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こころストック  作者: 鳴海つかさ
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第5話 怒りの君

 時間は俺を悩みの頂へと誘い、己を俯瞰させるが、見せる景色は情けなさの極地だった。


(ああ、俺はやっぱり馬鹿だ。馬鹿野郎だ。救いようがない……)


 俺が平然と悩む時間は、イオナにも等しく経過しているのに気付いた事だけが収穫である。


(――ラブホテルとは、何をする所だ?)


 ここで待っていて、あの初老の男と事を終えたイオナを、俺はどんな表情(かお)で迎えようというのか。過去なら知らず、現在(いま)を誤魔化すなら、俺はイオナを愛す資格がない。

 徐々に、こころは燃えたぎる。

 まだ遅くはない。今からでもホテルに踏み込んで、俺はイオナを取り返そう。

 だが、もう一つの考えが俺の炎の鎮火に走る。


(あのイオナがラブホテルに入ったからといって、素直に……致すか?)



 そもそもイオナは常識の外に存在しているような娘である。男と一緒だからと言って、それを性交目的だと短絡的に考えていいものだろうか。いや、むしろ別の何かの為にホテルに入ったと考える方が、理に適う。


 ――こころストック。

 あの男も、依頼者の類ではないのか。

 俺はイオナがどんな風に人のこころを預かるのか知らないが、その為にホテルに入ったのではないか。


(その方法が性交!? 馬鹿々々しい。三文風俗記事の書きすぎだ……)


 結局、俺はイオナを『信じる』事にした。そう、これは仕事だ。こころストックの方法には、それなりの秘事があると思う。その為の、この場所だ。それに仕事だとしたら組合の目も光っているだろう。何より、イオナは言ったではないか。


『あなたには私の全てを教えるわ』


 とにかく、俺が信じるべきは、隠し事のないイオナただ一人。そう思うと、知らずの内に随分といかっていた肩に気付く余裕もでき、俺は大きく息を吐いた。

 その息を()ごうとした瞬間――。


『ゴリッッ』


 確かにそんな音が、ダウンベスト越しの背中に押し付けられた。その冷たい塊が何なのか、経験がなくとも俺には解っている。


(――拳銃ピストル!?)


 悟られぬように、眼球を限界まで左右に寄せてはみたが、こんな時に限って人っ子一人歩いていない。否、こんな時だから、か。


『ゴリッ、ゴリッッ』

(ひえっ!? 何だっ――)


 俺は混乱する頭の中に、一つの名前を探し当てて声にする。それを求める為の『ゴリゴリ』とも思えた。


「ブ、ブライアンか?」

「…………」

(返事がない。どうやら違うようだ……?)


『ゴリュッ、ゴリュッ』

(ひえ!? まだ求めるっ!?)


 これはイオナの関係者には違わないだろう。マダムの筈もないが、あのふくよかで暖かな肉体が矢鱈と思い浮かぶ。俺の脳裏でマダムは笑い、おかげで俺はもう一人の重要人物を思い出した。


(《こころストック》の依頼者、確か――。)

(くさ)()()()!?」

「…………」

(また返事がない。これも違う!?)


『ゴリッ、ゴリッッ、ゴリゴリゴリゴリッッッッ!!』

(ああああーあぁぁぁぁぁぁー!!)


 多分、こいつはまだ見ぬ組合の誰かだ。そう、よーく考えろ、小説家(ノベリスト)

 これはイオナを知る者、俺がイオナを愛する事を知っている者。理外に生きるイオナの関係者なら、こいつも常識では測れないだろう。これは単なる敵ではない。俺がイオナを追う事を快く思わない者。


 ――恋、敵?

 そう思った途端、背中に押し付けられた拳銃(ピストル)が離れ、ボイスファンファーレが俺の耳元に囁かれた。


「パン、パカ、パーン……正・解。はじめまして、ノベリスト……いや、鳴海つかさ。ボクは『はがね』。コードはi-r-0nアイアン

(はがね? i-r-0nアイアン? この名付けかたは……)

「そっ。またまた正解。ボクの名付け親はマダム。キミより少し早く、あの店に行きついたってわけ――。それよりそろそろ振り向いたら? それともボクが怖いのかな?」


 ――得体が知れない。

 こいつは俺のこころを読んでる。


《ストッカー》だ。


 そしてイオナを愛する者で間違いないだろう。

 性格はともかく、見た目は俺の方が誇りたくなるイオナがモテないわけがないし、恋人だって居て当然である。だが《ストッカー》同士なら、決して会ってはならない制約があるはずだ。それにそもそも、こころのない(薄い)《ストッカー》に、恋愛が成立するのか?


(これはいったい……?)


 俺は勢い振り向き、更に混乱を余儀なくされる。


(――ボクッ娘かよ!)

 ショートカットのそいつは、人懐こく嬉しそうに口角をあげた。


「脅かして、めんご! あと、これモデルガンだから。にゃはっ……怒った?」


 呆気にとられる俺に立ち直る間を与えまいとするように、ボクッ娘『はがね』はチェックのスカートを大胆にまくり上げピストルを仕舞った。青くて健康的なパンツが見えたが、《ストッカー》は初対面でパンツを見せる規則でもあるのだろうか。イオナの、目にも痛い純白を思い出す俺に、『はがね』は弾ける様な笑いを浴びせる。


「なんでもイオナに結び付けるんじゃないのっ! ボクだって女の子だよ? 女の子にしか興味ないけど、にゃはっ……と、まあそんな事より、つかさにひとつ忠告――」


 はがねは操り人形のような大袈裟な動作で俺に詰め寄ると、人差し指を(かか)げて得意面を作った。それは表情が変わったというより、『切り替わった』と言う方が適切なほどの不自然さがあった。


「イオナのこと書くのは勝手。組合は余程の事がない限り関与しないよ。でもね、イオナを書くという事を、もっともっと、よく考えた方がよくないかな?」

(もっともっと、よく考える……?)

「ま、好きにするといいよ。イオナはもうすぐ……あ、ホラ!? 出てきた! ボクはあのおじさんを知ってるし、まだイオナにも会えないから消えるね。つかさとボク、どっちがイオナを裸にできるか……競争だよ、にゃはっ!」


 はがねは、指でピストルを(かたど)って俺に突き付けながらそう言うと、クルリと回りどこかへと駆けて行った。



ラブホテルの方に向き直ると、門のところでお辞儀する男に見向きもせず、イオナがこちらへと歩いてくる。

あまりに短時間の『ご休憩』だったし、その歩行は相変わらずの威厳を保っていたから、俺の心配はとっくに晴れている。

男が門の中に入るのを待って、俺はイオナに駆け寄った。

「あら、小説家(ノベリスト)さん。奇遇ね? もちろん出会いなんて全て奇遇かもしれない。その奇遇が愛にまで成る可能性はどれくらいあるのかしら?」

イオナの足は止まらない。迎えに行った筈の俺は、イオナの後を追う者になった。

小説家(ノベリスト)さん? あなたは私を忘れて、もう一度出会ったならば、また私を好きになれるかしら……。試してみる気はない?」

(――なっ!?)

俺は足が止まる。

イオナも立ち止まり、振り返ると冷たい表情が全てを物語っている。

「よっ、止せ!? 無意味だっ! 愛は試すものじゃないだろっ!」

――我ながらくさいセリフだ。

「自信がないのだわ……」

――そう言われると身もふたもない。

だが一瞬、イオナは寂しげな表情を見せた。それは確かに(イオナの)こころに拠るものだったろう。

しかし『夢に命を賭けれるか?』を、目下実践中の俺にとって『出会いをリセットしてどうなるのか?』という設問はあまりに酷だろう。

様々な要素が絡み合っての現在(いま)なのに、振出しに戻ってどうする?

それに、一度忘れてもう一度愛することができたとしても、それは今の愛と等質ではないだろうし、愛せなかったとしても誰もそれを責められない。

愛はいわゆる『生もの』に近いかもしれない。ひとつの愛の誕生は、時を限ってあるものなのだ。

「それではやっぱり、さっきの依頼者は残念なことになるでしょうね。私はもう会う事もないのだけれども。もっとも、リピーターみたいだからいずれ別の《ストッカー》が接触するでしょう……あの男の企みで」

ここまで聞いて何の興味もわかない俺なら、小説家(ノベリスト)などやってはいない。俺は反射の全てをその質問に注ぎ込んだ。

「いったい、誰のどんなこころを預かってきた!?」

口調も粗く、俺はイオナに詰め寄る。

(――しまった!!)

能動的なこの質問が、イオナの(ストックした)こころを溢れさせるきっかけに十分過ぎることを、俺は今更気付く。

「イオナッ!! 今のはナシ……」

「いやっ!」

――そして平手(ビンタ)一発。

おそらくこの拒否反応が、溢れ出した依頼者のこころ。

俺の呼び止める声に耳を貸さず、イオナはそのまま走り去っていった

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