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こころストック  作者: 鳴海つかさ
20/22

第20話 目前の君 1

いよいよイオナと再会。

そして、次期総理の若手政治家と対決します。

「なあ、はがね。ホンマに信じてええんか? 嘘やったら姉ちゃんはなあ、ホンマ怒るで」


「ホンマホンマって、しつこい! ボクがやるといったらやるの! つかさがイイコトしてくれたお返しだよ……にゃは!?」


 梅ババの家をあとにした正午過ぎのバス車中はジョイとはがねによる、漫才さながらの賑やかさに彩られる。

 だが俺の緊張はほぐれるどころか張り詰め、凝り固まり、意識といえば深く、また浅くなりを繰り返しながらも、考える事は一つ。

 それはイオナの事。二つ目など無い。

 これから向かうA市民体育館で、俺はいよいよイオナに再会するのだ。

 昨日あれほど降った雪はもうやんでいる。かといって晴れでもない。曇天模様の空は、これから起きる事によって、晴れにも雪にも転じるだろうか。


(イオナが俺を思い出し、微笑んだなら晴れるだろう。さもなくば……)


 昨夜雪中に閉じ込められたように、俺のこころは冷たく幽閉され、もう二度と日の目を見る事はないだろう。


(でも、きっと大丈夫だ)


 ――はがねに《こころストック》されたイオナは、再びはがねにまみえる事によってこころを取り戻すだろう。また、《ストッカー》の暗示を解く方法は、俺の知る限りそれしか無い。

 それを、はがねが買って出た理由はその副作用――自身の《ストッカー》能力の喪失――にある。それが自分を見捨てたブライアンへの復讐であり、《ストッカー》である事に疲れたのだとも。

 確かに、人のこころを読み奪い去るような能力など、まともじゃない。


「――ん、まあそやな。まともやあらへん。でもな……つかさ?」


 ジョイが俺のこころを読み、答えたことには、医療現場においてこそ、この《ストッカー》能力が生かされるのだという。

 痛みの訴えは十人十色。しかしこころの奥底には、偽りなき真の痛みがあり、訴えがある。

 そして妊婦――ジョイはもぐりの産婦人科医――のお腹にいる小さな命のこころさえ、読み取れるのだという。


「まあ、こんな医療に認可が下りるわけもあらへん。ウチは細々とやってくよりしゃあない――」


 かつてジョイは、イオナのおかげで今の生活を手に入れたのだと聞いた。


「合わす顔が無い」のだとも。


 そのジョイも、これからイオナに会う事になる。俺はその疑問を強く念じてみた。


「ああ、まあそれはおいおい……な。とにかくウチはもう逃げへん」


 ジョイの覚悟を決めた表情は、やっぱりイオナに似ていた。

 ところで、ジョイ、イオナ、はがね、友里の四人は姉妹なのだと知ったが、似ているのはジョイとイオナだけである。少し不思議に思う俺に、再びジョイが答えた。


「ああ、タネが違うんや。でも生まれてきたんやから、タネなんてどうでもええで。気にせんとき?」


 むしろ、少しくらい気にせねばならぬのはジョイの方ではないのか。

 しかし、もぐり産婦人科医が発した言葉と思うと、やけに説得力もあった。


 ――やがてふもとの町を知らせるアナウンス。


 町には爺さんと五所川原の入院した病院もある。市民体育館には編集長が先まわりしている。

 兎に角、もうあと少しでイオナに会える。俺のこころは既に、イオナの元へとたどり着いている筈だ。そう確信している。ならば今、俺の中にあるイオナは、イオナのこころなのだろうか。


(違っていてもいい。これは確かにイオナだ! イオナ、イオナ、イオナ……イオナっ!)


 ――ああ、何度呼んでも呼び足りない、この響き。


「イオナイオナってしつこい! ボク行くのやめよかな……やっぱり」


「せやな。なんか腹立ってきたわ……。なあ、つかさ、大概にしいや? ウチら《ストッカー》やで?」


 ――そうだった。

 俺の中のイオナは既にはだかエプロン。しかし妄想が露見した為、今いそいそと服を着ている最中である。こころの中のイオナに謝る俺。イオナは軽く微笑んでさえくれた。

 俺は、ジョイとはがねのため息を聞こえない振りでやり過ごしながら、降車ボタンを早々に押した。



 到着した体育館は、日下剣政の寄付で数年前建設されたらしい。

 地元の銘木で組み上げた豪奢な造りは、言われてみればやたら金がかかっていそうで、世が世なら砦といってもいい構えである。

 さて、これから挙行される、新党SHINPO(心歩)代表泉洋一郎の慰問懇談会は、もちろん彼が復興政策大臣である故の政務だが、それ以前に政界のフィクサー・日下剣政(の郷里)への表敬訪問といった意味が強い。それをするに、これほど相応しい場所も無いだろう。

 しかし、当の日下剣政は既に他界しており、そのことを泉は知らない(はずだ)。

 今なお政界に、暗闇からにらみを効かせているのは、日下剣政を演じるブライアンであり、そもそも日下剣政はブライアンの傀儡でしかない。

 そして、そのブライアンの影武者が、ブライアン・ジュニア。その手足となり暗躍してきたのが《ストッカー》と呼ばれる、こころを預かる者たち。ある者はターゲットのこころを亡失させ、またある者は意のままに操る。戦後期に頻発した不可解な事件、高度成長期の疑獄、近年では劇的な政権交代劇。何のことは無い。それらの全てはブライアンの書いたシナリオであり、演者たちは(ことごと)く《ストッカー》に出会っただろう。


 ――それぞれの役を演じきる為に。


 が、俺にはそんな事どうでも良い。

 俺は泉洋一郎が伴うイオナ以外には、まるで興味が無いのだから。

 しかし、若手有望の筆頭、泉洋一郎の人気はすさまじく、混乱のために開場が遅れていた。そして、もみくちゃの玄関に立ち尽くす俺たちの前に、編集長が駆け込んでくる。


「整理券せーりけん! 多すぎて入場制限するらしいぞ。開会は遅れる。だが喜べ! 俺はもう泉洋一郎に会った。おまえの大事な姫君にも会ったぞ! いや、愉快愉快!」


(――はあっ!? 俺を差し置いてイオナに会った!? 全然愉快じゃ無い)


 編集長は、一応は名の通った週刊誌――週刊原石――の責任者なのだから、控え室にでも通されたのかと思いきや、たまたま廊下ですれ違ったのだという。

 ――それは会ったとは言わない。

 しかし興奮冷めやらぬ編集長の言葉は続く。


「おいおい、おまえには荷が重いんじゃあないか? あの姫君。ジョイからあらまし聞いてはいたが、あそこまでとは思わなかった。おれも色んな女を見てきたが、あんなに形容しがたい美人もめずらしい……。言うなら『一人だけ違う時を生きてる』って感じだな。儚げで危うく、(うつ)ろ。おれも文学青年の血が、騒ぐよ騒ぐよぅ?」


 編集長の興奮は、すべてがイオナに起因しているようだ。次期総理と目される泉洋一郎には、なにも感じなかったのだろうか。まあ、こんな人とは知ってはいたが……。

 それより俺はふと、マダムの言葉を思い出している。梅ババの家を出るときに、かけられた言葉である。


『ジュニアにはくれぐれも気をつけなさい。(B-29の)残骸を爆破してただ去ったとは到底思えない。きっとまだ、何かの罠が仕掛けられているわ。なにしろあの男を常識で計らないこと。とらえようが無い………あいつは一人だけ『違う時を歩んでいる』ようなものなんだから』


 イオナを見た編集長の言葉と、ジュニアを断ずるマダムの言葉は、偶然にも同じだった。


 ――『違う時』に、ある。


 俺はかつてイオナに違う世界を感じていた。だがその壁は取り払う事ができた。

 今度の壁は、時。

 それでも俺は、越えてみせる。

 やがて整理券の抽選発表が始まると、運良く全員が当りを引き、俺たちは会場入りする長蛇の列の一員となった。


読んで頂いて、いつもありがとうございます。


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