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「いいんですか? 団長さんがこんなところにいて」

 夜明け共に進軍を開始した攻略師団は、アッサリと大奈落グレートホールの縁に到達したから、ナナシは空いた口が塞がらなかった。本来なら大量の魔獣に埋め尽くされているのだが、先遣隊が露払いを済ませていたおかげである。

 縁のすぐ側には野営地があり、そこで補給の時間をする間、仮本部テントの中ではナナシとシノンが、ユリウスから作戦の概要を説明されていた。


 シノンが申し訳なさそうに、 

「いいんですか? 団長さんがこんなところにいて」

「部下が優秀だからね。さて……」


 二人は手垢のついた資料を受け取った。

 大奈落グレートホールは、主に二種類の穴で構成されている。

 一つは縦坑シャフトと呼ばれている。直径五キロほどの縦穴で、断崖から底を覗いても深淵しか見ることは叶わないが、瘴気の発生源があるのだ。

 もう一つは、横坑ラダーと呼ばれている横穴だ。直径十メートル程の穴が分岐合流を繰り返し、アリの巣のようになっている。これを進んでいくと、縦坑シャフトに繋がっていたりする。


「我々は今、第三番横坑ラダーの入り口のすぐそこにいるわけだ。ここから大奈落グレートホールの底を目指し潜っていく」


 過去、大規模攻略は六度試みられ全てが失敗に終わったが、成果はあった。

 その一つに地図がある。

 大奈落グレートホールには多くの魔獣が住み着いているわけだが、どちらかというと縦坑シャフトの魔獣の方が手強く、また断崖を降下するよりも横坑ラダーを進んだ方が楽であるのでこちらを進む。だが、今まで複雑な構造に翻弄され続けてきた。


「そして前回、つまり第六次攻略師団は“底”にたどり着いた、というわけだ」

 説明するユリウスは急に疲れの混じった声色になる。過去に色々あったのだろうかとナナシは勝手に想像した。

 前回は瘴気を止める手段がなかったので引き返す事しかできなかったが、地図が完成した事で、大奈落グレートホール完全攻略の目処が立ったのだ。


「瘴気を封じる手段ってのは?」

「……それは」

「私です」


 ユリウスが言い淀んでいると、杖をついた女性がテントに入ってくる。シノンが手頃な木箱を用意すると、そこに尻餅をつくように座るのだった。

 長い金髪と澄んだ碧眼。猛者揃いの攻略師団には不釣り合いな、枯れ木を思わせる身体で、簡単に折れてしまいそうに細い。

 そして右腕は丸々無く、長い袖がゆらゆらとしていた


 彼女は聞き取りにくい細い声で、

「私、ミリアム・アンデルセンが真造霊装オルグ・エリクシルを使って封印します」

「……極端な話をすると、ミリアムを“底”にエスコートするのが我々の仕事というわけだ。そこで君の仕事だが…… 特に決まっていない」

「でしょうね」


 攻略師団は長い月日とかけて訓練をしてきた。それによって一糸乱れぬ軍隊行動を取れるようになっている。ここに新参者が混じると折角の連携が乱れてしまうのだ。


「つまり君は遊撃。想定外の事が起こった時に真っ先に矢面に立ってもらう」

「分かりました任せて下さい。それで俺のお願いなんですが」

「瘴液があれば、それに触れたいと言うのだろう」

「はい」

「“底”に到達すれば確実に存在するし、深層であればどこかにもあるかもしれない。その時は君の要望を叶えよう」

「ありがとうございます」


 すると一人の男がテントの入り口から顔を覗かせ、

「団長、積み込み終わりました」

「そうか、すぐ行く」


 ユリウスはノッソノッソを身体を揺らして出て行く。

 すぐに出発の号令が響いた。


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