「いや、出来るか」
食事の片付けを終えると、ニュリルは「しごとをするから」と広間のカウンターに座ってしまった。それを尻目に、ナナシとシノンは一階の廊下を歩く。
「子供でも仕事をするのか」
「あの子の場合はクラースさんの真似事ですよ。まあ、ナナシは働かなきゃですけど」
「……俺にできることがあるかな?」
「大丈夫です、転生者と言うだけで働き口はありますから。その為にも霊力検診しましょう」
「霊力?」
「はい、転生者は霊力を精製できるんです。まぁ。生命力みたいなもの、と言えば分かりやすいですか?」
廊下の突き当たりには扉がありシノンが開く。
中は小さな部屋になっており、真ん中には見慣れぬ装置があった。
一組の手形のついた石の台座があって、その上に球形の水晶が置かれている。
「私が手本を見せますから」
シノンは手形に両手を置く。
すると、水晶は強烈な光を放った。
「精製出来る霊力量は、人によって違います。この装置は霊力の強さを視覚的に表しているんです。さあ、ナナシも」
台座から離れたシノンは、おちょくるように言った。微かにあざとさを感じる。ナナシの脳裏に“小悪魔”という単語が浮かぶ。
彼は思わず、
「いや、出来るか」
ナナシには、霊力という物をどういう感覚で操るのか全く理解できなかった。到底できるとは思えない。無理難題を突きつけられ、腹が立ったので、唇を鳥のように突き出して不満を露わにする。
「為せば成ります。成るまでやりましょう」
先ほどより一層、小悪魔風な笑みを浮かべたシノンは、有無を言わず台座を指差した。
彼女に気圧され、ナナシは取り敢えず台座に手を置く。しばらく水晶を眺めてみたが、光る様子は無い。
彼は困り果て、
「……それで? どうしろと?」
「アドバイスしたいのは山々なんですが…… 霊力制御の感覚は人によって結構違うので、アドバイスすると逆効果という事もありますから」
「いやいや、出来る気がしないんだけど」
「大丈夫です、転生者なら出来るはずですから。それでは、私は向こうでニュリルの手伝いをしているので、出来ましたら呼んでください」
「……一人で?」
「ごめんなさい。ニュリルとナナシを比べると、あの子の方が危なっかしいから」
本当に申し訳無いのか、シノンは手を合わせて謝る。
子供と比べられると仕方がない。払うように手を動かして、彼女を部屋から追い出す。
シノンは名残惜しそうに部屋から出ていく。扉を閉める時、微笑んで小さく手を振った。他意は無いのだろう。先ほどまでの妙なあざとさは無い。
コロコロと表情の変わる娘だなあと思った。
そして、ナナシと水晶の格闘が始まる。
腹がどうしようもなく減ってきた頃に、ようやく水晶は光り出す。
途方も無いことだと思っていたが、徐々に身体の中に霊力があるのを意識できた。
「出来たぁぁ?!」
ナナシの口から声が漏れる。達成感より安堵感の方が強く、その場に寝転び一息ついた。
彼はそのまま這ってドアを開け、
「シノン、光ったッ!」
すると広間でバタバタと音がして、シノンが駆け足でやって来る。
「すごいですね、もっとかかると思ってました」
「ああ、最初は騙されてるのかと怖くなったよ」
ナナシは台座に手を置いて、身体の真ん中に意識を集中させる。
そこからジンワリと霊力が染み出る感覚で、身体全体に行き渡らせ、手から先に押し出す。
すると、水晶は淡い光を放つ。
霊力を使うと徐々に力が抜け、頭が朦朧としてくる。
「ナナシ、そのまま霊力のは注ぎ続けてください」
「まだやるの? どれくらい?」
「空っぽになるまでお願いします」
「いや、もう…… 無理」
「大丈夫です、そう思ってからが長いんです」
数分経って光は消えた。
彼女の言う通り、恐ろしく長く感じた。全身を倦怠感が襲い、ナナシはその場に座り込む。手足の先がヒリヒリと痺れてうまく動かせない。
シノンは装置に近づき台座に側面の穴から小さな紙を抜き取った。
そこには二本の線が描かれていた。棒グラフのようだ。
「瞬発力も持久力も、標準より少ないかな……」
「問題、あるのか?」
「うーん、まあなんとかなりますよ?」
嘘は下手なのだろう、彼女は不自然な笑みだ。
加虐心が湧いてきたナナシは、イジワルするように、
「本当のところは?」
「もう…… 霊力の運用がシビアになりますから、使い方を工夫しないといけません」
彼女はプクッと頬を膨らませた。
それも長続きせず、いつもの表情に戻ったシノンは、自身の転生手帳に挟んだ紙を見せる。
「ちょっと私のと見比べてみましょうか。私のは瞬発力も持久力も、結構良いんですよ?」
得意気にそう言った。
確かに、二本のブラフは両方ともシノンの方がずっと長い。
ナナシはそれを不真面目に眺めながら手をブラブラと揺らす。未だ力の入らない身体が不安なのだ。
「これ、いつ治るの?」
「数分息を整えれば、ある程度は回復しますけど、ちゃんと回復しようとすると、よく食べてよく寝ないといけません。まあ筋肉と似たようなもの、ですよ」
人差し指を立てたシノンは、教鞭を振るうようだった。