「みんなを助けてくるよ」
横坑の太さは基本的にほぼ同じだが、深層になるとボコッと膨らんでいるところがある。直径百メートルほどの球状の空間だ。これを広場と呼称している。何故だかここには魔獣が寄り付かず休憩するのは丁度いい。
大奈落に降り始めて七十時間が経過しようとしている。攻略師団はもう最下層までやってきた。“底”はもうすぐだ。
これより先は魔獣の質、量、共に強大になるが、攻略師団も温存していた精鋭部隊が居る。
ここが最後の休憩だ。
「みんなッ! 底まであと一頑張りだ、気張ってくれッ! 一緒に世界を救おぉぉ!」
ユリウスに続いて団員たちも叫ぶ。死者を多く出し、生きている者も疲弊しているが、士気は高い。
たどり着けば瘴気は止まる。世界から魔獣の脅威が消える。それが叶う。そんな期待感が篭った咆哮だった。
一団から少し離れたところで座っていたナナシの元に、食事を持ったシノンがやってきた。
「大丈夫ですか?」
「……分からない」
「とりあえず食事にしましょう」
水筒と極太のソーセージを受け取る。喉はカラカラ、腹はペコペコなのにどうしても口にする気になれなかった。
ナナシはガックシと肩を落とし、
「意識がどこか遠くに行っちまいそうになる」
「それはイヤだなぁ…… じゃあお守りを貸しましょう」
シノンは右手の薬指の指輪を取って、ナナシの右手にあてがう。
「小指なら、フッ!」
かなり窮屈だったが強引にねじ混むと小さな指輪は指にはまった。
得意げに鼻を高くするシノンを見ながら
「……ご利益ありそうだな」
「ちゃんと返してくださいね。高かったんですから。約束ですよ?」
彼女は自分の小指を絡め「ゆーびきーりげーんまーん」と聞き覚えのあるフレーズを口にした。
「買ったのは俺だよ?」
「あら? そうでした」
彼女はニコッと愛想良くトボける。
目を合わせると二人してクスクス笑うと空気は甘いものになる。
それから食事をして、いざ進軍を再開しようとした時だった。
足元から少しの揺れを感じた。
「なんだ?」
「地震?」
ガタガタと音を立て徐々に大きくなる揺れは、いつのまにか上下左右前後どこからも揺れがするようになる。
床は隆起し壁面には亀裂が走る。
何かいる。
どこからくるのか、何が来るのか。
恐怖からか、先ほどの叫びが嘘のように全員が固唾を飲んだ。
緊張がピークに達した時、ユリウスが叫んだ。
「上だッ!」
同時にガラガラと天井が崩れ落ちた。
岩石の雨が師団を襲い、人がグチャりと潰れる音が繰り返される。
そして一つの石がシノンの頭を叩き、すると彼女は力無く崩折れた。
「あああッ!」
怖くなって覆いかぶさるように庇った。
「大丈夫かッ!」
「ううッ…… は、い」
生きている。
少し意識が朦朧としているようだが、呼吸もしてるし、身動ぎもある。
今の落盤で何人も死んだと言うのに、本当に良かったと心の底から安堵してた。
落盤がやみ、頭上を見ると巨大な白いモノがニュルリと顔を覗かせてた、顔と言って良いかは微妙だが。
有り体に言えば超弩級の巨大なミミズである、それこそ横坑と同じくらいの太さだ。頭端には無数の歯がビッシリと詰まっていた。白い巨体はモッサモッサと身体を捩じる度に岩石が落ちる量は増えて言った。
「デケエ!」
「攻撃しろッ!」
「まずい陣形が…… うわあぁッ」
ズルりと飛び出すとぱっくりを開いた口で団員を十名くらい丸呑みにして、また床の岩を掘って姿を消した。
再び広場は激動する。
まるで獲物を追い立てるようだ。
「あいつが横坑を掘ってる?…… あいつの巣じゃないかここはッ!」
「このままじゃ全滅だぁぁ!」
再び顔を出した巨大ミミズはまたも団員を飲み込んで行った。
「ナナシ君、頼めるかッ!」
ユリウスの指示が飛ぶ。
絶望の坩堝と化したこの場を何とかできるのは自分一人だけだろう。
白刃悪鬼を取ろうとするが、シノンの手の力は衰えていなかったから無理やり引き剥がした。
「みんなを助けてくるよ」
「ダ、メ……」
白刃悪鬼を発動した。
すると、光の糸は今まで比較にならない量が伸び、ナナシの身体を包んだ。
喉が乾く。
血が干涸らびる。
意識がトロけた。
「ヒイィィヤアアアァァァァッフウウウウウゥゥ!!」




