表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

「また金ヅルが来たら言ってくれ」

 ミリアストという町は、とにかく坂が多い。移動には時間が掛かり、ナナシとシノンがお目当ての店は到着する頃には、陽は随分と低くなっていた。

 町の中でも一番上。他の建物から少し離れた所に、ポツンとそれは建っていた。


「さあ、ここです」


 商店らしきたたずまいの建物。大きな看板がかかっているが、やはりナナシには文字が読めない。


 それを察したシノンは、

「“シュタッカート工房”、です。この町の工房はここだけなので」

「工房?」

霊装エリクシルを造るお店をそう呼ぶんです」

 そう言った彼女は、身体を反らし、リボンタイの留め金を見せつける。真っ赤な卵型で、炎を思わす紋様が刻まれてた。

 魔術を行使するには二つの物が必要だ。

 一つは霊力エーテル。もう一つは霊装エリクシル

 霊力エーテルは魔術の原動力なら、霊装(エリクシル)は設計図のようなものだ。造るには専門の知識と特殊な材料が不可欠。一流の職人なら、ちょっとした貴族が頭をさげるほどの権威がある。

 シノンは木製の引き戸を開け中に入っていく。ナナシも続いて店内に入る。

 一階は作業場のようで、大きな机に置かれた工具は整頓されていた。壁際には何に使うのか分からない機材がいくつも並ぶ。

 シノンは二階に続く階段に向かって、大きな声を上げた。


「ごめん下さーいッ、シュタッカートさんはいらっしゃいますかぁ?!」

 だか返事は返ってこない。


「留守かな?」

「シュタッカートさんが家から出るわけ無いじゃないですか?」


 彼女はさも当然といった顔であった。

 買い出しとか散歩とかはしないのだろうか、と思った。


「シュタッカートさーんッ! お客を連れてきましたよー!」

「それを早く言わんかッ!」


 今度は返事があり、階段からドタドタと人が降りてくる。

 ボロボロに汚れた作業服を着た小太りの老人。蓄えた黒ひげが印象的だ。


「おお? 嬢ちゃんじゃぁねぇか。今日もべっぴんさんだなあ」

「ありがとうございます」


 シノンは自然に膝を曲げて挨拶した。本当に誰からも可愛がられているのだなぁ、と感心した。

 老人は視線をズラし、ナナシの事を舐めるように観察する。不男にジロジロと見られるのは気持ちの良いものではない。思わず、一歩下がってしまう。


「見ない顔だな? 新人かッ!」

「はい、そして私の弟子です」

 シノンは胸に手を当てそう言った。「えっへん」と空耳が聴こえた。


「そうかそうか、生憎ウチはライセンス品しかないぞ? ガッハッハ」

 目の前に居るのに大声でそう言うので、耳がキンキンと痛い。


 ナナシは思わず、

「うるせ」

「ガッハッハ、そんで霊力エーテルグラフは?」

 シュタッカートの耳には届かなかったようで、眉一つ動かさない。


 シノンには聞こえたようで、ジトッとした視線を送り、

「ナナシ、さっきの」

「ああ、うん」


 先ほどの霊力エーテルグラフをナナシが差し出すと、シュタッカートはゲヘヘと笑い、

「ダメだなあんちゃん、持久力のねえ男はモテねえぞ?」

「なんの話だ」

「何ってナニだよ? ガッハッハッ!」


 シュタッカートのつまらない冗談をシノンは無視して、

「これだと近接系が良いと思うのですが」

「ああ、そうだな、チョイと待ってくれ」

 シュタッカートは部屋の隅にある箪笥の引き出しをガサガサと漁っている。


「近接?」

「見れば分かりますから」

「おッ! あった〜ッ」

 シュタッカートは手に一本の刀と、更に三十センチくらいの黒い杖を持って来た。


「表でやろうや」


 三人が店の外に出ると、シュタッカートは刀の方をナナシに押し付ける。

 装飾は寂しいが、ズッシリとした重みを感じる。引き抜いてみると、ゆるい反りのある片刃の刀だった。


霊力エーテルを流し込んでみてください。さっきと同じ要領です」

「ああ」


 意識を集中させ、霊力エーテルを流し込む。

 するとすんなり魔術は発動した。

 刀身ブレードが青白く光り、キィィィと無機質な音を出している。


「ほほう」

 ナナシは試しに地面の小石を薙いでみると、抵抗なくスパッと両断してしまった。


「おおッ、これはすごい」

高虎ハイドラってんだ」


 高虎ハイドラは特定の金属を硬化し、振動させる魔術だ。

 元々ある刃を強化する仕組みのため、少ない霊力エーテルで、通常の刃物と比べ物にならないくらいの斬れ味を持つ事が出来る。

 大昔からある魔術の一つで、扱いやすいこともあり、転生者が使う刀剣には、大抵この魔術が仕込んである。

 ナナシは何度か高虎ハイドラを振るう。

 スッと動きだして、パッと静止する。まるで手足のように刀身ブレードを操る事が出来た。程よい重さが心地良く、それが妙に嬉しくてナナシは止める気にならない。


「良いな、すごく良い」

「それに決めるかい?」

「まあまあ、もう片方も試しましょう?」


 急かすシュタッカートをシノンが制す。

 ナナシは高虎ハイドラでも満足だったが、試すだけなら良いだろうと、シュタッカートに高虎ハイドラを渡し、代わりに黒い杖を受け取る。

 光沢があったので金属かと思ったが、その割には軽くて柔らかな質感で、握った時に手に馴染む。うるしでも塗っているのだろう。

 ナナシは誰もいない方を向いて、杖に霊力エーテルを流し込んだ。だが、何も変化は起こらない。


 ナナシは思わず、

「壊れて…… ないよね?」

「単に下手なだけですよ」

「……お時間を貰っても?」

「お嬢ちゃん、お茶飲む?」

「頂きます」


 お茶を啜る二人に見守られながら、ナナシは黒い杖と格闘し続けた。夕陽が陰り、空が紅く染まる頃、ようやく霊力エーテルを流し込む事が出来た。

 彼の左手には黒い杖。そして右手には青白い短刀。

 短刀は何も無いところから現れたのだ。簡素な造りの直刀である。まるで鉄板から切り取ったように扁平で、厚みが無いのが見て取れた。綿でもように軽いがその分、心もとない。

 “軽薄”な刀だなぁと思った。


変幻刀トーネードってんだ」

 変幻刀トーネード霊力エーテルを消費して刀を造り出す魔術だ。その為、同じ量の霊力(エーテル」を消費しても、高虎ハイドラよりも脆く、斬れ味も劣る。

 だが、普段は手ぶらで済むという利便性もあって、開発してから日が浅いが広く流通している。


 懐中時計を取り出したシノンは、

「二時間半、まあまあですね」

「夜までかかるかと思ったぜ」

「相性が良かったんでしょうか?」


 足元に転がる石を試しに薙ぐ。斬れ味は鈍く、弾き飛ばしてしまった。空中で二つに割れて地面に落ちる。

 ナナシはそのまま何度か振ってみるが、どうにもしっくりこなかった。


「どうだろう? これは」

刀身ブレードグリップの長さは伸び縮みするようになってっから、試しに念じてみな」

霊力エーテルを流し込むのも手を抜いてはいけませんよ」


 短刀を空に向けたナナシは、言われた通りに伸びるように念じてみると、徐々に伸びる。伸ばし続けて二メートルを越えた辺りで、バリンッ! と音を立て砕けて消えた。

 すると変幻刀トーネードを持っていた手に、電流が走ったような痛みを覚えた。

 魔術は、不具合が起こると強制停止シャットダウンする。その時は反動フィードバックが起こる。


「まだまだ新しい魔術だからなあ。伸ばすほどに斬れ味と耐久度が落ちる、気つけろよ」

「流し込む霊力エーテル量と刀身(ブレード)の長さ、斬れ味と耐久力。これらを状況に応じて最適化出来れば、ナナシの霊力エーテル能力でもなんとかなると思いますよ」

「なるほど……」


 再び変幻刀トーネードを発動するとその場で何度も振るう。違和感は拭えないが、刀身ブレードは良く走ってくれる、充分に役立つだろう。


 シノンは感心したのか、パチパチと拍手し、

「凄いです」

「ん、全然重さを感じない、よく出来てる」

「そうじゃなくて。ナナシの体捌きが滑らかだから、普通最初からそんなに動けないですよ」

「そうか?」

「転生前は剣豪か何かでしょうか?」

「かもな」


 シュタッカートは急かすように、

「それでどうするんだい? 高虎ハイドラ変幻刀トーネード

「俺は高虎ハイドラの方が……」

変幻刀トーネードでお願いします」

「うえぇッ?」


 シノンの想定外の答えに、ナナシの口からマヌケな声が漏れた。

 扱ってみた感じ、高虎ハイドラの方が身体に馴染んだ。それは見ていた方からでも分かったはずだ。ナナシは彼女の考えが汲み取れず、手を強張らせる。


 察したシノンは、彼に近づきながら、

「だって、最初から上手く扱えるということは、伸び代が無いということでしょう? 面倒でも勝手が悪くても、先を見据えれば変幻刀トーネードの方が面白いじゃ無いですか?」

「いやでも……」


 言わんとしていることは理解出来たが、やはり第一印象を大事にしたかった。ナナシは一歩下がり渋る。


 三歩進んだ彼女は、

「ね? 良いでしょう?」

 ナナシの眼前には、“満面笑みの小悪魔”。

 距離を取りたくて足を動かすが、いつの間にか彼女はナナシの手を握っていた。

 もうどうしようも無い。狙ってやっているのが明らかになのに、彼女の可憐さがそんな事を帳消しにしている。この状態になったら彼女に抵抗するのは不可能だろうと、彼は諦めた。


「……分かった」

「やったッ! ありがとうございます」

 彼女は勝ち誇ったように小さく手を握る。小悪魔らしさは抜けていた。


 シュタッカートは、両手を合わせてモゴモゴと動かし、

「それで? お代は?」

「私が。あと、遊盾(シールド)も下さい」


 シノンは懐から財布出して何枚かお札をシュタッカートに渡した。

 シュタッカートがニンマリとした顔に変わり、店内に戻っていた。

 ナナシは後ろめたくて彼女の顔色を伺う。


「良いのか?」

「はい、私だって転生したばかりの頃、色んな人に良くしてもらいましたから」

「そうか、大切にするよ…… 遊盾(シールド)とは?」

「防御魔術の一つですよ。変幻刀(トーネード)の三倍扱いづらいですから、試すのは今度にしましょう」

「さいですか」

 シュタッカートは釣り銭をシノンに渡してから、黒い杖とブローチをナナシに押し付けると、試供品を奪った。


「また金ヅルが来たら言ってくれ」

 シュタッカートは店の内に入り、バタンッと扉を閉めた。

 ナナシは思わず、

「変人め」

「ナナシも相当に変です」

 ジトッとした眼をするシノン。


「呆れ顔でも可愛いとか…… こういうのを悪女とか言うのか」


 シノンは得意げに胸を張って、

「やだなあ、言葉を選んで下さい。私はただ、いろんな方に可愛がってもらいたいだけです」

「良いのかよ、そんな事言って」

「女の子は多かれ少なかれみんな思ってますよ? ナナシだって、嫌われるより好かれたいでしょ?」

 一転して大人びた表情に変わったシノンは、彼の肩に手を置き、踵を浮かして息がかかるほど顔を近づける。


「みんなにはヒミツですよ?」


 そう囁く彼女から甘い香りがした。

 身体を離したシノンは、片目を(つむ)り、柔らかそうな唇に指を当てる。

 この娘には一生勝てないのだろう、とナナシは悟った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ