蝶のいる庭
城内の者達は相変わらず婚礼の準備に追われているようで、どこもかしこも重臣や使用人達がせわしなく動き回っている。姉上の婚礼がもう明日に迫っているのだ。
この様子では婚礼の準備は日が落ちるまでに終わりそうもない。この城の中の唯一の暇人は私だけのように見える。暇人としては手を貸してやるべきなのだろうが、あいにく婚礼の準備を手伝う気にはなれない。自分が望まない結婚を後押しするほど私はお人好しではないのだ。
私は姉様と叔父の結婚には反対だ。その気持ちは父上の死の真相を聞く前から持っていた。あの叔父には心を許してはいけないとという考えを漠然と持っていた。理由は分からなかった。叔父は父の存命中に私を敵視することはなかった、と思っている。私のことを国王の息子としてではなく、自分の甥として扱ってくれた、ように思う。断定は出来ない。当時は自分の立場を正確に理解できていなかったからだ。本当は私を次期国王として苦々しく見ていたのかもしれない。
ともかく、わたしは姉上のことは好きだが、姉上の結婚相手までは好きになれないから結婚にも反対だ。
私は庭へとたどり着いた。雲のほとんどない水色の空には白い太陽が高いところに浮かんでいる。リンゴの木には深緑の硬そうな葉が青々と生い茂っているのが見える。小川の上には黒と青の光沢が美しい羽を持つ2匹の蝶がダンスを踊るかのように互いに場所を交換しながら離れないように飛んでいる。その岸には、青と緑の羽をつけた小鳥たちがピョンと跳んで場所を変え、水を飲んでいる。庭に植えられた黄色や紫色、桃色といった色とりどりの花々は、夏の日差しに負けないように美しい花弁と青い葉を優雅に広げている。
昨日見た庭師は今日もいるだろうか。この城には二つの庭があるため、どちらにいるかは来てみなければ分からない。
今日も昨日庭師と会った方の庭にやってきたが、見たところ庭師の姿はなかった。庭師がいたら暇つぶしに花のことなど聞いてみようかと思ったが、どうやら彼はもう一つの庭にいるようだ。今はただ、姉上の結婚のことや父上の死の真相というような話題から離れたかったのだ。
庭を歩きながら風と木陰が両方ある場所を探した。サンリュースの日差しは私の通っている大学があるスルノの街の日差しに比べるといくらか過ごしやすいが、今の私は涼しさと心地よさを貪欲に求めていたため、夏の日差しを遮る木陰がどうしても必要だった。
スルノと言えば、ベアンハートは今頃何をしているだろうか。彼はスルノの街の日差しを棒きれのような細長い体に浴びているのだろうか。いまここに彼がいたなら、私は木陰だけで満足できるというものを。彼がこの国に、私のすぐそばにいたならば俺の悩みを叡智という名の風で吹き飛ばしてくれるはずだ。
庭を歩いている内にちょうど良さそうな木陰を見つけた。このあたりは風は私が求めているものよりは少し弱いがその木の近くの白や黄色の美しい花と緑色の葉がうまく調和しているためとても心地が良さそうに見えた。存在しないかもしれない完全なものを求めるよりは、目の前にある完全の一歩手前のものを手にする方が賢い選択だろう。
ともかく、あの木陰に行くことにしよう。
目的の木まで行くと、そこには先客がいた。幹の後ろから薄桃色のシュルコとダークブラウンの美しい光沢を放つ細くしなやかな髪の毛が覗いている。
その木の横まで来ると顔も見えた。その顔は私がよく知るひとのものだった。
彼女はリンゴの木にその小さな背中を預け、同じ方向に折り曲げた脚の上に本を置き、静かに本を読んでいる。彼女は本に夢中になっているようで、私が隣に現れたことに気がついていないようだ。文字を追う青い瞳はゆっくりと動き、まばたきをするたびに長いまつげが上下に移動する。このまま彼女をずっと見つめているのもそれはそれで悪くはないが、彼女をもっと近くで見たい、彼女の声を聞きたいという気持ちが勝ったため、彼女に私が来たことに気づいてもらうことにした。
「僕も一緒に木陰に入っても良いかな、ユリア」私は彼女に声をかける。
彼女は私の声に反応し肩をピクッと動かしたあと、本から顔を上げて、私の方へその顔可愛らしい顔を向けた。
「もちろんです、ウィリアム様」
ユリアは、すべてを包み込むかのような柔らかさをもった微笑みを私に見せてくれた。