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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
先守優助編

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24/99

妹と親戚

第二章始動します。四話ぐらいまでは書いてあるのですが後は一週間か二週間に一度の更新になると思います。

「ここは何色ですか?」


 優助の問いに、美術部員は柔らかく微笑んで答えた。


「青色です」


「青の缶、缶……」


 優助は今、学芸祭の看板作りをしている。美術部員というわけではないのだが、その依頼に基づいて作業をしている。


「あ、これですね」


「あーどうも」


「助かります。うちは男手が足りないから、缶を運んだりする力仕事になるとどうも」


「いえー、贔屓にして頂いて助かります」


「助かりますじゃないわよ」


 冷たい声が、穏やかな空気を壊した。

 次の瞬間、背後からかけられた力によって優助の頭は看板に叩きつけられる。

 そして、そのまま踏みにじられた。


「なにしてんの?」


 氷のように冷たい声が追求する。


「冬音、ペンキが顔につく、ペンキが顔につく」


「なにしてんのって」


 足が円を描くように動く。


「聞いてんだけど?」


「お兄ちゃんはお前をそんなヤンキーみたいな娘に育てた覚えはないぞ」


「育てられた覚えもないわ」


 足がどけられる。


「ただね、お人好しなお兄を見ていると、こうあっちゃいけないとも思うのよ」


 溜息混じりの声だった。

 上半身を起こすと、そのまま首根っこを捕まえられて移動を余儀なくされる。

 美術部員達が遠ざかっていった。


「ありがとうねー、何でも屋さん!」


 美術部員の一人、下級生の穂乃果という子だったと思う、がそう言って手を振った。

 優助は苦笑して、それに手を振り返した。

 人気のない所に連れて行かれて、壁に押し付けられ、手を顔の真横に押し付けられた。

 悔しげな冬音の泣きそうな顔が、目に入った。

 どうしよう。そんなことを考えていると、どうでも良いことが頭をよぎった。


(あー、これって噂の壁ドン……)


 妹にされていることを思うと色気も何もあったものではない。しかも片方は泣きかけだ。


「どうして私の言うことを聞いてくれないの、お兄」


 優助の目をまっすぐに見て、口惜しげに、暗澹とした口調で冬音は言う。


「どうして俺の邪魔をするかなあ、お前は」


「何でも屋なんてやめてって言ったでしょ。先守の長子がみっともない」


「と言われても今の俺は普通の学生なわけで、何に青春をかけようとも自由だろう?」


「人に顎で使われて、それで楽しいの?」


「お前なー、勘違いしてるようだけど俺達ガキに権力なんてないんだぞ。将来は上司を持って、それに顎で使われるんだ」


「危険な真似して私を心配させて、それで楽しいの?」


 その一言は、茨のように優助の心を刺した。

 優助は黙り込む。

 それを見て、表情をさらに歪めると、冬音は俯いた。


「そんなに明日香といるのが楽しい?」


「あいつは、別に関係ないだろ」


「ある」


 駄々っ子のように冬音は言う。


「……なあ、冬音。俺達兄と妹だろう? 仲良く並んで進むというわけにはいかないかな」


 頬をはられた。


「お兄がその道を閉ざしてるんじゃない、馬鹿!」


 冬音が背後を見せる。

 そして、呟くように言った。


「夕食の時間までには帰って来てください」


「依頼了解」


 冬音が呆れたような半眼でこちらを見る。


「いや、わかったよ」


 苦笑して応じる。

 幽鬼のように恨めしげな表情で冬音は去って行った。

 なんというか、身内に批判されてるとやり辛い。

 スマートフォンを起動して、Twitterのアプリケーションを開く。フォロワー五万人、とある。


「兄ちゃん五万人が味方なんだぜ」


 呟くが、既に去った冬音にそんな声が届くわけもない。

 スマートフォンをポケットにしまうと、美術部員達の元に戻った。

 親戚の明日香が、色塗り作業に加わっていた。


「また冬音?」


 顔も見せずに、前を見たまま、明日香は言う。足音だけで優助だと悟ったのだろう。


「まあな」


「天下無敵の何でも屋さんも妹を前にするとタジタジだ」


 楽しげに明日香は言う。


「お前はいいよな、いつも楽しそうで」


「私には兄も妹も父も子もいないからねー。気楽なもんだよ」


 さらりと重い事情を言う。


「たまに羨ましくなる」


「跡継ぎの肩書はそんなに重い?」


「……まあな」


 優助はしゃがみこんで、色塗り作業を再開した。



+++



 そして帰り道、優助は金色に光る稲穂の群れの中にある道を駆けていた。

 結局、帰りが遅くなったのだ。

 明日香はタイミングを見計らって早々に帰ってしまった。

 その点の器用さは、優助には真似できないと思う。

 気がつくと、のめりこんでいる。


 道の途中で、怪しげな白人を見かけた。水晶玉とクッションをテーブルの上に乗せて、その前に座っている。

 占い屋、とでもいう気だろうか。

 駆け去る途中、声をかけられた。


「先守優助」


 優助は、足を止める。

 振り返ると、占い屋は微笑んで優助を見ていた。

 そう優助と歳は変わらない子だろう。

 それが、こんなところで何をしているのか。

 外国の人にしては自然な発音だった。


「先守グループの社長の孫。跡継ぎ候補。何でも屋を自称しており、相方であり親戚の明日香とは同居関係にある」


 優助は彼女の傍に歩み寄り、テーブルに手を置いて話の続きを待つ。


「幼い頃から格闘技の訓練を受け、その腕は下手な兵士に匹敵する。身体能力は抜群で、サッカー、野球、バスケなどの助っ人依頼も軽々とこなす」


「これはなんの余興かな」


「私の人相占い。上手いかな?」


 少女は、子供のように微笑む。


「ああ、人相占いで名前から家業までバレるとすれば驚きだ」


 優助は、薄く笑って皮肉を言う。


「依頼ならTwitterか投書箱に入れてくれれば引き受ける。こんな手の込んだ事をする必要はない」


「じゃあ、これならどうかしら」


 少女は、悪戯っぽく微笑んだ。


「先守家と警察の癒着により、補導されずに済んでいる」


 優助は目を見開いた。

 風がふき、稲穂を揺らした。

 黄金が蠢いている。そんな光景だった。


「誰に、聞いた」


 優助の声から、茶目っ気が消えていた。


「……どう? 私の人相占い、馬鹿にできないでしょう」


「あくまで人相占いと言い張るか、こいつ」


「わかっちゃうのよ。人を見れば、その人の心に抱えているものも、未来も」


「何が目的だ」


「貴方に忠告をするとしたら、そうね」


 少女は、妖艶に微笑んだ。


「未来は、暗い」


 再び、風がふく。


「貴方の将来を誰もが明るいと思っているでしょう。けれども、落とし穴はすぐ傍にある。迂闊なことは避けるべきね」


「ははーん、わかった」


 優助は、動揺を隠しながら微笑む。


「君、冬音の差し金だろ。俺が暴走しないように釘を刺させようとしたんだ」


 少女は、呆れたように苦笑した。


「暴走だとわかっているなら止めてあげなよ。ねえ、お兄」


 優助は、五秒ほど少女を見つめた。その瞳からは、何も伺えない。


「要件が済んだなら行くぜ。俺は、晩御飯までに家に帰らなきゃならないんだ」


「ええ、また会いましょう。先守家の跡継ぎさん」


「正直、そこまで把握されているとは思わなかった。最近のマスコミは怖いな」


「マスコミじゃないよ」


 少女は、微笑む。


「人相占いです」


「っそ。言っとくけど、それを使って家の人間関係を引っ掻き回そうとしたら、許さないぞ」


 言い捨てて、優助は再び駆け始める。

 晩餐の時間にはどうにか間に合いそうだった。


「また会おうね~!」


 どこか呑気な声が、背後で響いた。



+++



 先守優助の朝は早い。

 四時には起き、五時には日課の訓練を開始する。

 内容はもっぱら、明日香との組手だ。


 優助は、誘拐対策として、幼い頃から明日香と戦闘訓練を受けている。

 それは血となり肉となり、優助の中に根付いている。


 明日香の構えに隙はない。

 強いな、と思う。

 体格の小さな明日香だが、ただの巨漢よりよほど怖い。


 打ち合いが始まる。

 互いに避ける、避ける、避ける。

 避けては打つを繰り返す。


「はあ、相変わらず曲芸みたいですねえ……」


 のんびりした声に、優助は意識を取られた。

 そして、頬を殴られた。脳震盪を起こし、地面に膝をつく。


「明日香……今のはずるい」


「気を取られる優助が甘いんだよ。今のがリアルじゃなくて良かったな。リアルだったらお前死んでるぞ」


「リアルだよ。実戦じゃないって言いたいんだろうけれど」


 優助は顎を押さえながら言う。

 脳震盪から回復するにはまだもう少し掛かりそうだ。


「声に出して読みたいブロント語」


「なんだその謎言語」


「邪魔しちゃったみたいですねえ」


 のんびりした声が、二人の会話に割って入る。

 同居人の里見智子だ。家政婦の娘で、家族同様に育っている。冬音とは同級生で、一緒に行動していることが多い。


「相変わらず早いな、智子」


「風呂の準備をしておきました。学校行く前に入っちゃってくださいねえ」


「智子。いつも言うけど、家政婦の娘だからってそんな気を使わなくて良いんだ」


 智子の指が、優助の唇に触れた。


「それを言うなら、何でも屋なんてやってる優助さんこそ自らの行いを改めるべきでは?」


「ぐうの音も出ない」


 脳震盪が収まってきて、立ち上がる。

 そして、明日香に向かって拳を振るった。

 それをアームガードで逸しつつ、明日香は前進する。

 そして再び、顎を狙って拳を叩き込む。

 それを、首をひねることで回避する。

 そして肘打ちを、明日香の鳩尾に叩きつけようとした。


 伸ばされていた明日香の手が、優助の肩をしっかりと掴む。

 そのまま、彼女は跳躍して、優助の肩を支点にしてその背後に移動した。

 背中を蹴られる衝撃が優助を襲い、再び膝をついた。


「くそ、勝てん。どうして勝てん」


「体格からの腕力差は歴然だからね。私はまともにやろうと考えていないんだよ。そこが差かな」


「勝ち誇りやがって」


「へっへーん。悔しかったら私に膝をつかせてみなさい」


「ぐうの音も出ない」


「そろそろ時間ですよ。冬音ちゃんも起きてくるし、まずいのでは?」


 智子に促される。


「冬音ちゃんが知ったら、頭で湯気を沸かすでしょうし」


 尤もな話だったので、風呂場に移動した。

 そして、二人して上着を脱ぐ。


「……今日も一緒に入るのな」


 呆れたように優助は言う。


「待ってる時間が勿体無いじゃん。その時間喋りたいよ」


「お前とのこの習慣も子供時代からのものだ。そろそろ打ち切りにしたいね」


「相棒だろ。細かいことは気にすんな」


 そう言って、お互い下着を脱ぎにかかる。

 そして、生まれたままの姿になると、風呂場へと入った。

 先守家の風呂場は広い。浴槽は三人は浸かれるスペースがある。


 同時にシャワーを浴びて、同時に浴槽に入る。


「はあー」


 明日香は吐息を吐いた。


「大人になったら、ビール飲んだりするのかね」


「朝からビールを飲むような駄目人間にはなりたくないな」


「夜に飲めばいい」


「馬鹿、それこそ一緒に風呂に入るなんて習慣はなくなってるだろ」


 明日香の体はしっかりと引き締まっている。胸は大きくはないが、くびれがはっきりとしていた。


「えー、いいじゃん。一緒に風呂入って一緒にビール飲んでさ。一日お疲れ様でした、今日も社会の歯車として一生懸命働きました、ご苦労様ですってさ。労い合うんだよ」


「お互いに恋人見つけてるだろ」


「冬音ちゃんとか?」


「ばっか言え!」


 明日香の頭をはたこうとする。しかし、回避された。


「あっちはその気だと思うけれどなあ。やばいなー。一緒に風呂入ってるなんて知れたら私殺されるわ」


「わかってるならやめろよな……それに、その気なんてないだろ」


「そう? お兄お兄って懐いてきてるのに」


「どこがだ。昨日なんて靴で地面に踏みつけにされたぞ。お前は見てなかったんだったがな」


「それも懐いてるんだよ。どうでもいい相手なら、かまいもしないよ」


 滑稽そうに明日香は言う。


「あいつの懐き方って倒錯してるなあ……」


「優助も曲者だからね。私ぐらいしかついていけないよ」


「そうだな。お前ぐらいしかついてこれんわ」


 風呂を上がり、食堂でテレビを見て時間を潰す。

 気になるニュースがあった。

 この近辺で起きた事件だ。幾重にも傷つけられた遺体が見つかったという話。


 優助は熱心に、明日香は優助の様子を伺うように、黙ってアナウンサーの声を聞いていた。


「首突っ込むとかやめてくださいよお」


 智子が口を挟む。


「わかってるよ。俺は健全な学生だ。健全な学生はこんな危険な事件に首を突っ込まない」


「首突っ込むんでしょうねえ」


 智子は諦めているように溜息を吐いた。


「冬音ちゃんを宥めるの、私なんですからねえ」


「面倒をかける」


「そう思うならやめておくことですよお」


 智子は苦笑した。

 遅れて、冬音が食堂に現れた。

 眠たそうにしている。冬音は寝起きが悪いのだ。


「秋奈叔母さんは?」


「仕事ですよお」


「父さんと母さんは?」


「仕事ですよお」


「夏樹叔母さんは?」


「仕事ですよお」


「お祖父ちゃんは?」


「仕事ですよお」


「そう、いつも通り労基法も何もない我が家だわね。あの人達、いつ帰っているのやら」


 冬音は呆れたように言って、欠伸をした。


「お兄、今日はやめてね」


 眠たげに冬音は言う。


「今日のスケジュールなんだっけ」


 明日香が呑気に言う。


「ラーメン屋のバイト……」


 冬音は明らかに機嫌を害したようで、眠気もどこに行ったのやら、苛立たしげに腕を組んで黙り込んだ。

 こういう時、冬音に声をかけてくれる智子が非常にありがたかった。



+++



「例えばこの石。人の拳で砕けると思うかな?」


 そう言って、桜井燕はテーブルの上に人の頭ほどのサイズの石を置いた。

 桜井燕は優助と明日香の格闘技の師匠だ。

 普段は何をやっている人か知らないが、余暇で優助達に訓練をつけてくれた。


「手が砕けると思います」


 優助は淡々と冷静な見解を述べる。


「腕が折れまーす」


 明日香が手を上げて元気に言う。


「そう思うのが条理。けど、こうなるんだな」


 そう言って、燕は手を振り上げると、勢い良く下ろした。

 石が真っ二つに砕け、その下のテーブルまでもを破壊した。


「結果としては、こうなります」


 優助は唖然としていた。

 明日香が熱心に拍手をしている。


「今日学ぶべきことは、相手を常識で測れると思うな。条理を覆す存在はそこらに隠れている。貴方達は、それから逃げる術を覚えなさい」


 それが、確か五年前ぐらいのこと。

 冬音がいなかった秋の出来事。

 今回の殺人事件について思考を巡らせていると、何故かそんな記憶が脳裏に蘇った。

 遺体はズタズタに切り裂かれて、顔も判別できない状態らしい。

 常軌を逸した猟奇殺人事件だ。


(師匠、すいません。俺は首を突っ込む方向に動きそうです……)


 謝罪する気はあるのだろうか、と自問自答する。最初から首を突っ込む気ならば、謝罪する気持ちも偽りではないかと。

 それにしても、あの人も不思議な人だった。

 何者だったのだろう、と今更ながらに思う。

 若くて強くて、かと言って働いている気配も、格闘技で生計をたてている気配もない。


 自由人、というのが一番似合う。

 頑固な祖父があんな変人と関わりを持っていたというのも不思議な話だった。


 燕に言わせれば、祖父は政敵らしいが。

 政敵ということは会社に関わっていた人なのだろうか。

 未だに、疑問は尽きない。


 放課後がやって来た。隣のクラスから明日香が鞄を担いでやってくる。


「優助ー!」


「おう」


「お似合いだね、夫婦さん」


「今日も熱いね、先守夫婦」


 周囲からからかいの声が飛ぶ。それにも、もう慣れた。


「ラーメン屋、行くんでしょ?」


「ああ、まあな。そして……」


「なに?」


 優助は、声を落とした。


「猟奇殺人事件に関する依頼が入った」


 明日香は肩を竦めた。


「だと思った」


 優助は苦笑する。

 一緒に鍛錬をして数年。彼女ほど頼りになる相棒はいなかった。



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