焔1
「じゃじゃーん!」
早朝、君枝が突拍子もない声を上げた。
情報屋と遠夜がゆっくりと体を起こす。
「朝か……?」
「朝だな……」
二人は眠たげに伸びをして、相談に移った。
「朝食どうする?」
「コンビニでいいんじゃねえか」
「こっち見るー」
君枝に促されて、二人は振り返る。
君枝は誇らしい気持ちで小豆を前に出した。
「……なんか変わったか?」
「わからん」
「本当にわからないの?」
信じられない、と君枝は思う。
「小豆ちゃん化粧したんだよ、化粧」
「ああ、そういや綺麗だな」
「んで、朝食の件だが」
男二人は会議に戻ってしまう。
君枝は膨れた。
「失礼だなー。こんなに綺麗な子を前にして」
小豆は照れたように小さくなっている。
「俺達臨戦態勢なの」
「一番強いやつが一番呑気って本当厄介な話だ……」
遠夜が嘆くように言う。
「緊張ばっかりしてたら気がもたないわよ。たまには息抜きもしなくちゃね。ね、小豆ちゃん」
「ここ数日息抜きしかしてないだろう」
情報屋が冷たい口調で言う。
「わかってるわよ、私だって。炎使いと風使いを発見して、私を追うのをやめてもらうの。それにはやっぱり帰らずの森がいいと思うんだけどな」
「……詠月と交渉してみるかね。まずは朝食だ」
そう言って、一同はコンビニに移動した。
思い思いの食料を手に取り、カゴに入れていく。
「このお菓子美味しいんだよー、小豆ちゃん」
「はい、食べるの楽しみです」
「仲、いいのな」
呆れたように遠夜が言う。
「私達、前世で姉妹だったのかもねー」
「そうかもです」
「やってろやってろ」
遠夜は呆れたように言って、漫画の立ち読みに向かってしまった。
食料を買うと、車に乗ってそれを食べ始める。
「拳児のネットワークに何か手がかりがないか連絡してみるか」
そう言って、情報屋はスマートフォンを手に取り、操作を始めた。
「拳児さん、何か情報はあったか?」
情報屋の表情が、強張っていく。
「それは、確かか? わかった……感謝する」
情報屋は溜息を吐いて、通話を終えた。
「なにかわかったの?」
「なにかもなにも……大当たりだ」
小豆は、菓子を美味しそうに食べている。
「草薙小豆は、この前の詠月とスキルユーザーの衝突からの逃亡者だ」
小豆の表情が、強張る。
君枝は、唖然としていた。
「つまり?」
「そいつが、件の炎使いだ」
沈黙が、場に漂った。
「こんなちびっこがあんな惨状を巻き起こした元凶だって言うのかよ」
「ちびはお前も一緒だろ。スキルの強大さに本体の大きさは左右されない」
「小豆ちゃん……本当なの?」
「私は、ただ、逃げようと思って……死にたくないと思って……それで……」
重い沈黙が、場に漂った。
「私は、小豆ちゃんを守るよ。そうと約束した」
「放火犯だぞ。最悪、殺人犯だ」
「けど、なにかきっと事情がある!」
「事情があろうと放火犯は放火犯だ。詠月に突き出すのが道理だ」
情報屋は、淡々と君枝の逃げ道を塞いでいく。
小豆は、硬い表情で前を見ていた。彼女を、抱きしめる。
「私は、小豆ちゃんを手放さない。彼女を、守るって約束したから」
「……ちょっと相談が必要みたいだな」
車が発進する。そして、広い公園に辿り着いていた。
四人して、歩く。早朝だからか、人気はなかった。
桜は、今は既にない。
君枝は、小豆を抱くようにして歩いている。小豆は、俯いていた。
「いいか、そいつは犯罪者だ」
小豆の肩が、小さく震える。
「逃げるためだった。仕方がないことだった。だって、子供だよ。一般人だよ。詠月なんてわかんないよ」
君枝は泣きそうな声で言い返す。
「それでも、犯罪者は犯罪者だ。罪は、償わなければならない」
「五月蝿い……」
小豆が、呟く。
気配を感じた。周囲の闇全てを飲み込むような、小豆の気配。
危ないと、そう思った。
彼女も、第二の人格を持っているのだ。
「やめて、情報屋! 今は、危ない」
情報屋は、口を噤んだ。
その時のことだった。
「見つけたわ、草薙小豆!」
若い女性の声が響いた。
「そして、暁君枝?」
戸惑うように、言葉は続く。
「ここは、詠月が守っているスポットの一つだ。ここを歩けば、見つかるだろうと思っていた」
情報屋は、淡々と言う。
女性の二人組が、目の前に立ちふさがっていた。
一人は扇子を、一人は剣を手にしている。
「暁君枝、どういうことかしら。貴女は詠月の味方だと聞いていた。焔に手を貸すの?」
「見逃してください、詠月の人。この子は、仕方なく力を使っただけ。悪い子じゃないんです」
君枝は、小豆を抱きしめる。そして、黒い感情を宥めるように髪を撫でた。
「十五名。これ、なんの数字だかわかる?」
剣を持つ女性は、淡々とした口調で言う。
「その子が出した死傷者の数よ」
君枝は、震えた。
「その子は、裁かれるしかないの。その子を守るのならば、暁君枝。貴女も、詠月の敵と見なさなければならない」
「君枝さん、放して」
小豆が、小さな声で言った。
「嫌、放さない!」
君枝は、強く小豆を抱きしめる。
「いいから……放して」
小豆は、君枝を押しのけると、女性二人に向かって歩いて行った。
「短い夢だった……楽しかっただろうな、四人での旅」
小豆の独白が、空気の中に溶けていく。
「そうだね、うん、そうだ」
小豆はそう言って、見えない何かに返事をした。
「投降するの?」
扇子の女性が、安堵したように言う。
しかし、君枝は、小豆が霊脈から力を引き上げるのを感じていた。
「危ない!」
君枝が叫ぶと同時に、炎の塊が女性二人を襲っていた。
「平和に生きるために、沢山、沢山、殺すの。追いかけてくる奴。探してくる奴。全員殺すの」
小豆は興奮したように、肩を上下させてそう言う。
それは、最早、君枝が知っている可愛らしい小豆ではなかった。
一匹の、化物だった。
炎の中から剣が投じられた。それが、小豆の腕を貫く。
炎が消えると、扇子の女性が前に立ち、壁のようになって剣を持つ女性を守っていた。
後方の女性の手には剣が四本握られている。
小豆は戸惑うように炎の弾を放つ。
それは、扇子の女性を避けるようにして後方へと着弾した。
「あれ? あれ? おかしいな? 当たらないな?」
「防御結界。県下一の硬度を持つ私の防壁。知らぬなら知りなさい。私は防の先守、春香」
「そして私は攻の先守、秋奈。我ら姉妹を破る者はない!」
剣が投擲される。
君枝は咄嗟に、両者の間に入って、黒い翼で剣を弾き飛ばしていた。
「暁君枝。やはり、そちらにつくの?」
「私は……私は……」
君枝は、戸惑うばかりで、結論が口から出てこない。
「君枝! 詠月との良好な関係を潰すことになるぞ!」
情報屋が、叫ぶ。
「まあ、どの道捕獲は完了した」
秋奈が呟く。
君枝は、戸惑っていた。
翼が、開けない。まるで、見えない壁にぶつかっているかのように。
四本の剣が、自分を囲んで大地に刺さっているのが見えた。
「剣による結界。貴女はもう動けない」
「剣は要注意。なるほどね……けど、私の炎はそんなものじゃ止まらない!」
そう言って、小豆は君枝を庇うように立って炎を放った。
しかし、通じない。春香が防ぐ。
そして、秋奈が前に出て、膝蹴りを小豆に放った。
小豆の体が、風船のようにはずんで飛んで行く。
翔子と同じく、圧倒的な身体能力。
敵わない。直感的に、そうと悟る。
「勝てない? なんで? 嘘。勝てないわけがない。だってこれは……世界を変える力なんだから」
小豆が、霊脈の力をますます引き上げていく。
まるで星が落ちてきたかのような巨大な炎が、公園の上空に浮かび上がった。
「範囲外まで逃げれるかってとこね」
秋奈が、呟くように言う。
「任せて、秋奈。お姉ちゃんなら防げる」
そう言って、春香は扇子を振るう。
その手を取って、秋奈は引いた。
「表面は防げても、温度変化で私達焦げない?」
「……それは考えてなかったなあ」
「まったく、抜けた姉を持つと苦労する」
秋奈の結界が解かれる。君枝は、自由になった。
「貴女達も逃げなさい! 逃げられるものならね!」
そう言って、二人は逃げていった。
君枝は、立ち尽くす。
ただ呆然と、破壊の限りを尽くす小豆を見ていた。
それを、情報屋が担いで、逃げ出した。
「駄目よ……駄目……君枝さんは、殺せない」
自分に言い聞かせるように、小豆は言う。
そして、遠くへ逃げていく二人に狙いを絞った。
「私のために、死んで!」
そして、火球を投じようとした時。
背中に違和感を覚えたらしく、小豆は背中に手を伸ばした。
刺さっていたのは、黒い羽。
振り返るとそこには、手に黒い翼を生やして立っている君枝がいる。
「小豆ちゃん! これ以上罪を重ねたら駄目!」
「へえ、私の邪魔をするんだ……信じてたのに、裏切るんだ……!」
「小豆ちゃん!」
火球は、一際大きくなった。
「裏切り者! 信じてたのに!」
小豆の絶叫と共に、火球は大地に落ちた。
君枝は目を閉じて、その一撃を受け止めた。




