鏡合わせの自分2
君枝は、寺の軒先に座り込んでいた。
遠夜が、無言でラムネの瓶を差し出してくる。
二人並んで、ラムネを飲んだ。
「試練の間には行かないのか」
「行く勇気がないよ」
君枝は、躊躇うように言う。
「もう一人の私の力は強大過ぎる。こんなことじゃ、何も出来ない」
「諦めるのか?」
「……勝てない相手もいるんだよ」
「拳児なら言うだろうな。どんな時でも、勝機はあると」
「あの人は、ちょっとした狂人だから」
「酷い言いようだ」
呆れたように、遠夜はラムネを飲む。
「君は強いね、遠夜君」
君枝は、本心からそう言っていた。
「負け続けだ」
「けど、もう一人の私に立ち向かった。私にはそんなこと、出来やしないのに」
「幼馴染の命がかかってたんだ。多少の無茶はする」
「凄いなあ……」
自分はどうだろう。何か目的があって力を奮った時はあっただろうか。
いつも、流されていた気がする。
ただ、逃げていただけのような気がする。
「友美ちゃんって子がいたんだ」
「うん」
「私にも積極的に話しかけてくれた」
「そうか」
「こんなことになっていなかったら、友達になれていたのかなあ……今頃、一緒にカラオケにでも行って、さ」
「もしもはないんだ」
遠夜は、淡々とした口調で言う。
「自分で日常を掴み戻せ。それが、お前の目的だろう?」
突きつけられて、あらためて実感した。
確かにそうだ。変な話になってしまったが、君枝は日常を求めてここまでやって来た。ここまで逃げてきた。
しかし、日常を掴むためならば、戦わなければならない。
降りかかる火の粉は払わねばならぬのだ。
そして、その火の粉が強大ならば、それを弾くだけの力を、君枝も身につけねばならない。
翔子の言葉が脳裏に蘇る。
「貴女は、なんのために力を求めるのか。巻き込まれて戦場に放り込まれた貴女には、その第一歩が踏み出せていないのかもしれないね」
そうだ、自分には目的意識が足りていなかった。
「ありがとう、遠夜君。ちょっと、迷いが晴れたよ」
「俺みたいに後戻りが出来ないわけじゃないんだ。気楽にやることだな」
「遠夜君だって、日常に戻れるよ」
「俺は、人を殺している」
君枝は絶句した。そうだ、彼は自分を狙ってやって来た人物を真っ二つにしているのだ。
「それに、親と二人きりの生活というのも窮屈に感じ始めていた頃だ」
「私達って、損だよね」
そう言って、君枝は遠夜の手を握る。
遠くに行きそうな彼を繋ぎ止めようとするかのように。
「いつも影に追っかけ回されて。いらない力を得ちゃって」
「俺は、影に追っかけ回されてなどいなかったぞ?」
遠夜の言葉に、君枝は戸惑った。
「だって、影が見えていたって」
「いる時は見えた。けど、普段から追い掛け回されることはなかった」
遠夜は、手を振りほどいて立ち上がる。
「だからかもな。お前がその絶大な魔力に目覚めたのは」
遠夜は去って行く。
君枝は、今の会話で、何かを掴んだような気分になっていた。
試練の間に入る。
そして、再び鏡合わせの自分と対峙した。
「また来たの。自分の力に責任を持てない矮小な貴女に何が出来るの?」
「力を持ったことに責任があるというなら、私はその責任を果たす」
「そう。無理だけれどね」
もう一人の自分は、大地から力を吸い上げていく。
君枝も、願った。
力が欲しいと。このもう一人の自分を打ち砕くだけの力が欲しいと。
すると、霊脈は応えた。
君枝の体に、力が集まってくる。
「何故……? 貴女は、私ではないのに!」
「思ったんだよ」
君枝は、淡々と独白する。
「私は、欲しいんだって。自分の日常を、皆の日常を。それは、人を殺す力じゃなくていい。人を屈服させる力じゃなくていい。人を、守る力であればいい」
君枝は手を前へと振り上げた。
小さな火球が、闇の中に浮かび上がる。
「さあ、霊脈、力を貸して! 私は私の意思で戦う。日常に混乱を招く存在から皆を守るために」
火球が徐々に大きくなっていく。
それを遮るように、敵は人を飲み込むような火球を放った。
二つの火球は二人の中央で激突する。
君枝の火球はまだ小さく、徐々に押されていく。
「私の中にもう一人私がいるというならば、私は捻じ伏せる! 捻じ伏せて、自分の力にしてみせる! さあ、力を貸して、霊脈。正しいことに使うから、貴方の力を貸して!」
君枝の火球が、巨大化していく。それは、相手を徐々に押し始めた。
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それは、君枝が試練の間に入って間もない時のことだった。
大きな破壊音が、周囲に響き渡った。
翔子は、部屋から飛び出すと、靴を履いて外に出る。
秋冷と春日、遠夜も外に出てきたようだ。
見ると、竜巻が寺の門を巻き込んで完全に破壊していた。
それは、砂利を巻き上げながら徐々に近づいてくる。
「暁君枝がここにいると聞いたわ。詠月の施設。試練の間。私は私を殺す存在を許しはしない」
「……一度引き分けて図に乗っているようね。今日の私には、仲間がいる!」
そう言って、翔子も桜舞で竜巻を形作り始めた。
二つの竜巻が、激突する。
秋冷がブロックを蹴って空を翔けていく。
その手に浮かび上がった剣が、竜巻の上からその中心部へと投じられた。
竜巻は数歩分後退し、空に浮かぶブロックを巻き込んで巨大化する。
「貴女こそ、前回私が退いて甘く見ているようね」
巨大化した竜巻は、今にも桜舞を飲み込みそうだ。
「前回、私は暁君枝が遠ざかったから退いた。今日は退く必要がない。私の力は無限。対して、貴女の力は有限。利は私にあるということよ」
「そうね」
翔子は、竜巻を形作るのをやめた。
「純粋な力の張り合いでは私は貴女には敵わない。けれども、戦闘経験なら私に分がある!」
竜巻は前進を始める。翔子は、高々と跳躍して後方へと飛んだ。
「秋冷君! 春日ちゃん! 時間を稼いで!」
「おうよ!」
「了解!」
そして、遠夜が思いもがけぬ行動に出た。
竜巻の前に立って、自らも竜巻を作り始めたのだ。
「遠夜君、貴方の力じゃ無理よ!」
「足止めぐらいにはなるだろう。早くそのとっておきとやらを見せるんだな」
秋冷が空に浮かぶブロックを蹴っては竜巻の中心部に剣を投じる。反撃の刃が時々ブロックを壊すが、それは秋冷を捉えることが出来ない。
翔子は全ての桜舞を、一枚に凝縮した。光り輝くその一枚。それが全てを断つ翔子の必殺技。
遠夜の竜巻と敵の竜巻が接触する。
その瞬間、翔子は光り輝くその一枚を投じた。
桜舞は風を切り、敵の腹部を深々と突き破った。
敵の竜巻が弱まり、遠夜の竜巻に押され始める。
「痛……痛い……」
敵が呻き声をあげる。それは、諦めの滲んだ声ではなかった。怒りに燃える声だった。
「舐めやがってえええええええええ!」
竜巻が再度巨大化する。
そして、遠夜はその範囲外へと逃げた。
「まさに無尽蔵ね……」
対策はないか、翔子は真剣に考える。
殺すしかない。そうという結論がすぐに出た。
再び、桜舞の一枚に全てを集中する。狙うは、薄っすらと見える頭。
その時のことだった。
寺から、勢い良く飛び出してくる人影があった。
君枝だ。影の翼を羽ばたかせ、宙に浮いている。その翼の巨大さは、以前の比ではない。
「前は敵わなかった。けど、今日は撃退してみせる! 霊脈、私に力を貸して!」
場のエネルギーが君枝へと吸い上げられていく。
そして、君枝は左手をかざした。
その瞬間、炎が巻き起こった。
それは竜巻と混ざり合って、炎の竜巻となった。
「熱い……熱い!」
呻き声を上げて、敵は竜巻の範囲を広げる。自分から遠ざけるように。
「秋冷君!」
翔子は、これは機だと思った。
範囲を広げた竜巻。その中心の目の部分は広くなっている。
「わかってら!」
秋冷が剣を投じる。それは、敵の腹部に深々と突き刺さるかと思われた。
その瞬間、竜巻が消えた。
敵は飛んで、この場を撤退した。
秋冷が地面に着地する。
「追うか?」
秋冷が翔子に問う。
「追えば狙撃手が待機している。危ない橋は渡るべきではないわ」
翔子はそう言って、指に挟んだ光り輝く桜舞の一枚を消した。
君枝が降りてくる。
「自分の力に出来たようね」
「皆のおかげです。私は、私の守りたいものを見つめ直すことが出来た」
「それじゃあ、帰ろうか。私達の町へ」
翔子の言葉に、君枝も、遠夜も、頷いていた。
敵に対抗する力は得た。後は、黒幕を見つけるだけだ。
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「一発殴って痛み分けじゃった」
人質交換もすみ、車が走り出すと、拳児がぼやくようにそう言った。
「痛み分け、と言いますと?」
「知らんのか、今この町にはパイロキネ……パイロネキ……」
「パイロキネシス」
情報屋が、淡々と言う。
「そう、それを使う奴がおるんじゃ。奴は、力を求めとる」
「発火能力、ですか。傷はないようですが?」
「詠月の術者に治療してもろうた」
「うちにも欲しいですね、回復系術者。しかし、なんで拳児さんが狙われたんでしょう?」
「ガイアエネルギーに接触して情報を得たとしか思えない」
情報屋が、深刻な表情で言う。
「つまり……?」
「君枝みたいな別人格を持った術者が、少なくとももう一人、いるということになる」
君枝は黙り込んだ。
安息の日々は何処へ。車はただ前へと進んでいく。
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「良かったんですか、行かせて」
小高い丘の上で、着物の女性が、呆れたように燕に問いかける。
「彼女は自分の力の制御ができる。もう天道衆の首魁ではない」
「それはそうですが……」
「それに、彼女を匿うのはリスクがあるとわかった。どこからともなく彼女は狙われる。それは詠月の施設を明るみにするというリスクを負うってことよ」
「事態は収集できるのでしょうか」
「私は自分の駒は信じている。翔子が大丈夫と言ったなら、大丈夫でしょう」
風が、吹いた。
「しばらく、荒れるかもしれないわね……」
そう、燕は真顔で小さく呟いた。




