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夜の終わり、あるいは始まり

 幽霊の正体は私の妹だった。私の妹のアンナだった。

 アンナが生前と同じ声で私に答えてくれた。懐かしいアンナの声。

 「おまえは本当にアンナか」これは無意味な質問だった。

 「ええ、私はウィリアム兄様の妹、アンナです」

 どうやら本物のアンナのようだ。

 いや、もしかすると悪魔がアンナの姿を借りて現れたのかもしれない。

 悪魔は人間が望むものを与えるふりをして魂を奪っていくと聞く。

 現れたのが悪魔であれどうして現れたのかを聞かなくてはならない。

 「アンナ、なぜ私の前に現れた」

 「もちろん兄上様に再びお目にかかるためです」おどけたようにアンナは言った。

 「それだけなら私もうれしく思うが。何かを伝えに来たのではないか」

 「ええ、私が兄上様の前に現れたのは・・・・・・兄上様にあの男のした残虐非道をお知らせするため」

 私は聞かせてほしいと言ったがアンナは何を思ってかうつむいたままでなかなか切り出そうとしない。

 「アンナ、早く聞かせてくれ。誰が非道な行いをしたのかを」

 私の言葉にアンナは顔を上げて何かを言おうと口を開きかけたが、言葉はそこからなかなか出てこようとはしなかった。

 それから少しして、アンナはようやくためらいながらも言葉を発した。

 「・・・・・・兄上様、私の話を聞く前に約束をしてくださいませんか」

 「約束か」

 「一つはこれを聞いてもあの男を殺すようなことをしないことを。もう一つはあの男を殺す代わりに民衆の面前であの男の所行をあの男が言い逃れが出来ないように白日の下にさらすことをです。私はあの男の死を望みますが兄上様をあの男の同類にしたくないのです」

 「おまえの言う”あの男”は人殺しであるように聞こえるな」

 私の言葉にアンナは心を決めたようで、

 「ええ、あの男は、残虐非道な、人殺しです。あの男は、人々の前では自分の兄の死を誰よりも悲しんでいるように見せておきながら、一人になると自分の兄の死を誰よりも喜んでいるのです。その上、あの男は私たちの大事な姉様を言葉巧みに絡め取り、自分の妻にしようとしているのです」

 「ということは、やはり父上を殺したのは”あいつ”なのか」

 「私たちの大好きな父上様を殺したものは、あの男は、この国の王なのです」

 「思った通りだ。やはり、あの男が、俺の叔父が、この国の国王が、父上を殺したのか。あの叔父め、あいつが父上を殺したのではないかという疑いは俺も抱いていたが、そのような思いを持ち続けていてはいつかあの男をこの手で殺してしまうからと、今まで必死に消そうとしてきたものを。おまえの言葉で、俺は決めたぞ。俺はあいつを、ただではおかない。殺してやる。短剣を、やつの心臓に、のどに、眼球に、あらゆるところに、何度も、何度も、突き刺してやる。父上が受けた苦しみの何倍もの苦しみを与えてやらなければ俺は親不孝になってしまう。そうか、そうか、やはりあの男が父上を殺したのか。待っていろ、俺が今にでもあいつを、父上の敵を取ってやる」

 「だめです、兄様、なりません。思い出してください、私との約束を。あの男を殺してはいけないと約束してくださったではありませんか」

 「しかし、あいつは」

 「お願いします。今あの男を殺してもあの男は地獄に行くことになりません。私たちの手であの男に罰を与えてしまってはあの男の罪をあの男の命で償わせるだけになってしまいます。父上を殺した罪はあの世で、地獄で償ってもらうのです」

 「ではどうしろというのだ」

 「ですから先ほど約束してくださったように、あの男の命は神にお任せして、あの男に生き地獄を与えてやるのです」

 「・・・・・・」

 「私は、アンナは兄上様を人殺しにしたくはないのです。お兄様には天国に行ってほしいのです」

 「妹の、アンナの一生のお願いです。あの男を殺さないでください」

 一生のお願いか。アンナ、おまえは優しい妹だった。明るく、頭もよく、皆から好かれていた。幼い頃からしっかりとしていてわがままを言うこともほとんどなかった。一生のお願いを死ぬまで使いもしなかった。そんなおまえが一生のお願いを死んで初めて使うとは。

 妹の一生のお願いを聞いてやらないものはそれは兄ではないだろう。

 「分かったよ、アンナ、私はおまえとの約束を守るよ。あいつを殺さない。生き地獄を与えてやる」

 そしてアンナの目を見据えていった。

 「アンナ、私が凶行に走りそうになったときには今のように止めてくれないか」

 「分かりました。アンナは兄上様の」

 突然朝を告げる鶏が鳴いた。それを聞いたアンナは白い頬を青白くし、アンナはもうあの世へ帰らなければなりませんと告げた。

 そして私を名残惜しそうに見つめたあと、絞首台に向かう囚人のような足取りで城壁をあとにした。

 山の向こうには太陽が姿を現そうとしていた。

 


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