ウィリアムには向かない職業
ハンス、ローレンツ、アンナと誓いを立てたあと、ウィリアムはこれからのことを考えるために自室へと戻った。そして彼はベッドに横になり、天井を見上げながらこれからのことを考え始めた。
俺には為すべきことがある。叔父が父上を殺したという証拠を探すというものだ。
俺は父上を敬愛していた。いや、今も敬愛している。だから父上の敵はなんとしても取ってやりたい。父上の敵を取るためなら俺は狂人でも殺人者でもなってもかまわないと思った。アンナに父上の死の真相を聞かされたとき心からあの叔父を殺してやりたいと思った。
奴を殺すのは簡単だ。短剣で奴の心臓を一突きしてやれば良い。しかし、今俺が為すべきことはそれほど簡単ではない。俺は何をすれば良いのかすら分からないのだ。人を殺すのに頭を使う必要はない。大学で学んでいる数学の問題でも、何をすれば良いのかは示されているためそれについて考えれば良い。だが、今俺を悩ませている問題は何をすれば良いのかさえ分からないのだ。何が殺人の証拠となるのか、何に頭を使えば良いのかが分からないため、解決の糸口を全くつかめていない。崖を登ろうにも、足場がないため、登り始めることが出来ないのだ。俺には何が問題なのかさえ分からない。
死と眠りは似ている。どちらも俺の悩みを消してくれる。奴に死を与えれば俺の悩みはなくなる。俺が眠ればその間悩みは消える。だが、そのどちらも俺の悩みを解決することは出来ない。奴に死を与えれば、俺はアンナとの約束を破ることとなり新たな悩みと対面することになる。俺が眠っても、目が覚めれば再び悩みと向き合うこととなる。
いっそのこと、俺が死ぬのはどうだろうか。俺が死ねば、俺を悩ます問題が俺もろともなくなる。奴を殺すことよりも簡単ではないか。いや、だめだ。それでは奴は何の苦しみを味わうことなく生きながらえてしまう。奴に地獄の苦しみを与えてからでなければとても死にきれない。
ああ、今ここにベアンハートがいてくれたらよかったのに。ベアンハートはとても頭のいい男だ。俺が苦労して解いた数学の問題をいとも容易く解いてしまう。数学や神学だけでなく、星や薬草の知識といった俺が知らないようなことをたくさん知っている。ベアンハートなら俺を悩ます問題をすぐに解決してくれるかもしれない。だが、ベアンハートは今この国に居ない。彼の手を借りることも出来ない。
ベアンハートはここにはいない。俺一人で何が出来るというのか。叔父を殺せない、自分も死ねない。
・・・・・・今の俺には眠ることしか出来ないのか。自分の無力さに嫌気がさす。
ウィリアムは目を閉じた。彼は眠りを選んだ。
そしてウィリアムは夢を見た。夢の中では彼の父と妹が現れた。彼の父は磔にされ、そのそばでは現王がそれを満足そうに眺めていた。彼の妹は絞首台の前に青ざめた顔で立っていた。そして自らの意思でそれに上ろうとしていた。
彼女が自らの首にロープをかけたところでウィリアムは目を覚ました。
ウィリアムが目を覚ますと、ベッドのそばにはハンスの部下クルトが心配そうに控えていた。
「なにやらうなされているご様子でしたが、体調が優れないのでしょうか」
「心配ない、悪い夢を見ただけだ。クルト、何か用があるのではないか」
「はい、陛下の言いつけにより、ウィリアム様をお迎えに参じたのでございます」
「どこへだ」
「会議の間でございます」
「わかった。すぐに行く」
ウィリアムは自分の見た夢について考える暇もなく国王の待つ会議の間へと向かった。