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「別れはとうに済ませたろ」

 広場ドランから再出発した攻略師団の進軍速度はむしろ増した。

 先陣を行く精鋭部隊は今までずっと温存していたから元気が有り余っているのだ。

 巨人を。

 昆虫の大群を。

 ドラゴンを。

 魔獣の群勢を埃を払うように蹴散らす。後ろからついて行く師団の本隊の方が遅れてしまうほどで、二時間もすると縦坑シャフトに出て“底”が見えた。

 縦坑シャフトは尻すぼみになっており、地上付近では直径五キロもあったのに、この深さでは二百メートルほどだ。

 天頂からは岩壁の合間を縫うように射し込む陽光が、スポットライトのように“それ”を照らしていた。


「あれが…… 災厄の源泉だ」


 黒いドロドロとした瘴液がへばり付き、地底湖になっていた。瘴液は重力に逆らって天に向かって溢れ落ちて行く。その中心で瘴液がボコボコと音を立てて湧き出している。

 あれを止める事ことができればこの世から魔獣が消えるのだ。


「さぁ! あと僅かだ、作業に取りかかってくれッ!」


 ユリウスがそう指示を出すと、輸送部隊が一斉に動き出す。波打際に取り付くと、ソリから資材を取り出して瞬く間に橋を架けて行く。

 瘴液に触れてはいけない。

 ターニャの隊がそうであったように、生き物が触れると肉体が消滅したり意識の混濁などの悪影響があるのは以前の攻略で分かっていた。だが無生物であればこの影響は無い。橋を架ければ問題ないのだ。

 もちろんその間も強大な魔獣たちは襲ってくる。

 一人、また一人と死んでいき、ジリジリと師団の塊は小さくなっていく。

 それでも全滅するよりも早く橋は完成出来そうだったから、死にゆく者たちもどこか安堵した表情であった

 橋が半分ほど架かった時だった。

 まるでこの世の全ての悪意が詰まったような雄叫びが響く。


「ジイイィィィィィィニョオオオォォォ」

「あなた? どこにいるの?」


 これに聞き覚えのあったシノンが嬉しそうな声で返事をする。岩質のせいなのか、彼の残響はいつまでも木霊して方向も分からない。

 だが、猛者揃いの攻略師団の面々には分かっていた。絶対的な強者の叫びであると。出来る事なら関わりたくないと。


「キャハハッガガガガガガ!」


 だがそんな願いは届かなかった。

 地底湖の反対側に彼は現れた。そこには重象亀コンダラートルが鎮座してジッと師団を見つめていたのだが、分厚い甲羅が真っ二つに砕け、血飛沫が舞い、その向こうにはナナシの姿。

 身長は倍ほどに膨れ蒸気を纏い、皮膚はトマトのようには紅く、右手は白刃悪鬼デモントゥールと融合していた。頭と胴体と腕と脚があるとは言え、もう“人間”の姿では無かった。


「あなたッ!」

 そんな姿であっても、シノンは子供のように声を張り上げ、彼の元に駆け出す。


 逆にユリウスは冷淡に呟く。

「ナナシ君か、最後の最後に…… いや、これも宿命かな」

「コロコロコロコロスゥゥッ!」

「魂まで乾涸びたな。私がやらねばならないか」


 ユリウスは腰の剣を引き抜く。その刀身は黄金に輝いていた。

 真造霊装オルグ・エリクシル勇煌万断エクスキャリバー”だ。


「ダーリン」

 ミリアムは彼の背中にピトッとひたいうずめる。


「別れはとうに済ませたろ」

「そう…… ですね」

 振り返りもせずにそう答えるとミリアムは名残惜しそうにしながら退がった。


「来たまえ狂戦士よッ! 私が相手だッ!」


 ユリウスが剣を振るうと切っ先からまばゆい光の奔流が打ち出され対岸まで届き、光に飲み込まれたナナシは左半身が吹き飛ぶ。

 その刃は何物をも切り裂き、余剰として撃ちだされた斬撃の光でさえ岩一つ両断する。


「ガガガッガアアア!!」


 傷口から血が吹き出す事はなかった。

 代わりに肉がボコボコと膨らみ続け、一秒とかからずに再生する。


「この人でなしが」

「ジジジジ!!」


 狭い“底”の中でナナシは跳ね回るが、ユリウスの斬撃の嵐が師団に近寄らせなかった。

 ナナシは細切れになるが、右手から再生する。


「頭を潰してもダメなのか、真造霊装オルグ・エリクシルが弱点か?」

 引き返ってきたシノンはユリウスの元に駆け寄り腕を掴む。


「待ってください、きっと正気に戻りますからッ!」

「無理だ! 危険すぎる!」

 彼が腕を振るうと簡単に弾かれる。攻撃は止むことはなかった。


「このッ、分からず屋さん!」


 怒りの形相の彼女の周囲には燐火ファイエルが一つ、また一つと灯る。

 だがユリウスは手を休めない。


「ハッ、いいのかね? 私がアレを引きつけねば多くの者が死ぬだろうよ?!」

「それは……」

「彼女を捕らえろ!」

「ちょっと、待ってください!」


 近くにいた団員たちがシノンを組み伏せ、その上にのしかかる。

 それを尻目にユリウスは攻撃続け、師団を守り続けた。その甲斐あって橋はあと少しで完成というところまで来ていた。

 攻撃を受ける度にナナシの身体は再生する、十分もすると再生速度が遅くなっているのが目に見えた分かった。

 最初はあっという間に再生していたが、今では再生時間を稼ぐために物陰に隠れるようになっている。

 動きも緩慢になり、立ち昇る蒸気の量も減った。

 これならすぐに限界が来るだろうと誰もが思った。

 すると、ナナシの動きが変わった。

 それまで避けようとしていた光の斬撃を白刃悪鬼デモントゥールで撃ち落とし始めた。


「なにッ?! 適応したというのか!」

「キキキッダハハハァァァァァァ!!」


 悪魔の形相で浮かべ高笑うと、ナナシの身体は更に一回り膨れ上がる。

 こんな事は初めてだったからか、ユリウスは呆気にとられ一瞬、剣を持つ手が止まってしまった。

 すると、ナナシはこの隙を見逃さず一直線に師団に突っ込む。


「近づかせん!」


 光の斬撃がまた乱れ飛ぶが、撃ち落としながら進むナナシの勢いは変わらない。


「クソッ!」


 ユリウスは師団の中心から飛び出し、近接戦を挑む。

 振り下ろされた白刃悪鬼デモントゥールを、何物でも断ち斬る勇煌万断エクスキャリバーで受け止めようとする。真造霊装オルグ・エリクシルであってもタダでは済まない筈だ。

 あと少しで刃が触れそうだったが、白刃悪鬼デモントゥールはピタッと止まり、スルリと躱すとユリウスの左腕が刎ね飛ばされた。


「なッ!?」

「カカッ!」


 いかにユリウスといえど、超人的な身体能力を与える白刃悪鬼デモントゥール相手では近接戦は無謀すぎた。

 嘲笑あざわらうナナシがユリウスの腹を斬り裂く。

 力を使い切ったナナシはその場に倒れこむ。あれだけ膨れ上がった身体はしぼみ、元の大きさに戻っていた。


 それを見ていたシノンは涙ながらに、

「もういいでしょう! 離してください!」


 団員たちも良心が痛んだようで、手を緩めた。

 すぐさま彼の元へ駆けつけ、抱き抱える。


 力なくグッタリとしたナナシの身体は火傷するほど熱いが、シノンは気にもせず、

「あなたッ!」

「ア…… ア……」


 ナナシの白刃悪鬼デモントゥールと融合していた右手から一本だけ指が残っていた。

 そこには指輪がはまっていた。


「ヤク、オク」

「返しに来たんですか?」

「オオ? ガガガガッガガ!」

「君との約束…… 果たさせてもらう!」

「ユリウスさんッ!」


 地面を這って二人に近づいたユリウスは飛びかかった。

 死にかけにも関わらずその腕力は未だ衰える事なく、シノンの細腕では引き剥がす事が出来なかった。彼は身をよじらせ沼にジワジワと押し込もうとする。


「ガガガガアアアアアァァァァ!!」


 最期の力を振り絞るようにナナシは叫び暴れる。

 すると、その力も合わさってシノンはユリウスを引き剥がす事が出来た。


「君はッ! 君だけは!」


 だがユリウスの狙いは最初からナナシ一人。

 むしろシノンが居なくなった事で、軽々とナナシを抱えて沼に転がり落ちる。


「待って」


 伸ばしたシノンの指先は白刃悪鬼デモントゥールの切っ先に触れ、ほんの少し血が出た。


「ああ……」

 二人がもつれ合いながら、瘴液に沈んでいった。


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