緊急会議
薄暗い会議室に、パワーポイントで作られた図が浮かび上がっている。
「今までの情報から判断するに、スキルユーザーは五つの属性に分けることができます」
桜井燕がノートパソコンを操作しながら、解説を始める。
「風、火、氷、土……土と言うのは正確ではないかもしれませんが、ここでは便宜上土とします。そして、無」
「土が適正ではない理由は?」
ゆったりとした口調の、しわがれた女性の声が質問する。
「コンクリートを変化させることも確認しました。土と言っても、地面全般と言ったほうが正しいのかもしれませんね」
「なるほど、続けて」
「特筆すべきは、スキルユーザーは自らの属性には耐性を持っているということです。これは、対峙する相手の力の強弱によって変わるのかは未研究とされていますが、例えば火のスキルユーザーは自らの火では火傷を負いません。これは、本能的に力を自衛に回しているのだと思われます」
「では、件の焔も、無傷であろうの」
先守哲三が渋い声で言う。白一色の頭、その額にはくっきりとした皺が刻まれている。
「でしょうね。脅威とされている三人のスキルユーザー。二人は仮称ですが。焔と、嵐と、暁君枝は、無尽蔵に霊脈から力を吸い上げるものと推察されています」
ざわめきが起こる。
哲三が手を上げた。
「どうぞ、哲三さん」
「桜井の。お前さんは冷静な表情を保っているが、これは脅威だぞ」
「私の管轄に襲撃もありました。私も内心では穏やかではありません。写真を映します」
そう言って、燕がノートパソコンを操作する。
粉々に破壊された寺の門が表示された。
「これは嵐によって破壊された、あの寺の門です。このレベルの破壊は召喚術の第一形態ではまず不可能でしょう。我々の戦力の大半が、彼らの前では無力であることを示します」
再度、ざわめきが起きる。
続けて、燕はノートパソコンを操作する。パワーポイントによる文章が表示される。
「私自身も対戦してわかったことですが、スキルユーザーは我々召喚術師の第二、第三形態のような身体能力はありません。不意をつくようなユニークさもありません。ただ、範囲攻撃に特化している。身体能力の召喚術師、範囲攻撃に特化したスキルユーザーと分類することができるでしょう」
「勝ち目はあるのかね、桜井の」
それまで黙っていた、老男性が口を開く。
「私自身、勝ち目はあると思って挑みました。しかし、逃げられてしまいましてね」
「それで、あの惨状か」
「桜井の。そろそろ後進を育てる道に行くべきではないかな。跡継ぎもまだ産んではいないだろう」
「セクハラですよ、ご老体方」
燕は、軽く微笑んで周囲を牽制する。
「嵐と焔に関しては、直接対決できる召喚術師の方が数少ないでしょう。皆さんの手駒の中でも精鋭を出してもらわなければなりません」
「盾の召喚術師には覚えがある。彼らを出そう」
哲三が、渋い顔で言う。
「ご自慢の娘さん達ですものね」
「五月蝿いよ、桜井の」
「この県下で、これだけの惨劇が起こった。それは我々の対策不足です。これからは仕事分担を超えた協力をしなければならないでしょう」
「いつも独断専行に走る女がよく言う」
「桜井のだけでは対応できぬ事態か。まあたまには働かんとな」
「しかし、暁君枝。彼女は信用しても良いのかな?」
「暁君枝はメンタル面で安定しています。詠月の心理テストにもパスしました。ほぼ、味方と思って間違いないでしょう」
「ほぼ、とはなんだ。曖昧な言い方は好かんな」
哲三が厳しい声で指摘する。
「力を持てば、人は変わるということです。暁君枝は現在、無と火の力を得ています」
「暁君枝にも焔のような破壊行動が可能と言うことか……」
「彼らは惹かれ合う性質を持っている。化物は化物同士、潰し合ってくれることを祈るのも一興かと」
そう言って、燕はノートパソコンを閉じた。部屋の電灯の明かりがつく。
「彼らが何故、霊脈の力を無尽蔵に吸い上げることができるか。何故、その三人だけなのか。その理由はわかるのかね、桜井の」
哲三の鋭い眼光が、燕を射抜いた。
「これっぽっちもわかりませんね。私には推測しかねることです」
哲三はしばらく燕を睨んでいたが、そのうち諦めたように溜息を吐いた。
「桜井の。お前は嘘をつく時本当に楽しそうな顔になる。また、何か隠しているように見えるがな」
かと言って、燕は着物の女性と接触したことを彼らに話すことはできない。
彼女を封印しようという意見はいまだ根強い。
「……まあ、やむない。各々、手駒を出して対策に当たるとしよう」
哲三の意見に、皆、頷いた。
こうして、三人の驚異的なスキルユーザーに対する会議はひとまず終了したのだった。
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「もう一度、帰らずの森へ行く?」
「詠月にあんまり貸しを作るのもな。それに、炎使いが町を破壊した後だ。スキルユーザーに対する姿勢も変わっているかもしれん」
そう言って、情報屋は君枝の意見を却下した。
広い車とはいえ、中に乗っているのは三人だ。
窓を開けて、換気をしている。
「翔子さんは信用できるよ」
「鳥居翔子は末端でしかない。桜井燕みたいな幹部のな。彼らは上の指示によって敵にも味方にもなる兵隊だ」
信号が青になる。停止していた車が動き始める。
「で、お前らハンバーガーの注文は?」
「チーズバーガー」
「照り焼き、セットで」
「あいあい」
「ああ、ゆったりお風呂に浸かりたい」
君枝は嘆くように言う。
「どこか拠点を持てればいいんだけどな」
「ちょっと停車して」
君枝の視界は、ある歩行者を捉えた。
「なんだなんだ?」
言いながらも、情報屋は車を路肩に止める。
君枝は車を降りて、外に出て、その歩行者に駆け寄った。
「どうしたの?」
歩行者は、小さく肩を震わせる。
薄汚れた服を着た小柄な少女だった。そして、彼女は靴を履いていなかった。
「靴とご飯ぐらいならおごれるけれど、来る?」
少女は、目を輝かせて頷いた。
そして、君枝は彼女を伴って、車に戻ってくる。
「臭いぞ、そいつ」
遠夜が顔をしかめる。
「まずは着替えからだね。ショッピングモールへ行こう」
「俺、腹空いてるんだけどなあ。マック先に行こう」
「まあ、どっちでもいいんだけどね」
そして、車は再び動き出した。
「貴女、名前は?」
「草薙、小豆」
「家は?」
小豆は、答えない。
「嫌なことがあったんだね……」
小豆の顎の辺りの痣に目を止めて、君枝は言う。
「家出少女を拾ってる場合かよ」
遠夜がぼやくように言う。
「この町にはまだ二人の……」
そこで、君枝は遠夜の口を塞いだ。
「その話は、今はやめておこう。不安がらせるだけだ」
遠夜は君枝の手を振り払って、溜息を吐いた。
「まあ、好きにすればいいさ。俺達のできることなんてたかが知れてるけどな。俺達にも帰る場所なんてないんだ」
「皆……家出してるんですか?」
小豆が、小さな声で問う。
「そんなところ」
君枝は、できるだけ優しく苦笑した。
「さ、マック近いよ。小豆ちゃんは何を食べる?」
「えっと……」
「なんでも頼んでいいのよ。何個でもいいわ」
「じゃあ、チーズバーガーのセット」
「支払い頼むわね、情報屋」
「……まあ金はあるからいいんだけどな」
情報屋は、ぼやくように言った。
注文して、金を払い、商品が行き渡ると、小豆はがっつくように食べ始めた。
「よほどお腹が減ってたのねえ。大丈夫だよ、ゆっくり食べても逃げないから」
「はい」
小豆は、小さな声で返事をする。それでも、食べるのに必死なようだった。
「次は着替え、買おうか。私、コインランドリーによって欲しい」
「俺もだ」
遠夜が、情けない声で言う。
「人間生きていくと色々かかるよなあ、金」
情報屋は、ぼやくように言ったのだった。
コインランドリーの機材に着替えを放り込むと、一行はショッピングモールへ向かった。
そして、君枝は到着すると、情報屋に手を差し出す。
「この子の靴と服買うから、お金」
「……三万でいいか?」
「四万で妥協してあげる」
金を受取り、君枝は遠夜と共にショッピングに出かけた。
まずは小豆の靴を買い、彼女も合流させる。
「小豆ちゃんは好みの服とかある?」
「私、ファッションとかよくわからなくて……」
「よしよし、それじゃあお姉さんが選んであげよう」
そう言って、服を適当に三、四着選んで、試着室に向かう。
「サイズ合わなかったら言ってね」
「はい」
「そうだ、あの服も似合うかも」
そう言って、君枝は服を一着手に取り、試着室のカーテンの隙間から中を見た。
小豆の腹部に、大きな痣があるのが見えた。
君枝の表情は、硬直していた。
「あの……」
「どうしたの、その痣」
小豆は、黙り込んでいる。
君枝は、悲しい気持ちになった。
どんな事実があろうとも、それは君枝には介入できないことだ。
一般人には一般人の、できることの範疇がある。
「服、置いとくね」
そう言って、君枝はカーテンを閉じた。
しばらくして、服を抱えて小豆がカーテンから出てきた。
「服、全部ぴったりでした」
「そっか。じゃあ買って、臭いがついた服は残念だけど捨てよう」
「はい」
小豆は、表情を緩める。
そして、身なりを整えると、小豆はとても可愛らしい女の子になった。
「似合うよ、小豆ちゃん。可愛い」
「本当ですか?」
「うん。遠夜君なんて惚れちゃうかも」
「なに勝手なこと言ってんだお前……」
いつの間にか、遠夜が背後まで来ていた。
「じゃあ、次は風呂行こうか、風呂」
そう言って、小豆の手を取り進む。
「なんだか、妹ができたみたいだなあ」
「妹、ですか」
「嫌?」
「嫌じゃない、です」
小豆は、照れるように言った。
君枝は、見えないものが見えるという噂のせいで友達は少なかった。
だから、自分に好意を持ってくれる人物というのが嬉しかった。
風呂屋に行き、湯船に浸かり、二人で並ぶ。
「その痣……親に?」
君枝は、恐る恐る問う。
小豆は、俯いた。それで、答えているようなものだった。
「児童相談所に言ったほうがいいよ」
君枝は、淡々と言う。彼女を抱え込むことはできない。君枝の旅は、危険なものだからだ。
「普段は、優しいお父さんなんです」
「けど、暴力を振るうのは事実だ」
「けど、優しいお父さんだったんです……」
「昔はそうだったのかもしれないけど、今は?」
小豆は、黙り込む。そして、呟いた。
「もう、いません……」
「いない? それって、どういう?」
「多分、連れて行かれてしまいました」
「そっか……」
小豆は泣き始めた。
色々と事情を抱えているのだろう。迂闊に踏み込めない。
ただ、君枝は小豆の髪を撫でてやることしかできない。
その日、山の麓の大きな駐車場に車を止めて、座席を倒して四人で寝た。
風呂を出た時にアイスを買って皆で食べたので、お腹は一杯だ。
「こんなに平和なの、久々です。お父さんがいた時みたい」
小豆が、楽しげに微笑む。
「そっか。なら良かった」
「いつまでも一緒というわけにはいかんがな」
情報屋が、淡々と意見を述べる。
「世の中には仕組みがある。そこから外れることは不可能だ。最悪、俺達は誘拐犯だぞ。早いうちに警察に手渡すほうが得策だ」
「警察は、嫌!」
小豆が急に大声を出したので、遠夜が驚いたように上半身を起こした。
「警察だけは、嫌です……」
「小豆ちゃん……?」
「じゃあ、児童相談所でもいい」
「私は、もう、公共の施設を利用できないんです」
小豆は、暗澹とした口調で言う。
「どうか、皆さんと一緒に旅をさせてもらえないでしょうか」
「そうは言ってもなあ……」
情報屋がぼやくように言う。
君枝は、躊躇った。
小豆の髪に触れる。短くて、触り心地の良い髪だ。
「わかった」
君枝は、言っていた。
覚悟は、決まっていた。
「おいおい」
情報屋が、ぼやく。
「私は守るよ、小豆ちゃんのこと」
「ありがとうございます」
小豆は、君枝に抱きついて服に顔を埋めた。
本当に妹ができたような気分だった。
彼女の、頭を撫でる。
久々に、人の温もりを感じていた。
その時、君枝は奇妙な感覚を覚えた。
小豆のことを知っている。そうと、感じたのだ。
小豆も、同じことを感じていると、なんとなくわかった。
「貴女の名前……もう一度、聞いてもいい?」
「草薙。草薙、小豆。お姉さんは?」
「暁、君枝」
「暁君枝……」
それきり、小豆は俯いて考え込む。そして、意を決したように前を向いた。
「私は、信じます。君枝さんのこと」
そう言って、小豆は再び抱きついてきた。
君枝は、得体の知れない不安を覚えながら、小豆の髪を撫でた。
「綺麗な星だな」
遠夜が、呟くように言ったので、小豆を連れて外に出る。
神々が宝石箱をひっくり返したような星空が、視界に広がった。
「綺麗だね、小豆ちゃん」
「ええ……こんな思い出が、いっぱいできるといいなあ」
「そうだね」
先行きは、明るいとは言い難い。
けど、今繋いだ手の温もりを忘れずにいようと君枝は思う。




