「これが、良い、です」
リョジュン・ベルクは鉄筋コンクリート製だ。そのせいか、建物の中は場所によっては酷く冷える。報酬を受け取ってさっさと退散して布団に入りたかったのだが、シノンが「食堂に寄って行きましょう」と、それはもう怖いくらいに可愛くはにかんで見せるので、何も言わずに付いていく事になる
最初は全く乗り気ではなかったのだが、暖炉の前の席に通してもらうと、ナナシは掌を返し来て良かったと思う。
テーブルの上に皿を置いたナナシは、だらし無く口の周りを汚していた。
食器を置くとすぐさま暖炉に手をかざしたナナシは、
「はぁぁ、落ち着いた。いいなぁ、ここ」
「ねぇ? 来て良かったでしょう?」
正面にいたシノンは椅子から腰を上げ、呆れ顔でナプキンを差し出す。
この日の昼食はビーフシチューであった。
それを三皿も平らげると、白刃悪鬼で失った血液を少しは取り戻せたようで、手に力が戻ってくる。
「やっぱり人間、肉食わないとダメだな」
「調子はどうです?」
「だいじょーぶ、へーき。大分良くなった」
両手を上げて身体を伸ばす。程よく張った筋肉の感触が気持ち良い。これで一晩ぐっすり眠れば完全回復するだろう。
「この後どうします?」
「どう、と言われても」
要塞であるリョジュン・ベルクに娯楽施設は少ない。加えて、冬のリョジュンは雪に閉ざされている。
ボードゲームもトランプも一通り遊び飽きていた。
「商店でも冷やかそうか?」
「悪趣味ですねぇ」
そう言う彼女も乗り気そうに口元が緩んでいた。
商店と言っても、ほとんど攻略組のための装備を扱っていて、ただ滞在しているだけの二人にとっては面白みに欠ける。
「でも賛成です。部屋に篭っていてもしょうがありませんし、全部のお店を見て回った訳でもありませんし」
「じゃあ決まり」
そう決まったのに、ナナシは暖炉の前から中々動こうとしない。
頬を膨らませたシノンが首根っこを引っ張り、二人は店を後にしたのだった。
その後、商店が密集した通路を端から順に見て回る。やはり品揃えは霊装や糧食、防寒具などの攻略用の物ばかり。しかもどの店も品薄状態であった。退屈で仕方なく、挙句にはしりとりを始める始末。
だが、シノンがある店を見つけると、彼女の顔はパアッと華やぐ。
「あなた見てくださいッ、こんなお店があったなんて知りませんでしたッ!」
急にはしゃいだシノンは、腕を組んで強引に店に引きずり込む。
そこは女物の服飾を扱っている店だった
リョジュン・ベルクの店には珍しく、煌びやかな品揃えばかり。ドレスや化粧道具や宝石が所狭しと埋め尽くしてた店内に入ると、シノンは瞳を輝かせていた。
ナナシは思わず、
「どれか買おうか?」
「いいんですか?」
彼女の瞳は一層輝かせた。
ふと品物についた値札がナナシの眼に入る。
予想していたよりもゼロが二つ多く、絶句した。
ここはリョジュン・ベルク、大奈落攻略の最前線。この手の物が高価とは思っていたが、いくら何でも常軌を逸している。どうして透明なだけの石ころが六ヶ月分の生活費と同等なのだろうか。
彼女の笑みに舞い上がっていたナナシの心が、泥沼に落ちたように重くなる。
ウットリとした表情のシノンが弾むような声で、
「これが良いです」
掌には銀色の指輪があった。
付いている値札を見て、ゼロの多さにナナシは息が止まりそうになる。
財布の中身は確かに足りる。足りるが今後の生活を考えるとかなりマズい。
服を指差したナナシはぎこち無い声で、
「シノンさんこっちのも見てみない?」
「これが良いです」
「ははッ?、もっとじっくり選んでも良いんだぞぉ。へぇ、あっちには髪飾りがあるんだぁ」
「これが、良い、です」
「……はい」
身も心も財布も、寒くなる冬である。
「これからどうすれば良いのかな?」
「どうしましょう」
店を出て通路でそんなことを言っていると、突然見ず知らずの男が駆けつける。
「いたッ! ナナシさん、直ぐに来てくださいッ!」
「なんかあったんですか?」
「大変なんです、さっき戻った隊に記憶が戻ったって奴がいて」
カッとなったナナシは男の胸ぐらを掴み、
「どこだそいつはッ!」




