鏡合わせの自分1
「いよいよ、だな」
寺の軒先に座って、遠夜が言う。
空はもう薄暗い。
「いよいよ、だね」
君枝は、そう言って言葉を続ける。
「私の中にいる得体の知れない人格。その正体がわかる」
「……それは、人格と言えるものなのか?」
「わかんない。けど、あれは私とは違う何かだと思うんだ……私には、あんな力、ない。あんな破壊願望も、ない」
「まあ、確かにキレた時のお前は怖いけどな」
遠夜はそう言って、両足を前後に振る。
「果てしないとは思わないか」
遠夜の言葉に、君枝は戸惑う。
「何が?」
「徒党を組んだスキルユーザーが現れた。あんなものをこれから相手にしていくとしたら、それこそキリがない」
「まあね……情報屋の奴なら、こんな時どう言うのかな」
「わからんな」
沈黙が漂った。
「なあ」
遠夜が、不意に声を上げる。
今日は珍しく積極的だな、と思いながら君枝は返事をする。
「なに?」
「俺、この旅が始まってから負けっぱなしじゃないか?」
なんとも言えない君枝だった。
しかし、思い返してみると、確かに遠夜はいつも倒れている印象がある。
「まずはお前との戦い、拳児との戦い、翔子との戦い、お前との二戦目、双子との戦い。俺、全敗じゃないか?」
「……私一人じゃ、きっとくじけてた」
君枝は、言葉を選んで発言する。
「同じ境遇の君がいてくれたから、私はここまでこれた」
「けど、俺はこのままではいたくない」
「私もだよ。逃亡生活なんて嫌だ」
「俺は力が欲しい。強い、力が……」
沈黙が漂った。
力を求める遠夜は、危うく見える。
もっと子供らしい青春を求めてくれないものかな、と君枝は思う。
しかし、同年代の子供達と朗らかに遊んでいる遠夜というのも想像するのが難しかった。
それに、今の状況では、力こそが全てなのだ。
「準備、整ったわよ」
翔子が、砂利道を歩いてやって来た。
「はい」
君枝は、地面に降り立つ。
「覚悟はいい?」
「はい」
「自分の本心との対面になるわよ。醜い部分も、弱い部分も、曝け出しにした」
「けれども、私は暴走する自分が怖い。怖いんです……」
「そうね」
翔子は歩き始める。君枝はその後に続いた。
そのうち、寺の内部に靴を脱いで入っていき、一室に入っていった。
「ここよ」
そう言って、翔子は襖に手をかける。
「戦闘になるわ。準備をしておいて」
「わかりました」
君枝は、緊張のあまりに心音が高鳴っていくのを感じた。
「ただし、この中での戦闘はあくまでも幻覚。本体にダメージは入らない。それは事前知識として知っておいて。まあ、それでも」
翔子はそう言って、懐かしげに苦笑する。
「怖いものは、怖いけどね」
「はい」
「それじゃあ、入って」
そう言って、翔子が襖を開ける。その先には、闇が広がっていた。
その中に、君枝は入っていく。
そして、扉が閉められた。
ついに、謎が解き明かされる。
自分の中にいる謎の存在。その正体がわかるのだ。
「力を持つ者は自分の利益を優先し、同じく力を持つ者のために力を行使する」
突如、横手から声をかけられて、君枝はそちらを向く。
その声には、聞き覚えがあった。
他でもない、自分自身の声だ。
「ならば、我々弱者が出来ることは世界をリセットして新たな秩序を作り上げることじゃないかな」
「違う……」
君枝は、呟いていた。
「貴女は、私とは違う。今、はっきりとわかった。私は、そんな小難しいことを考えちゃいない」
「しかし、私は君の心を映す存在だよ。君の心の中には、私がいる」
「はっきりとわかった。貴女は、私の中にいる異物。私とは違う存在」
「そっか。じゃあ、どっちが本体かはっきりさせよう」
闇を吸い込んで膨れ上がるような圧迫感。それが数歩先から発せられる。
それは、吸っていた。大地の力を、吸い上げていた。そしてそれを、破壊の力へと書き換えていた。
「死ぬのは、貴女よ」
その一声が、闇の中に小さく響いた次の瞬間、羽の矢が風を切る音が部屋中に響き渡った。
君枝は腕に羽を浮かべ、それを盾にしてしゃがんで身を包む。
嵐のような猛攻だ。これでは、反撃のしようがない。
「そう。じゃあ、これはどう?」
猛攻が止んだ。
次の瞬間、闇の中に煌々と炎が浮かび上がっていた。人を丸ごと飲み込むような巨大さだ。
それが、発射される。
君枝は襖を押し倒して、外に出た。
体が震えていた。死が、目の前にあった。
けど、襖の向こうにあったのは、いつも通りの日常だった。
「やっぱり、苦戦したみたいだね」
翔子は、苦笑交じりに言う。
「大丈夫だよ。もう、敵はいない。貴女が部屋の外に出たから。何か、わかった?」
「私の中に、私とは違う何かが住んでいます……それは、世の中に憤っている。破壊の力を、求めている」
「そう」
翔子は、震える君枝の肩を優しく撫でて、宥めるように言葉をかける。
「けど、それは貴女が超えなくちゃならない壁だよ。自分を、制御するんだ」
「出来るでしょうか」
「出来ないなら、詠月の施設で身を隠すことでしょうね。そうすれば、力を行使する機会は減る」
「けど、私は、私のために平和を壊したくない。それは、もう嫌なんです」
それは、君枝の偽りのない本心だった。
「優しいのね……」
翔子は、君枝の髪を撫でた。
君枝は震えながら、その体に抱きついていることしかできなかった。
数日、試練の間に入る勇気を失ったまま過ごした。
寺の境内では、翔子と遠夜が訓練を積んでいた。
翔子は召喚獣なし、遠夜はスキルあり、それで対等になるのだから、やはり翔子は実力が違う。
君枝は、自分の右手をぼんやりと眺めた。
右手に、影の翼を生やす。それが、自分のスキル。頼るべき存在。
しかし、絶大な力を持つもう一人の自分と対峙するには頼りない存在だ。
遠夜の膝が笑い始めた。
翔子は休憩を告げて、二人して君枝の元にやってくる。
「何か思いついた?」
翔子が微笑んで問う。
「いえ、あまり……」
「難しく考えることはないのかもしれないよ」
翔子は、そう言うと、君枝の隣りに座った。
「貴女は、なんのために力を求めるのか。巻き込まれて戦場に放り込まれた貴女には、その第一歩が踏み出せていないのかもしれないね」
「なんのために、力を求めるか……」
そう言って、影の翼を見る。
頼りない、小さな翼だった。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
着物姿の女性は、帰らずの森へやって来ていた。
桜井燕も傍にいる。
二人は、帰らずの森の中でも草木が生えぬ地帯。その中央へとやって来ていた。
「この辺りが最終決戦の舞台だったのは確かだけれど……」
燕は呟いて、周囲を見渡す。
「どの辺りが核かと言われると、わからないわね」
女性は黙って、周囲を見回していた。
兄を失った地だ。何か、思うところがあるのかもしれない。
燕は黙って、周囲を散策した。
「私は、わかる気がします」
そう、女性は呟いた。
「本当に?」
「多分、そこがそう」
そう言って、女性は歩いて行く。そして、地面に触れた。
その表情が、強張った。
「なんてこと……」
「どうしたの?」
「兄の残留思念の痕跡があります」
「残留思念、か」
「自ら闇と化した兄。その感情は深く、エネルギーとなりこの地に留まった。そして、霊脈を書き換えた」
「わからないわね。世界を書き換える力は貴女のものではなかったの?」
「直接霊脈と一体化したことで、操る術を得たようです。そして、その残留思念は既にここにはない」
「二つ、疑念が湧くわね。スキルユーザーは今後も生まれ続けるのか。その残留思念を受け取った人間はいるのか」
「どちらも、肯定せざるをえないでしょう。兄の残留思念を持つ人間は、霊脈へのアクセス権限があることと同義です。莫大な力を発揮するでしょう」
コーポスミレを襲ったスキルユーザーのことが、燕の脳裏に思い浮かんだ。
翔子でも辛うじて引き分けに持ち込めるような、莫大な力を持ったスキルユーザーだったという。
「単刀直入に訊くわ。残留思念を受け取ったのは、一人なの?」
女性は、手を地面に当てて、真剣に念じる。そしてそのうち、息を大きく吐いた。
「少なくとも、二人」
「天道衆の後を継ぐ者、か……厄介な話になってきたわ」
犠牲も覚悟しなければならないだろう。
霊脈から無尽蔵に力を吸い上げる。そんな存在に対抗するには、不意打ちかより強大な力を当てるしかない。
女性は目を閉じ、再び念じ始める。
「どうするの?」
「書き換えれないか、少し足掻いてみます。兄の力が影響を及ぼしたこの地なら、私の力も作用するかもしれない」
「期待はしないわ。したら、出来なかった時に落胆するからね」
「上に立つ人は悲観主義者なぐらいが丁度良いのですよ」
そう言って、女性は少しだけ笑った。
燕も、釣られて苦笑した。




