表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
先守優助編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/99

師匠と敵

 夜、予備の靴を履いて、窓の外に出る。

 外は小雨が降っていた。折り畳み傘をさして歩き始める。

 足音は二つ。

 隣には、明日香が並んで歩いている。


「二階から降りるのは重労働だろうに」


 優助は、呆れ混じりに小声で言う。


「折り畳みの梯子を隠してあるからね。余裕さっ」


「とかやっててお前は昔木から落ちて入院した」


「あの時の優助の慌てぶりったらなかったよ」


 明日香は愉快げに笑う。


「笑いごっちゃないんだぞ。あれ、随分トラウマなんだからな」


「そう? 私は無事退院したのに?」


「そう。だからあれから誓ったんだ」


「何を?」


「……秘密」


 守れなかった妹。

 守れなかった幼馴染。

 だから誓ったのだ。まだ幼いとも言えた頃の優助は。

 その誓いは、今も優助の中で息づいている。


「まあ、二人揃って何でも屋でしょ。つれないこと言わないでよ」


「ああ、そうさな」


 明日香以上の相棒なんて身近にいないと優助は確信している。

 いるとすれば、その道のプロフェッショナルだろう。


 そして、二人は明日香の折り畳み式の梯子を使って門を乗り越え、家の敷地外に出た。

 そこから先は、もう魔窟だ。闇夜に何が潜んでいるかわからない。

 魔物の巣食う魔都。それが、今のこの市。


「とりあえずは依頼人と合流して、現場に顔見知りの刑事がいたら話を聞こうか」


「そうだねー。とりあえずは情報収集だわね」


「若干寒いな」


「春先だから、夜は冷えるさ」


「厚着はしてきたか?」


「過保護だねえ相変わらず」


 二人して話しながら歩く。そのうち、駅に辿り着いた。

 小さな待合室で、少女はノートパソコンを膝に乗せて、キーを一心不乱に叩いていた。

 優助は、声をかける。


「誠」


「はい!」


 元気の良い返事だった。

 誠はノートパソコンを畳むと、鞄に入れて駆け寄ってきた。


「まったくお前は厄介事が好きだなあ」


「けど、私が依頼を出さなくても先輩はその厄介事に首を突っ込んだ。違いますか?」


 誠は真っ直ぐな目でこちらを見てきた。


「違いねえ」


 優助は苦笑して肩を竦める。

 優助達が何でも屋ならば、誠は新聞屋だ。

 新聞屋と言っても学校の壁新聞で、熱心にやっているのも誠ぐらいしかいない。

 それでもその熱意に、優助は感じるものがあった。


「それで、夜の町の護衛だったな、依頼内容は。インタビューでも聞いて回るのか?」


「事件現場も見ておきたいと」


「そうかそうか」


「先輩達は余裕ですね。いかにも補導されそうですけど」


 優助と明日香は得たりと微笑んで、財布からカードを一枚ずつ取り出す。

 それは、近場の大学の学生証だった。優助と明日香の写真がそれぞれ貼られている。


「うはー、偽造学生証。勉強になります」


「誠は、俺達の妹って設定にしておけばいい。あんま祖父ちゃんの力も借りたくないしな」


「どうやって作ったんです?」


「依頼をこなしていれば縁ができる。縁はコネにもなる。そう言った関係だ」


「なるほど。知人に作ってもらったと」


「そゆこと。じゃあ行くか」


 三人して、歩き始める。

 パトカーが巡回しているかとも思ったが、そんなこともなく、三人はゆっくりと歩いていく。

 事件現場が徐々に近づいてくる。

 近づけば近づくほど、違和感が胸に沸いてくる。

 一般人が多い。

 夜の田舎にしては異常なほど多すぎる。


「……なんか今日、近場の県でライブとかあったっけ?」


 優助は、思わず呟く。


「ないはずです。終電も近いかと」


 とは誠。


「かと言って、町民が一斉にウォーキングに目覚めたって様子でもないよね」


 明日香が淡々と言う。


「何か、おかしい」


 明日香のその一言は、三人の総意だった。


「ちょっと、インタビューしてみましょうか」


 誠の提案に、優助は頷く。

 丁度、二人組とすれ違うところだった。


「すいません、ちょっといいですか?」


「はい?」


 二人組は、戸惑うように立ち止まる。


「最近の事件、知ってます?」


「ああ、知ってますよ」


 優助は違和感を覚えた。

 知っている、と言うわりには、表情が穏やか過ぎる。


「怖いですよね。帰り道などに不安を感じませんか?」


「いえ、俺達はそういうアレじゃないから」


「おい」


 もう一人が、たしなめるように言う。

 すると、答えてくれていた男は、我に返ったような表情になった。


「ああ、そうだな。インタビュアーさん。そういうのは今禁止されてるって知ってるよな。家に帰りな」


 そう言うと、男達は歩いて去って行った。


「禁止されている……?」


 優助は、戸惑うように呟く。


「禁止されてるってなんだろう」


 明日香も、困惑気味に言う。


「プロには通達がいっている……?」


 誠の言葉は、正鵠を射ているのかもしれない。


「何かがおかしいぞ。この町」


 優助は、呟いた。


「いるべき警察が見当たらない。異様な数の人が彷徨いている。そして、マスコミ規制。何か、大きな力が働いてる」


「その力って一体?」


 誠は不安げな表情で言う。


「わからない。気の迷いかもしれない。すぐに人気もなくなって、パトカーに足止めされるかもしれない」


 優助は戸惑いながらも、再び歩き始める。二人もその後に続いて歩き始めた。


「けど、駅を出てからここまでの距離に起こっていたことは、何か違和感がある」


 しばらく、三人して無言で歩く。そのうち、背後に、着地音が鳴った。

 振り返ると、皮肉っぽい微笑みを浮かべた女性がいた。

 よく見知った顔だった。


「師匠!」


「え? 何? 師匠?」


 誠は混乱しているようだ。

 優助と明日香の武芸の師、桜井燕がそこには立っていた。


「久しいね、優助。そして、明日香。その後も鍛錬を積んでいるとは君の祖父から聞いているよ。まあ私には敵わないだろうが」


 最後の一言が、嘲笑のようにも聞こえた。


「何故、師匠がここに?」


「何、ルール外だと思ってね。今、ここは桜井の縄張りだ。先守の人間がそれを荒らすのはちょっと筋が違うんじゃないかなと。君の祖父に連絡をしても良いと思ったが、陰口のようで好かん。だから直接私がここに来た」


「縄張り? 何を言ってるんですか、師匠は。ここは、天下の往来ですよ」


 燕は愉快げに微笑む。


「シラを切るか」


 優助は戸惑うしかない。


「シラを切るも何も……なあ、明日香」


「ええ、私達は歩いていただけです。縄張りも何も知らない」


 燕は、一転してつまらなさ気な表情になった。


「おやおやおやおや……いやいやいやいや……まさか、お前達。二人共知らされてないなんてことはないでしょうね」


「知らされていない……?」


「それは、どういう意味です?」


「シラを切っているなら大した役者だけど」


「師匠。何か知っているなら教えてください。そんな思わせぶりなことばかり言わないで」


 優助は、真っ直ぐに燕を見た。

 燕は、冷淡な視線をそれに返す。

 そのうち、脱力したように肩の力を抜いた。


「どうやら本気らしい。お前達に忠告しておこう。今、この町に出るのは本物だ。人間の害意の塊だ」


「それはわかっています。身元確認ができないほどに遺体を痛めつけるなんて害意がなくちゃできない」


「そういう意味で言っているんじゃないんだよ、優助」


 燕は、人差し指を立ててリズミカルに左右に振った。


「そうだな。あんたみたいな一般人にわかりやすく言うなら、化け物だ」


「それは、化け物じみた力の持ち主でしょう」


「まあ、そこの場違いなお嬢ちゃんが混ざってる前じゃ私も言い辛い。送ってやるから今日は帰りなさい。時に優助。なら、貴方は……」


 燕の口元が、皮肉っぽく歪んだ。


「自らの出生の秘密も、知らされてはいないのかしら?」


「出生の秘密……?」


 戸惑うしかなかった。

 十七年間、先守本家の子供だと思って育ってきた。

 跡継ぎ候補だと迷いなく思っていた。

 しかし、そこに出生の秘密がある?


 しかし、思い当たる節がある。

 季節を名に刻んだ本家の親族達の中で、入婿の祖父と父と自分だけが季節を名に刻んでいない。


 疑問は、あった。

 その疑問が、表に出てきた形になった。


「師匠。それは一体……」


 燕の腰元のトランシーバーが雑音を鳴らした。その後、そこから声が響いた。


「こちら東恭司組。敵を発見。スキルユーザーに分類されると思われる。東方向に屋根を伝って移動中」


「恭司達から東となると……こっちね」


 燕は、腕を組むと、淡々と呟いた。

 そして、頭上を見上げた。

 優助達も、つられたように頭上を見上げる。


 屋根の上を駆け、時に跳躍して行くそれは、霧だった。

 血塗れの人を引きずった、霧だった。

 それが駆けるたびに、血が降り注ぐ。

 その一滴を頬に受けて、誠は座り込んだ。


「いや……」


 理解が追いついてきたように、涙を目に浮かべる。


「いやあああ……」


「師匠、誠ちゃんをお願いします!」


 そう言って、優助は駆け始める。

 明日香も、ついて来ているのがわかる。

 また、犯行を許してしまった。師との会話の時間が悔やまれる。


「許さない、絶対に許さないぞ……!」


 霧の中にいる人は屋根の上を駆けて行く。その足取りは軽やかだ。人一人掴んでいるとは思えない。

 しかし、優助も負けてはいない。その後をついていく。


 そのうち、霧は木造の撤去を待つだけといった風情の、かつて電柱だったのだろうものの上に跳躍した。


「明日香!」


 指差すだけで、明日香には伝わるだろうと、そう思った。


「合点承知!」


 優助が飛び蹴りを放つ。

 電柱だったのだろうものが僅かに揺れる。

 そして、追撃の明日香の飛び蹴り。

 大きな音を立てて、電柱だったものは倒れた。


 そして、霧は、地面に降り立った。

 その手から、人の頭が離される。

 傷だらけで、生前の形もわからない、無残な姿だった。


 優助の心は、怒りで満ちていた。


「その人を守れなかった罰。この身に受ける。だから、お前は大人しく警察に捕まっておけ!」


 そして、優助は駆け出して、殴りかかった。


「待って、優助!」


 明日香が、遅れて叫ぶ。

 彼女にしては、珍しく、判断が鈍かった。

 優助の拳は前へと突き出されていく。その先端が、霧に触れた。

 その瞬間、焼けるような痛みが腕を走った。

 しかし、一度振り出した腕はそう簡単には止まらない。

 優助はなんとか動きを止めたが、その時には肘までの位置が血だらけになっていた。


 霧じゃない。

 氷の刃の粉末だ。


 一歩を退く。

 師の言葉が、脳裏に蘇る。


「そうだな。あんたみたいな一般人にわかりやすく言うなら、化け物だ」


「化け……物」


 一瞬で背筋が寒くなる。

 自分は超常の現象の存在と接触しているのだろうか。


 霧の中の人は、しばらくこちらを観察しているようだったが、そのうち飽きたように跳躍して去って行った。

 思わず、その場に座り込む。


「何も……守れなかった」


 悔いは、残る。

 何かを守れるつもりで家の外に出た。けど、受けたのは傷だけだった。


「なんなんだろうね、あれは」


 明日香も、戸惑っているように言う。

 彼女は自分の服を裂いて布の切れ端を作ると、優助の腕を止血した。


「師匠や哲三祖父ちゃんはどうやら俺達の知らないことを知っているらしい」


「そうだね……」


 明日香は頷く。


「それにしても明日香。お前の脚力も捨てたもんじゃないな」


 優助は、ふと気がついたようにいう。


「そう?」


 明日香は、戸惑いがちに返事をする。


「揺らすだけのつもりだったが、木の電柱が真っ二つ。大したもんだ」


 明日香は、我に返ったような表情になった。


「脆くなってたんだよ。そこに、私と優助の攻撃で限界がきたと。家に落下しないで良かったね」


 それにしても、明日香の脚力は強すぎると思うのだ。

 まるで普段見せている脚力が偽りであるかのように。

 師の元に、歩いて帰る。

 そこでは、師が誠に抱きつかれてうんざりした表情で立っていた。

 その顔が、優助の腕を見て引き締まる。


「やはりミストか……」


「ミスト?」


「今回の敵の通称。移動中と認識したら命の危機は感じられないか……劣化したもんだ、私も」


 そう言って、師は苦笑する。


「とりあえず、この子を連れて今日のところは帰りな。ここは、部外者の居場所じゃない」


 そう言うと、燕はトランシーバーを操作して命令を告げ始めた。

 優助は、帰るしかなかった。


 明日香に誠を背負ってもらい、帰り道を歩く。


「ごめんな、明日香。俺が背負うべきだと思うんだが……血がどうにもな」


 背負ったら誠の服についてしまうだろう。


「止まらないの?」


 明日香が、不安げに言う。


「いや、一つ一つの傷自体は小さなものだ。ただ、それが重なって削れたような感じになってる」


「うわあ、いったそー。ヤスリで削ったようなもんじゃん」


 明日香は身震いする。


「なんだったんだろう。スキルユーザーとか、なんとか……」


「師匠と哲三祖父ちゃんは顔見知りだ」


 明日香が、答えを提示するように呟く。


「きっと、何か教えてくれるさ」


「そうさな……」


 誠は泣き続けている。

 死者もまた一人出た。


(これじゃあ、あの時と一緒だ……)


 唇と唇が触れた時の感触を思い出す。

 優助は自らの唇に触れ、そして離した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ