「そうかい? 君の顔に“嫌な事があった”と書いてあるから」
“少年”はシノンに手を引かれ、協会の医務室にやってくると椅子に腰掛けた。内装は白で統一され、ベッドや医薬品の納まった棚があり、薬品の匂いがツンと鼻に刺さる。
自分が誰だか分からなくなってきた。本当の自分が誰にも知られずに消滅するのは嫌だった。
シノンがその事に気が付いているのか分からなかったが、暗い顔をした彼女は口数が少なかった。
二人を重苦しい空気が包んでいた。
すぐにクラースがやってきて、二人を見ると異様な様子を感じ取ったようだ。
「シノン、君はもう帰った方がいい」
「でも……」
「君は治癒魔術に詳しく無いだろう? 居ても仕方ないよ。大丈夫、あとでニュリルを使いにやるから」
「それじゃあ…… また明日、ね」
彼女は小さく手を振って医務室を出て行く。
ふうッと息を吐いたクラースは、“少年”の前に椅子を運び座った。
「何があったんだい?」
「シノンは何も悪くありませんよ」
「そうかい? 君の顔に“嫌な事があった”と書いてあるから」
“少年”は自分の顔を手で覆い確かめる。どこにも力は入ってない、表情なんて作れていない。面白味の無い仏頂面だ。
クラースは火傷の跡に近づけると手をかざすとボンヤリと白く光る。徐々に火傷は回復していった。だが、それに反して“少年”は全身にダルさを覚える。
「なんです? これ」
「手当灯だよ。今日明日は無理しないでね」
手当灯は自己治癒能力を一時的に向上させる魔術だ。あくまで、自然に治る怪我にしか効果が無い。更に反動で、被術者に発熱や倦怠感などの全身症状が表れる。
クラースは治療を続けながら、深刻そうに顔を曇らす。
「それで…… 怪我人に追い打ちをかけるようで心苦しいんだが、明日中に出て行ってもらえないかな?」
「それはまた、急な話ですね」
「決まりなんだ。転生者に道を示すのが協会の役割で、延々と保護するところじゃ無いんだ。ここでは新人は三泊までしか泊めさせられない。それ以上はお金を貰わないと」
“少年”は思わず、
「世知辛いなぁ」
「本当に、申し訳ない」
クラースは深々と頭をさげる。
「……考えようによっては丁度良いのかもしれません」
「と言うと?」
「いえ、想うところがあって。今までお世話になりました」
「いやいや、今晩は泊まっても大丈夫だから、宿屋を探すなら口聞きするし。大丈夫、転生者はみんなそうしてきたんだから。さあ夕飯にしよう」
その晩はクラース、ニュリルと一緒に食事を取ってから、ベッドに潜り込んだ。
いろんな考えが頭をよぎり中々寝付けなかったが、とある考えに至ると瞼が落ちた。