魔女のデート
指定された待ち合わせ場所の駅に行くと、件の占い師が待ち構えていた。
「待ったよー」
「約束の十分前だ」
優助は鼻白んで答える。
「私は三十分前から待ってた」
「気合満々だな」
「楽しみにしてたからね」
「日本の学校に馴染めないのか?」
彼女にとって言語の壁はない。ならば、この人懐っこさを活かせば溶け込むことも容易いことのように思えるのだが。
「学校は行ってないよ」
「そうなのか? フリーター?」
「占い師だよ。不吉な、不吉なね」
そう言って、占い師は微笑む。
「で、何処に行く?」
「俺も初デートだからな。勝手がわからん。映画でも行くか」
「映画は良くないよ。上映中喋れないじゃないか。時間が勿体無い」
「一緒に映画を見て感想言い合うの好きなんだけどな、俺」
「私は不服です」
「そっか……」
沈黙が漂う。
デートプラン。中々の難題だ。
「あんた、名前は?」
「ネームレスで通して欲しい」
「じゃあ、レスでいいか。激しいのと静かなのとどっちがいい?」
「激しいのかな」
「じゃあ、遊園地でも行くか」
なにをやっているのだろうと自分でも思う。
ミストの件も、妹の件も、現在進行形で難航中だ。
自分のやっていることはまるで現実逃避だ。そんな実感が、ある。
「わあい、遊園地遊園地」
無邪気な彼女を見ていると、妹のように思えてきたのもある。優助は、少しこの時間を楽しんでいた。
「ちょっと遠いぞ。金が不安なら出すけど」
「そういう時は無言で出すんだよ」
「そういうもんか」
「冗談だよ」
そう言って、レスは愉快げに笑う。
そして、分厚い縦長の財布を取り出してみせた。
「札なら余るほどあるんだ、私」
「……バイトでもしてるのか?」
「占い屋が盛況してね」
「本当かー? 噂も聞かないぞ」
「遠くの町でやってるんだ」
「……あんたの外見なら、デート相手ぐらい軽く見つかりそうだけどな」
占い師は、唇の両端を上げて、子供のような微笑み顔を見せた。
「君がいいんだよ、君が」
そんなことを話していると、電車がホームに着いた。二人して、電車の中に移動する。
「幼い頃から帝王学とか叩き込まれたの?」
「いんや。普通の家庭……いや、普通じゃないな。親はある程度の歳になってから仕事で滅多にいなかった。だから、子供同士の結びつきが強くなった」
「そっか。子供同士で仲良くしてたんだ」
「ああ。だから妹が入院することになった時はショックでな」
「体、弱かったんだ?」
「ああ。祖父ちゃんは適応不全って言ってた。今思えば……」
あれは、超常の力に対する適応不全ということだったのだろうか。
レスが、優助の頬を引っ張る。
「にゃにふるんだよ」
「今日は、私を見て」
優助の頬は開放された。
「相当変な話だけどな。自分の身辺をこそこそ探ってる占い師とデートなんて」
「そうだね。変な話だ。けど、君は心が安定している。波紋のない池のように。だから、知りたくなった」
「……またどっかから情報仕入れたの?」
彼女に精神的に安定している様子を見せた覚えはない。
「いや。私の占いだよ」
胡散臭いことこの上ない。
それにしても、ウィンド、ヒーラー、ネームレスと、最近コードネームを使う人が近辺に増え過ぎではあるまいか。
それも、胡散臭いことこの上なかった。
「ちょっとは素直になりなよ。疑ってばかりだと疲れるよ」
「そうだな……デートだから、あんたを楽しませるのが今日の趣旨だものな」
「そういうこと。その切替の良さ、好きよ」
「好きとかそういうこと簡単に言わない。男は簡単に勘違いするんだから」
「ふふ、堅いのね」
「根っこが真面目なんだ。皆に言われる」
「勘違いしてもいいわよ」
レスは、微笑んで言った。
「一緒に逃げるのも、悪くない。貴方の心は、心地良い」
「逃げられないさ。俺にはしがらみがある」
「妹とか、相棒とか?」
「あと五万人のフォロワー」
「そりゃがんじがらめだわね」
そう言って、レスは愉快そうに笑った。
目的の駅につくと、二人して電車を降りる。そして、レンタル自転車を借りて遊園地への道を進んだ。
日差しの良い、絶好のデート日和だった。
遠くからでも、観覧車やジェットコースターのコースが見えた。
「楽しみだなあ」
「デートの経験は?」
「初めて」
その一言が、肩に重くのしかかった。
「初めて同士だね」
そう、ネームレスは楽しげに言った。
気楽なものである。
遊園地に辿り着くと、パスを買い、中に入った。
「なにから行く? ジェットコースター?」
「メリーゴーランド乗りたい!」
「この歳で?」
「歳は関係ないよ。馬乗りたい」
案外子供っぽい趣味のようだ。
要望に従い、メリーゴーランドに乗る。
レスの笑い声が、周囲に響き渡った。
明るい性格のようだ。
次はジェットコースター。
乗る直前に、一悶着あった。
「そんな青い顔してるなら乗らなくていいんだぞ」
「いい、乗る。今日を楽しむんだ」
「まあ初めては緊張するもんだよな」
そう言って、座席に乗る。
そして、ジェットコースターが動き始める。
レスの絶叫が周囲に響き渡った。
ベンチで休んでいるレスの頬に、冷えたジュースのペットボトルをつける。
「ひゃっ」
「だから無理すんなって言ったのに」
そして、ペットボトルを渡す。
「いいなあ。こんな楽しい日がずっと続けばいいのになあ」
「何でも屋は基本この手の依頼は通さないんだよな」
「いいもん。じゃあ私、付き合ってくれる人見つけるから」
「それが健全だ」
「惜しいな、とか思わないわけ?」
レスは、憤慨したように言う。
「生来、恋愛感情が薄いんだ」
「それは違うんじゃない?」
レスは、静かな表情で、見通すように言う。
「君にとって恋愛は禁忌の象徴だった。だから、遠ざけた」
黙り込む。図星を指されたような気分になる。
「まあ、デートの最中に他の女の話はやめようか」
「切り出したのはお前だ」
優助は、溜息を吐いた。
「で、次は何処へ行きます? お嬢様」
「お化け屋敷!」
「あいあい、かしこまりました、お嬢様」
「よろしい」
単純なもので、レスはふんぞり返って歩いて行く。
お化け屋敷は独特の雰囲気が漂っていて、チープな仕掛けでも結構楽しめた。
レスは、大げさに腕にしがみついてくる。
柔らかい体の感触が腕に伝わった。
そうして、お化け屋敷から出た時のことだった。
「あのね、優助くん」
「なんだ?」
「私も、お化けだって言ったら信じる?」
「……今は、常識と非常識のタガが緩くなってるからな。信じてしまうかもしれん」
「そっかあ。私はお化けだよ。それも、悪霊の類だ」
レスは淡々とした口調で言う。ふいに、興が冷めたかのように。
「君にとっては疫病神だね」
「なんだいきなり鬱になって。情緒不安定なのか?」
「私は……」
その時のことだった。
草むらが揺れる音がして、一匹の巨大な生物が地面に降り立った。
それは、犬だった。ただ、サイズが通常とは違う。人間の倍の大きさはある。柄は黒くて、影が集まったかのようだ。
その赤い瞳が、レスを真っ直ぐに見ていた。
その姿は、まるで妖怪。
まさに妖かし。
ならば、この物体は召喚術師かスキルユーザーのどちらかなのだろう。
「護衛か」
舌打ちして、レスは駆け出す。常人を凌駕するスピードで。
「あ、おい!」
「楽しかったよ! またね!」
犬は観覧車を蹴り、お化け屋敷の上に乗り、レスを追いかけて行った。
レスの危機だ。なにもできなくていいのか?
いいわけがない。
力が欲しい。
なにかを変える力が。
その時、両腕に白い光が浮かび上がっているのがわかった。
光は、なんにでも活用できそうだった。
光を紐状に伸ばし、犬の首を絡め取る。
すると、犬の首が消えた。
犬は戸惑うように振り返る。
眼と眼が、合った。
犬は物陰に降り立つ。その瞬間、光の紐から手応えが消えた。
人に戻ったらしい。
駆けて正体を確認しに行ったが、その時には相手は既に消え去っていた。
(また、謎が一つか……どうなってやがるんだ、この県は)
思わず、心の中でぼやいた優助だった。
次回、『夏樹』




