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異世界に転生したので、自分探しの旅に出ます。  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
第三章 最果ての城塞 リョジュン・ベルク
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「つまりよ、でっけぇ沼があったのよ」

 ナナシとシノンがリョジュン・ベルクの医務室の前まで駆けつけると、狭い通路は人だかりで塞がっていた。それを掻き分け、何とかドアの前までやってくると、そこには転生協会の用意した守衛がいた。白刃悪鬼デモントゥールを見せつけて強引に中に入ると、ベッドに横たわる若い女がいた。彼女の名前はターニャ・ザウスマン、先ほどの犬ゾリで帰還した一人だ。包帯まみれでベッドで寝ているが、癖の強い赤髪とキツイ釣り目のせいか弱々しさは感じなかった。


「記憶ッ! 記憶が戻ったってどういう……」

「るっせえッ! ブッ殺すぞッ!!」

 ナナシがターニャの肩を掴むと、石のように硬い拳がナナシの鼻っ面を叩いた。

「こちとら怪我人なんだよッ!? チッタぁいたわれないのかい、このボンクラぁッ!!」

「……申し訳ない」


 グワングワンと視界が揺れても、彼女の肩を離さなかった。

 何せ、探し求めた記憶の糸が、妙なところから垂れているのだ。


「で? 誰だ、お前?」

「俺は…… 真造適合者オルグ・ホルダーだ。転生前の記憶を取り戻したいんだ。何でもいいから教えてくれ」

「別に隠したりしねえよ、出すもん出せば、なぁ?」

 そう言った彼女は指先を擦る。どうやら金を要求しているようだ。


「こんな身体になっちまったからな、ガメつきたくもなるぜ」

「……ああぁ」


 気が付かなかった自分が憎らしい。ターニャの両脚は太ももから先が無かった。

 財布の中身を全て渡すと、彼女はそれを指で弾き数える。


「シケてんな」

「仕方ありません、私も出しましょう」

 そう言ってシノンは財布の中のお札を全て出した。


「甲斐性のねえ男だな」

「まったくです」

「ひどい」

「まあ良い、順を追って話そうか」


 ターニャはそう前置きしてから大奈落グレートホールであった事を口にする。

 彼女らの攻略隊は未開拓の経路を進んで大奈落グレートホールを降りて行った。比較的魔獣の数は少なく順調に進めていたのだが、ある問題が起こった。


「つまりよ、でっけぇ沼があったのよ」


 真っ黒いドロドロとした粘度の高い液体が、道の途中で沼を成していた。

 対岸まで大した距離は無かったし、迂回路を探すのはリスクが高いと判断したターニャ達は横断する事にした。調べてみると、深いところでも膝下くらいだったので、どうにかなるだろうと判断したのだ。


「半分くらい進んだ時だった」


 突如として、ターニャは意識が遠くなった。

 前の隊員も同じなのか、腰砕けにフラフラとしてから沼の中に倒れる。

 一人、また一人と倒れ、ついにはターニャも倒れてしまった。


「そんで意識が戻った時には、沼と一緒に隊員の八割は消えてたよ」

 そしてターニャ達は攻略を諦め、リョジュン・ベルクに帰還した。


「帰路で生き残りの半分が魔獣に食われちまったよ」

 彼女は、切なげに失った脚を掴もうとしていた。


 いつまでたっても期待していた話にならないので、れたナナシは、

「えっと、それで記憶の方は?」

「そうそう、眠っていた間は戻っていたんよ」

「いた?」

「今はまたトんでる。どんな良い夢でも、目覚めると忘れちまうだろ? あんな感じさね」

「それは…… 本当に夢を見ていただけなんじゃ?」

「かもな、まあどっちでもいい事さ。あんたは金を払った、あたしは偽りなく答えた。それだけ。さぁ用は済んだろ、悪いが一人にしてくれ。正直、今の状況は結構堪えているんだ」

 彼女は寝返りを打って顔を背ける。


「でも……」

「彼女の言うとおりにしましょう」


 シノンが服を引っ張る。それでハッとして、ターニャをよく見ると拳はギュッと握り締めたままだった。

 彼女にとっては思い出すのは辛い事だろう。

 自分の事ばかり大事でそんな当たり前の事に気が回らなかった。

 罪悪感がこみ上げ、身体が熱くなった。

 二人が医務室から出てドアを閉じると、直ぐに嗚咽が聞こえてくる。


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