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荒れ狂う剣鬼

 深夜のハンバーガーショップで、君枝は情報屋と向かい合っていた。

 フライドポテトを乱暴に口の中に放り込む。


「自分が普通の人間ではないというのは自覚したわ」


 情報屋は拍手する。馬鹿にされているようで、君枝は苛立った。


「見事見事、第一歩だ」


「今後も、私は狙われるのかしら?」


「一度で諦めるならまず襲ってこないだろうねえ」


 情報屋は気だるげに頬杖をつく。


「……私達の敵って、一体何?」


「情報料」


 そう言って差し出された男の手を、君枝はねじり上げた。我慢の限界だった。


「痛い痛い痛い」


 そう言って、テーブルを空いた手で何度も叩く。


「あんたのせいでこうなってんのよ、ちょっとは協力しなさいよ」


「わあった、わあったよ。貧乏人の学生さんから搾り取れるとは思っちゃいねえよ」


 君枝は、手を離した。


「今ある情報から割り出した仮説だがな。あくまでも仮説だぞ。この県に根を張る指定暴力団。それがお前達の敵だ」


 君枝は唾を飲んだ。


「最近、事務所が襲われたって……」


「あれは権力争いの抗争だな。そして結局、力を持っている者が残った」


 君枝は頭を抱える。暴力団が相手? 勝てるわけがない。


「彼らは君の力を欲している。君達の、と言うべきか」


「私の他にも、この力を使える人がいるってこと?」


「いかにも」


 情報屋は指を絡めると、その上に顎を乗せた。


「今頃襲われてんじゃねーかな。あんたみたいに」


「なんでそう……!」


 無責任なのだ。そんな叫び声を堪えて、情報屋の胸倉を掴む。


「助けに行くわよ」


「冗談。俺ぁ丸腰だぜ。銃に敵うわきゃねえ」


「私なら、銃にも勝てる」


 怖いという気持ちはもちろんある。しかし、同胞を助けたいという気持ちが勝った。


「私には仲間が必要だわ。私は、その人を助ける。その人の住所をよこしなさい、情報屋」


 情報屋はしばし視線を逸して考え込んでいたが、そのうち肩を竦めた。


「わかったよ。稼がせてもらったからな。恩返しぐらいはするさ」


 そうして、情報屋に車で連れられてきたのは、隣の市に隣接した位置のアパートだった。

 二階の一室の窓ガラスは割られ、戦闘の痕跡が見受けられる。

 同胞は大丈夫だろうか。そんな不安を抱えながら、君枝は階段を上がっていく。

 窓が破られた部屋は、扉の鍵が開いていた。

 心音が徐々に高鳴っていくのを感じた。

 その扉が、異界への入り口のように見えたのだ。


 意を決して、君枝はその中へと入っていった。

 むせ返るような鉄の臭いがした。


「お前は、どっちだ?」


 まだ若い少年の声がした。


「どっちって、どういう意味よ」


「敵か、味方か」


 君枝は無言で、影の翼を手に生やした。


「なるほど、お仲間か」


 つまらなさげに、少年は言う。


「逃げようにも金も行き場所もない。そもそも何故襲われたかもわからない。困っていたところだ」


 君枝は一歩を踏み出す。そして、何かに蹴躓いた。

 それは、人間の死体だ。胴体で真っ二つにされた、死体の脚部だ。

 君枝は胃の中の物が逆流してきて、その場で吐いた。


「一般人みたいな反応しやがる。化物の癖に」


 少年は立ち上がる。その手に、影が収束する。そしてそれは、一振りの刃となっていた。


「知っている情報を全て吐け」


「貴方を襲ったのは暴力団よ。私達の力を使おうとして、襲いに来た」


「なるほど、それは厄介だ。奴らは全国何処にでもいるからな」


「私も襲われたの。私も、貴方の味方よ」


「……手下を殺したと知られたら、どの道俺は終わりだ」


 殺す。さらりと告げられた言葉に、君枝は息を呑んだ。


「……誰にも、言わないよ」


「目撃者は全員殺す。そうと決めた」


 君枝は焦った。これでは、戦闘になる。


「一緒に、問題を解決しましょう?」


「語るだけ無駄だ。俺は、消える」


 そう言った瞬間、少年は地面を蹴った。それだけで、まるで百メートル走の選手がトップスピードに乗ったような速度で相手は君枝に肉薄する。

 君枝は、翼を広げて自分を守った。

 剣で押される。君枝は吹き飛んで、扉を破壊しながら後方へと吹き飛ばされた。


「ほう、硬いな」


 剣が翼を押している。

 戦う手段は知らない。けど、このまま死にたくはない。

 君枝は、足を振り上げた。それは、相手の金的に命中したらしく、剣に篭もる力が一瞬抜けた。

 その隙に翼で空中へと飛び、距離を逃れる。


 そして、照準を合わせて、影の矢を放った。

 狙うは、相手の右太もも。

 しかし、相手はその矢すらも切り落として、君枝に肉薄した。

 両手を掴まれる。

 そのまま、地面に落下する。


(死ぬ)


 直感的に、そう思ったが、そうはならなかった。

 屋根の瓦の上に落ち、二人は転がって下に落ちる。

 そして、空き家の手入れのされていない庭に落ちた。

 草むらの中で、二人は対峙した。


 君枝は、無言で腕を構え、矢の照準を合わせる。

 少年は、剣を構えた。

 勝負は、一瞬でつく。

 矢が、放たれた。

 それを、少年は切り払いながら接近する。

 そして、剣を振り下ろした。

 それは、膨れ上がった翼に防がれた。

 既に、矢の再充填は済んでいる。


 君枝は、矢を放った。

 それは、見事に少年の太ももを射抜いた。


「ぐ……痛え……痛え……」


 そう言って、少年は地面をのた打ち回る。


「そのままじゃ、失血か膿で死ぬわ。私の味方になって」


「味方、だと?」


「私達を狙う相手。それと、直接交渉しようじゃない。私達を、放置しておいてくれって」


「けど、俺が手下を殺した事実は変わらない」


「それも含めて話し合うのよ。なんとかなる。きっと、なんとかなる」


 自分に言い聞かせるように、君枝は言っていた。

 その夜、君枝は死体の処理を手伝った。自分が悪夢の中にいるようだと思った。

 風呂場では少年が死体を切り刻んでいる。君枝は、その音を聞きながら、廊下の血を拭った。

 そして、一時間足らずでその処理は済んだ。


 死体は、情報屋が山奥へと運んで埋めてくるという。

 同時に、二人は医者にかかることになった。

 細かい事情は詮索しないという医者を紹介してもらったのだ。

 互いに足を貫かれているのだ。やむないことだった。


 そして、治療を受け、二人は並び立つ。


「あんたについて行けば安心なんだな?」


 少年が、念を押すように言う。


「……情報屋次第かなあ。敵のボスと交渉の場を持たなければならない」


「ヤクザと交渉か。まったく、悪夢みたいだ」


「同感ね。私、普通の学生だったのにどうしてこんなことになっちゃったんだろう……」


「なあ、選ばれた子供とはなんだ?」


 少年の問いに、君枝は戸惑った。

 確かに、それは何だと言われたら答えようがない。


「俺は、何か意味があって、この力を授かったんだと思っているんだ。あんたは、どうだ」


「わからないわ。流されているだけだから」


「そうか」


 少年は、少し落胆したような様子でそう言った。

 夜が明け始めた。


「俺は、兵藤遠夜」


「私は、暁君枝。よろしくね」


「ああ、短い付き合いになるが、よろしく頼む」


 短い付き合いで済めば良いのだが。

 長い夜が終わる。そして、本格的に、三人の冒険が始まろうとしていた。

次回『その男、無能力者なれど』

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