攻略対象達は残念すぎた
いつか書いたお話の続き。
今度はヒロインことリリィ視点です。
この国大丈夫なんだろうか。
リリィ・ノーランドは最近、そんな風に考えるようになった。
つい先日起きた婚約破棄騒動。当事者であるアリシアや学園長達の配慮、後国王達の粘りで婚約破棄「未遂」で済んだのだが………。
ともあれ、それで王子とその取り巻き達がやらかした事に変わりは無い。
で、そんな事件を通して、彼らが反省したかと言えば………。
「リリィ、次こそは君を救い出してみせる。その時こそ、私の手を取ってくれないか?」
これである。
男性をこれほど問答無用でどつき倒したいと思った事は、きっとこれまでないだろう。
ドヤ顔でそんなプロポーズじみた言葉を投げかけてくるのは、つい先日やらかしてくれた第一王子アレクシアであった。
顔は……まあ、黙ってさえいれば美形だ。能力に関しても優秀な部類に入るのだろう。
ただ一点、頭が残念だった。それはもう、他の長所を軒並み帳消しにしてしまうくらいに残念だった。
わざとらしくため息をつきつつ、リリィはこれまで何十回も告げた言葉を口にする。
「殿下、私には婚約者がおります。そして殿下にも婚約者がおられます。故にお断りさせていただきます」
「親が決めた婚約など、そこに自由はない!」
………これなのだ。
何度拒絶の言葉を口にしたところで、「そんなはずはない」「そうに決まっている」など、自分の都合のいいように解釈する。
強めの拒絶しても「今何か言っていたか?」と突発的難聴だ。わざとやってるんじゃなかろうか。
(あー………殴りたい)
この盆暗達を前にして、何度そう思った事か。
学園ではかなり猫を被っているが、本来のリリィはもっと狂暴だ。
ノーランド男爵家は地方貴族。それも領主一家が鍬を持って開墾に参加するほどの零細っぷりだ。
そんな一家の令嬢として生まれ育ったのだから、そりゃあお淑やかに育つはずがない。
幼い頃から山々を駆け巡り、害獣駆除にも積極的に参加し、鍬片手に開墾するマッシヴ女子だ。
学園にいる時はなるべくそういった面を見せずに、お淑やかな貴族令嬢のふりをしている。
………まあ、入学当初から世話を焼いてくれているアリシア辺りは、薄々感づいているかもしれないが。
咄嗟に握りしめていた拳をゆっくりほどきつつ、リリィはさらに続ける。
「何度も申しておりますが、私には愛し合う婚約者がおります。これは王家にも正式な手続きで成立した婚約ですし、そもそも私と殿下とでは身分が違いすぎます。ですので、そのお話はお断り………」
「身分など、些細な違いだ! いずれ私が王となった暁には身分差など撤廃してみせる! 貴族という位に胡座をかいた盆暗など駆逐し尽くしてみせるわ!」
ならまずお前が消えろや。
思わずそう言ってしまいたくなるのをリリィは必死に抑える。
この国で誰が盆暗かを言えば、まず間違いなくこの王子とその取り巻きが筆頭だろう。
さっさと廃嫡して弟の第二王子を王太子にすればいいのに。そうアリシアは漏らしていた。
それでも国王が必死に庇うのは、ダメな子ほど可愛いからなのだろうか。
リリィはひくつくこめかみを宥めつつ、とりあえずこの場は流すべきだと判断する。
どうせ正論を言ったところで、受け流されるのが明白なのだから。
「婚約云々は国王陛下によって制定されるものですので、どのみち私たちではどうこうする事はできません。ですので、陛下から許可をいただいて来てください。その上で、私も婚約について考えさせていただきます」
なお、考えるとは言ったが、受けるとは言っていない。
どうせ国王も許可など出すわけがないのだから、とんだ無駄骨である。
しかし、彼はまったく気がつかない。
「よし、わかった! すぐにでも父上の許可を頂いてくるぞ!」
そう言い、王子は身を翻して去って行った。
………なお、国王から「馬鹿か貴様は!」と殴り飛ばされるのはこの小一時間後である。
とりあえず、この場を切り抜けられた事に安堵のため息をつくも、続いて現れた人影に思わず「うっ」と声を漏らす。
現れたのは、よりにもよって取り巻きB。所謂ヤンキー男である。
将軍の子息であるというこの男は、親に反発でもしてるのか、不良街道まっしぐらなヤンキーで、とにかく俺様めいた言動や行動が目に付く。
なお、周囲に迷惑をかける度にアリシアが小言をぶつけ、その都度殴りかかっては返り討ちに遭う、というのがお約束の流れである。
「リリィ、お前はアイツなんかにはもったいない。俺のものになれ」
アイツ、というのはきっとさっきの王子の事を言っているのだろう。
普通の女なら黄色い悲鳴を上げたくなる台詞だが、リリィにしてみれば虫唾が走る言葉でしかない。
領主の一人娘であるリリィは婿を取る事が定められている。嫁に行くわけにはいかない。
こんな奴と結婚でもしてみろ。領主の仕事なんて碌にしないだろうし、そもそも領民の信頼を損なうのが目に見えている。
王子と結婚なんて論外だ。向こうが婿入りするにしても、役に立つとは思えない。
その点、今の婚約者とは充分理解し合い、愛し合っている。
彼はリリィの事をよく理解してくれているし、地方貴族の婿になるという事をよくわかっている。
そのため、今こうやって寄ってきている王子やその取り巻き共は、リリィの相手として論外であった。
「ですから、私には婚約者がおりますし、ノーランド家を背負う物としてふしだらな真似は………」
「そんな田舎貴族なんてどうとでもなる。お前は俺のものになれ! それだけだ!」
反射的に殴り返さなかったリリィは称賛の域にあるだろう。
周囲で様子を見ていた生徒達は、止めた方がいいんじゃないかと悩み始めている。
この男、これまで何度も学園で暴力事件を起こしては、その都度実家パワーで無罪放免になってる問題児であった。
なので、もし激昂すればリリィに暴力を振るいかねない。
「それともなんだ、あのクソ女に変な事でも言われたのか?」
「アリシア様に酷い事を言うのはやめてください。学園での生活に馴染めなかった私にとって、アリシア様は大の恩人です」
王子や取り巻き達には心底嫌われているが、リリィにしてみれば、アリシアは女神のような存在であった。
田舎育ち故に学園での生活に馴染めず、日々寂しい思いをしていたリリィ。
成績こそ上位をキープしていたが、それをよく思わない心ない輩に誹謗中傷をぶつけられ、涙をこらえる日々を送っていた。
そんな彼女を心配したのか、声をかけてきたのがアリシアだった。
『あなた、大丈夫?』
純粋に心配し、手を差し出してきた彼女。
そんなアリシアの手を、泣きながら取ったあの日を忘れた事はない。
アリシアはリリィを救ってくれた。
彼女の庇護下に入ったその日から、リリィに対する心ないイジメは姿形を消した。
アリシアは何よりも公平である事を望んだ。
実力主義。ただ名門の座に胡座をかく者を見ず、例え低位の者であろうと、実力を持つものを認めた。
リリィを救ったのは純粋な優しさだ。それだけでなく、彼女の実力を見込んでからは彼女を強く支持するようになった。
『私の………お友達になってくれないかしら?』
恥ずかしそうに、そう彼女は尋ねてきた。
それが嬉しかった。
身分故に認められなかった自分を、実力で認めてくれた彼女が、とても嬉しかった。
友達になって欲しいと、そう言ってきた彼女が、とても好ましかった。
そう、だから………。
「あんな下らん売女を庇う必要などない! あのクソ女はお前を虐めたんだ! アイツはいずれ、この俺が地獄に叩き落としてやる!!」
ぶちっ
その言葉に、リリィの理性の糸は完全に切れた。
こいつは今、なんと言った?
「黙れ」
静かに呟いたその言葉。
立派な突発性難聴な取り巻きBには聞こえなかったようだが、周囲で様子を見守っていた生徒の何人かには聞こえたらしい。瞬時に顔が青ざめたから。
「あ? 今なんて」
「黙れっつってんだよ」
ゼロ距離から、ボディブローを叩き込んだ。
加減はした。本気なら、身体をブチ貫いている。
「が………っ!?」
衝撃に身体をくの字に折り、その場に膝を突く取り巻きB。
だが、休む暇など与えるつもりはない。
リリィは倒れ込もうとした取り巻きBの身体を真横に蹴り飛ばす。
彼との体格差はかなりのものだが、まるでボールを蹴ったかのように、取り巻きBは大きく蹴り飛ばされ、壁へとぶつかる。
「黙って聞いてればピーチクパーチク………どこのトロール脳かっての」
限界だった。堪忍袋の緒も裸足で逃げ出した。
思えば、これまでよく保たせたものだ。
「リ、リリィ?」
今の言動と行動が理解できないのか、取り巻きBは呆然とその名を口にする。
取り巻きBもかなり鍛えている方だ。学園の生徒の中でも剣術・体術の成績では上位に入る(ただし、最近授業をサボり気味なので下降しつつある)。
だが、そんな彼をリリィは一撃で黙らせ、さらには蹴り飛ばした。
「学園最強って聞いてりゃ、あたしが蹴っただけでこの始末。どんだけ堕落してんだよ」
「お、お前いったい………」
「こちとら、ゴブリン殴ってトロール殴ってドラゴン殴ってる田舎貴族だよ、馬鹿野郎この野郎!!」
取り巻きBの胸ぐらを掴み上げ、引っ張り起こす。
ノーランド家は代々、その武功によって成り立ってきた一族だ。
領地に現れる害獣もその武力によって排除してきた。時にゴブリン、時にトロール、そしてドラゴン。
リリィも幼少期より害獣駆除に参加している。一番最近の戦果だと、ドラゴンだ。今年に入ってようやく1人でドラゴンを仕留められるようになった。
ちなみに、彼女の父は鼻歌交じりに数頭のドラゴンを片手一本で屠る猛者だ。ハッキリ言って頭おかしい。
「あたしはさ、別に言い寄られようが、くっさい愛の言葉吐かれようが、我慢してたんだよ。あたしさえ我慢してさえいれば、周りに何も起きないからね」
相手はこの国の王子に、高位貴族の子息ばかり。
リリィが何かすれば、反撃は家族に向かう。家族だけならまだしも、親しい友人へ向けられないという可能性もない。
だから我慢した。一方的に愛を語られようが、邪魔をされようが、リリィは耐えた。
「けど、アリシア様を貶すっていうなら、あたしも我慢出来ない」
片手で相手の身体を持ち上げ、もう片方の手が首を掴む。
ゴブリンを片手で縊り殺す手が、じわじわと取り巻きBの首を締め上げていく。
「あの人がどれだけ苦労していたのか分かってるのか。あの人がどれだけ心を痛めてたのかわかってるのか。あの人がどれだけ………!!」
リリィは知っている。
決して、王子に好かれていないと分かっていても、アリシアは婚約者で在り続けた。
この国の貴族に生まれた者として、それこそが自分の使命だと知っていたから。
いずれ、自身の過ちに気づいて歩み寄ってくれるんじゃないかと、そう信じていた。
だが、こいつらはそれを踏みにじった。アリシアの覚悟を、自分の想いを何も知らずに踏みにじったのだ。
「ぐ、が…………!」
首を絞められ、取り巻きBの顔色がどんどん変色していく。
もう数秒掴んでいれば窒息するであろうそんな時、彼女の手を誰かが掴んだ。
「よせ」
そう言ってリリィを止めたのは、それまで静観していた男子生徒だった。
個人間の諍いには介入しづらい。例え、一方に非があったとしても。
しかし、このまま続けさせては彼女のためにはならない。故に、止めに入った。
「こんな奴、君が手を汚す価値もない」
「…………………………」
その言葉に、リリィは手を開き、取り巻きBを解放した。
窒息寸前にまで追い込まれたからか、何度も荒く深呼吸を繰り返す。
そんな取り巻きBに対し、男子生徒は冷ややかな視線を投げつける。
「君も少しは懲りただろう。アレクシア殿下もそうだが、反省するんだな」
「何だとこの………!」
激昂するところは全く治っていないらしい。
取り巻きBが、今度は男子生徒に食ってかかろうとしていたその時、どこからか飛来したボールが顔に直撃し、その場に倒れ込む。
「………流れ弾だな」
「流れ弾ですね」
男子生徒はもちろん、リリィも素知らぬ顔でそう呟く。
無論、ボールを全力投球した生徒も同じ態度であった。
なお校庭にほど近いその場所からは、しっかりと近くにいた生徒達にも事の次第は伝わっている。
つまり、ほとんどの生徒は今の寸劇の内容を理解しており、怒りに似た感情を取り巻きBに抱いていた。
「これ以上ここで馬鹿な事を続ければ、また流れ弾が飛んでくるかもしれないなあ」
「っ!」
周りが敵だらけである事にようやく気づいたのか、青ざめた顔で取り巻きBは去って行った。
なお、逃げる最中にも流れ弾が飛んできたのは言うまでも無い。
「すまん。もう少し早く助けに入れていれば良かったんだが………」
「………別に。あんな奴、あたし1人でも」
「君が手を汚せばご家族はもちろん、アリシア様だって悲しむ。さっきも言ったが、君が手を汚す価値もない」
家族は寧ろ喜ぶんじゃなかろうか。
そう思ったが、リリィは口にはしなかった。彼女は王子達と違って空気が読めるから。
「それに、彼らには監視の目が付いている。そう遠くない内に自滅するはずだ」
「だといいんですけど」
あの手の輩は、地獄に堕ちる寸前に何かやらかすのがお約束なのだ。
出来れば外れて欲しい予感ではあるのだが、リリィのその予感は不思議とよく当たる。
続くかどうかは未定です。