火と風の輪舞2
「これ、近所だよねえ……」
家系ラーメンの個室で、君枝達はラーメンを啜っていた。
テレビに映るのは、何処か見覚えがある風景だ。
家が焼け、倒壊していく様子が映し出されている。
「火災の原因は解明されていないんですか?」
「それが、同時に焼けたとしか言いようがない状況なんですよ。まるで爆弾でも落としたかのような……」
コメンテーター達の戸惑うような会話が、店の中に流れている。
「スキルユーザーだな」
卵を食べながら、情報屋が言う。
「例の、パイロキネシスの女?」
「奴なら、それぐらいやるじゃろうのう。多分これは、奴と詠月のドンパチよ」
そう言って、拳児は麺を箸で掴み取る。
「詠月の連中、治療の代償に俺の記憶を見せろと言ってきたからのう。そこから犯人を辿ったんじゃろう」
「なるほど。年齢がわかれば卒業アルバム見れば一発だもんね」
「そういうこと。しかし、逃した臭いな。詠月にしては手際が悪い」
「これほどの術者とは思わなかったということだろう。怪我人が出ていなければいいが」
拳児は麺をすすって、チャーシューに取り掛かった。
「……あんな力の使い方をする人も、いるんだ」
君枝は、気落ちした。君枝もスキルユーザーの一人だ。こんなことをする人間がいたら、スキルユーザー全体が危険なものとして排斥されていく道を辿るしかない。
「奴も特別な人間なのだろう。ガイアエネルギーを吸わなければあれだけの火災は起こせない」
「つまり?」
「お前と同じ、規格外の化物だよ」
そう言って、情報屋は肩を竦めた。
「ここから先は、化物以外は通用しない道だ」
遠夜が、淡々とした口調で言う。
「拳児、あんたは降りるんだな」
「ガキが。俺よか弱いくせによう言う」
「鳥居翔子との特訓でヒントは掴んだ。俺はもう足手まといにはならない」
「じゃあお前は、あのパイロキネ……パイロネキ……」
「パイロキネシス」
情報屋が補足する。
「パイロキネシスの使い手に勝てるか? 無理じゃろ?」
「あんただって無理だろ」
沈黙が漂う。拳児は面白くなさ気に汁をすすり始めた。
「俺には光明がある。スキルユーザーだからな」
「俺だって接近すれば勝ち目はあるわい。一度はのしかけた相手よ」
「当面は奴を追いたい」
情報屋の言葉に、遠夜と拳児は黙り込んだ。
君枝は驚いていた。同意見だからだ。
「私も、その子を追いたい。このままじゃ、被害が広がるばかりだもの。私の力で何かを守れるなら、私はそれをしたい」
「まあ綺麗事は置いておいて、奴の力を吸収すれば君枝はもっと強くなる。そうすれば暴風使いにも勝てるだろうという目算だ」
「なるほど。計算づくなのね」
君枝は呆れたように言うと、ラーメンを食べる作業に戻った。
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気がつくと、スクーターのガソリンが切れていた。
どの道、もう目をつけられたスクーターだ。捨てるのは惜しくない。
しかし、何処か人目のつかぬ所に捨てねばならぬだろう。
小豆はスクーターを押し、道を歩く。日差しが暑かった。
「お父さんを残してきちゃったなあ……」
そう、呟く。今となっては、小豆のたった一人の肉親だ。
嫌な記憶がフラッシュバックする。汗の臭いと、自分の体に与えられた刺激。
それを振り払って、小豆は前進する。
そんなことはなかったのだと、自分に言い聞かせるように。
やけに冷静な思考が脳裏をよぎる。
あの焦げかすを父と呼ぶ自分は既に気が狂っているのではないだろうか。
答えは、出てこない。
ただ、目に痛いような青を視界に入れて、小豆は進む。
その時、小豆は気配を感じた。
知っている気配。自分の中にあるものと同じ気配。
前を見ると、自分より少し年上の、大学生程度の女性が往来に立っていた。ヘルメットをかぶっていて、顔は見えない。
「派手にやるじゃない。炎使い」
自分のことを知っている。小豆は嫌な予感がして、いつでも炎を出せるように心の準備を整えた。
「貴女は、誰……? 私のことを、知っているの?」
「貴女に用はない。貴女の能力に、用があるのよ」
そう言って、女性は手を掲げた。風の刃が飛んできて、小豆のスクーターをバラバラにする。
小豆は、辛うじて跳躍してそれを回避した。
「炎の力。私はそれが欲しいわ。私がそれを有効活用してあげる。だから、ここで私に力を譲りなさい……」
「嫌よ。貴女こそ、私に力を譲りなさい。平和に生きるために、その力は必要なの」
炎が巻き起こる。柱となって、小豆を包む。
「平和に生きるために、沢山、沢山、殺すの。追いかけてくる奴。探してくる奴。全員殺すの。だから頂戴? 貴女の力」
「お友達になれると思ったけれど……壊れているのね。残念だわ」
風が吹いた。それは竜巻となって、女性を包んだ。周囲の瓦が、風に巻き上げられて宙を飛んでいく。
「時間をかければ詠月に勘付かれる。最初から全力で行くわよ!」
勘付かれる。連中が追ってくる。
小豆は全力の炎を敵にぶつけた。
しかし、風は抵抗する。炎を散らし、前進を試みる。
周囲の気温の上昇に、汗で服が濡れる。
「正面衝突は暑い、か」
女性は言うと、空を飛び、風の刃を放ってきた。
それは炎の壁を突破し、小豆の頬に傷をつけた。
血が流れるのを感じる。
「死ぬ……?」
女性は次の瞬間にも風の刃を放つだろう。
「死ぬのは嫌、死ぬのは嫌、死ぬのは嫌、死ぬのは嫌……」
圧倒的なエネルギーが、小豆の体に流れ込んでくる。
「死ぬのは、嫌!」
炎が爆発した。それは、触れるもの全てを溶かすような破壊の爆発。
小豆の周辺数百メートルが、焼け野原になっていた。
女性は、風の力で炎を散らしたらしく、生き延びている。
「……とんだ危険人物ね、貴女」
女性は、呆れたように言う。
「これじゃあ触れた途端に焦がされるのがオチよ。見逃してあげる」
そう言って、女性は地面に降り立った。
「ただ、暁君枝には気をつけなさい……貴女の力を、狙ってくるわ」
「暁、君枝……」
「拳児君のお友達よ」
「暁、君枝……気をつける……」
女性は静かに微笑むと、去って行った。
小豆は我に返る。自分は何をしようとしていただろう。
そうだ、スクーターを処分しようとしていたのだった。しかし、スクーターは既に溶けてしまっている。
ならば、何も問題はない。
後は、逃げるだけだ。
小豆は、小さな体で駆け始めた。
何かを、忘れているような気がした。
焼け野原が見えなくなると、忘れたことすら忘れてしまった。
それはきっと、戸惑い。被害にあった周辺の家への心配すらない自分への戸惑い。
それを意識の底に沈めて、小豆は走る。ただ、平穏を掴むために。




