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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
暁君枝編

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19/99

焔2

 小豆は逃げていた。背後も見ずに、ただひたすら逃げていた。

 あの人が買ってくれた靴が地面を踏みしめる。あの人が買ってくれた服が風を切る。

 けど、あの人はもういない。

 小豆が、殺したのだから。


 脳裏に過去の記憶がフラッシュバックする。汗の臭い。走る痛み。与えられる刺激。

 吐き気をこらえて、小豆は電柱によりかかる。


 先守の姉妹は仕留め損ねたかもしれない。ならば、追われる。


(もう、終わりにしよう)


 そう、小豆は思った。

 守ってくれる人、追ってくる人、皆傷つける。その上に退路を築く。狂った道だ。

 小豆は限りなく狂人に近い状態だった。しかし、狂人にはなりきれなかった。


 最後の場所を思案する。

 家族でよくハイキングに行く場所があった。そこに行こうと思った。


 幸せだった、母が生きていた時代。母の料理に、頭を撫でてくれる父。

 再度、フラッシュバックが起こる。

 吐き気に、小豆は蹲る。


(お父さんは、連れていかれちゃったな……)


 そんなことを思う。

 自分が決定的におかしい鍵がそこに眠っている気がしたが、深く考えずに済ますことにした。

 その日、小豆は電車に乗って、遠くに行き、一晩を駅で過ごした。

 そして、翌日、その場所へと向かって出発した。


 あの人の買ってくれた靴。あの人の買ってくれた服。あの人が櫛を入れてくれた髪。

 綺麗な状態で戻れたかと思う。

 そして、小豆は座り込んでいる彼女と遭遇した。

 唖然として、言葉を紡ぎ出す。


「君枝さん……なんで」


 暁君枝は、昨日と同じ服、同じ髪型で、立ち上がって小豆を見た。

 黒い巨大な翼が腕から生えている。

 それで、小豆を狙うように、手をこちらに差し出していた。


「貴女は知らないのね。私は火のスキルも吸収している。咄嗟に火の防壁を作り出すことぐらいはできた」


 小豆は黙り込む。嬉しい気持ち、敵対して寂しい気持ち、両方ある。


「もう、ここは包囲されてるわ、小豆ちゃん。安全な環境に移してあげる。素直に投降して」


「嘘……つき」


「小豆ちゃん。もう、貴女は逃げなくていい。詠月に保護されて、安全に暮らしなさい」


「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」


 小豆は叫ぶ。

 知っているのだ。小豆が敵をどんな風に殺すかを、封じるかを、もう一人の自分が知っているのだ。


「殺して、殺して、逃げて、逃げて。それがこの力を得た、私の運命だった」


 小豆は、呟く。


「違う!」


 叫び声がして、小豆は震えた。


「それは、違う! 与えられた力を、呪いにしては駄目! それは祝福よ! 人を守れるかもしれないという、祝福!」


 小豆は、知らず知らずのうちに一歩を退いていた。


「嘘じゃないわ。貴女の力は、私が吸い取る。だから、もう、ただの一般人に戻りなさい」


 それは、魅力的な誘いだった。酷く魅力的な誘いだった。

 しかし、無力化された小娘の行く末なんてたかが知れている。

 だから、君枝の提案は小豆には酷く残酷に映った。

 小豆は巨大な火球を作り出し、放つ。

 それは、君枝の火球とぶつかり合い、押し合いになった。


「力で負けている? 嘘。私が、負けている?」


 霊脈から力を引き上げる。それでも、勝てない。相手の方が勝っている。

 記憶がフラッシュバックする。汗の臭い。体に走る痛み。そして与えられる刺激。

 吐き気を催して、その場で小豆は吐いた。

 何故、父はあんなことをしたのだろう。

 優しい父だったのに、どうして変わってしまったのだろう。


 そして、どうして自分は父を殺してしまったのだろう。


(そっか……私、お父さんを殺したんだ……)


 そんな実感が初めて湧いて、異常だった小豆は、正常に限りなく近い状態になった。

 沸いてくるのは罪悪感だ。


「十五名。これ、なんの数字だかわかる?」


 言葉が、脳裏に蘇る。


「その子が出した死傷者の数よ」


 今更、引き戻せない。

 今更、正気に戻ることなどできない。

 ただ死者を重ねて、その上に退路を作って、小豆は逃げていくしかない。そして最後には、あの世まで逃げるのだ。

 しかし、その時、小豆は限りなく冷静になっていく自分を感じていた。


「君枝さん、私ね……」


 呟くそれは、願うことのない願望。


「出来るなら、貴女の本当の妹になりたいと思ってた。本当よ?」


 強大な力に呼応して激情が湧き上がってくる。そして、小豆は冷静さを失い、吠えた。

 火球が巨大化し、押して行く。そして、相手の火球を飲み込んで丸ごと押しきった。


「勝った……?」


「いいえ、負けよ」


 声がしたのは、頭上からだった。

 顔をあげるのと、黒い羽が放たれて足を貫いてずたずたにするのは同時だった。

 小豆は、膝をつく。


 空から舞い降りた君枝に、手を取られた。

 温かい手。守ってくれると約束した手。

 その手に、小豆の中の光が吸い込まれていく。


「今は、休みなさい。もう、貴女を襲う脅威は、取り除いてあげたから」


 なんだか眠くなってきた。

 小豆はそのまま、眠りへと落ちた。

 それは、小豆にとっては数ヶ月ぶりの熟睡だった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「草薙小豆を貴女達に預けた際に、どういう対応をするか。説明を求めます」


 君枝は、先守の姉妹と向かい合っていた。


「危険人物として拘束。やむないことでしょうね」


 秋奈が淡々と言う。


「けど、小豆ちゃんはもう一人の自分に操られていました」


「もう一人の、自分……?」


 春香が、戸惑うように言う。


「スキルユーザーの中に、たまにいるみたいなんです。自分の中に、別人格が生まれる人間が」


「その人格は、今も彼女の中に?」


「私が、吸収しました」


「スキルユーザーはスキルユーザーから力を吸収できる。もう彼女は、無害だと」


「そうなります」


 秋奈はしばし考え込むように腕を組んだ。


「そうね。彼女がもし、詠月の心理テストにパスすることがあるならば。あると仮定すれば。スキルユーザーは召喚術師としての才に恵まれている確率が高いから、詠月の一員として活動することになるかもしれないわね。それが、贖罪となる」


「そうですか……」


 もしも、の話になるが、安堵した君枝だった。


「コーポスミレに、置いてあげてください。あそこは、いい環境だから」


「上が決めることよ。私達が決めることじゃない」


 秋奈は、淡々としている。そういう女性のようだ。


「それにしても、貴女は危険ね。暁君枝」


 君枝は、身構える。


「貴女みたいな莫大な力を持ちながら何処にも所属していない人間。許されるものではないわ」


「けどー、私達じゃ敵わないわよね、秋奈ちゃん」


「姉さん、ちょっと黙って」


 春香がおっとりした口調で言い、秋奈が慌てたように窘める。


「貴女は力を持っている。力を持った人間には責任が生じる。いつか貴女の運命が、決まる日が来るでしょう。いえ、もうそれは決まっているのかもしれない……」


 秋奈はそう言い、小豆を担いで君枝に背を向けた。


「今、貴女の捕縛命令は出ていない。帰るわよ、春香姉」


「はいはい」


 二人は去って行く。


「妹みたいだと思ってた。本当だよ、小豆ちゃん」


 そう呟いた君枝の瞳からは、一筋の涙が流れていた。

 その時、衝動が君枝を襲った。


(殺して、奪え……お前なら、それが出来る……)


(馬鹿言わないで……貴女は、黙っていて……)


 秋奈達に向けかけた腕を、押さえつけて下ろす。

 君枝がかつて悩み、押さえ込んだ暴力的で支配的な感情。それが、小豆のものを吸収したことによって、再び現れたようだった。

 霊脈から力を無制限に引き出せるスキルユーザーは、もう一人いる。


(あと、一人分……私の心は、耐えられるの?)


 君枝は、自分の手を広げて悩んだ。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 拳児は、戸惑っていた。

 今、銃を持つチンピラ達に囲まれている。

 その状況は、別段と不思議ではない。

 ただ、そのチンピラ達の顔に、見覚えがある。

 事務所襲撃で死んだと思われていた弟分達だからだ。


「暁君枝の行方を喋れ」


「お前ら、冗談も程々にしとけや」


 乾いた銃声が鳴る。拳児は、脚を撃ち抜かれていた。

 思わず、その場に崩れ落ちる。


「暁君枝の行方を教えなさい……」


 少女の声が、頭上から降ってきた。彼女は、ヘルメットをしていて顔は見えない。


「残り一つ。我々は、目的を達成しなければならない」


 暴風が吹いた。それは、少女の長い髪を弄び、空へと昇っていった。


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