第19話 未着の君 7
なんか最終回っぽく、区切れました。
まだまだ続きます。
「ねえ、早く抱きしめて? でなきゃボクもう……」
「するかっ! それに見えないだろうけど、俺の手も足も、何かに挟まって……痛っ……動けねえの!」
俺の言葉を受け、はがねは無言で俺の体をまさぐり両手足をたどたどしく手でつたう。
その間、息は絶え間なく顔にかかっている。それはやや荒く、はがねも何らかのダメージを受けていることを教えている。
「なるほど、つかさは柱かなにかではりつけ状態。外傷はなさそうだよ? 感覚が薄いのは少し頭を打ったからと思う。まあ、ボクらの愛には関係ないね? にゃは!」
はがねの手は、また俺の顔に戻ってきた。頬をはさむ手のひらは、俺の顔をその息のする方へと引き寄せている。
「や、やめろっ! どさくさで何やってる!?」
俺ができる限りの抵抗――顔をふる程度――を示すと、いったん手の力は緩んだ。かわりに一滴のしずくが頬に落ちた。
「もー、照れ屋さんだね? どーせやることないし、このままだと凍死? なんかしなきゃ! にゃはー!」
――確かに。
俺たちが雪崩で倒壊した小屋の下敷きになっているのは、もう間違いない。とにかく誰かに助けてもらわなければ、自力では無理だろう。
(助ける? 誰が――?)
五所と爺さんも恐らく雪崩にのまれている。ブライアン・ジュニアが助けに来るかは未知数。マダムは伏し、友里には無理だ。梅ババもあの高齢では厳しい。
――つまり、ほぼ絶望。
もう、はがねは遠慮無く俺の体に両腕を回し、体どころか頬まで密着させていた。イオナともまだだというのに――。
それももう、絶望なのだろうか。
「あー、またイオナのこと考えてるね? 今だけくらいいいじゃん? どーせバレないし」
「そーゆー問題じゃないだろっ! 暖め合うだけならともかく、それ以上はだーめ!」
「ふーん……。こころは暖めてくれないんだ……にゃは。いいなあ、いつもイオナばっかり。イオナ姉ちゃんはアイオナに生き写し。ブライアンも剣政ジイも言ってた。結局、顔。見た目。……《ストッカー》としてはボクの方が上なのに。だから、どうせブライアンは助けに来ないよ。ああ、ジュニアのこと――」
すると又、俺の頬にしずくが落ちた。
(まさか涙とか言うなよ? それにしてもイオナ姉ちゃん……? ほんとの姉妹? こいつがボクッ娘になったのはイオナの所為?)
「そ。イオナもジョイもボクのお姉ちゃん。友里は妹。結局、あの爺ちゃんたちはアイオナに会いたくて、ずっと馬鹿なことやってたんじゃないかな? あと、ボクはイオナを滅茶苦茶にするまで死なないよ? イオナのこころも体も、その愛する人も……全部ね」
はがねの宣言は、俺に一つの記憶を呼び起こさせる。
そう、あれは俺が小説家として二作目の陰惨な話。それは陸の孤島とも言うべき寒村で、村人が次々に殺戮される、救いの無いものだった。箸にも棒にもかからぬそんな話を書いたのは、処女作(故郷を讃えるつまらない話だった)があまりにも嘘くさく、それを自分で貶める為でもあった。
――結果、初めてついたファンからの抗議が殺到した。
その後、俺はとある週刊誌の編集長に拾われ、専属ライターのようになり、小説が書けなくなった。否、書いてはいた。書いたが、何一つ満足がいかず、書いては消しの毎日だったのだ。
そんなある日、イオナに出会った。
美しい表情はなにも主張せずただそこに在り、俺のこころに住み着いてしまった。
――ふるさと。
父母を知らず、故郷を憎んだ俺は、初めて帰る場所を得たのだ。
――それがイオナ。
はがねには帰る場所はあるのだろうか。俺はふと、そんなことも考えたりした。
「とにかく寝ろよ。はがね。俺が気を失っている間、起きててくれたんだろ? 朝になったらきっとなんとかなる」
「――いたずらしちゃダメだぞ! にゃは」
はがねはやけに素直に、俺の上でおとなしくなった。吐息は直ぐに寝息となり、俺は暗闇の中で目を見開いて、ただそれを聞いていた。
勘ではもう夜があけた時刻と思う。暗闇は少しだけ白み、はがねの顔がうっすら見える。
俺も何度か眠りに落ちたが、がれきに完全に密閉されている事と、二人の体温とで凍死は免れたようだ。だが依然、危機的状況にあることに変わりは無い。
「おはよ、つかさ。今日はイオナに会えるね。そしてボクはお邪魔虫。でもイオナを元に戻すには、ボクがいないと始まらない。ボクになにか言うこと無いの? にゃは?」
思ったより元気なはがねには、正直ほっとした。
もしかすると、俺の顔に落ちていたしずくは血ではないかと、心配していたのだ。
「ああ、よろしくお願いします。マジで。その前にここを、見つけてもらわなきゃな……」
その言葉を受けて、はがねは何を思ったのか、俺の体をまさぐり始める。手は上半身を執拗に撫でると、迷わず下の方に伸びていった。
「お、おいっ! やめろって! なにやって――」
「にゃは、身体検査。黒くて太くて、固いもの。ど・こ・か・な?」
固さはともかく、太くて大きいかは自信が無い。しかし、はがねの手が俺の股間で止まると、情けないことに俺のそこは日頃より存在を示した。
「これかなあ? もう少し大きいかと思ったけど……。固さは、うん、合格! あと、形。先っちょが、くびれてる……だよね?」
(なにが「だよね?」だ。――と、そんな場合じゃ無い。止めなければ、そこの反応は愛とは別だ)
「やっぱり、別なんだ……。こんなになってるのに……別なんだ。でも、コレじゃない、にゃは!」
はがねは名残惜しそうに(?)、俺のそれをもう一度握りしめると、動転した俺に軽くキスをしてから言った。
「じゃーん! これ、なんだ? 固くて黒くて太くて……。そ、『リコーダー』! 友里のお守りだよ、にゃは!」
――その手があった!
人のこころとは、状況次第でがらりと変わる。俺の中ではもう、今の暗闇に光が差しているし、体温もにわかに上昇している。むしろ暑いくらいだ。
俺はリコーダーを思いっ切り吹く。何度も。人が気付くような間隔で。危機を訴える切迫の音色は、確かにふもとまで届いたのだろう。三十分と待たずに、村人達の声が聞こえてきた。
「助かったぞ! はがねっ! 助かったー」
徐々に取り除かれるがれきで、俺は四肢の自由を取り戻すと、はがねをとっさに抱きしめた。
「あんっ、つかさ。ボクに乗り換えたら? もう他人じゃないしね? にゃは」
――馬鹿言え。
無論、はがねも冗談である。そのうち、救助者の中に混じって聞き慣れた声を俺は聞いた。
「つかさ! 婆ちゃんから連絡があってな! 夜行で来たで! マダムの応急処置もしといた。あとはイオナや……」
――まさか!
ジョイ、それに編集長も助けに来てくれたのだ。
ブライアン・ジュニアは雪崩の後、姿を消したらしい。五所と爺さんは無事で、既にふもとの病院に入っているという。そして俺とはがねは、ようやく立った。朝日がやけにまぶしく、でも見上げずにはいられない。その視界には一機の飛行機が映り込んでいる。
「ああ、あれにイオナが乗っとるんや。つかさ、気張れや? はがねも、頼むで」
未着の君が、やっと来た。
いろんな事を知り、いろんな事があった。
俺は小説家として、その全てを書くつもりだ。イオナを娶った政治家先生には悪いが、俺はイオナを取り戻す。
俺の書く物語は、誰に読ませるものじゃ無く、イオナと俺だけの物語なのだから。
読んで頂き、いつもありがとうございます。




