……私がいる意味、ないじゃんかよ)


 明日香は、心の中で独りごちる。

 その時のことだった。考え事をしていたせいで、足を滑らせた。

 斜面を明日香は滑り落ちていく。

 そして、崖の縁まで転がり落ちた。

 力を使うかどうか、一瞬迷う。

 しかし、こちらを真剣に見ている優助の目を見て、苦笑した。

 落下する。

 三メートル程下に背中から落下した。

 受け身を取るが、衝撃が体を襲う。


「ぐ……う……」


 呻き声を上げて、体を起こす。

 優助が、崖に手をかけて落下点に足を近づけて、降りてきた。

 優助の手から放たれる光が、明日香の体を包んだ。

 温かい。

 湯船に浸かっているかのようだ。


 痺れが薄れてきた。

 明日香は、ゆっくりと体を起こす。


「前と一緒じゃないじゃん」


 笑って、明日香は優助の背を叩いた。


「前は戸惑って、助けを待つしかなかった。けど、今は不思議な力を得た。進歩してるんだよ。私も、優助も」


 今日、初めて、優助の顔に笑顔が生まれた。


「いや、お前は進歩してない。まーた怪我してる」


「そだねー、あはは」


「はははは」


 二人して、笑った。

 そして、明日香は立ち上がった。


「もう、大丈夫」


 光が消えて行く。


「さて、元のルートに戻るにはどうすればいいかな」


「とにかく、上に登っていけば大丈夫だよ」


 二人して歩き始める。

 山の向こうの景色を求めて。今とは違う何らかの感情を求めて。


「山を登れば、なにか変わるの?」


「わからない。ただ、今まで越えられなかったものを越えたい」


「そっか。じゃあ、私は付き合うよ。相棒だもの」


「ありがとう。お前の存在に、随分助けられている」


 けれども、優助の視界に明日香はいない。

 胸が痛んだ。

 けど、目一杯の微笑みを顔に浮かべるのだ。強がって。意地を張って。


「行こう!」


「ああ!」


 二人して、歩いた。

 そして、頂上に辿り着いた。


「凄い……」


 町を一望できた。遠くに海が広がっているのが見える。その先に、水平線。

 自分の暮らしている町。それが、随分小さく見える。

 明日香は、心を緩めた。

 優助が目を輝かせている。それを見て、安心したのだ。


「今日は、登れた。前は登れなかったけど、今日は登れたんだ」


「そうだよ。私達は前へ進んでる。優助は前進してるんだよ」


「ははっ……」


 優助は、目の端を拭った。

 泣いているのだろうか。


「なんだよ。案外大したことないじゃないか」


「成長だよ、成長」


 しばしの沈黙が流れた。

 二人して、この景色を堪能していた。


「冬音ともう一度、話し合わなければならない」


 胸が痛んだ。

 けど、仕方がないことだ。明日香が享受してきた道だ。


「向き合おうと思う。冬音と」


「おう」


 明日香は、優助の背を叩いた。


「それでこそ私の相棒だ」


 今日も明日香は優助を見守り続ける。

 それが、自らの生き方だから。


 帰ると、制服姿の智子が飛んで来た。


「冬音ちゃんがいないんです!」


「学校だろ?」


 優助が、戸惑うように言う。


「学校にも、行ってないんです!」


 優助の顔が、曇った。

 その日、先守冬音は消えた。


次回→次週更新予定

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