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異世界に転生したので、自分探しの旅に出ます。  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
第三章 最果ての城塞 リョジュン・ベルク
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「俺は……」

 城塞の東門は固く閉じられ、すぐ内側には明朝に出発する攻略師団の面々の闘気に満ちている。

 その反対側、西門は開け放たれ雪の斜面に出ることが出来る。ナナシはシノンを誘い出した。


「星がすごい」


 まだ誰も踏んでない雪の上に、二人並んで腰を落とす。

 その時、彼女が白刃悪鬼デモントゥールをやたらと大事に抱えていたのが気にかかった。

 山の天気は変わりやすいとは言うけれど、さっきまでの吹雪が嘘のように晴れ渡り、零れ落ちそうな星群が夜空狭しと輝いていた。


「あの赤いのがシシオイガ“情熱的な愛”、離れたところにあるのがネブラトラ“空中花”。あとは、あとは…………」


 シノンが頼んでもいないのに楽しそうに星の名前を解説し始めた。

 肩がピタッと密着する。熱と柔らかさが伝わる。いつもなら下心が湧くところだが今晩はそんな余裕はない。

 彼女の両肩を掴むと、少し強引に引き離す。

 それでも何事もないかのように彼女は続ける。


「あの小さな星はオリンカン、星言葉はですね……」

「シノン」

「“甘やかな死”です」

 その一言はがナナシの心にグサリと突き刺さった。


「寒い…… 戻りましょう、続きは温かい季節に」


 立ち上がったシノンはポンポンとお尻を叩いて雪を払う。

 腕を取られると引っ張られ、城塞に戻るよう促される。

 だがナナシは逆に彼女の服を掴み拒んだ。


「人の話を」

「ダメですから」

「俺は……」

「ダメです!」

大奈落グレートホールに行きたい!」

 そう伝えるとシノンの顔が辛そうに歪む。さっきまでの楽そうなのが夢だったみたいだ。


「無理をする必要なんて無いじゃありませんかッ! ここで待っていればきっとあなたのことを知っている人は現れます。そうじゃなくても…… 大奈落グレートホールなんてどうなっているのか分からないんですよッ!?」

「それでも、あそこには俺の記憶があるんだ。どうしようもなくあそこに行きたいんだ。だから君はここで……」

「イヤです。ここで…… いえ、もっと過ごしやすい所でも移って気長に待ちましょうよ」

「シノン」

「じゃあこうしましょう、エッチなことしましょう! 何度でもしますから、私頑張りますから」


 震えた唇で必死に訴えるから少しも色っぽくなかった。

 ナナシはもう何も言わなかった。ただジッと、彼女の潤んだ瞳を見続けた。

 それで何を言っても無駄だと悟ったのだろう、グッと唇を噛んだシノンが一歩下がると、掌の上に燐火ファイエルが灯る。


「分かりました、もう勝手にして下さい。私も勝手にします!」


 燐火ファイエルはナナシ目掛けて飛ぶ。

 咄嗟に変幻刀トーネードを発動して斬り払う、と爆発して炎がナナシを襲った。

 燃えるコートは寒さで消えるが、焼けた肌がキリキリと痛んだ。

 二つ、三つと隣火ファイエルを用意した彼女は、

「攻略隊がリョジュンを離れるのはもうすぐ。白刃悪鬼デモントゥール抜きじゃ、あなたは付いていけませんね?」


 歯を食いしばった彼女は燐火ファイエルを地面に打ち付け雪埃を巻き上げると、夜の雪原へ逃げ出した。大事そうに白刃悪鬼デモントゥールを抱えて。

 すぐに後を追うナナシだが、雪深い斜面では三メートルが嘘のように遠かった。それどころか徐々に差が開いているように感じた。

 このままもう二度と会えない気がしてナナシは息を荒くして叫ぶ。


「行くな!」


 するとビクッと足が止まった震えた。

 気持ちが通じたのかと嬉しくなったが、振り向いた彼女の顔は険しいままだ。


「来ないでッ!」


 夜である事と、銀世界で遠近感が狂う事で最初は気づきにくいが、一歩向こうは断崖絶壁。落ちれば命はないだろう。

 ゾッとした。


「危ないから、こっちに来い」

「イヤです、絶対にもう…… なんで?」


 白刃悪鬼デモントゥールは勝手に起動していた。

 光の糸が鍔から伸び、それはシノンにまとわりつく。


「寄越せ、君に扱える代物じゃない」

「クッ、こんなのがあるから」

 糸を振り解いたシノンは白刃悪鬼デモントゥールをポイッと捨ててしまった。


「これで、あ……」

 それでも全て解けたわけではなかった。引っ張られた彼女の身体が傾く。普段ならなんて事のないゆらつき。一歩踏み出せば終わる。

 だが向こう側は断崖絶壁。宙を踏むことは出来ず、スーッとシノンは落ちていった。

 視界から彼女が消えた時に心臓が、呼吸が、止まってしまいそうになった。

「うあああああッ!!!

 ナナシは思わず崖から飛び降りた。

 必死で雪を蹴って加速して、岩肌を蹴って加速して、やっとの思いでシノンを抱きしめた時には谷底が目の前であった。


白刃悪鬼デモントゥールゥゥゥゥ!!」


 絶叫しながらそれを掴み、刃を崖に突き立てる。ガラガラと岩を切り崩しながら踏ん張るが落下速度は変わらない。

 抱える腕に力を込める。


「だああああッ!! ありったけ寄越せよ! 白刃悪鬼デモントゥール!」


 身体が熱くなる。まるで血管に溶岩が流れているようだ。

 苦痛で意識が飛びそうになるが、シノンを抱えているからと必死で堪えた。

 紅く染まった無数の光の糸は岩壁へ伸びると張り付いてブレーキがかかる。

 ナナシとシノンは、数メートルほど高さで宙吊りになった。 

 彼女は身体を縮こませてナナシの胸に顔を埋めているから表情は伺えない。


 力感が無かったから、意識が飛んでいるのかと怖くなって揺さぶりながら、

「怪我は?!」

「……行かないでください」

 彼女は震えた声で囁いた。


「なんでそんなに」

「知りません」

「言えって!」

「言いません」

「シノンッ!」

「うう…… 大好きだからに決まってるじゃないですかッ!」

 せきを切ったように、シノンの喉から情感が溢れ出す。


「抜けてるところがあってちょっと陰があって、そのくせ変なところで気が利いて優しくて…… ウマが合うんです、心地いいんですッ! 大好きなんですッ! ずっと一緒にいたいんですバーカッ!」

 最後の方は泣きじゃくりながらであった。身体がモジモジ身動ぐから、落とさぬようにするのに大変だった。


「そう、か」

「グズッ…… 何か言うことはないんですか?」

 耳まで真っ赤な彼女の視線は悔しそうなものに変わっている。

「いやその、ありがとうございます。素直に嬉しい」

「それだけですか?」

「俺も大好き、です」

「はい」

 コホンッと咳払いして、緩んだ空気を引き締める。


「だからこそ行きたい。すぐそこに手がかりがあって…… 俺は、やっぱりちゃんとしたい。中途半端な“ナナシ”で君と一緒に居たくない」

「……なら、私もついて行く」

「はあ?! 生きて帰ってこれるか分からないって言ったのは君だろう! 二人に一人は死ぬんだぞ!」

 二人とも行けば、ナナシとシノンのどちらかが死ぬ。そんな思いが頭からずっと離れなかった。


 ナナシは思わず、

「君は残れ! そしたら攻略師団が代わりに死ぬからッ!」


 言い終えると怖くなって自分の唇を噛んだ。

 自分の考え方はこんなにも非道いモノだっただろうか、あるいは白刃悪鬼デモントゥールの影響でこういう思考になっているのだろうか。

 急に身体が冷える。手がかじかむ。視界が白んでシノンの姿が消える。

 今にも凍え死んでしまいそうに思った。

 すると、唇に温かいものが触れる。身体の感覚がジンワリと戻ってくる。


「大丈夫ですか?」

「シノン、一緒に大奈落グレートホールに行こう。俺には君が必要だ」

「はい」

「非道い男だ、俺は」

「いいえ、あなたみたいのは悪い男と言います」

 慰める言葉は、情熱で満ちていた。

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