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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
暁君枝編

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試練の間1

『鏡合わせの自分』予定でしたが、変更してこの話を送らせていただきます。

二部構成です。

「いい景色ね」


 翔子が窓の外を眺めながら言う。

 以前、彼女から逃げた身である君枝としては居辛いところだ。

 しかし、新幹線の隣同士の席。逃れる術はない。


 どうしてこうなったか。理由は数日前に遡る。

 四人のスキルユーザーと一人の元スキルユーザーを確保した情報屋は、詠月のコーポスミレに連絡をした。


「なにか、内なる自分と対面できるような場はないか」


 それが、情報屋の要望だった。


「俺達は四人スキルユーザーを確保している。その証拠に二人を最初にそちらに手渡す。全て終わったら四人とも渡す。俺達の自由は譲れない。また、連絡する。二人を置いてある住所はだな……」


 この場所の説明をして、情報屋は電話を切った。


「拳児さん、三人ぐらい預かれるだろう?」


「おう、構わんぞ」


「なら助かる。しばらく三人を確保しておいてくれ。事務所は駄目だ。襲撃の危険性がある」


「わかっとるわい。適当なアパートにでも運ぶ」


 拳児の部下の運転する車が廃墟の前に辿り着く。

 それに乗って、一同移動した。

 こうして、情報屋の地道な交渉の末に、内なる自分と対面できる場所というものが用意されることになったのだった。

 その案内人に抜擢されたのが、鳥居翔子だった。


「それにしても、不思議ね。試練の間のことは極一部の人間しか知らないはずなんだけれど……」


 翔子は、訝しむように君枝を見る。


「何処から、情報を得たのかしら」


 翔子は微笑んでいるが、君枝は生きた心地がしない。

 情報屋は自分のことについては語るなと強く言っていたので、彼のことを吐くわけにもいかない。

 彼は詠月からの脱走者なのだ。


「たまたま、私達が望んだ場と、詠月が所有している地の条件が重なっただけですよ」


「そうかしら? それにしては、その地があることを前提に話を進めていた気がするわ。先に二人も切り札を送ってきたり。強気よね」


(この人呑気そうに見えて百戦錬磨だからなあ……)


 君枝は気が重くなる。


「たまたまです、たまたま。そうよね、遠夜君」


「……ああ、たまたまだ」


 アイマスクを付けて背もたれに体重を預けている遠夜は、淡々と返事をした。


「数日前には、帰らずの森に侵入者が現れて、噴出口に接触したという情報もある」


 君枝は、黙り込む。


「私と交渉をした相手は、一体何者なのかしらね」


「翔子さん、そういたぶるのはやめてください……」


「私はいたぶってないわよ。君枝ちゃんが隠し事をして自分でダメージを受けているだけ」


 大人の余裕を漂わせて翔子は言う。


「何か嫌な予感がする。こういう時は。尤も、詠月上層部は貴女達との取引に乗り気だから、私は文字通り護衛しかできないんだけどね」


「なら、腹の中を探るのはやめてくださいよ」


 君枝は弱りきった気持ちで言う。


「ちょっとした詮索は食事のデザートみたいなものよ」


「胃もたれしそうです……」


「私も。向いてないなって思うわ。大人になって、尚更そう思う」


 翔子は、遠くを見るような表情で言う。


「けど、大人になったからにはやらなくちゃならない」


 翔子は、しばらく沈黙していたが、そのうち苦笑した。


「貴女にもそのうちわかるわ。子供に口喧しく言う親の気持ちがね」


「はあ……そういうものですか」


「そうよ。そうやって、世界は回っている」


 呟いて、翔子は窓の外を見て黙り込んだ。

 君枝としては、安堵できる時間がやってきて万歳したい気持ちだった。


 なにより、鳥居翔子はあの圧倒的な追跡者と互角に渡り合える人材だ。

 戦力面に、不足はない。


「……けど、良かったんですか? 翔子さん。コーポスミレ、放ったらかしにして」


「それはいいの。私より強い人が管理人代行をしてくれてるから」


「そうですか……」


 翔子より強い人間。想像もつかない。

 詠月の層は、やはり厚いようだった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 桜井燕はコーポスミレの管理人室で仏頂面でいた。


「翔子なら本を読んでくれたー」


「翔子ならボール遊びをしてくれたー」


「翔子さんなら庭で花冠作ってくれたー」


 目の前に集まってやいのやいのと騒ぎ立てる子供達に訊ねる。


「どれが本当なの?」


「全部本当!」


 異口同音に答えが返ってくる。

 燕は深々と溜息を吐いた。


「いつの間に多重影分身なんて覚えたのかしら、翔子は」


「本当にやってくれたもん!」


「ご本読んで!」


「ボール遊びだよ!」


「花冠!」


「はいはい喧嘩しないのちびっこたち。貴方達も詠月のエージェントでしょう? 少しは自覚を持って社会人としての振る舞いを……」


「お説教は嫌い」


「オバサンは何もしてくれない」


「オバサンですって……」


 燕は絶句する。少女と呼ばれていたのが遥か過去のことのように思えた。

 調子を取り戻そうと、皮肉っぽく微笑む。


「そうね、貴方達から見たら私はオバサンかもしれない。けど、魅力的な歳だと思う人達もいるのよ」


「オバサン、モテるの?」


「そりゃあもう」


「詠月の構成員がマーダーって言ってたけどそれって褒め言葉なの?」


 マーダー、つまりは殺人者。

 相変わらず敵が多い身の上だなあと燕は皮肉っぽく笑い声を上げる。


「言った奴は減給してやるわ」


「オバサン権力者なんだね」


「権力者だから俺達から翔子を取り上げたんだ」


「翔子を返せー!」


「ああ、もう、わかったわよ。まずは本ね。本。持ってきて、読んであげるから」


 燕はいい加減に疲れてきたので、それを素直に表に出して、対応に当たった。


「はーい!」


 その時、扉がノックされた。


「どうぞー」


 燕は、大声で言う。

 扉が開かれる。

 燕は、目を見開いた。

 着物姿の女性がいた。

 彼女は、世界を書き換えようとした組織との戦いの時にも暗躍していた。

 世界を書き換える能力を持った女性だった。


「……天道衆との戦い以来ね」


 天道衆。全ての存在を天道、つまりは召喚獣のような力を使えるような存在に引き上げようとした集団が自称した名前。

 その戦いにおいて、実際に世界の在り方を歪めることが出来る彼女はキーとして扱われていた。


「お久しぶりです」


「オバサン、ご本はー?」


「燕さんは大事な話が入ったからそれは後回し。外で遊んでおいで」


 そう言って、子供達を外に追い出す。


「召喚獣で悪さするんじゃないよー。減給だからね!」


「はーい」


 元気の良い声が重なる。

 それを苦笑して見送ると、着物姿の女性に向き直った。皮肉っぽい笑みが、癖で漏れた。


「タイミングがいい、とは言わないわよ。貴女なら何処からでも情報を盗み出せるからね」


「……スキルユーザーの件に関しては、把握しています」


 着物姿の女性は、硬い表情で、言葉を紡いだ。

 燕は、電磁調理器でお湯を沸かし始める。


「紅茶でも出すわ。上がって座って」


「はい」


「結論から訊くわ」


 自分の後ろを通り過ぎようとした女性に、燕は声をかける。

 女性は、足を止めた。


「スキルユーザーが存在しない世界に、世界を書き換えることは出来る?」


「不可能でしょうね」


 即答だった。


「私の能力は兄……天道衆の首魁がコントロールして初めて真価を発揮するものでした」


 女性は再び歩き始め、テーブルの傍に座る。


「私自身では方向性が定まらない。現実を書き換える兄の力、世界を書き換える私の力、二つの力はセットだったとしか思えない。精々、私に出来るのは小さな異世界を作ってそこに篭もること」


「スキルユーザーの出現に、自らの力が関与していると思う?」


「否定は出来ません。あの最終決戦。私も、兄も、その場にいた。兄は巨大な闇になって、自我を失ったと私は判断していた。しかし、私の能力を悪用しようとすれば、するタイミングはあったのです。迂闊でした」


「その迂闊のおかげで、私は命を永らえた」


 燕は、小さく笑う。


「皮肉ね。自分の命の天秤の向こう側が、世界の変革だなんて。皮肉過ぎて胃もたれしそう」


「実際に、現地に行ってみようと思うのです。それで、燕さんに助力を願えればと思って足を運びました」


「現地?」


「天道衆との最終決戦の場、帰らずの森へ」


「……いいわ、手配してあげる。貴女の異能で世界を書き換えられたら、それこそハッピーエンドだしね」


 湯が湧いた。燕はインスタントの紅茶を淹れる。

 そして、二人分のカップにそれを注ぐと、テーブルの傍に座って取り分けた。


「それにしても久しいわね。相変わらず、詠月に所属する気はないの?」


「所属したら封印されちゃうでしょ、私……相変わらず意地が悪いなあ、燕さんは」


「異世界に篭って利用されまいと逃げる生活よりはマシかもよ?」


「一緒ですよ、一緒。異世界の方が生の苦痛が短くすむ分マシです」


「そういうものか。そっか、貴女にとって生きることは苦痛でしかないのね」


「……かと言って、自ら命を断つ勇気も責任感もない。卑怯なんです、私」


「それでいいのよ。卑怯じゃなきゃ、人間なんてやってられないわ」


 そう言って、燕は紅茶の注がれたコップに息を吹きかけると、一口飲んだ。


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