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こころストック  作者: 鳴海つかさ
13/22

第13話 未着の君 1

今回の「未着の君」は、なぞとき編です。

明日から、毎朝五時の予約投稿となります。



「この雪の中ば来たとね!? ボランティアの人たちも皆ふもとの街に降りたとに……とにかく今日は休業ッタイ。あんたたちだけ泊めるわけにはいかんバイ。帰りなっせ」


 豪雪の中、ようやく到着(つい)た村に一件の旅館の女将は呆れてそう言うと、謝りもせずに奥に消えた。にべも無いとはこの事だが、奥から一言だけ「まだバスは動いとるよ」とだけ付け加えた。

 つまり、帰れという事だ。ボランティアならまだしも、取材の為に訪れた俺たちがそもそも招かれざる客である事は、薄々察しはついていた。

 しぶしぶバスセンターに戻った俺たちは、途方に暮れる。どちらにせよこの雪では、身動きの取れようも無いし、明日の飛行機だって空港に降りれるかもわからない。泉洋一郎の被災地慰問の中止も十分に考えられ、それはイオナと会えない事を意味する。

 一体、何のためにここまで来たのか。

 仕方なく戻ったバスセンターでは誰も口を訊かなかったし、人も俺たち以外はまばらである。

 丸ストーブの火の揺らぎを見つめながら、俺は誰か泊めてくれる者はないかと、悲しい記憶をたどってみる。友人は無い。俺を引き取ってくれた親戚はもうこの村には居ないし、居ても頼めるわけもない。唯一仲の良かった駅員さんは、列車そのものが廃線となり居るはずもなかった。

 なんという少年期を過ごしたのだろうと、自分の事ながら腹が立つが仕方がない。

 そのうち、バスの時刻が近づくに連れ、何人かの村人がバスセンターに集まってきた。


「うっ、ぐうっ、あぁ……」


 妙なうなりを上げ始めたのはアニキ、もとい五所川原である。ここまで共に来たとはいえ、まだ互いに遠慮がありろくな会話もできてはいない。

 寒さが傷にさわり始めたのか、うずくまる五所川原にマダムが声をかける。


「アンタ? どうしたの? どこか具合でも悪いの?」


 五所川原は右腕ギプスで足は松葉づえ。「具合が悪いか」もないが、特に悪いのだろう。


「は……はい。実はあっし、東北の方からやっとの事で出て参りました。恩人に一目会って、何かのお役にたてればと……ううっ」


 なにを今更な自己紹介に、俺は不審を抱いた。周りの人も、こっちをチラ見している。


「東北ってなによ? 恩人って、どういう事?」


 マダムは五所川原の背に手を当てて問う。


「へい……。向こうで難儀に見舞われ、このとおりになったあっしを勇気づけてくれたお人が、この地に住んでおりやす。今度はあっしが助ける番と、勇んできたはいいものの天気も体もこの塩梅で、旅館にも断られるあり様……ううっ」


(――なんだこれ?)


 もしかしてだが、これは所謂『芸』ではないかと思った時は、もう人の輪ができていた。

 その瞬間、五所川原の目が光ったのを俺は見た。

 間違いなく、これは芝居だ。ひょっとするとテキヤの『泣き(ばい)』というものではないか。


「あっしは今夜はここ(バスセンター)に泊りやす! 明日は晴れるという事だし……ぐぅ……なんとかひと目、ひと目だけでも恩人に会わねば――」


 五所川原の決死の形相には、マダムも言葉がない。すると人の輪の中から、一人の老婆が一歩進み出た。


「あーー、分ったバイ。もうヨカ。なーんも言わんでヨカ。ついて来んしゃい」


 老婆がそう切り出すと、人々は安心したかのように輪を解いたし、同時に来たバスに早足で乗り込んでいった。積雪の為、今日のバスはこれが最後だと言う。運転士は特に俺たちに言葉も掛けずバスを発車させ、センターに六人が残った。


「あんたたちが一芝居打ったとは分かっとったバイ。五人連れね? せまかところバッテン、このババのとこに来るとヨカ」


 老婆、いやババは、特に俺に向いてそう言うと、「まだ思い出さねか?」といった訝し気な表情をつくった。


「ん――!? 梅ババっ! 梅ババじゃあなかと? 生きとったんね!?」


 興奮のあまり、失礼な事を口走る俺を見ながら、梅ババは急に元気顔になった。


「つかさっ! 今までどぎゃんしとったとか! 物書きには成れたとか? んん? まあ、ヨカ。冷えるけん、ババのとこに行くぞ」


 梅ババは手に使いこんだ傘と、赤いネットの五個入りみかん、それに小さな巾着を手にしていた。

 俺がこの村を出た十年前より、少し腰が曲がっているかもしれない。今思えば、俺が村を出る時に見送ってくれたのは梅ババだけだった。

 本人は偶然だと憎まれ口を叩いたが、それでも嬉しかった事を覚えている。


「それじゃあ、お婆さんのご厚意に甘えましょうか?」


 マダムが言うと、あきらめかけていた空気がなんとなく緩んで、俺たちは梅ババに続いて歩いた。

この土地は天気が変わりやすい。梅ババの家に着くころには、もう雪はまばらになっていた。



「ふん……ベーにじゅうく(B-29)、確かに……覚えとる。ババは昔から此処に住んどるからな。ほれ、あの山は真正面ぞ。あそこに落ちた」


 四角い炬燵に足を突っ込んだ五人に茶を出しながら、梅ババは無感動にそう言うと、溜息をついてからもう一言。


「調べにきたとか? つかさが。――これも運命(さだめ)だったかもしれんバイ。お前は、ようあの山に登っとったからのう……。これからババが話すことは、固く口留めされておること。ゆめ、忘れるなよ? あれは事故じゃったとバイ? だーれも悪くはナカ。日下の大旦那さまも、精一杯やっての事じゃ。ナンマイダ、ナンマイダ……」


 梅ババは、決して記事にしないのなら、戦時中のB-29墜落事故について知っていることを話すという。


「話したい」のだとも言った。墓まで持って行くつもりだったが、老いて大地震に見舞われ、突如山肌に現れた飛行機の残骸になにか思うことがあったのだとも。

 そして、もう一つ俺にだけ条件があるとも言ったが、それは話の後に明かすらしい。

 梅ババはしかし、悲壮な感じはまるでなく、せがむ孫たちになんの昔話を話そうかと思い悩む風の穏やかさをたたえていた。

 

 LED照明などまるで縁のない昔風の家は、梅ババがもう何十年も一人で住んでおり、時々吹き付ける風に窓がカタカタ鳴ると、それを合図に昔話は始まった。


「ベーにじゅうく(B-29)が落ちてきたのも、こんな大雪の日、夜じゃった。戦争の終わる年の冬だったバイ。雪のせいじゃったか、『ドスン』と揺れたが音はそうせんじゃった。日下の大旦那さまが男どもを集めての……それ、戦争中の事じゃ。竹槍なんか持ってくる男もおった。ババもまだむぞか(かわいい)娘での、恐かったバイ……」


 なるほど、あの山にB-29が落ちてきたというのは、どうやら事実のようだ。梅ババがどんな娘だったかは、知りようもないが……。

 話を続けながら、梅ババは皆のお茶をやたら大きな急須から注ぎ足した。


「あの大雪じゃ、たとえ生きておっても凍えてしまうバイ。バッテン、山は大人でも雪の日は登れん。まして夜バイ。どげんもでけん。次の朝、陽が出たら助けに行くこつ(事)になった……」


「助けに? 敵を?」


 五所川原が疑問を呈すると、梅ババはみかんを一つむき始めた。


「うむ。日下の大旦那さまは心の大きなお方バイ。日本もあめりかもなか。武器んのうなったら、敵も味方もなかて言うてな……。あん時、子どん(子供)ば戦争で亡くした者もおったケン、そりゃ皆反対したバイ……」


 梅ババは、むいたみかんを友里の手をとってのせると、頭を撫でて笑った。


「してから(結局)、朝まで寄り合い所に村のほとんどが集まってな、炊き出しをしたりして、ババはそれが楽しくてな。白い米ば、久しゅう見たっバイ。舞うごと(とても)旨かったバイ……。日下の坊ちゃんも張り切ってのう、ババの懐に懐炉がわりて言うて、おにぎりば入れてくれたタイ」


 昔話はなかなか核心に近づかないが、ここで出た『日下の坊ちゃん』なる言葉に、友里を除く全員が過剰反応した。


「日下の坊ちゃんと言えば、名はなんと言うたかの?」


 元刑事で日下剣政を追い続けた爺さんが、わざとらしいとぼけ声で問う。梅ババは即答した。


「剣政様っタイ。ババより少し年上での、懐におにぎりば入れる振りして、乳ば触っていった。助平っタイ」


(梅ババの、乳を……)


 それはどうでもいいが、梅ババの語る様子では日下剣政にしろ日下の大旦那にしろ随分好人物のようである。編集長は、日下剣政には『殺人』の疑惑があるのだと言った。その鍵がB-29なのだとも。

 きっと答えは、この話の先に、雪と埋もれているのだろう。

 窓の外は、また雪が強くなっていた。


読んでいただき、ありがとうございました。


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