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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
先守優助編

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兄と妹1

 休日に学校に来るのが当然になったのはいつからだろうか。

 優助にとってそれは当たり前の行為になってしまっている。

 しかし、ふと足を止めた時に思うのだ。

 違う人生もあったかもしれないと。


 もしも、冬音が病弱でなければ。もしも、明日香が怪我をしなければ。もしも、哲三が燕を紹介してくれなければ。

 もしも、自分に力がなければ。

 世界はもっと違ったものになっていたかもしれないと。


 それはそれとして現状に居心地の良さを感じているのも確かだった。

 そこに自分がいることで誰かの人生が変わる。そんな実感を得ていたかった。

 だから、優助は今まで何でも屋を続けてきた。


「変わらなきゃいけない時が来てるのかもしれない」


「ん?」


 昇降口で下足に履き替え、明日香に場所を譲って、優助は言う。

 明日香は怪訝そうに返した。


「冬音も帰って来た。夏樹さんはそれを頼むと言った。俺は、変わらなければならないのかもしれない」


「椅子には本を読む病弱な妹、それにコーヒーを淹れる兄。麗しい兄妹愛だあね」


 明日香はどんな時にも動じない。揶揄するように言う。

 肝っ玉母さんになるんだろうな、と優助は見ている。


「今まで、周囲を守れる自分であろうとした。けど、家族が望んだのはそんなことじゃない。多分、平凡な一般人であることだったんだろうと思う」


「だから、何でも屋は卒業だと?」


「一方で、必要とされている自分を感じている部分もある。ジレンマだよ」


 二人で、廊下を歩き始める。


「差し伸べれる手を差し伸べることのなにが悪いのか、とも思う。見て見ぬふりをすることが普通の人間であるということなら、俺はそんなのは嫌だ」


「まあ優助の場合は自分から厄介事を引き寄せてるんだけどね」


「まあ、な」


 そう言われてしまうと、反論の余地がない。投書箱などを作っている時点で厄介事を引き寄せているようなものだ。


「私はどっちの道を選ぼうと優助を祝福するよ。一般人として歩むもよし、何でも屋として歩むもよし」


 優助は、思わず表情を緩めた。

 思考の靄が、少し晴れたような気分になる。


「……お前が相棒で助かる」


「二年三年の付き合いじゃないだろ、相棒。まあ」


 明日香は、そこで言葉を切って、優助の前に出た。


「私はそれしかしてあげられないってのもある」


「なんだそれ」


「優助にはわかんないさ」


「性差なのかなあ、そのわかんない部分って」


「性格の差だよ。手札を全部オープンにしてる優助と、手札を全部伏せてる私の」


「単純馬鹿みたいな言われようは好かない」


「なに言ってんのさ。あんたが単純馬鹿じゃなかったら世の中に単純馬鹿なんていないよ」


「……手痛いな」


 優助は苦笑する。


「愛のムチだよ」


 明日香は振り向くと、悪戯っぽく微笑む。

 投書箱の前に辿り着いた。

 箱を振る。

 何かが箱の中で掠れる音がした。

 遠くで、運動部員達が走っている声がした。


「暇なし、か」


 そう言って、優助は苦笑する。


「あんたの趣味さね」


 明日香はからかうように言う。

 そして、箱を開けた。

 二枚入っているようだ。

 一枚目を開く。

 優助は、目を丸くした。


「冬音の字だ」


「マジ?」


「マジ」


「なんでわかるの」


「五年間文通してた」


「引くわー」


「そう言うな。最後の辺りは途絶えるかどうかって感じだった」


「で、なんて書いてあるの」


「そうだな……うん」


 優助は頭を抱えた。

 デートの相手を求める、と書いてある。

 名前欄には、わからなかったら許さない、ともある。


「これ、お前の入れ知恵だろ」


 明日香を睨むが、彼女は飄々としている。


「なんのことやら。もう一枚は?」


 優助はもう一枚を開いて、脱力して箱に頭を乗せた。


「なに、どしたん」


 無言で明日香に紙を渡す。


「あー。先守冬音とのデートをセッティングしてほしい、と。下級生の男の子だ」


「うちはいつから縁結びの神社になった?」


 優助は頭を上げ、投書箱を元の場所に戻し、嘆く。


「前例作っちゃったからねえ。っぱーっと噴出してるのかもしれないね。で、冬音をこの子に紹介するの?」


 優助は考え込んだ。

 その可能性を想像すると、どうしてか胸が痛んだ。


「……これ冬音を呼び出してこいつを待ち合わせ先に送れば解決……」


「しないね。冬音は頭から湯気立てて怒るだろうし、最悪殺傷沙汰になる」


「こいつ、殺されるのか?」


 それは流石に気の毒だ。


「いや、恨みを買ってるのは優助だ。短い付き合いだったね、優助」


「馬鹿言え、と言いたいところだけど妥当な推論だ」


「だしょー。私賢い」


「お前は道化を演じているけれど十分賢いさ。小賢しいと思う時もある。今回の冬音の手紙の件を見てもな」


「私が企んだと?」


「この前の占い師の例が出た直後にこれだ。疑うべきはお前だろうよ」


「相方を信じないんだ」


 明日香が目を潤ませる。

 優助は、そんな視線に弱かった。


「被害者ぶるなよう……」


「じゃ」


 明日香は一転として、淡々と自分の手にある紙を振る。


「この馬鹿は私が断りを入れに行こう。その代わり、冬音をデートに誘ってやるんだよ、優助」


「うーん……」


 優助は腕を組んで唸る。


「これ分岐点じゃないか? 妹を真っ当な道へ進ませるかどうかの……」


「妹、じゃないだろう」


「戸籍上は妹のはずだ」


「戸籍、見に行く?」


「少し怖いな……」


「ま、そんな時間もないか。さっさと家に帰んなよ。冬音、待ってるよ」


 そう言われて、明日香に背を押されて歩いて行く。

 そして、玄関の外まで押し出された。慌てて靴を履き替える。そして、内履きを明日香に手渡した。

 日差しの強い日で、校舎の中は暗く見えた。

 それでも、明日香がいつものように微笑んでいるのはわかった。


「んじゃ、楽しんできなよ。優助」


「整理しなきゃいけない話題が山ほどある。そう気楽なもんじゃないさ」


「そう言うなよ」


 明日香は愉快そうに笑う。

 なにがそんなに楽しいのか、優助にはわからない。

 普段は共有できる笑顔。それを日差しが邪魔しているかのようだ。


「んじゃ、行くよ」


「ああ、行きな行きな」


 そう言うと、明日香は暗い校舎の中へと歩いて行った。

 自転車に乗り、日差しの中を進む。

 占い師が出そうだな、という予感があった。

 しかし、出てこなかった。

 彼女は何者だったのだろう。

 あの犬のようななにかが追い払ったと見るべきだろうか。

 なら、あの犬のようななにかはなにか。

 多分、召喚術師だろう。


 今までも、守られていたということだ。

 それは、哲三に訊かねば答えが出ないところかもしれない。


 二十分ほど自転車をこいで、自宅に辿り着いた。

 門をくぐり、家の戸を開けると、智子が笑顔でやって来た。


「お帰りなさあい」


「ただいま、智子」


「冬音ちゃんがお待ちかねですよお」


 あの手紙の一件は知れ渡っているということか。

 こういう時、家の中でも女子と男子の壁みたいなものを感じる。


「智子。逃げ道はあると思うか」


「なにを言ってるんですか。逃げ道は投書箱を設置した時にご自身で投棄なされたじゃないですかあ」


「あー、投げ捨てちゃった? 俺」


「そりゃあもう豪快にい」


 深々と溜息を吐く。


「着替えてくる……」


 とぼとぼと歩いていく自分は、きっと敗残者のように見えただろうと思う。

 制服を脱いでハンガーに掛け、タンスを開けて着替えを見繕う。


「んー……」


 流石に制服で行くわけにはいかないが、こんな時に用いる高い服などもないのも事実だ。


(なに意識してるんだ、俺は)


 普通の服でいいと結論づけて、適当に着る。

 そして、腕時計を見る。午後一時を過ぎていた。

 冬音の部屋の前に移動して、ノックする。

 智子が物陰から愉快そうにこちらを見ている。晒し者の気分だ。


「冬音ー、いるかー? 投書箱の依頼を読んできたんだけどー」


「いるよ」


 冬音の声は、緊張しているのかやや硬質だった。


「扉、開けるぞー?」


「はい」


 扉を開けると、そこにはテレビに出てくるような美少女がいた。

 思わず、一歩後退する。


「あ、変だったかな?」


「お前、なにかしたか?」


「えーっと、智子に化粧してもらって、髪の毛整えてもらった」


「……お前も女の子なんだな。十分化けてるよ」


 思わず、笑う。

 冬音は不満げな表情になった。


「優助。笑うのは失礼だと思う」


「悪かったよ、お嬢さん。俺がエスコートするから、一緒に出かけようか」


「あ、うん」


 冬音が、手を伸ばす。その手を捕まえて、引き寄せた。


「お似合いです!」


 智子が大声で言う。


「馬鹿!」


 その声は、異口同音に重なっていた。

 冬音は、真っ赤になっていた。

 あれ、おかしいな。


(冬音ってこんなに可愛かったっけ……)


 そんなことを思う優助であった。



+++



 立派な墓の前に、男が一人しゃがみこんでいる。

 先守哲三である。

 手を合わせて、祈っていた。


「ここへ来るのは久しぶりですね、お父様」


 秋奈の声が、背後からした。


「気配を消して近づくな。悪い癖だ」


「指導したのはお父様ですよ」


「……そうだったかな」


「それは厳しいご指導でしたとも」


「そうか」


 哲三は、苦笑するしかない。


「お母様に報告していたのですか?」


「そうだ」


「ミスト事件のことや、優助達のこと?」


「そうさな。彼らにもそろそろ、真実を伝えなくてはならないかもしれない」


「実の兄妹ではないと思って道を踏み外されても困りますしねえ」


「言うな。頭が痛い」


「それもこれも、先守の伝統が悪いのだと私は思いますがね」


「しかし、確実に有力な子孫を繋ぐ方法は他にない。先守は常に強くなくてはならない」


「寂しくはありませんか。お父様」


「そんな感情、とうに失せたよ」


「……時に」


 秋奈が、斜め後方に座り込んだ。


「娘とそう変わらぬ歳の子を手を出して孕ませたという事実はお母様に報告したのですか?」


「……根に持つな」


「お父様は責任を果たしていませんから」


「責任を果たしたら、あの子はお前の義母になるんだがな」


「かまいませんよ。そしたら智子は優助の叔母ですね」


「ややこしいな」


「お父様のせいじゃないですか。全部全部、家庭環境に関してはお父様の責任です。お母様が死んで以来、ね」


「あれが死んでから、中々長い……色々なことがあったな」


「そうですねえ……」


「もうちょっと器用に立ち回ることができればと思うこともある。桜井の娘っ子のようにな」


「あの人ももう娘っ子って歳じゃあないですよ、お父様」


「まったく、歳ばかりとっていく」


「その分、後進が伸びるんです」


「そうさな……優助は、先守に相応しい跡継ぎだろうか」


「実戦主義なのは好感がもてますよ。春香姉の子らしく直情的ですが」


「ふむ。お前、あとを継ぐか?」


「ご冗談を。私には資質がないでしょう。それは、お父様が一番ご存知のはずです」


「……そうさな」


 哲三は、溜息を吐く。


「ワシも、歳を取った。若い人間を巻き込むのを躊躇うほどに……」


「孫を持つとはそういうことです」


 秋奈はいたぶるように言った。



続きは本日中に投稿します。

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