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こころストック  作者: 鳴海つかさ
10/22

第10話 白黒の君

 病院までの帰り道、友里の歩行は先になったり後になったり、時に駆けだしてずっと先で待っていたり。目まぐるしい事この上ない。

 それにしても大人が小学生に『化ける』というのは、こうも無理があったものかと、俺は感心したりしている。

 なにより、体が誤魔化しようがない。

 骨格と言った方がいいのか。友里は小柄な方だが、胸骨の発達や骨盤にいたっては、とてもじゃないが子供に見えない。このままでいいはずがないという事を、友里はその全身で表現している。

(どんな経緯があったか知らないけど、こいつも何とかしなきゃな……)

 この日下友里は、ブライアンの言では新党SHINPO(心歩)の代表、泉洋一郎の妻となる予定である。

 若手ゆえの人気と筋目の良さで次期総理と目されるこの男は、これも総理だった父からの薫陶か構造改革という錦の御旗を振っている。

 一体何をどう改革するのかはともかく、その言葉の持つ破壊的魅力をそのまま支持に変換する、劇場型政治家の申し子のような存在である。

 友里は守旧派から、その暴走を管理するためのいわば間諜として送り込まれる予定であり、情を移さぬために《こころストック》で従順な人形へと仕立て上げられている。

 しかも、それをしたのは友里の父親――フィクサー。

 俺は歴史の教科書で見た、政略的な姻戚関係に彩られた戦国家系図を思い出す。


 ――俺も似たようなもんだ。


 俺にとっては、家系図なんてあみだくじのようなものである。両親が居らずたらいまわしだった俺は、あみだで行先を決められたこともあったのだ。

 だから、なんとか食えるようになって、あみだに自分で線を入れることができるようになった時、どんなに嬉しかったか。

 でもこのところは、また他人が俺のあみだに線を入れる。

 本日二度目の偶然、今、ばったりと出くわした男もその一人である。


「ぐーぜん偶然! これはこれは大先生! 朝っぱらからコスプレデートとは、風俗ライターの鑑……おやおや、手には我が『週刊原石』! さてはそっちからも捜してたな? なんにせよ愉快ゆかい!」


「編集長!? いったいなんで?」


 この、言葉を二度言う癖のある、黙っていれば美中年の男は『週刊原石』の編集長である。彼のおかげで、売れない小説家の俺がなんとかペンで飯を食う事ができていたと言える。

 もちろん、ゴシップの書き過ぎで、文体におかしな癖も着いてしまったのだが……それはさておき。

 編集長はこの寒空の下、一方的な熱さを、いつものごとく俺に押し付けてきた。


「よーし! よし! これも天の采配、今度のスクープはお前に任せる! ほらほら、ぼやぼやしてないで打ち合わせ打ち合わせ!」


「ちょっと待ってください……編集長? 俺のカッコ見てわかるでしょう?」


 俺より頭一つ背の高い編集長は、殊更に俺を見下すようにすると「わからない」とだけ答え、友里を見てもう一度「わからない」と答えた。

 俺が普段からパジャマで、小学生女児のコスプレ娘と表を歩いていると思っているのだろうか。


「いや、だから俺、入院してるんです――」

「えっ? じゃあそれ、マジなの?」


 編集長は俺と友里と交互に見ながら、とってつけたように驚いた顔をしたが一瞬だった。


「そんな事よりこれはね、大先生じゃないと頼めません、よと。場所は九州のK県A市、事件(ねた)はこの国の黒幕(フィクサー)(くさ)()(けん)(せい)、過去の闇!」


(九州……K県A市……俺の、育ったところ……。そしてフィクサー……日下? まさか日下友里の……父親?)


 俺の頭の中を色んな記憶がめぐる。

 記憶には色があった。

 子供の頃の白黒(モノクローム)。イオナと出会った眩しい白。はがねに撃たれた赤。ブライアンの黒。そして泣き叫ぶイオナが再びもたらした白黒(モノクローム)


 色んな色が、頭の中でフラッシュバックする。

 気付くと俺は病室に居た。


「さてさーて、もうすぐ退院だって女医さんも言ってるし、仕事、仕事!」


 いつの間に病室に戻っていた俺は、友里と、なぜだか編集長も連れてきてしまっていた。

 アニキは新聞を読み、じい様は『週刊原石』の袋とじを破いている。母たちは忙しく立ち回り、赤んぼ達は泣いていた。

 俺はなんだか、とてつもない運命が回り始めたような気配を感じている。


 やがて、喧騒に包まれた病室は『打ち合わせ』室に早変わりする。

 とは言っても俺はベッドのままで、友里はベッド脇に腰掛けて足をふっている。編集長たちは見舞い用のパイプ椅子を広げた。

 もちろん『たち』とは、マダムとジョイである。

 更に、アニキと爺さんもまるで一員のように新聞なり雑誌から目を離す。出席者七名を数える『打ち合わせ』は、不本意ながら俺が口火を切った。


「編集長……俺じゃないと頼めないって。俺がK県A市の出身だからって事ですか?」


「そうそう、『日下家』っていや地元じゃ神様みたいな扱いなんだろう? 郷里の山林をバックボーンにのし上がった資産家は、戦後のどさくさを経て今や政界の黒幕。その神に戦いを挑もうってわけだ。せめて土地勘くらいなくちゃ話にならんだろう?」


「それだけの理由ですか……?」


「それだけじゃ無いような気もするが……嫌か?」


『嫌』とかではない。俺は郷里には二度と、帰る気がない。それに俺は日下剣政の過去になど興味はない。イオナが取り戻せるなら、それでいいのである。

 さしあたって俺の敵はブライアンとはがね、いやさ組合だろう。

 俺は沈黙する。が、それはあたかも他者の意見を待つかのような()でもあった。


「日下……剣政。まさかその名をここで聞こうとは、あっしも運がいいのか悪いのか――」


 これまで死んだような目をしていたアニキがポツリと呟いた事に、真っ先に反応したのは爺さんである。


「ああ、剣政のやつ、まだ生きとったか。ワシもようやく目覚めたようじゃわい? これはどんな(えにし)かの?」


 二人の不意なる独白は、この打ち合わせの色合いを奇妙に塗り替え始める。


「くーさーかーけんせいー! ゆーりのお父さんだったんだよ!」


 友里は退屈そうに足を揺らしていたのを止めて、そうのたまった。


「お父さん……だった!?」


 一同の視線が友里に集中する。皆それぞれ、日下剣政に何がしかの思いを秘めているのだから当然である。座が乱れそうな空気を覚ったのか、ここでジョイが一旦進行を受け持つ旨を宣言し、そのまま話し始めた。


「この友里はな、日下剣政の子に間違いない。今時、政略結婚に利用されるトコやった、可哀そうな娘や。せやけどな、この友里は放逐されたようや。こんなカッコしてんのも、趣味ちゃうで。こころを《ストック》されると、人は大概意味不明や……」


 ジョイは大胆にも、雑誌編集長マスコミの前で《こころストック》を暴露した。

 しかし、編集長の態度は鷹揚なのか呑気なのか、腕を組んだまま微動だにしない。


「そのアニキも爺ちゃんも、《こころストック》の被害者や。爺ちゃんなんか、もう何年ここにおんねや?」


「このAV(えーぶい)の数じゃの」


 ジョイの問いに答える爺さんが指し示すAVはゆうに百本を超えている。


「ちょっとおじいちゃん……何年生きてんのよ!?」


 マダムの言葉は座を緩め、訳の分からなそうな友里と、笑顔には無縁そうなアニキまでもほころばせた。編集長の口元も緩んでいる。緩みついでに、その口は意外な単語を飛び出させた。


「疑惑は殺人。キーワードはB-29。日下家の……秘密を暴くぞ。皆で」


 編集長の言葉は不思議と、断る暇を与えない。

 病室には赤子の鳴き声だけが、いつまでも響いていた。


読んで頂いて、ありがとうございました。


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