表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こころストック  作者: 鳴海つかさ
21/22

第21話 目前の君 2

もう完結はしていますので、予約投稿しています。

よろしくお願いします。

 列の中程に位置する我が一団の先頭は、野次馬根性丸出しの編集長。次にジョイ、その次が俺で後ろにはがね。俺はちょうど《ストッカー》にサンドイッチされたような状況にあるが、それはさておき。

 元々五百人程度の入場を見込んでいたこの懇談会は、あまりの出足の良さに、倍の一千人を入場させる事となったらしい。係員たちは、どこからかき集めたのか、パイプ椅子を次々に会場に運び入れている。

 雑踏、喧騒、人いきれ。熱気、熱狂……ハイテンション。

 人々はまるで集団催眠にかかったように、これから壇上に姿を現す泉洋一郎の信者と化しているようだ。参加者は妙齢以上の女性が目立ち、かつてあったお隣の国のスター『ユン様』フィーバーを思い出させる。

 女性たちは壇上に向けて、しきりに携帯のシャッターを切っていた。


 ――まだ主役は現れていないというのに。


 でも、それは俺も同じ。壇上には椅子が二脚、用意されていた。

 俺もイオナが座るだろうその空席を、見つめ続けることに執着している。

 そうするうちに、俺はにわかに疑心が浮かび始めてもいた。


(本当に、イオナは来る? ジュニアの妨害があって当然だろう。そのときどうすれば……)


 イオナが体育館内にいる事は、編集長が見たのだから間違いない。きっと今は控え室にいるのだろう。

俺はある考えが湧き起こり、それを押しとどめておく事ができそうにない。この考えはとうに、ジョイもはがねも読み取っているだろう。それでいて反応がないのは、こちらから仕掛ける事の危険性を、二人ともに分かりすぎるほど、分かっているからだろう。


 ――先手を取れば、おそらくジュニアの思うつぼ。


 イオナを取り返すためには、言うなら細心にして大胆な後手こそが最善手である。


 ――だから、こうして並んでいるのだ。


 ところで俺の考えとは、控え室への殴り込み。そしてイオナの奪取……ただ一点。

 それはあまりに単純な考えだが、稚拙ゆえに誘惑も強い。俺は変な汗がにじんできた。ジョイとはがねは、無理した無関心を決め込んだままである。編集長は知らないおばさんと談笑している。


 異変が起きたのは、そのときである。


「少し失礼するよ? 鳴海、つかさ」


「――――?」


 俺の死角から発せられたしわがれ声は、まるで聞き覚えがない。だが、俺もジョイも、はがねも、振り返りざまに見た声の主に息が止まった。


 ――ブライアン・ジュニア!


 確かに奴が、立っている。しかし表情はどこまでも穏やかで、これまで見知った挑発的かつ高慢なジュニアとは、似て非なる。謎のジュニアはゆっくりと続けた。


「私は君が、こうまでしてイオナに会いたがる事が分かっていた。なぜなら私もそうなのだからね……。ああ、お初にお目にかかる。私がブライアンだ――」


(なにを言っている……!?)


 目の前に立っている、謙虚さすら感じさせる老人の容貌は間違いなくジュニア。しかし、老人は確かに、ブライアンを名乗ったのだ。

 俺の混乱は、それを晴らそうと全ての注意を老人(ジユニア)に向ける事を選んだが、にわかに起きたどよめきがそれを中断させる。

 壇上に、泉洋一郎がひょっこりと顔を出した為とわかったのは、編集長の奇声の為だった。


「でたよ出たよー! よっ泉! 待ってましたっ!」


 おばさん達の嬌声に一層拍車がかかる。それが悲鳴ともつかぬ声へと切り替わった事で、俺は待ちに待った瞬間がようやく実現した事に、こころごと震えた。

 俺は叫びたい。叫ぼうとしている。今すぐ「イオナっー!」と叫んだなら、きっと俺の元へかけてくるはずだ。

 もうブライアンなど、どうでも良い。が、そんな俺の機先を制したのは、老人ブライアンの否定の表情。そして――。


「あれはイオナではない。アイオナだ。私のアイオナ。愛する……アイオナ……」


 後から来た言葉は念押しに過ぎなかった。


(あ・れ・は・イ・オ・ナ・で・は・な・い?)


「――な、なにを!? さんざ利用しておいて!? 人身御供に出しておいて!? なにが……愛だっ! ふざけんなっ!!」


 仮に老人の(たわ)(ごと)通りに、あそこに立つイオナがアイオナだったとして、言うに事欠いて愛とは馬鹿げている。かつて、自分の野望のためにアイオナを捨てた男がよく言う。老人ブライアンは、少し困ったような顔になったが、淡々と次の言葉を繰り出した。


「鳴海、つかさ。私はね……夢に、命をかけている。私は夢の為なら、なにをかけても惜しくはない。愛だって、例外ではないよ? アイオナは私の夢を叶える為の、大切な人間(もの)だ」


 ――理解できない。


 このブライアンの言う事も。いま壇上にある、別人のように冷たいイオナの瞳も。

 列はいつの間に進みきり、俺とイオナを隔てるものは、ただの僅かな距離だけとなっている。確かに俺を捉えていたイオナの目は、まるで路傍の石を見るかのような冷たいものだった。


 呆然の俺に、ジョイが告げる。


「つかさ、アレは確かに……イオナやない。見た目は同じやけど、まるで他人や。いや……他人やない。アレは……ウチらの……」


「――だね。あれは《ストッカー(ボクたち)》の最初の一人。多分、アイオナ。イオナがボクを見ても何の反応も無いのが、おかしいと思って……」


(どうして、なぜこんな事に? じゃあイオナはどこに居る!?)


 俺の問いに答えたのは、老人ブライアン。その答えが知らしめるだろう絶望を、俺はなぜだか予見することができた。


 ――これは憑依。


 おそらく、老人ブライアンの《こころストック》能力。

 ブライアンは息子のジュニアに憑依し、イオナはアイオナに憑依されているのではないか。

 今は亡きアイオナが、なぜイオナにそうする事ができたかというと……。


(七十余年前、日下剣政に仲間を殺害させた時、ブライアンはアイオナのこころを《ストック》し、持ち去った? ブライアンはアイオナのこころを、時を越えて他者に、否、アイオナの娘たちにのり移らせている? 愛のために?)


 俺の妄想は、悪魔のそれだ。


「正解だよ。鳴海、つかさ。私は君を買っている。どうかね、私と来ないか? 夢のために……」


(夢――!? 俺の夢は、イオナを書くこと……。イオナはアイオナ、アイオナは……イオナ?)


 俺は意識が遠のく事をなぜか心地よく感じながら、眠りにも似た忘失を受け入れはじめている。


(これが……、こころストック?)


「どうかね? 鳴海、つかさ。私には、君を自由にする事など、いとも容易い事なのだよ? まあ、今日は折角だからあの泉の演説でも聴いて帰りなさい。後日、返事は聞かせてもらうよ。では、ごきげんよう……」


 俺は去って行くブライアンの背を、ただ見つめる事しかできなかった。

 ジョイもはがねも、俺同様にぼんやりと立ち尽くしている。

 編集長は、「何かあった?」という顔を作ったが、すぐに熱狂の表情に切り替わった。

 泉洋一郎が、いよいよ演説台へと登壇した為である。


読んで頂いて、ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ