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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
先守優助編

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27/99

哲三の憂鬱

 Twitterの鍵垢に書き込む。

 スキルユーザーという言葉を知っている人はいますか?

 返事の期待はしていない。


 昨日は色々なことがあった夜だった。

 超常の現象との邂逅。そして、自身の出生に秘密があるとわかった。さらに、桜井家と先守家は超常現象の対策をしていることまでもがわかってしまった。

 ミストの対策は練れる。腕さえ何かで防御できればいい。それこそ、家に飾ってある鎧のパーツだけ持ち出しても良いかもしれない。

 しかし、他の点は誰かの助けがなければ解決へと導けないだろう。


 腕の負傷があるから、明日香と稽古はつまない。それが、考える時間を生んで、逆に優助を苦しめていた。

 冬音はなにか知っているのだろうか。

 ふと、そんなことに思い至る。

 唇に指をやる。

 だから、二度もキスをした。


 この歳のキスは、子供の頃の可愛らしい触れ合いでは済まない。

 冬音は、本気なのだろうか。

 いや、冬音はまだ子供だ。病院の外に触れて久しい。だから、冗談で済まないことに気がついていないのだろう。そうと結論づけた。


 結局、考えるのが物憂くなって、優助は庭に出た。

 明日香が一人で訓練していた。


「相手をしたいところだが、右手がずたずたでな」


 そう言って、彼女が乱雑に包帯を巻いた右手を見せる。


「無理しなくていいよ。それにしても、冬音にどう隠すの? それ」


「手袋でもするかな」


「冬用のは逆に目立つけど、春用の手袋なんてあったっけ」


「秋奈さんが使ってた気がする。借りるよ」


「優助の手が入るかは怪しいと思うなあ……目立つよ、逆に」


「Twitterで依頼しても時間が足りないな。仕方がない、お手上げだ」


 そして朝食の時間。案の定冬音は手の包帯を目ざとく見つけた。


「お兄、その右手はなに?」


「かっこいいだろう? 呪法と言って黒竜の力を封印しているんだ」


 そう言って、優助は右手を見せびらかす。


「お兄」


 冷たい声で、冬音は言う。

 冗談では誤魔化せなそうだ。


「……怪我した」


「見せて」


「見てどうする」


「それが普通の怪我かどうかでキレ具合を判別する」


「それじゃあ、見せられないな」


 激怒コース一直線間違いなしだ。


「お兄……」


 冬音は溜息を吐いた。


「お兄が皆を守りたいって気持ちはわかった。けど、私がお兄を心配する気持ちもわかってほしい」


「ああ」


「ああじゃないわよ」


 足をテーブルに乗せた冬音に、頭部をテーブルに叩きつけられて優助は沈黙する。


「強盗犯を捕まえた時も、私がお兄を心配する気持ちも、のところから一言一句同じやり取りをしたわよ」


「冬音、スープが溢れる。冬音」


 冬音は溜息を吐いて優助の頭を放し、足を下ろす。

 開放された優助は、髪型を整えた。


「まあまあ冬音ちゃん。優助さんだって怪我をしたくてしたわけじゃないと思うよお」


「まったく智子さん、その通り」


「じゃあ、なんで怪我をしたか端的に説明してもらおうじゃない」


「……窓に挟んだ」


「そんな右手全体ぐるぐる巻きになるまで?」


 優助は黙り込む。


「子供の言い訳じゃないのよお兄」


 冬音は苛立ってきたようだ。


「そうだな。少しおいたが過ぎたようだ」


 懐かしい声に、一同振り向く。

 部屋に、一人の老人が入ってきていた。


「哲三お祖父ちゃん」


 冬音が大声で言って、腰を浮かす。


「いや、いい」


 そう言って、哲三は、自身の席の前に立った。


「椅子に埃が乗っておらん。丁寧な掃除だな」


 そう言って、席に座る。


「お前達、構わんからご飯を食べなさい。学校に遅刻するだろう」


「祖父ちゃん。話がある」


「わしも、話があるよ」


 哲三は、憂鬱そうにそう言って溜息を吐く。


「私も、話があります」


 冬音がそう言って椅子に腰を下ろした。


「冬音の話はまたにしよう。冬音と智子は学校へ行くんだ」


「けど!」


「決定事項だ」


 冬音はそう言われると、反論の材料をなくしたようで、大人しく食事を取り始めた。

 優助も、明日香も、智子も、無言で食事を続ける。

 そのうち、食事を終えて、智子と冬音は部屋を出た。


「さて、困ったことをしてくれたな。お前達のことを失念していたわしも迂闊だった」


 哲三は両手を重ねてその上に顎を乗せて、溜息混じりに言った。


「桜井の娘の仕事を邪魔したそうだな」


「あれが、仕事って言えるものなのか、祖父ちゃん」


 得体の知れない存在を、大勢で追いかけ回していた。それが仕事だというのならば、先守家の仕事とはなんなのだろう。


「お前には高校を卒業したら話す。とりあえず、今回は手を引け」


「犠牲者が出ている。俺は、退くわけにはいかない」


「それこそが陽動かもしれん」


「陽動……?」


 優助は、その言葉に戸惑うしかない。


「思えばお前が何でも屋なんかを始めた時から止めておくべきだった。わしの失策だ」


「なにを言いたいんだよ、祖父ちゃん」


「ともかく、手を引いておけということだ」


 少し疲れたように、哲三は言う。すると、彼は酷く老けて見えた。


「嫌だ。俺はあいつを倒す。スキルユーザーってなんだよ、祖父ちゃん。俺の出生の秘密ってなんなんだ!」


 哲三の眼光が鋭くなった。

 優助は、竦まずにそれを見つめ返す。


「……その二つ、何故お前が知っている」


「……師匠と、師匠が持ってるトランシーバーからの情報」


「やってくれたな、桜井の。あのじゃじゃ馬娘は賢しいが余計な真似をする」


 哲三は深々と溜息を吐いた。

 疲れ切っている。そんな様子だった。


「まあ、そんな娘に孫を預けたのはわしか。まったく、因果応報とはこのことか」


 一人で納得したように、哲三は苦笑する。

 扉が開いた。


「お祖父ちゃん。私も話があります」


 冬音だった。


「学校へ行けと言ったはずだが。お前の体では走るのも辛いはずだ」


「お兄は……優助は、私の兄ではないのでしょう?」


「誰に聞いた」


 哲三の声色が、低くなる。

 一気に、場の緊張感が高まった。


「私が入院する時に、父が話していました。自分達の実子は冬音しかいない、と。実子が一人ということは、二人いる子供は兄と妹ではなくなる」


 耳に痛いような静寂が場を覆った。


「俺も、おかしいと思ってたんだ。本家で生まれた人間には、皆季節の名前がついている。俺だけが違うっていうのは、ずっと疑問だった」


 優助の言葉が、染み入るように場に溶け込んでいく。


「それでも、優助。お前は冬音の兄だ」


 哲三は、苦い口調でそう言う。


「お祖父ちゃん!」


「祖父ちゃん!」


 哲三は深々と溜息を吐いた。


「ともかく、わしが伝えたいのは今後一切このことに関わるなということだ。他家の迷惑にもなりかねんし、優助。相手の狙いはお前なのかもしれんのだからな」


「俺が、狙い……?」


 思わぬ言葉に、優助は戸惑う。

 謎は、更なる謎を呼んだだけだった。

 哲三の元に紅茶が運ばれる。


「わしは、足を引っ張るなと言っておる。それができんのなら檻にでも入れるぞ」


 そう凄んで、それきり哲三は口を閉じた。

 四人で通学路を歩く。

 喋る人間は、誰もいなかった。


 そして、教室に入る時、スマートフォンが鳴った。

 Twitterの鍵垢にダイレクトメールがきている。

 そこには、確かにこう書いてある。

 俺、スキルユーザーだよ。と。



+++



 哲三は席を立つと、紅茶のカップとソーサーを持って二階へ向かった。

 二階のテラスで、一人の女性が佇んでいる。


「結局、桜井の小娘の手を借りる羽目になっている。歯痒いな」


 その一言に、女性は苦笑した。


「燕さんはお苦手ですか?」


「苦手も苦手。あれは化け狐の類だ」


「基本的にはいい人だと思うんですけどね」


「影でこそこそ動いていつの間にか人材を揃えている。君もその一人だろう」


「まあー、そういうことに、なるんでしょうかねえ」


 女性は曖昧な態度を崩さない。燕への義理を果たそうとするかのように。

 何故か忠実な部下が多いのだ、あの女は。

 それがまた、哲三は気に入らない。


「それで、君枝さん。君が見たところ、うちの子達はどうかね」


 君枝の表情に影が差した。


「……何人か、目覚めかけてますね。既に、目覚めているのかも」


「さもあろう」


 哲三は溜息を吐く。


「召喚術師の血を色濃く引く先守の子供らだ。スキルユーザーとしても適応できるだろう」


 沈黙が漂った。


「何人だ?」


 哲三が問う。


「三人」


 そう、君枝は手短に答えた。



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