第11話 花嫁の君
打ち合わせはその後小一時間ほどで終了した。
決定事項は以下の通り。
――『K県A市に行くのは五人』とする。
俺、マダム、友里、アニキ、爺さん、がメンバーである。
俺とマダムはともかく、友里が行くことになったのは異常に俺に懐いてしまった為で、病院に残るはずだったのに赤子のように泣き喚き、まあ仕方なくと言ったところである。アニキと爺さんはそれぞれ、日下剣政に私怨があるようで、それについてはジョイが『こころを読んだ』うえで、必要と判断された為である。どうでもいいが、爺さんはお近づきのしるしだと言いながら俺にAVを全部くれた。
まあ、嬉しくなくもないが、アニキからもしるしとして変な薬でも出て来やしないかと肝を冷やした。
――『出発は一週間後。飛行機で現地入り。滞在は三日間』である。
主なスケジュールは、とある事件についての現地聞き込みと、泉洋一郎日本復興政策相の現地視察風景の取材である。
なぜ泉洋一郎がA市を訪れるのかと言うと、こんな理由がある。
本年春先、K県は大規模な震災に見舞われ、その傷跡は今も生々しい。
俺の育ったA市も山林地帯の為土砂崩れで道路が寸断したり、橋が落ちたりと甚大な被害を被っている。ところがその復興が遅々として進まないのは、山林の多くを所有する日下家の強い要望の為であり、しかしこの程ある事件を境にやっと復旧作業が始まる事となったのだ。
その事件と言うのが、編集長曰く『B-29』。
なんと、土砂崩れを起こした山肌から、第二次世界大戦時に超空の要塞と恐れられた、あの『B-29』の尾翼らしきものがキラリと光っているそうなのだ。
発見はたまたま訪れた復興支援ボランティアの中にマニアが居て、それをツイッターで晒し、偶然それを見たアメリカ人が「祖父の搭乗していた機ではないか?」と、わざわざ大使館に問い合わせたことによる。まことネット社会ならではの、事の起こりであるがそれはさておき。
つまり泉洋一郎の現地視察は、フィクサーの日下家に対する表敬訪問のようなものであろう。
さて、現地入りは俺の退院を待ってからである。そして滞在三日の根拠は、ボランティアでもない俺たちがうろついていて不審を買わない、ギリギリの日数。
これについては編集長の経験則によるもので、多少のズレ(早期撤退か滞在延長か)はあるかもしれない。まあどちらにせよ、この三日と言うのは郷里を捨てた俺にとっても、我慢できるギリギリでもある。
本来なら、行くはずもないのだから。
しかし、《こころストック》組合と深い関係にある日下剣政のルーツを探る事は、そのままイオナ奪取の糸口になるやもしれず、その一点のみの為に俺は行くのだ。
留守は編集長が情報のまとめ役となり、ジョイは言わば参謀のような位置に、いつの間にか立っていた。
――参謀本部。
じゃあ、俺たちは遊撃愚連隊とでも言えるだろう。
俺、マダム、友里、アニキ、爺さん……。
先の思いやられる小隊は、あっという間にその日を迎えた。
空港の俺たちは、いやに目立つが仕方がない。
とりわけ、未だ包帯がとれず両松葉杖のアニキとランドセルを背負った友里は耳目を集めた。
見送りには編集長とジョイが来ている。はた目にはちょっといい感じのカップルにも見えるが、どうだろう。三日後には早くも『出来上がって』いたりするんじゃないかと思う俺を読んだかのように、ジョイが目配せしてきた。
俺とジョイは皆から離れる。
「ごめん、ジョイ。でもホントお似合だよ? もちろんいい意味で」
てっきりその事かと思うばかりの俺を見るジョイの目は、ただ重苦しい。
「……ああ、ありがとな。まあ、なんや、つかさに言うとかなアカン事ができてな? イオナの事や」
俺は息が止まりそうになって、せき込んだ。
「イオナのっ! なにかわかったのか!? イオナは今どこっ!?」
「まあ落ち着きや?」という風に、ジョイが俺の手を握る。
「友里は放逐された言うたやろ? なんでや? ウチはな、ずっと引っ掛かっとったんや……。友里のこころは《ストック》された上にプロテクトをかけられとる。ウチでも解けたのは昨夜遅くやった……。ええか? 落ち着いて聞きや?」
ジョイはイオナの姉だ。俺と同じか、もしかしてそれ以上にイオナを思うこころは深いかもしれない。
深さは、握る手の強さで伝わった。
「イオナはな……友里の代わりになっとるで。完璧にこころを失くした、完全な《ストッカー》として、より強固に泉洋一郎を支配できるようにな――」
「――えっ!?」
「花嫁や。イオナは泉洋一郎の妻として、組合からフィクサーに売られたんや。だから友里は用済みって事や」
「日下……剣政? ブライアン……? あいつらが――イオナを?」
「そうや。イオナは泉洋一郎のA市視察にも同行するらしいで。これは編集長からの情報や……。ええか? つかさ?」
「――分かってる。軽挙妄動は慎めって事だろ? それに今回のメインは日下家の秘密を探る事。その先に組合や、イオナの事だって絡んでくる。慌てたら全部ぶち壊しだ……よな……」
俺はぶっきら棒に、そんな解ったような事を口にした。
でも《ストッカー》のジョイには、俺のこころなどガラスだ。
「つかさ、よう、耐えとるな。ウチも耐えとる。どや? 約束してくれるか? イオナがどんな状態でも、今は我慢する事。これからイオナの身の上におきる事全部、許したってや……。ウチはずっと昔、イオナに助けられてこうして居られる馬鹿な姉ちゃんや。イオナに会わせる顔なんかない……。でも、でもな、つかさ…………」
普段の強いジョイからは予想もつかない表情に、俺は事の重さと深さを知る。
ジョイの言葉がそれ以上続かない理由を、俺はどうする事もできない。
「じゃ、いくよ、ジョイ。俺、きっとイオナとジョイを会わせて見せるから――」
柱に隠れてむせび泣くジョイには、その言葉は聞こえなかったかもしれない。
そして俺は、空から思う。
(イオナ……我慢なんかできない。俺はお前を見つけたら……連れて帰る!! 待ってろ!!)
飛行機はいつの間にか雲の上を飛んでいた。




